ルーシー・グレイラットはここ毎日が幸せだった。
寝ても覚めても大好きなママがすぐそこにいる事に。
甘えれば撫でてくれるし、妹のララがママのおっぱいを飲んでるのを見てたら、飲ませてくれるようにもなった。
一緒にお昼寝してくれるし、夜は途中でいなくなる事もあるけど、朝目を覚ました時にはほとんど一緒にいてくれる。
パパは時々しか会わないけれど、いつも優しく頭を撫でて、抱き上げて頬擦りしてくれる。
お兄ちゃん達もお姉ちゃん達も皆優しい。
でも…最近ママが元気がない。
ふとした時に暗い顔でため息を吐いている。
どうしたらママは元気出してくれるだろう。
ルーシーは考えた。
そしてお昼寝の前、ママがしてくれたお話を聞いて、これだ!と思った。
綺麗なお花をママにあげようと決めたのだ。
お庭には、アイシャお姉ちゃんがお世話しているお花があるけど、とったら可哀想。
おうちの外に行って、綺麗なお花集めて、ママにあげる!
『まぁ!ルーシーありがとう嬉しい!元気出た!』
ルーシーの脳内プランは完璧だった。
ママの喜ぶ姿が目に浮かぶ。
お昼寝の時間になっても、興奮してしまったルーシーは眠る事なく、寝かそうとしていたママが先に眠りについてしまう。
お兄ちゃんもララもレオも眠っていて、ルーシーは今だ!とベッドを飛び出した。
すてててーと元気良く駆け出すルーシー。
運が良いのか悪いのかアイシャお姉ちゃんの姿もない。
「ぅんしょ」
ルーシーは玄関の扉を力一杯押し開けて、少しだけ開いた所に体を捩じ込んだ。
するりと玄関の扉を抜けたルーシーは、空を見上げた。
目映く輝く太陽の光をさんさんと受け、目を細めると、うんうんと頷いた。
そしてルーシーは家の外へと元気良く駆け出して行ってしまった。
『…ん……あれ…ルーシー…?』
家の外は目新しいものがいっぱいだった。
色んな見たこともない物がいっぱいで、見たこともない人と何人もすれ違う。
気になる物は多いものの、ルーシーの目的はママにあげるお花。
すてててーと街中を走っていく。
小さい子が一人だけで駆けていく様子に怪訝な表情を浮かべる人もいたものの、皆穏やかな表情でルーシーを見送ってしまっていた。
ニコニコと元気良く駆けていく様子は、迷子には見えなかったのもあるかもしれない。
兎に角これまた幸か不幸かルーシーは誰にも咎められることなく、町の外れにまでこれてしまったのだ。
お花は草、草は緑っぽいと賢いルーシーは知っていたので、見上げる程大きな草…木が沢山ある所にお花はあるのだろうと思い、ルーシーは森へと意気揚々と入っていった。
『ルーシー!ルーシー!何処にいるの!隠れてないで出て来て!ルーシー!』
森に入って割りと直ぐにそのお花畑はあった。
木々に囲まれた、森の中にも関わらずよく日が差し込む空間。
白とピンクと黄色の入り交じった色鮮やかなお花達。
「わぁー!」
ルーシーはその光景に目を輝かせた。
視界いっぱいに広がるそれは、まさにルーシーからしたら宝の山。
お花を潰さないように端っこにこてん、と座りこみ、じーっとお花を見つめる。
「んふふ…ふぁあ…」
思わず笑いを溢すルーシーだったが、不意に小さくあくびをした。
何時もならしっかりするお昼寝をせずに、ここまで走ってきたのだから当然と言えば当然であった。
木々の隙間から差し込む日がポカポカと暖かい。
「んんんー…」
ルーシーは眠そうに目を擦りつつもお花に手を伸ばそうとする。
しかし電池が切れたように頭がカクンと揺れ、そのままこてりと横に倒れてしまう。
「すー……すー…」
そしてそのまま眠ってしまったのだった。
「いたか!?」
庭や一階を中心に探したエリオットは、まったくルーシーが見つからない事に焦りながら、一度集まって問い掛けた。
「こっちにはいませんでした!」
地下室や台所のような、隠れる所が多いところを重点的に探したアイシャは首を振りながら答える。
「ルーシーいない…」
各部屋をレオと探し回ったアルスは、しょんぼりしながら言う。
『そ、そんな…ルーシー、何処に行ったの!?』
ルーディアは自責の念で押し潰されそうだった。
自分が寝かしつけしてる筈にも関わらずいなくなって、また自分の落ち度で子供の命を危険に晒してしまっている事が恐ろしくてたまらなかった。
ルーディアは口元に手をあてながら、息が荒くなっていくのを感じる。
誰かの侵入の痕跡はなかったので、何らかの状況でルーシーが単独で動いた…とは予測してるものの、それこそ恐ろしい話だった。
ヒトガミ?なんらかの幻術?
