兵士達の死体処理をしている時、ルークが一部の兵士の鎧を見つめて固まる一幕があった。
そこにパウロが近付き、声をかける。
「なあ…ルーク君」
そのパウロの優しげな声に、ルークは逆に辛そうに顔を歪めた。
「…少し、自分の中で整理させてくれ」
「…そうか」
パウロはそれ以上何も言わず、ルークの肩をぽんと叩き、死体の処理に戻った。
ルークの視線の先にある鎧、そこに描かれている紋章に、ルークはひどく見覚えがあった。
フィッツもそれに気付いていて、顔色の悪いルークをチラチラと心配そうに様子を伺っている。
「…なんでだ…父上…」
その紋章、それはミルボッツ領を治める領主の紋章。
そして今のミルボッツ領領主は。ピレモン・ノトス・グレイラット、ルークの父親だ。
アリエルの陣営の筈の彼の兵士がここで襲撃してきた事、それはつまり、彼が裏切った証明に他ならない。
ルークの握り締めた拳から、ぽたりと血が流れた。
オーベールの再度の襲撃を警戒しつつも、一行は森の奥まった所で一時的に休む事にした。
そしてお互いに戦った所感を相談しあう。
「兵士の強さはそうでもなかったな、問題なく対応出来た」
「魔術も問題なかったね、普通の魔術師達だったと思う」
「北王は手強かったが、既に種は割れた。次は仕留める」
「北帝が想像以上だ。事前に聞いてても、聞くと見るじゃ大違いだな。剣士としても間違いなく優秀…これだから北神流はめんどくせぇ」
『おまけにあの入れ替わりのマジックアイテム、厄介でしたね。地面に潜むような人です、兎に角周り全てを警戒し続けるしかないのが歯痒いですね。個人的には私の手の内を多少晒したのが痛恨でした…』
ルーディアはもっとやり方があっただろう、と内心自分を叱責していた。
使う魔術の取捨選択…まだまだ甘いと反省をする。
恐らくここからは襲撃はまた起こるだろう。
今回の襲撃も相当な数で行われていたが、想像以上の戦力だと予想が出来る。
『相当アリエル様に王都に来て欲しくないんでしょうね。ここから更に気を引き締めていきましょう』
そして互いに敵の戦力である北帝と北王の所感の話し合い、次の対応について相談を続ける。
そんな中で、ずっと俯いていたルークがポツリと告げた。
「…父上が裏切った事で少し動き辛くなってしまったな。改めてルートを考えなければいけない」
「…ルーク、大丈夫?」
顔は蒼白なまま告げるルークに、思わずフィッツが問い掛ける。
それに対して、明らかに無理矢理作ったとわかる笑みを浮かべて、ルークは答えた。
「父上の裏切りは、あり得ると予想はしていた事だ。ただ、俺自身が思った以上に繊細で、勝手に傷付いてるだけだ…明日には切り換える。それよりも今後の事だ」
その顔を真剣な物に変えて、皆を見据え、ルークは話を続ける。
「戦力としては問題なさそうではあるんだが…真正面から行くのは得策じゃないと思ってな…正直一度戻ってペルギウス様に力添えを頼むのもありだと…」
「ルーク、それは最終手段です。ペルギウス様は「場を整えろ」とおっしゃいました、転移魔法陣の利用を許したのも、時短以外の意味はないでしょう。ここでペルギウス様に頼ってしまえば…私は仮に王になれても、ペルギウス様の傀儡と同義になってしまいます」
そのルークの意見に、アリエルは苦言を呈する。
安全ではあるかもしれないが、と。
「…そうですね、失礼しました。しかしどうするか…」
「とりあえず…人気の少ない所から国境越えを狙うしかないんじゃないか?とはいえそれを見越して兵を配置されてる事もあるか…ピレモンが、ノトスが協力してるとなると、相当の兵を動員出来るぞ」
元々ノトスだったパウロは、自分の家がどの程度兵を自由に使えるのか大雑把に把握している。
多少の上下はあれど、かなりの数が詰めていると考えるべきだ。
『風魔術には自信がありますから、闇夜に紛れて空を飛んで越える、なんていう事も出来ますよ。その後は流石に暫く魔術は使えないでしょうが…』
「関所に必ず罠があると想定して、他にはないとわかってるなら、いいアイディアだと思うけど…ルディの魔術を使えない状態にしてまでやるのはリスクに見合わないかなぁ…もし捕捉されたら下から狙い撃ちにされるし…」
「こういう時は商人や商隊に紛れ込むとか聞いたことあるが」
「アリエル様は国全体に顔を知られていますし、荷物に隠れてたとしても、それらの荷はしっかり確かめられてしまうと思います。人相なんかも出回っているでしょう。難しいかと」
「やはり正面突破か?腕が鳴るな」
「王都まで戦い続けるのは流石に現実的じゃないかと思います…ですが、もうどうにもならないならば…私達の命をかけて、アリエル様だけでも王都へと辿り着かせます」
