「リニア、ボスの所までは多分私のほうがわかるの。匂いを追うのに集中するから、周りの警戒をお願いするの」
「任せるニャ」
リニアとプルセナはジンシン教の拠点内を平然とした顔で歩いていた。
時折すれ違う者達は笑顔を浮かべている、と言えば聞こえはいいがどうにも薄気味悪い笑みばかりであった。
「…気味が悪いニャ…プルセナ。どうだニャ、見つかったかニャ?」
プルセナがすんすんと鼻を鳴らす。
黙って集中し、廊下を歩いていく。
そしてとある角を曲がろうとした時、目を見開いてピタリと止まった。
「ボスの匂いの近くに複数の匂いが近付いてきてるの、この角の先、その中にノルンちゃんの匂いが混じってるの」
「ニャんだって…?」
二人はその角からゆっくりと、向こうの様子を伺ってみる事にした。
そこには、ノルンが男に肩を組まれ、部屋に入ろうとしている所だった。
その男はニヤニヤと厭らしく笑っていて、ノルンは俯いている。
どう見ても友好的ではない。
「この部屋にいるから少し挨拶するといいよ、今後もう会えるかわからないんだから」
男はノルンを乱暴にその部屋に突き飛ばすと扉を閉めて、ガチャリと鍵を閉めた。
そして複数の男達と共に、笑いながらその場から去っていったのだった。
その様子を見届けた二人は顔を見合わせた。
「どっかで見たことある奴等だったニャ」
「…あの扉が開いた時ボスの匂いと、ひどい血の匂いがしたの…」
「成る程ニャ…あの部屋にいるのは間違いニャさそうだニャ。行くニャよプルセナ」
「勿論なの」
二人は慎重にその閉じられた部屋へと近付いていった。
「この部屋にいるから少し挨拶するといいよ、今後もう会えるかんからないんだから」
そう言って突き飛ばされたノルンは床に尻餅をつく。
「痛っ」
次いでバタンと閉められた扉からガチャリと音がして、男達の笑い声が去っていく。
その品のない笑い声に、思わず睨み付けるものの、既に姿はない。
ノルンはその部屋を見渡す。
非常に無機質な部屋で、家具の一つも見当たらない。
鉄格子のついた窓から差し込む月の光に、壁の一面が照らされていた。
そんな部屋の壁を見て、ノルンはそこに目を見開いて駆け寄った。
「お姉ちゃん!」
壁に張り付けにするように首に鉄の枷がつけられ、意識のないルーディアが壁にもたれ掛かっていた。
頭には申し訳程度に包帯が巻かれていたが血が滲み、いつも眼帯で隠していた左目があった所を含め顔面は渇きかけの血に塗れ。
制服は首元まで血に塗れ、右腕と右足は変な方向に折れ曲がり、赤黒く腫れ上がっていた。
左足の義足はぐちゃぐちゃになっていて、原型を留めていない。
「ひ、ひどい…なんで…なんでこんな事が出来るの…」
ノルンはそんなひどい状態の姉の頭にそっと触れる。
漸く使えるようになった初級治癒魔術を唱えた。
「~『ヒーリング』!」
これである程度はよくなるだろうと思いつつ、骨折は治せない事に、ノルンは歯噛みする。
そんな時、ルーディアの体がふるりと震え、目がゆっくりと開いていった。
「お姉ちゃん!目、さめ」
ばしっ!
