『氷狼』ルーディア   作:如月SQ

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パウロとの決別

次の日、俺は『夜明けの光亭』の前に立っていた。

まだ早い時間帯だからかあまり人影はない。

とりあえず酒場ででも待たせて貰おうと入ろうとした時、目の前を赤い髪が横切った。

 

「…おはようございます、来たんですね」

 

腕を組み、足を肩幅に広げ、訝しげに此方を見上げる少年、エリオットだ。

 

「お、おはよう…随分早いな」

 

「軽く素振りをしてきました。もしかしたら振るうかもしれませんからね」

 

見れば少し汗ばんでいるようだが、軽くの言葉通りあまり疲れてはいないようだった。

…ところでその振るう内容は依頼とか受けるからだよな…?

敵意混じりに言いわれた言葉に少し危機を感じる。

 

「…はぁ、とりあえず酒場の隅ででも座っててください。俺はルーディアに伝えてきます。ダメ親父が来てると」

 

「はは、ダメ親父か…」

 

なんも言えねえな。

言われた通り酒場の隅に座る。

流石にこのまま待つってのもあれなので、飲み物を頼む。

そのままそわそわとして待っていると、前にエリオット、後ろにルイジェルドを連れたルーディアが、仮面をつけローブのフードだけとった姿で歩いてくるのが見えた。

思わず腰を浮かす俺に、エリオットが手のひらを向けて止めた。

 

「飯食ってからだ!落ち着けダメ親父!」

 

「そ、そうだよな…すまん」

 

早く来すぎだ、と呟くエリオットに、俺は焦りすぎたのを自覚して頭をかきながらまた座り込んだ。

…食欲はないが三人が食うまで手持ち無沙汰だ、軽く何か腹にいれておくか。

ポツポツと他の席も食事の客で埋まるのを尻目に、俺も朝食にするのだった。

…チラチラとルディのほうを見すぎてエリオットに思い切り睨まれ、ルイジェルドに苦笑されてしまう一幕があったが、まあいいだろ。

その間ルーディアの視線は一度も此方を見なかった。

 

「…とりあえずルーディアは二人で話す、と。席は丸テーブルの対面ならギリギリ大丈夫だろう、と」

 

食事を終えたエリオットは不満そうで不愉快そうな表情を隠さずに、俺に告げた。

 

「俺とルイジェルドは席を外します。親子で話し合ってください…ただ、昨日の今日でもしやらかしたら、今度は誰が止めようと斬るからな」

 

「祈っている」

 

本気の殺意を向けてから踵を返すエリオットと、言葉少なに去っていくルイジェルド…二人はルーディアと一言二言交わすとそのまま酒場を出ていった。

そしてルーディアはゆっくりと立ち上がると、俺の席へと近付いてきた。

歩く度にカシャン、カシャンとなり、歩きづらそうにする姿に手助けしたくなるが、その気持ちを抑え込む。

やがて、俺の対面の席に座り込んだルーディアに、俺はゴクリと唾を飲み込み、頭をテーブルにつく程に頭を下げた。

 

「すまなかった、ルーディア!」

 

カシャン、と小さく食器が鳴った。

 

「お前の苦労を知らずに好き勝手に罵って…本当にすまなかった。自分勝手な俺が悪かった」

 

『…』

 

「…お前が生きててくれて、本当に嬉しかった…親不孝者だなんて言わないでくれ、生きてくれてただけで充分だ。ありがとう、ルディ、よく…頑張った。ありがとう…」

 

そこまで言って、再度俺は頭を下げた。

ルディは何も言わない。

けれど、体が少し震えているようだった。

 

『…ずっと、辛かった』

 

ポツリと話し出す。

 

『転移して…捕まって…乱暴されて…腕も足もなくなって…声も出なくなって』

 

震えは大きくなっていく。

 

『でも、エリオットがいるから、私が頑張らなきゃって…エリオットを家族の元に返さなきゃって…』

 

より深く項垂れる。

 

『でもルイジェルドに恩を売らなきゃいけないのに、男が怖くなって、何も上手くいかなくて!』

 

俺は頷く事しか出来ない。

 

『…獣族を助ける寄り道だって本当は嫌だった、そのせいで私は…あんな村、一分一秒でもいたくなかった』

 

心の奥底から出る言葉に俺は何も返せない。

 

『父様に会ったとき、私は表情に出せなかったけど、すごく、嬉しかったんです。安心したんです。でも、そんな感情は、父様から溢れた敵意に霧散してしまいました』

 

心が、痛い。

 

『辛くて、痛くて、大変だった旅路を、父様に、褒めて、貰いたかったっ…!ノルンを、やっと会えた妹を抱き締めて、褒めてあげたかったっ…!』

 

仮面の隙間から伝った水が、顎からテーブルへとポタポタと滴を垂らす。

 

『ごめんなさいっ…!父様っ…!父様も苦労していたのがわかる!余裕がなかったのもわかる!それでも、それでも今の私は貴方を、貴方とノルンを…!』

 

ああ…俺は、本当になんて事してしまったんだろうな…。

 

『家族としてっ…!見れないっ…!』

 

そう言い切ったルーディアに俺は目線を向ける事が出来なかった。

これは、ルディの最後の甘えだ、弱音なんてほとんど吐かない娘が見せた弱味、ここまで追い詰めてしまった事に改めて罪悪感が募る。

 

「…そうか…」

 

だがら、そう俯いたまま小さく呟くのが限界だった。

許されないかもしれない、とは思っていた。

けれど、面と向かって言われたルーディアの心の叫びは、それ以上に悲痛で、事実上の絶縁宣言にも、俺は返す言葉がなかった。

 

「そりゃ…仕方ないな…これからの旅の無事を、祈ってる…。気をつけて、な」

 

そう言って俺は立ち上がる。

対面の席で涙を流しながら震える娘にかける言葉は、これ以上はでなかった。

踵を返し、ルーディアに背を向けた瞬間思わず涙が溢れてきた。

涙が溢れおちないように、上を見上げながら、俺は『夜明けの光亭』を後にした。

嗚呼、いい天気だなぁ…。

…畜生、日が目に染みやがる。

 

こうして、俺達の親子関係は…終わってしまった…。

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