アリエルとその女盗賊が面識がある事に互いに面食らってしまい、戦意の消失してしまった盗賊団とアリエル一行はそれぞれ武器を納めていった。
そんな中、盗賊団の一人、先程最初に声を張り上げた男が此方に声をかける。
「ひとまず場所を用意してやる、そこで話せ。ただし、トリスに何かすれば…容赦はしない」
そこまで言ってその男は歩きだす。
それ以外の盗賊団の者達は森の中へと消えていき、残ったのはその男とトリス、と呼ばれている先程飛び出した女だけだった。
「…アリエル様、とりあえず着いてきて下さい。こうして会ったのも何かの縁…少し話しましょう」
王族がこんな森に身を隠しながらいるのだから、何か困っているのでしょう?と言外に言われ、アリエルは着いていく事に決めた。
『盗賊ですか…信じられるんですかね?向かった先で囲まれて、全員捕まえられるなんて事もあるかもしれませんよ?』
ルーディアはアリエルの近くに寄り、苦言を呈する。
しかしアリエルは、それに首を振る。
「きっと大丈夫です。それに仮にそうなっても皆様がいますから、なんとかなりますよ」
そう笑顔で言い切るアリエルに、ルーディアは目を細めるが、息を吐いて視線を外した。
この感じは無理だ、と感じたのかもしれない。
反対意見もルーディアの感情からのものであるし、説得の材料もなかった。
「…それより彼女…使えるかもしれません。勘ですけどね」
むしろその後、不敵に笑うアリエルの姿が少し怖かった。
結果的に、アリエルの勘は当たっていた。
あの後、適当な小屋で話をする事になったのだが、女盗賊トリスが語るその半生は壮絶な物であった。
トリスティーナ・パープルホースはたったの8歳でダリウスの性奴隷として誘拐され、盗賊に売られ、そこで頭目の女として生き、気まぐれで盗賊としての生き方を覚えさせられた。
やがてその頭目の代替わりと共に解放され、名を捨てたトリスティーナは晴れて女盗賊トリスとして、今に至るという。
「アスラ貴族って奴はよ…」と部屋の隅でパウロが頭を抱えていた。
そしてそれを聞いたアリエルの率直な感想として、使える、とそう思った。
かなりひどい話で、心は痛み、目からは思わず涙が流れていたが、冷静なアリエルが叫んでいた、「ダリウスの明らかな弱味、負い目、絶対に逃せない」と。
「…こんなになってしまった私の為に泣いて下さるのですね…でもいいんだ!今の生活も悪くない。それよりあんた達国に入れなくて困ってるんだろ?手を貸してやろうか?」
聞けばこの盗賊団は密入国の独自のルートを持っていて、王都まで密入国にしては安全に行けるというのだ。
それを自信満々に告げて不敵な笑みを浮かべるトリスの姿は、完全に盗賊であった。
「…勿論それも魅力的です、けれどトリスさん…いえあえて言いましょう、トリスティーナさん、私に協力して下さいませんか?」
涙を丁寧に拭う仕草をし、アリエルはトリスの目を真っ直ぐに見つめて言葉を紡ぐ。
「協力…?はは、まさか第二王女ともあろうお方が、代金をケチるつもりかい?そうは…」
「違います。ダリウス上級大臣に、天罰を与えたくないですか?今ものうのうと、貴女くらいの子供を狙い、実行し続けているだろうあの男に、報いを与えたくはありませんか?」
そのアリエルの言葉に、トリスは、トリスティーナは目を見開く。
『そういえばエリオットの家庭教師をやっていた頃、私も狙われていましたね、ダリウスとやらに…もしかしたら私もトリスティーナさんのように、盗賊やっていた未来もあったのかもしれませんね。反吐が出る』
「ええ?その話聞いてないよ。知っておきたかったなぁ、ダリウス上級大臣殺せるタイミング、いくつかあったのに」
「ちょっと静かにしててくれ…アリエル様が説得中だ…」
他は静かにしてるのに、と周りを見渡せばエリオットとギレーヌは剣を研いでいて、そもそも話を聞いていないだけであった。
まともなのが叔父だけという現状に、ルークは肩を落とし、アリエルに視線を戻すのだった。
アリエルの説得を受けたトリスティーナは悩んだ。
小一時間程悩んだ。
けれどアリエルの真っ直ぐな瞳に、トリスティーナは頭を下げてその手を取った。
味方にいる三人の剣王、只者じゃない雰囲気の無愛想な女、それらを従え、ペルギウスに認められたというアリエルを信じ、力になる事を誓ったのだった。
あっという間に荒んだ女盗賊トリスをトリスティーナとして仲間に引き入れたその手腕に、話を(自分の中では)黙って聞いていたルーディアは素直に驚いた。
こうやってラノアでも仲間を増やしていのだな、と実際に目で見て納得し、感心したのだった。
取り敢えず今使っている小屋は明日まで使っていいそうなので、今日は屋根のある所で休める事となった。
外は雨が降りだしていて、タイミングの良さに誰かが安堵の息を吐いていた。
密入国は明日、それまでは此処で英気を養う事となる。
それでも一応は交代で起きて、見張りを行う。
そして今はルーディアの見張りの番だ。
トリスは一応、と改めて独自のルートを熱心に確認していた。
「…盗賊に頼るのは嫌かい?」
不意にトリスがルーディアに話し掛ける。
目線は下に向けたまま。
内心を見破られた気分になるが、確かに所々嫌悪を出してしまっていたか、と自分で納得する。
『まぁ…あまり気分は良くないですね。けど納得はしてます』
