結局その日ルーディアは拠点からは一歩しか出る事は出来なかった。
焦るもんじゃないさ、とエリオットに横抱きにされ、顔面にマフラーを巻かれ、家へと運ばれるルーディアは不甲斐ない気持ちでいっぱいだった。
…とはいえそんな感情も家に帰り、両腕で子供達を抱き締めた時、全て霧散してしまった。
片手の時とは何もかもが違う。
抱き締めた時の密着感というかなんというか…抱えた時の安定感というか。
あまり泣かない代わりに笑いもしないララも、珍しく笑みを浮かべて寝入り、ルーシーはうっとりとした表情を浮かべて、無意識にか服越しにおっぱいを吸おうとしていた。
妹が二人も出来たから立派になろう、と日々頑張ってるアルスも、抱き上げたらすぐに目をとろんとさせ、あっという間に寝息をたてた。
そんな可愛らしい様子に、ルーディアは心の中で満面の笑みを浮かべていた。
『見て見てアイシャ、あっという間に寝入った。うちの子達可愛い』
「わー…皆幸せそうだね」
すーすーと穏やかに寝息を立てるルーディアの子供達を、アイシャが少し驚いたように眺める。
ルーディアの子供達はみんな良い子達ではあるのだが、元気が有り余っている事が多い為に、三人とも並んで大人しくすやすやしてるのは、毎日子守りをしてるアイシャからしても珍しい光景だった。
この間に家事しちゃおーとアイシャは眺めるのをやめ、身を翻そうとした。
すると姉が自分の方を見て何がを期待するように両手を広げているのが見え、アイシャは動きを止める。
その様子にアイシャはやれやれ、といった動作をしたものの、笑顔を浮かべてその腕の中に飛び込んだ。
「あっ…」
途端に柔らかな感触が体を包み、アイシャは思わず声を漏らす。
程好い暖かさと柔らかさに、安心感。
両手でぎゅうと抱き締められ、密着した体の柔らかさと暖かさが絶妙で、その心地よい感触に身を委ねたくなる。
「は…あぅ…」
家事がまだ残っているから、という思いで抜け出そうとしても、その意思の根元から刈り取られて、この柔らかな感触の中で埋もれていたいと思ってしまう。
『いつもありがとうねアイシャ』
更には頭を優しく撫でられそんな声をかけられてしまい、アイシャの瞳は途端安心感と突然沸き上がってきた疲労感に、とろんとした半目となる。
その襲い掛かる眠気にそれでも抗おうと、目を開こうとするアイシャ。
そんなアイシャにルーディアは胸元に顔を埋めるように抱え込む。
仄かに香る甘い香りにアイシャの瞼は重さに耐えきれず閉じられ、やがて穏やかな寝息をたて始めた。
『んふふ、可愛いな。皆帰ってきたらやってあげよ』
ルーディアはそう言って可愛い子供達と妹と共にお昼寝をするのだった。
余談であるが、ノルンとロキシーは抱き締めると同じように眠ってしまったが、フィッツとエリオットは逆に目をかっ開いていた。
更に余談であるが、次の日一日中、ルーディアは腰が砕けてベッドから立てなかった。
ルーディアのリハビリを続けて早半年…あっという間にラノア魔法大学の卒業式の日になってしまった。
その間に起きた事として、クリフとエリナリーゼの結婚式があった。
綺麗な花嫁衣裳を着たエリナリーゼに、妹二人がキャーキャー言い合うのをルーディアは穏やかに眺めていた。
そのくらいになるとどうにか、一週間の内に一日くらいは外に出れるようになっていた。
それでもどうなるかわからない為に、すぐに外界の情報をシャットアウト出来るように目隠しを用意しての参列だった。
知り合いばかりというのもあり、発作は起こる事なく二人を祝福出来て良かったと内心ホッとしながら式を終えた。
後日、ノルンが神父様の真似をして、家ではあるがミリス式の結婚式まがいの事をしたのは、嬉しい思い出だった。
