王都アルスに足を踏み入れた一行を待っていたのは、大きな歓声だった。
最初の内はそうでもなかったものの、道行く人が町人中心となった頃、何人かの人が馬車の外にいるルークに気付き、馬車の中にいるのがアリエルだと気付き始める。
一般の民衆にアリエルは非常に受けがいいらしく、かなりの数が足を止めて馬車へと歓声をあげていた。
10年近くアリエル達は国を出ていたというのに、すごい熱意であった。
しかしそこで不意に、疑問を口にする民衆が現れる。
「あのシルフィ様と同じような装備をしている男は誰だ…?」
そう、フィッツは国を出るまではシルフィとして女装をしていたのだ。
だがルーディアとの再開を機に女装をやめたのだが、今もそのまま普通に男の格好をしていた。
フィッツの額に冷や汗が滲んだ。
「ばっか、あれは成長なされたシルフィ様…いやあれ男だな」
「え、シルフィ様はそもそも男でしょ。健気にバレてないと思い込んで女装してる姿が可愛いのよ。シルフィ様ー!女装やめたんですかー?」
「「「「「な、なんだってー!?」」」」」
一斉に驚愕の表情を浮かべる民衆。
しかしすぐにけろりとしてまた歓声をあげ始めた。
「…まぁいいかお美しいのは変わらないし」
「はぁ~、凛々しく成長なされて…ご立派ですわぁ」
「おかえりなさいシルフィ様ぁー!」
そんな変わり身の早い民衆に、目尻をヒクつかせながら、フィッツは出来るだけ笑顔で手を振っていた。
自分に正直というか、なんというか。
「これだからアスラは…」とパウロが目元を抑えて俯いていた。
そんな民衆から衛兵まで含めて歓迎の歓声で出迎えられ、アリエル達の人気具合を確認する事になった一行。
名残惜し気に見送る民衆へと愛想を振り撒きつつ、一行は貴族の地区へと入り込んでいった。
貴族の地区では流石に歓声は響かなかった。
遠くから喧騒は聞こえるものの、パカパカという馬の足音と馬車の音、あとは鎧姿の兵士達の鎧の擦れる音が聞こえる程度だった。
隊列を組んで時折出会う兵士達はフルフェイスの兜をしていて、とても重そうであった。
そんな時、駆け足でいく兵士達が横を通り抜ける時、一人の兵士が一行のほうを振り向いた。
その兵士は少し驚いたような動きをした後、先頭を走る部隊長らしき兵士に何言が話したかと思うと、此方を真っ直ぐ見据えた。
兵士はそのまま兜を取り去ると、ニコリとした笑顔を浮かべて此方へと走り寄ってきた。
「お久し振りです!エリオット、ギレーヌ、そしてルーディアさん!」
『まぁ、イゾルテさんじゃないですか。お久し振りですね』
剣の聖地へとルーディアが行った時にレイダと共に出会った女性、水王イゾルテ・クルーエルがそこにいた。
視界の端で、杖をマントの内側で構えていたフィッツが杖を納めるのを捉えつつ、ルーディアはするりと馬から降り、イゾルテと向かい合った。
「こんな所で再会出来るとは思いませんでした、ルーディアさんと会うなら水神流の道場かと…あっ、あれから腕をあげましたか?私はあれからエリオットやリナ達と中々充実した日々を送りましたよ。自分の慢心を思い知りましたし、また強くなれたと思います。ルーディアさんが良ければ少し見ましょうか?見ての通り私は見習い騎士となったのでいつでも、とは言えませんがお休み等は貰えるのでその時にでも」
『ええ、水王様にみて貰えるなんて光栄ですね』
「ふふ、正式に騎士に任命されれば、なんと水帝の称号も貰えるのですよ」
『おお、すごいですね、流石です』
そんな和やかに会話をしていると、エリオットも近寄ってきた。
ギレーヌとパウロは辺りを警戒しているようだ。
知り合いと話してる間に背後からオーベール…ありそうな話である。
「エリオットも元気そうですね。今はこの馬車のお方の護衛ですか?」
「ああ」
「今王都は第二王女が帰って来たという話で持ちきりですから…もしかして…?ルーディアさんもラノアに住んでいるという話でしたし…」
イゾルテは久々の再会が嬉しいのか、笑顔で矢継ぎ早に言葉を繋ぐ。
エリオットは慣れてるのか、話の区切りに口を開く。
「まぁ時間を見てルーディアとまた会いに行く。その時また話そう。お互いやる事をやろう」
「あ、そうですね、引き留めてしまって申し訳ありません」
イゾルテはエリオットとルーディアの二人、そして馬車のほうへと一礼し、その手にしていた兜を被った。
「その時には町の案内もさせて下さい。それでは、聖ミリスのご加護があらんことを…あれ、そういえばお二人結婚したのですか?アルス君はお元気で」
「イゾルテ!また後でな!」
まだ話を続けようとするイゾルテに辟易したように、エリオットはひらりと馬に飛び乗る。
まだ話し足りないと顔にかいてあるイゾルテに苦笑しつつ、ルーディアも馬に乗り込む、
『すみません、イゾルテさん。また後日お会いしましょう』
「むぅ…はい、また後日に」
ルーディアとしても再会は嬉しかったが、あまり今は話したくなかった。
アリエルを王にする過程で、打倒しなければいけない相手かもしれないのだから。
水神が相手方に雇われたのは間違いない情報だ。
つまり水神流自体が敵になったようなものだ。
顔見知りであっても…いやだからこそ、油断は出来ない。