ルーディアは落ち着きなく体を揺らす。
「ワン!ワン!」
すると外から入ってきたレオが、外を指し示すように吠えた。
その先にはアルマが犬小屋にいる筈の場所。
「…もしかしてアルマが、外に出るルーシーを見てたのかも、それでレオがアルマに聞いて…?」
アイシャが問い掛けると、レオは元気良く応答する。
「ワン!」
「…そうっぽいね。もし一人で外に出てたなら…手が足りないよ!わ、私魔法大学にいる人達に伝えに行ってきま…」
アイシャがそう言いかけた瞬間、ルーディアは弾かれるように駆け出した。
義足を氷で覆って補強し、強く床を踏みしめて。
『っ…!ルーシー!!』
ルーディアは心臓が早鐘をうち、恐怖に包まれていくのも構わず、玄関から飛び出していった。
冷や汗を流し、まだ走ってもいないのに既に呼吸が荒い。
それでもルーディアは自分のその不調等捨て置いた。
素早く走れるように左腕も生成し、ルーディアは無我夢中に走り出した。
ルーシーが無事であることだけを祈って。
「あっ!お姉ちゃん!うわ早っ!え、エリオット兄!お姉ちゃん外出ちゃったよ!?」
焦ったように言うアイシャに、エリオットはアルスに向き合いながら口を開く。
「…俺がついていく、アイシャは魔法大学に行ってくれ。アルス、俺達が帰るまで絶対に玄関を開けるなよ」
「はい、とうさま!」
元気良く答えるアルスに、エリオットは笑みを浮かべる。
「頼んだぞ」
アルスの頭を乱暴に撫で、エリオットもルーディアを追って駆け出した。
ルーシーも勿論心配ではあるが、ルーディアも充分心配だ。
エリオットは腰に帯びた剣の柄に、そっと指で触れた。
「それじゃアルス君、私行ってくるね、エリオット兄の言うとおり、人が来ても開けないでね?」
「うん、アイシャ姉も気をつけて…」
キリッとしつつも心配そうなアルスをアイシャは軽く抱き締めてから、魔法大学へと駆け出していった。
「んんー…」
ルーシーが目を覚ました時、そこはまだ明るいものの、遠くのほうでは既に空が赤く染まりはじめていた。
とはいえルーシーの視線では…いや森の中ではそれはわからなかった。
ルーシーは暫し目を擦り、寝起きの頭でボーッとしてたものの、突如ハッとなり、目的を思い出した。
目の前のお花に手を伸ばし、一輪ずつ摘んでいく。
手が届く所になくなれば少し移動して、一輪ずつ丁寧に左手に集めていく。
やがて左手には十数本もの色とりどりのお花が握られ、ルーシーはそれを見てご満悦。
ママもこれで元気になる、と立ち上がって振り返った時…周りが薄暗くなっている事に気付いてしまった。
来るときは木漏れ日もあり明るかった森が、今では暗く、先が見えない。
「…あれぇ…?」
そもそも何処からきたのかわからなくなってしまっていた。
ガサッバサバサバサ
アー
アー
その時、森の木々を揺らし飛び立つ音と鳥の声が響いた。
「ひっ…」
ルーシーは驚いて肩を跳ねさせる。
段々と、今の自分の置かれている状態が怖くなってきていた。
既に自分の周りすら薄暗く、空を見上げれば赤く染まっている。
「ま、ママ…!」
思わず呟いたものの、ママの姿はない。
じわりと涙が目にたまり始めた時。
ガサガサ
ルーシーのすぐ近くで、草を掻き分けるような音がした。