ノルンからしたら本来、ルーディアが三人も夫を持つ事など決して認められないだろう。
それでも苦笑しながらも三回同じような事を繰り返し、ノルンなりの祝福を与えてくれた事、それがルーディアは嬉しかった。
花嫁衣裳はアイシャが、白く綺麗な市販の服を改造して作っていた。
「安物の在り合わせだけどね」と謙遜していたが、その出来は素晴らしい物だった。
最後にノルンが、「フィッツさんとの披露宴台無しにしちゃったの…これで許して貰えますか…?」なんて言うのだからルーディアとしては堪らない。
涙ながらに二人とも揉みくちゃにして、どろどろに甘やかして、お風呂を共にして、三人で並んで眠った。
改めてノルンは変な所で真面目だなぁ、とルーディアは就寝直前にノルンの顔を眺めながら思っていた。
それで卒業式であるが、知り合い、そして特別生からはリニアとプルセナが卒業する事となっている。
二人が卒業するとあり、未だに完全に治ってはいない状態なものの、体調を調整し、申請して参加させて貰っていた。
ノルンも生徒会の末席として参加していて、ルーディアは少し驚いていた。
二人が卒業生代表となっているのを見ながら、ルーディアは二人の今後を考えていた。
発情期に誰一人として二人を打ち破る者がおらず、二人の番はまだ決まっていないが、卒業後二人は大森林へと帰る事になっている。
ルーディアとしては大森林になど二度と近寄りたくないので、今生の別れになるのかなぁ、と少し寂しく思っていた。
そんな卒業式を終え、珍しく大学にいるナナホシと共に研究室で話をしていた。
そんな時、張りつめた雰囲気のリニアとプルセナが研究室を尋ねてきたのだった。
「ボス、ちょいと一緒にきて欲しいニャ」
「私からもお願いするの」
『…?わかりました』
ピリピリとした二人はルーディアから一定の距離を取ったまま、踵を返す。
移動する時はいつも挟み込んですりすりする二人にしては珍しいな、と思った。
「…なんかいつもと違うわね」
何気なく残されるのを嫌がって着いてきたナナホシが、ルーディアに耳打ちする。
『ふむ…もしかすると帰る前に私にリベンジでもするのでしょうか…』
思えば二人との関係は、ルーディアが二人を決闘で蹴散らしてから始まっていた。
ならば最後に雪辱戦、と挑んできてもおかしくはない。
「えっ!大丈夫なの…?」
『二人がどういう手段を取るかによりますかね…まぁどうにかなりますよ。負けても死ぬわけじゃないですし』
リニアとプルセナが先導し、たどり着いた先はルーディアと二人が決闘した場所だ。
人目が少なく、そこそこの広さのある所。
すわ、やはりリベンジか、とルーディアが思わず身構えると、二人はルーディアに目を向けずそれそれ向かい合った。
『……おや?』
二人は見つめ合い、少しだけ静寂の時が流れる。
やがてリニアから口を開く。
「これからあちしとプルセナは決闘するニャ。勝ったほうが族長になる為に帰るニャ」
「負けたほうはここに残るの。神獣様のお世話、護衛、通訳。なんでもいいけど何かあった時力になる為に」
「正直どっちもドルディア族としては大事な、必要な事ニャ」
「けど多分こっちに残ったら族長になる道は遠くなるの」
「あちし達はこれでも、族長になりたいと心の底から思ってるニャ」
「私達の心には嘘つけないの。族長になりたい。その為にこんな遠くまできて勉強してたの」
「だから話し合って決めたニャ。一人は帰る」
「一人は残る」
「その為の決闘をするニャ。プルセナをぶっ飛ばす所、ボスには見届けて欲しいニャ」
「お願いするの。リニアを無様に地面に這いつくばらせてやるの」