「ふん、そうかい…大体想像は出来るけどね。…あんた、多分盗賊にでも慰み者にされてた事あるだろう。目を見ればわかるよ」
『…わかるものなんですね。まぁ、貴女と違って一、二月くらいですよ』
「期間なんざ関係ないだろ、相当な地獄を見てきた目をしてるよあんた」
『…否定はしませんね』
「まぁいいさ、あたいも別に当時の事なんざ聞かれたくないし、これ以上はいい。とりあえず、元性奴隷同士仲良くしようじゃないか。あんた、名前は?」
『…ルーディアです。…そうですね、トリスティーナさん自体には親近感があります。盗賊には良い思い出がなくて、失礼な態度をとってしまいましたね…すみませんでした』
「気にしなくていいさ、人を食い物にする稼業だ、嫌って当然さ。ま、これから同じアリエル様の陣営として、宜しく頼むよ」
トリスティーナの案内の元、一行は実にあっさりとアスラへと入る事が出来た。
道中にフィットア領を暫し眺め、ルーディア、フィッツ、パウロ、エリオットが暫し郷愁に耽る一幕があった。
あまり活気が戻ったとは言えない現状に、仕方がない、と一行はかつての故郷に背を向けるのだった。
もしかしたらあったかもしれない未来を、あえて明るく、冗談ぽく話しながら。
そしてとある日、いよいよ王都入りが見えてきた頃、ルーディアがエリオットと共に森の中で、密かに着いてきていたオルステッドと会談に臨んでいた。
「トリスティーナ・パープルホースだと…?」
今旅に同行している女の名を告げた途端、オルステッドは少し驚いたように目を開いた。
『知っておられるのですか?』
「ああ…俺が数多く繰り返した歴史において、アリエルは王となる事が強い運命によって定められていたと言った事があったな?その王になる為に必要な人材…その一人だ。転移事件の時にダリウスに処分されたと思っていたが…盗賊になっていたとはな」
ダリウスには事件が起こると自分の身辺を整理する癖があり、転移事件の時にトリスティーナは処分されているとオルステッドは思っていたらしい。
救おうと思えば救えた可能性があるものの、転移直後にナナホシを確実に確保する必要があった事と、前回はトリスティーナがおらずともアリエルが王になっていた事から重要視していなかったらしい。
「トリスティーナの証言さえあれば、ダリウスは失脚させる事が出来る。これでほぼダリウスは抑えられたと思っていい。よくやった」
『ヒトガミの使徒を一人、倒す算段がついた、という事ですね』
「ああ…だが、まだ他にもいる筈だ。アリエルの従者に不審な点はなかったか?」
『私の見る限りではありませんね…あの三人の誰かが本当に使徒なんでしょうか?』
「そうだろう…と思ったのだがな。見たいものを見れない事は奴にとって我慢ならない筈だが…他に二人いる可能性も考えつつ、アリエルの従者への警戒は続けていろ」
オルステッドは外れているかもしれない予想に、少し顔を歪めた。
『わかりました。万全を期しましょう』
「相手には恐らく北神三剣士が付いている。オーベール以外の二人についても纏めてきた。後で確認しておくといい」
最後にオーベールが敵にいる事を忘れずに油断するな、と告げられ、オルステッドとの話を終えたのだった。
「すまない!」
帰った時、そこではルークがギレーヌに頭を下げている場面だった。
困惑しながら周りを見回すと、アリエルは無表情で、トリスティーナは困った顔をして、フィッツとパウロは悲痛な顔をしていた。
その視線に気付いたのか、アリエルが簡単に事情を口にする。
「ああ…ルーディアさんにエリオットさん。トリスティーナさんが…サウロス様を陥れた主犯の情報を持ってきたんです。…ルークの父が、ピレモン・ノトス・グレイラットが独断で動いたと」
ギレーヌは腕を組んでルークの頭を黙って眺めていた。
『…それは…』
転移事件当時、サウロス…ボレアス家は第一王子派だった。
アリエル派であるピレモンが、サウロスに個人的に思う所があって、チャンスだと思って動いたのは納得出来る話ではあった。
だが改めて、それで処刑までするアスラ貴族に、ルーディアは内心で顔をしかめた。
「まず、父と話をさせて欲しい。情報の正誤もまだわからないんだ、問答無用で斬るのだけはやめてくれ」
そう言って深く深く頭を下げるルーク。
ただただ父を思う子の姿に、ギレーヌは目を瞑って小さく息を吐いた。
「……あたしはアリエルが用意した敵を斬ろう。あたしは頭が悪いからな、理由は後でいい」
それは遠回しな、「アリエルが認めなければ斬らない」という宣言だった。
ルークはその言葉に瞳を潤ませると、再度頭を深く下げたのだった。
同様にルークはエリオットにも頭を下げていたが、政争ってのはそんなもんだろ、という達観した言葉を返され、逆に愕然としていた。
そうして一行は最後の一歩を行く。
その間襲撃される事もなく。
上手くすり抜けた…と考えるのは楽観的すぎるか。
尚も警戒は続ける…いや、これからは更に警戒を強める必要もあるだろう。
アリエル一行は辿り着いたのだ。
「…帰ってきましたね」
王都アルスへ。
万感の思いの込められたアリエルの言葉に、従者達は険しい表情で王城を見つめていた。
睨み付けるように。
「行きましょう」
そのアリエルの言葉と共に、一行は王都アルスへと足を踏み入れるのだった。
100話が見えてきたので記念に何かしようかなと思う今日この頃。
100話見えてきたのか…一話の文字数は少なめですけど、しみじみしますね。