ルーディアは内心複雑な思いで、走り去るイゾルテを見つめていた。
アリエルの屋敷についた一行はそれぞれ部屋を割り当てられた。
そしてそれぞれ身を清め、夕食を終えて、勢揃いした一行はアリエルの話を聞いていた。
「まずは皆様に感謝を。おかげでここまで辿り着く事が出来ました」
アリエルは頭を小さく下げた。
「ここからは私の仕事です、迅速にペルギウス様を迎える『場』の準備に取り掛かります。やる事は多岐に渡りますが、手早く終わらせます。迅速に動かなければ、ダリウス上級大臣に何かしらを手をうたれるやもしれませんので」
皆は小さく頷く、流石にこれらの話は真面目に聞いているようだ。
「私の想定通りの『場』を作り出せば勝利は揺るがないと思っています。しかし懸念が一つ…相手方の戦力です」
密入国してからというもの、襲撃は一切なかった。
それはそれでスムーズに王都まで辿り着けたのはいいのだが、相手方の戦力も減っていない事を意味していた。
特に北神流の彼ら、オーベールとウィ・ター、そして北神三剣士のまだ見ぬ一人。
それらが健在な上に、水神までいるというのだから、アリエルの懸念も最もであった。
『一応確認しますが、アリエル様の動かせる戦力に北王に対応出来る戦力は…』
その問いにアリエルは首を振る。
「一応ある程度の戦力は『場』に配置しますが、良くて上級程度の剣士や、魔術師達です。北王相手でも難しいでしょう」
『そうですか…』
「そこで、皆様には少しでも戦力を削る為に…危険ではあるのですが、わざと隙を見せて敵を釣り上げて頂きたいのです」
そう語るアリエルは、他人を自分の姿に見せる魔道具を使って囮になって欲しいと頼んだ。
ルーディアに。
『…私ですか?』
「はい、何かあっても対応出来るルーディアさんにお願いしたいのです。それにまぁ…皆様やる気になっていらっしゃいますしね」
見ればフィッツもエリオットもパウロもギレーヌも、皆やる気に溢れていた。
ルーディアを守れるシチュエーションに、少し楽しそうであった。
それに少し呆れつつも、ルーディアは頷く。
「…わかりました。私はオーベールの警戒に集中するとしましょう、彼の魔力は見ましたからね」
「宜しくお願いします。さて皆様、何か異論はありますか?」
アリエルは皆の顔を見渡しながら問い掛けるが、誰も異論はないようだった。
「それでは、十日後くらいを目処に『場』を作り出します。それまでどうか、やれる限りの事をお願いします。…明日からね」
そのアリエルの声にそれぞれ返事を返す。
その頼もしい戦力に、アリエルは思わず小さく笑みを溢す。
これなら王になれるだろう…いや違う。
必ずこれらを使って王になる。
一瞬緩んだ気持ちを引き締める。
アリエルは心に強く刻み付けた。
『おお、本当にアリエル様ですね。どうですか?』
「表情は変わりませんか。まぁ、微笑だけでなんとかなるでしょう」
「本当にアリエル様そのままだね、喋らなきゃ僕でもわからないよ」
『ふふ、フィッツ、興奮しますか?アリエル様ですよ』
「いや全然、ピクリとも反応しないよ」
「フィッツ?」
それからアリエルに扮したルーディアはそれはそれは襲撃された。
けれど、強者はおらず、護衛としている四人の中で一番弱いだろうルークでもなんとか対応していた。
時折不穏な気配を感じてルーディアが視線を向けるが、そこには既に誰かがいた気配しかなく、オーベールも攻めあぐねているような印象を受けた。
暗殺者の数は減らせているが、『場』においての悪足掻きの戦力が多いというのは不安材料だ。
一度「今日は護衛が体調不良でほとんどいない」という釣り餌を用意してみたものの露骨過ぎたのか襲撃はなく、これ以降の襲撃も散発的なものになってしまっていた。
襲われるのはアリエル派の貴族ばかり…大事には至らなかったようだが、いくつかの貴族の離反を招いていた。
結局、『場』の構築までに敵戦力を削るという目的は果たす事は出来なかった。
とある日、ピレモン・ノトス・グレイラットと話が出来る機会があり、ルークは熱心にピレモンを説得していた。
どうかアリエル様の所へ戻ってきてくれ、と。
だがピレモンはルークの顔すら見ずに、「お前には言ってもわからん」と吐き捨て、足早に去っていってしまった。
話を拗らせないように、と顔を隠していたパウロが、呆れたようにため息をついた。
ガックリと肩を落とすルークの肩をポンと叩く。
未だに忠誠心と家族愛の狭間で苦しんでいる姿を見て、パウロは内心で弟に悪態をついた。
そして、アリエルの『場』の設営は完了した。
思ったよりも早く終わったのだが、それが少し懸念点でもあった。
アリエル派の貴族が最近、何家か壊滅させられていたのだ。
よってそのせいでか、アリエルの各貴族への根回しがその分早く終わっていたのだった。
少し不穏な気配を感じつつも、それでもアリエルは『場』の作成を迅速にやり遂げた。
いくつかの不安点はある、不穏な気配もある、けれどアリエルはこのパーティーの開催を押し通す。
ここで全てを決める。
そう意気込んで、アリエルは貴族の集った会場にて一歩踏み出した。
「本日、お忙しい中、お集まり頂きありがとうございます」
アリエルの戦いが始まった。