二人の鋭い眼光が交差する。
その様子にルーディアは小さく頷き、ナナホシと共に数歩下がる。
『…わかりました。二人とも、悔いのないように…』
「感謝するニャ」
「勿論なの」
二人は向かい合い、構える。
『…二人とも、頑張ってください!敢えて言います。勝て!負けるな!』
滅茶苦茶な事を言ってる自覚はルーディアにはあった。
けれどそれが今のルーディアの心からの言葉だった。
その言葉に二人は視線を反らす事なく少しだけ微笑む。
「気合い入ったニャ」
「ぶっ飛ばすの」
そう言い合った二人は、笑みを浮かべたまま、どちらともなくほぼ同時に地面を蹴った。
「フシャァアアアア!」
「ガルァアアアアア!」
お互いの拳が同時に入り、それが闘いの始まりとなる
ルーディアは二人がぶつかりあう光景を心に刻むように、瞬きもせずに見続けていた。
「はぁ……はぁ……勝ったの」
最後に立っていたのはプルセナだった。
何が決め手になったのかはわからない。
ルーディアから見て二人はほぼ互角だったから。
けれど立っているのはプルセナで、倒れて身動ぎもしないのはリニアだった。
荒い息を吐き、ボロボロな様子で血だらけな彼女は、よろよろとルーディアへと歩み寄る。
「ボス…私はすぐにここを出発するの」
『…治療を』
「いらないの。この傷は名誉なの。…ボス、なんだかんだ短い間だったけど楽しかったの。また会えるかわからないから…どうか達者で暮らすの。聖獣様を、お願いするの」
そう言って痛みに顔をしかめるプルセナは、一度リニアのほうを振り返り、黙って身を翻した。
衣服までボロボロなプルセナに、ナナホシは思わず上着を手渡した。
小さく礼をし、よろよろと歩み始めるプルセナの背中に、ルーディアは言葉をかける。
『おめでとう、プルセナ。どうか元気で』
プルセナはそれに振り返らずに手を掲げて、寮のほうへと歩いていった。
『…本当は二人のお別れ会とか企画してたのですけどね』
ルーディアは少し残念そうに呟くと、リニアのほうへと歩み寄る。
リニアは精根尽き果てた様子で、呆然と空を見上げていた。
プルセナに負けず劣らずボロボロの衣服に、ルーディアは自分の上着を上半身に被せた。
「ニャハ……ハァ…負けちまったニャ…」
何処かすっかりした様子のリニアだが、顔は悔しさに歪んでいる。
「不甲斐ニャいニャぁ…」
『治癒、しましょうか?』
「いらニャいニャぁ…でもありがとニャボス…」
自分の一番の目標が手の届かない所に行ったリニアの心は、察するには余りにも重すぎた。
ただ呆然と空を見上げるリニアに、かける言葉は見当たらない。
ルーディアは、それでも涙一つ流さないリニアを見て、体にそっと触れる。
傷を刺激しないように気を付け、ゆっくりと抱き起こす。
そして、そっと柔らかく抱き締めた。
「ニャ…?ニャは…あったかいニャ…」
体が柔らかく暖かいものに包まれた感触に、リニアが呟く。
リニアはそのまま無意識に、ルーディアの背中に手を回した。
体全体の痛みが消えた訳ではないのに、温かく柔らかいそれに包まれ、少しだけ安心感を覚えてしまう。
途端に気が抜けて、リニアの瞳に涙が浮かぶ。
肩が震えだし、鼻を啜る音が響いた。
『頑張りましたね…』
「う、ヴぅううう……!」
リニアの目から涙が溢れだし、ルーディアの服を濡らす。
体はフルフルと震えて、抱き締める力が強まっていく。
「な、なりたがっだニャぁ…!族長なりだがっだんだニャぁ!悔じい!悔しい!悔しいニャぁあ!ニャァアアアア……!」
ルーディアにすがり付くように号泣するリニア。
そんなリニアを浮け止め、ルーディアは泣き止むまで、優しく頭を撫で続けていた。