めき
その瞬間、ノルンの頭に触れてた手が、ルーディアの赤黒く腫れた右腕で払われた。
同時にその腕から嫌な音が響いた。
ノルンは何が起こったかわからなくて、呆然とルーディアを見た。
そして信じられないものを見た。
「ーっ!ー!?ー!」
ガタガタと体を震わせ、焦点の合わない目で、ノルンから離れようと半狂乱になって暴れる姉の姿。
けれど壁にうちつけられた鉄枷はビクともせず、腕や足を振り回すだけ…壁や床にぶつかり、その度に骨が砕ける嫌な音がする。
痛みを感じているのだろう、脂汗が滲み、更に顔が青ざめていく。
それでも、もがいているのだ。
「お姉ちゃん!お姉ちゃん!やめて!」
ノルンは思わず、ルーディアのその腕と足の動きを止める為に腕を伸ばした。
本来なら姉の力はそれで止まるようなものではない、ノルンはつい最近も片手でひょいと持ち上げられた記憶がある。
けれど、腕と足はそれで動きを止めてしまった。
「ーっ!っ!っ!」
ルーディアは喉をひくつかせ、ガタガタと震えている。
そんなひどい姉の状態に、ノルンの瞳に涙が浮かぶ。
「お姉ちゃん!私だよ、ノルンだよ、お姉ちゃんに何もしないよ、落ち着いて」
ノルンはそう言って頬に手を添える。
触れた瞬間強くビクリと震え、常にガタガタと震える姉に、ノルンは再度治癒魔術を唱えた。
癒されていくルーディアの体。
そこで、漸くルーディアの瞳の焦点がノルンに合う。
やっと交わされる二人の視線に、ルーディアの腕と足から漸く力が抜けていった。
そして途端にルーディアの瞳から溢れる涙。
はらはらと流れる涙と漏れる嗚咽に、ノルンが両頬を両手で包み込んだ。
そんな時だった。
ガチャリ
と扉の鍵が開いた音がした。
思わず振り返るノルン、ビクリとルーディアの体が跳ねた。
扉がゆっくりと開き、ノルンは弾かれるようにルーディアを背に隠すように動いた。
「やっと開いたニャ!ボス無事か…ニャ…」
「リニア、遅い…の…」
そこから現れたのは猫耳と犬耳の先輩、リニアとプルセナだった。
二人はルーディアの姿を視認すると言葉を詰まらせた。
「リニア先輩…!プルセナ先輩…!」
ノルンは知った顔が現れた事に小さく安堵の息を漏らした。
リニアは素早くルーディアに近付くと首の鉄枷を掴み、力任せに引っ張った。
割と脆い素材ではあったようで、すぐにバキンと音をたてて、鉄枷は砕けた。
鉄枷を外され、前のめりに倒れるルーディアを、ノルンが正面から抱き止める。
リニアは自分の手にある鉄枷。汚いものを見るような目で睨み付け、部屋の隅に放り投げた。
カンカン、カラカラカラと音をたてて、それは転がっていった。
「あんなに強いボスがここにいるような奴等に負けると思わニャいニャ。ニャにがあったニャ…」
「わ、私に変装してる人がいて…!きっと、卑怯な手を使ったんです…!」
そう言うノルンに、リニアは苦い顔をした。
最近のルーディアはノルンをよく可愛がっている、そこを狙われたのだと想像に難しくなかった。
「…まずはさっさと逃げるニャ。ボスをこんな目に合わせた奴を潰すのはボスを避難させたその後でいいニャ」
「ごめんボス、痛いかもしれないけど今日の授業でいっぱい魔術使ったから、今中級まで使うと少し魔力が不安なの、逃げた後ちゃんと治すから我慢して欲しいの」
プルセナはそう言ってしゃがみこみ、虚ろな瞳のルーディアと視線を合わせた。
ルーディアはそれに対して、小さく頷いた。
「ノルンちゃんも。まずは逃げるの。着いてこれる?」
「が、頑張ります!」
プルセナは自分の上着を脱ぎ、ルーディアの腹部分にかける。
そしてルーディアの膝裏に手をまわし、横抱きにして抱えあげた。
「んっしょっと。リニア、さっさと逃げるの」
耳をピクピクさせたリニアは部屋から左右を見渡し、小さく頷き、振り向いた。
「うし、あちしらが来た道が人少なそうニャ。そっち通って逃げるニャ」
そう言って一人を背負った三人は駆け出した。
リニアが先導し、ルーディアを背負ったプルセナとノルンが追従する形。
幸いにも人影は見当たらなかった。
「…はぁ、人影が見当たらなかったのはこういう事ニャか…クソ」
三人が漸く辿り着いた出口、そこに待って居たのは武装した集団だった。
十数人はいるそれに、リニアは思わずタメ息を吐いた。
その先頭にいた先程、リニア、プルセナと話した男は残念そうに首を振った。
「いつから気付いてたニャ…」
「貴方達が部屋から出た時からですよ。リニアさんプルセナさん、残念です。ジンシン教徒の幸福を奪う事は、悪いことなんですよ?」
「なぁにが幸福なの!ボスを誘拐してこんなに傷つけておいて、ボスが幸せだと思ってるとでも言うの!?」
反射的に返したプルセナに対し、涼しげな顔で男は続けた。
「必要なものですよ、ジンシン教徒が幸せに過ごす為に他人から奪ってしまう。悲しいけれど、仕方ない事です」
それをにこやかな表情で告げる男に、どうしようもない認識の剥離を感じ、嫌悪感が沸く。
そんな意味のわからない言葉に反論しようとした時、一人の男がずいと前に出た。
「おいおい、何ぐだぐだ話してんだよ、めんどくさいからもう全員立てないように切り捨てればいいか?」
その男は周りが鎧を着たりしてる中、ラフな格好でこちらを見ていた。
にやりと笑い、男は剣を抜く。
「そうですね、じゃあ用心棒さん、頼みます」
「はいよ、報酬は弾んでくれよ」
そう言って男は静かに構えた。
途端に三人に走る悪寒。
「や、ば」
剣閃が走り、血飛沫があがった。
妊婦を背負うのはマズイ…!
修正しました。