「アンタがか!娘が世話になった…感謝する」
そう言って弾かれるように立ち上がって深く頭を下げる。
何も知らず罵倒していた事の謝罪も込めて。
「感謝は受け取ろう。俺もルーディアには世話になった…いい娘を持ったな、奴は戦士だ」
独特の言い回しだが、これは褒められてるんだろう、改めて素直に感謝を返す。
「驚かずに聞いてほしい。俺はスペルド族だ」
「!???」
額のバンドを一瞬ずらし、そこにある赤い宝石のようなものを見せ、直ぐに隠した。
突如ぶちかまされた衝撃の自己紹介に、本当に驚いた。
声をあげなかった自分を、珍しく褒めてやりたいと思った程だ。
スペルド族といえば、悪い噂しか聞かないヤバイ種族だ、子供を脅す文句に使われるくらいの。
ゴクリと生唾を飲み込む。
だが、だからこそだ、そんな風に思われていると本人もわかってるからこそ先に明かしたんだろう。
そこには此方への誠意を感じる。
…噂の恐怖、感じる強さ、それら全てを娘の恩人への感謝で塗り潰す。
「そうなのか、強い魔族と聞いていたがスペルド族とはな、我が娘ながら剛毅なもんだぜ」
正直少し震えてたり上擦っていたような気がする、だがそれを気にした様子もなく、彼は小さく笑みを浮かべたままだった。
「…ふ、感謝する。隣いいだろうか?」
こっちが騒ぎ出さなかった事にか、感謝を告げてきたルイジェルドは、俺の隣の椅子を指し示す。
「ああいいぜ、旅の話を聞かせてくれよ、酒は?」
そう聞くが、彼は首を横に振った。
「いや、水でいい」
「奇遇だな、俺も水だ、水で乾杯といこう」
俺とルイジェルドにそれぞれ水を、それと軽くつまめるものを頼む。
届いた水をコップをチンと打ち付けて鳴らし、半分ほど一気に飲んだ。
静かに此方を見るルイジェルドからは、何かを懐かしむような感情を感じた。
「初めてルーディアと出会った時、奴が目を覚ました時を思い出していた。既に声は出なくなっていたが、感謝を伝えつつもこちらの気に障らないよう、怖がらないようにしていたと思ってな」
「…てなるとアンタが火事から助けた後の話か。聞いた話だと体はろくに動かず火傷だらけな状態だろ?そこまで気を回してたのか…余裕なんざなかったろうに、よくやるもんだな」
「そうか?お前も今余裕ない中で俺に気を使ってくれていただろう?似たもの同士ではないか」
言葉に詰まる。
こんな俺がルーディアと同列に語られた事が恥ずかしく、それでも少し嬉しく思う事に戸惑ってしまう。
「ルーディアは立派だ、子供だが大人以上に気を使う。だが、同時に全てを抱え込みすぎる。どんな物事も自分が全て上手く運ぶようにしなくては、と思い込んでいる節がある」
「それは…」
正直…思っていた。
俺は今回の事がなくとも、あまりいい父親だとは言えなかった。
ルーディアに教えた事など体力トレーニングや剣術の基礎…それだって女の子だったから身を守る為に程度で、俺がやれた事なんてほとんどない。
むしろルーディアに学ばせて貰った部分のほうが多いくらいだ。
ノルンを育てるに辺り、ルーディアとの経験はほとんど活きなかったからな。
多分ルーディアなりに家族が円満に、と細かく気を使ってたんだと思う。
…こう思うと、本当に子供らしい時期がほとんどなかったなあの子は。
だからこそ、それが爆発した時があった、俺が勘違いしてルーディアを叱った時だ。
劣等感もあったような気がするな、優秀な思い上がった子供を父親らしく叱ろう、なんて思って。
結果、自分は間違ってない、と言い張ったルディを頭ごなしに叱った結果…。
『あぁあああああん!私悪くないもん!父様のバカ!母様!母様ぁあ!』
なんて泣き叫び、俺の股間を氷魔術で撃ち抜いてゼニスに泣きつきに行ったんだったな…。
あれは痛かった…いや、その後事情を聞いたゼニスに胸ぐら捕まれながら往復ビンタされた時のほうが痛かったかもしれん。
兎に角、ルディは優秀だが抱え込みやすく、物事を上手く運べなかった時に取り乱してしまう事があるって事だ。
いや、過去のあれは間違いなく俺が悪かったんだが。
「その仕切りたがりな所が裏目に出た事が何度かあってな。詳細は省くが、ミグルド族の村であの仮面を作り、擬似的に話せるようになってから、リカリスの町で冒険者登録をした時の話だ」
そう言って一度言葉を切り、コップを傾けた。
「その時の受付が成人した男でな、冒険者登録する為に長時間向かい合って話していると突然ルーディアの体が震え、呼吸が荒くなっていったんだ。今まで近くにいたエリオットは子供で、ミグルド族は成人してても見た目がかなり若い。俺は基本的に距離をあけていたから気付けなかった。ルーディアが成人した男に深くトラウマを抱えていることに。ある程度男と近くにいたり、触られたりする事で発狂する程の、な」
ああ、と思った。
あの場で一番してはいけない事をしてしまった、という事か。
それまでは冷静に話していたのに、と思っていたが、トラウマか…引き金は人によって違うが、視線ですらダメなシェラと比べればまだマシと言えるか?
いや、暴れっぷりや正気の失いかたを見るとある意味それ以上に重症だ。
「それ以降出来るだけ交渉相手等を女性にするようにしていたが、絶対にそう出来る訳ではない。俺はスペルド族であるし、交渉事には疎く全く向いていない。結果エリオットがかなり自主的に頑張っていてな、魔神語を話せない時は身振り手振り、どうしようもない時だけルーディアに翻訳して貰い、数ヶ月程でかなり話せるようにもなっていた…子供の成長ははやいと思ったものだ」
「すげえな…」
素直に感心してしまった。
エリオットは典型的な貴族の坊っちゃんだった筈だ、山猿と言われてたりギレーヌに師事して貰って腕っぷしは貴族にしてはあったろうが、アスラ貴族が魔神語なんざ覚える訳ない。
そんな暴れん坊だ、腹芸、交渉なんかを覚えるのもまだ先の話だったろう。
そうするとエリオットはほぼゼロから、魔大陸で生きていけるような知識を得たって訳だ。
ルーディアの為、か、エリオットの奴、立派な男だな。
「やるじゃねえか、エリオット…」
そう言ってニヤリと笑う俺にルイジェルドは何処か嬉しそうにしていた。
運ばれてきた炒り豆をポリポリとつまみ、俺とルイジェルドの話は続いていく。