アリエルの従者の二人、現在アリエルの影武者として囮となっているエルモアとクリーネはそう言い、互いに頷きあっていた。
「…ふむ…一番現実的なのはやはりパウロ様の案でしょうか…姿を隠し、関所を避け、偵察を行い、人目の少なそうな所から国境を越える…それしかないでしょうね」
アリエルのその言葉に、誰も異論はなかった。
他に妙案が浮かぶという事もなく、一先ず今日はここで休む。
そして明日から、国境沿いに東に森を進む事となった。
夜の見張り当番の時、パウロとルークが話をする一幕があった。
「あいつは…臆病だからなぁ…例えそれが不義理だとしてもノトスの為にと、やったんだろう」
「……父がアリエル様を見捨てようと、俺は、アリエル様の騎士だ」
「立派なもんだ、俺よりよっぽどな。お前はアリエル王女様を守って突き進め、道は俺らが切り開く」
「ああ…叔父上、頼む」
「止せよ、ケツが痒くなるぜ」
そんな2人の会話を聞いた者は、他に誰もいなかった。
森の中を進む行程は、順調とは言えなかった。
馬車が使えず、馬に乗ることも出来ない。
凸凹とした森の中を進むには、流石にアリエルの体がもたなかった。
小まめな休憩と治癒魔術とマッサージ。
それによって辛うじて行軍している有り様であった。
とはいえ責める者もいない。
むしろ周囲の警戒に時間をかけれるという見方も出来る。
幸いに街道から外れた森の中にまでは兵士はおらず、魔物がチラホラといるくらいであった。
オーベールのような強者の気配もなく、警戒は続けなければいけないものの、割りと平和な行軍ではあった。
国境の様子を一度確認した時の、兵士の多さに辟易しつつ、森の中を進んでいく。
そんな時だった。
「…囲まれてるな」
ギレーヌがぼそりと呟く。
丁度そろそろアリエルが疲れる頃だろうと、隊列が縮んでいたタイミングで、それは起こった。
警戒して辺りを見回すと、森の中にいくつもの黒い影がちらついていた。
国境の近くには盗賊団がいるという話はあった。
きっとそれだろう。
やがて一人のいかにも山賊か盗賊らしい男が一行の前へと現れる。
同時に周囲を囲む人影達も続々と姿を表していく。
20人程だろうか、此方を警戒しているようだ。
「山彦はなんと返す?」
その男は声を張り上げた。
意味のわからない言葉に、ギレーヌが首を傾げる。
「…なに?なんだ?どういう意味だ?」
『符丁でしょう、合言葉を知ってる者達だけが、彼らを利用出来る』
「知らなかった場合は?」
『彼らが追い剥ぎへと変化するだけです』
ルーディアの言葉を裏付けるように、合言葉が来なかった事に、眼前の男は山刀を振り上げた。
シャキンシャキンと周囲からも武器を抜く音が響き渡り、敵意が放たれる。
同時に一行もアリエルの周りを固め、周囲へと武器を構えた。
そんな一触即発の中、何処からか「アリエル様…?」という声が聞こえた。
妙に静かなタイミングで放たれたその言葉に、周りを囲む盗賊達がざわついた。
そしてそこで更に、森に潜んだ盗賊の一人が森から躍り出た。
「ストップ!待ちな待ちな!この人王族だよ!下手に手を出したら厄介な事になるよ!」
飛び出してきた小麦色の髪の女が、盗賊達へとそう叫んでいるようだった。
盗賊達はその張り上げられた声に、掲げていた武器を思わず降ろした。
一行には両手を上げて背中を向け、抵抗をしないというのを示しているようだ。
その無抵抗の様子に、思わず攻撃態勢に入っていた面々も、武器を構える程度にまで警戒を戻した。
「なんで第二王女ともあろうお方がこんな所にいるんだい!あんたが来るような所じゃないだろう、さっさと」
此方を叱責しようとしたのだろう、その言葉はアリエルが放った言葉に途中で塞き止められる。
「…まさか。貴女もしかして、トリスティーナ・パープルホースではありませんか…?」
思わず、とアリエルが放ったその言葉に、女盗賊は目を見開く。
「お、覚えていらしたのですか…」
「私の五歳の誕生日にお会いしたでしょう?貴女こそ何故こんな所に…」
それが、女盗賊トリス、アスラ貴族パープルホース家の行方不明の次女、トリスティーナ・パープルホースとの出会いだった。
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「ふぅん…?近く、この辺りの森を突っ切る奴等かい?」
「そう、彼らを襲って欲しいんです。別に何も細かく指定しませんので、お好きなようになさって下さい」
「変な依頼だね…まぁ金貰えるならいいけどさ…」
「ふふふ、きっとビックリしますよ。では僕はこれで…」
「……胡散臭い笑みだねまったく。何を企んでるんだか…」