ルーディアは安定期がそろそろ終わるからと、大学に休学届けを出していた。
それまでの間に、パウロがゼニスとリーリャも連れて剣の聖地へと向かった。
ゼニスを連れていく事にノルンは最初難色を示したものの、ゼニスがパウロの袖を握った事で渋々認めていた。
クリフとザノバの鎧制作は難航中で、ペルギウスの教える精霊召喚が使えるのではないかと模索中らしい。
そんな新しい事に挑戦する二人にペルギウスも教鞭に熱が入っているようで、ナナホシが少しげんなりとしていた。
ルーディアも何かをしたかったのだが、元気に子を産むのが今の役目だと諭されてしまった。
今日はフィッツはアリエルに付き合って空中要塞にいるし、ロキシーとノルンは少し遅くなる、と言われていた為に、ルーディアは一人で下校する所だった。
「ん、ボス一人とは珍しいの」
「あちしらちっと学校の外に用があるのニャ。ボスも行くかニャ?」
そんな折、珍しくリニアとプルセナに出会った。
『いえ、私は帰りますよ。二人は何処に行くんですか?』
「ん、なんか変な勧誘を受けたニャ。タダで魚が食えるって聞いたから話しだけ聞きに行くニャ」
「お肉くれるっていうから…まぁでも話を聞くだけなの」
『んー、大丈夫なんですか?』
「まー誘ってきたのは冴えない奴らだったし、大丈夫だと思うニャ」
「私達に決闘を挑んだ事もない獣族とかもいたの、そんな奴らにしてやられる私達じゃないの」
自身満々の二人である。
なんとなく危ない気持ちになるものの、二人は学校内では相当な実力者。
ルーディアは少しだけ楽観的に思う事にした。
『まぁ、注意だけはしてくださいね貴方達になにかしらあったら悲しいですから』
「嬉しい事言ってくれるニャあ。ま、どんな話だったかは明日教えてあげるニャ」
「またねボス」
二人はそれぞれルーディアに体を擦り付けてから、学校の外へと歩いていった。
そんな二人を見送り、ルーディアはふと気付いた。
『あ、明日から休学だって言い損ねた…』
失敗したなぁと思うルーディアだったが、一先ずどうする事も出来ない為、下校の為に足を進めるのだった。
下校途中、ルーディアは目を疑う光景を見た。
『…あれ?ノルン…?』
それは金髪の小柄な、ラノア魔法大学の制服を着た女生徒らしき子が、家と家の間へと入っていく姿だった。
それも誰かに手を引っ張られるように。
とはいえ大分離れていたし、顔を見た訳ではなかったのだが、髪型がノルンのように思えた。
しかしノルンは未だに学校にいる筈で…。
『…いや、ノルンだろうとノルンじゃなかろうと、関係ない』
女生徒が裏路地に連れていかれたのだ、放っておける場面ではない。
ルーディアは直ぐ様その場所へと駆け寄っていった。
放課後という事もあり既に日は傾いていて、路地裏は薄暗かった。
しかし奥のほうで女生徒が、此方に背中を向けたローブで身を隠した人物に腕を掴まれて壁に押し付けられているのがうっすらと見えた。
『何をしてるんですか!すぐにその子を解放しなさい!』
ルーディアの声が響くと、ローブに身を包んだ人物がピタリと動きを止めた。
右手をその人物に向けて、ルーディアは続ける。
『その子から手を離して、両手をあげて、膝をつきなさい』
ルーディアは目を凝らし、その女生徒の姿を確認しようとする。
間に人がいるが、ちらりと見える金髪。
似たような髪は大学にはいくらでもいるが…ノルンはかなり小柄な子だ。
壁に押し付けられてる女生徒もかなり小柄のように見える。
ルーディアは手に氷の短剣を生成し、少しずつその人物へと距離を詰める。
その人物に動きはない。
『聞こえてるんですか?攻撃しますよ!早く離れっ…!』
その瞬間、背後に気配を感じたルーディアは身を翻し、一歩後ろに下がった。
振り返った先には、十人程の同じようなローブに身を包んだ人物が、フードを被りマスクをして、佇んでいた。
それぞれが何かしら武器のような長物を持っていて、此方を注視している。
『…なんですか、貴方達は』
しかしその構えは余りにお粗末、剣術どころか戦いすら経験した事ないような、そんな構えだった。
そんな奴らに囲まれても怖くもなんともない、とルーディアは短剣を構えたまま手をその人物達へ向け、魔術を放とうとした。
そんな時だった。
「大人しくしろ!何もするな!」
ルーディアの背後からそんな声がした。
思わず振り向くと、女生徒を押さえつけていた人物が手にナイフを持ち、その女生徒の首元へと突き付けていた。
その光景に恐怖を覚え、ルーディアはそちらに魔術を放とうとする。
「『ファイアボール』!」
その瞬間を待っていたかのように、ルーディアへと炎魔術が放たれた。
『ひっ…』
炎が目の前で揺らめく様子に、ルーディアの喉の奥がひりついた。
顔を青ざめさせ大袈裟に回避してしまう。
そして、その回避した先に、長物を大きく振りかぶっていた人物が、立っていた。
『あ』
ゴッ!
ルーディアの頭に木材だろうか、硬いものが振り下ろされ、強く殴打した。
衝撃で視界が一瞬真っ白になり、目眩を起こしてしまったルーディアは、そのまま前のめりに膝と手をつく。
「今だ!叩け叩け!」
途端にルーディアに集るローブの輩達。
それぞれがルーディアへとその得物を振り下ろし始めた。
ガッ!
『痛いっ』
ゴッ!
『やめて』
バシ!
『……』
ガン!
ルーディアは振るわれる暴力に、思わず腹を庇うように抑えて、うつ伏せに倒れこむ。
なおも容赦なく振り下ろされるそれらに、額が切れ、血が流れ出す。
意識が朦朧とし出した頃、漸く殴打が止まる。
ルーディアを囲う輩の荒い呼吸が耳をうつ。
「はぁ、はぁ。後は左足はぶっ壊せ、はぁ、右足と右腕は折っておくぞ」
そんな声が聞こえ、右腕と右足にそれぞれ複数の手や脚が添えられる感触がした。
その瞬間、ルーディアの意識が現実へと引き戻される。
『やっやめ、やめて。やめてやめてやめて!私はもう違う、違うんだ!』
「なんだ!?」
「急に暴れだしたぞ!叩け叩け!」
「肩押さえとけ!」
ガッ!
ゴッ!
ルーディアを殴打する手が再開する。
腕や足を掴む感触はそのままで、ルーディアが痛む体でどうにか暴れようとも離れず、みしり、と腕と足が悲鳴をあげた。
『やめて!やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてぇええええぁあああああああ!!!』
ボギギィ
ベキィ
「ッー!!!」
自分の体の骨が折れ砕ける感触と痛みに、ルーディアは口を大きく広げ、声にならない悲鳴をあげた。
ドゴッ!
更に頭を一際強く殴打され、ボタボタと顔面から血を流し、力なく地面に頭垂れた。
ルーディアの意識が急速に薄れていく中、最後に見えたのは、女生徒が目の前にまで来ており、金髪のカツラが目の前に落ちた光景だった。
ルーディアは変わっていない。
許容範囲が広くなっただけ。
自分を害する可能性のある男が怖い。
体が動かせなくなる事が怖い。
閉所にいる事が怖い。
炎が怖い。
トラウマは簡単に癒えるものではない。