『氷狼』ルーディア   作:如月SQ

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『逃走劇』北神三剣士

ギレーヌは黒煙に包まれた中で、ウィ・ターと対峙していた。

今はウィ・ターが盾でギレーヌの剣を受けているからまだ見えているが、漆黒の鎧を装着したその姿は、既に足の末端等はほぼ見えない状態であった。

 

「北王『光と闇』のウィ・ター…いざ」

 

「ふ…剣王『黒狼』…いや、『デッドエンド』の『母猫』、ギレーヌ・D・グレイラットだ!尋常に」

 

ギレーヌは最近得た二つの名前を高らかに口にする。

ルーディアと出会う前の自分が今の自分を見たら、どう思うだろうか。

思わず笑みを溢してしまうギレーヌに、ウィ・ターが怪訝な表情を浮かべた。

そんなウィ・ターをギレーヌは弾き飛ばす。

それに逆らわず、後ろに下がったウィ・ターの姿は、黒煙に紛れまったく見えなくなった。

しかし、二人は示し合わせたかのように、同時に口を開いて、開戦の言葉を口にしたのだった。

 

「「勝負!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パウロとエリオットが黒煙から抜け廊下へと出ると、ダリウスがオーベールに背を押されて角を曲がる所だった。

 

「待ちやがっ!」

 

パウロが走りだそうとする所へ、素早く近付いた兎耳の一人の剣が振るわれる。

それをパウロは足を止めてかわした。

そこへ更にタイミングをずらし、逆方向から剣が振るわれた。

近付いてきた兎耳の後ろに、ピッタリ体を寄せて近付いてきていた、ナックルガードの片割れだ。

パウロはそこから更に下がりその剣も避ける。

 

「ここから先は」

 

「通さない」

 

二人は攻撃をかわされると後ろにピョンと跳んで下がり、鏡あわせのように剣を構える。

パウロとエリオットもそれに対応するように剣を構えた。

 

「我らか弱きミルデット」

 

「我ら二人で一人前」

 

「『双剣』ナクル」

 

「『双剣』ガド」

 

「「二人揃って北王『双剣』のナックルガード!」」

 

「『狂剣』、『天剣』!」

 

「ここから先は、北神三剣士の名にかけて、通さない!」

 

剣を交差し、こちらを睨み付ける二人。

それに相対するのはエリオットだった。

 

「『狂剣王』エリオット・グレイラット、押し通る!」

 

投擲用のナイフを左手に逆手に持ち、剣を左へ振るう。

身を翻すナクル、その隙を埋めるようにガドがエリオットに切りかかる。

それを腕を交差してナイフで受け、ナクルが切りかかってくるのをガドをナイフで力任せに弾きながら、剣で受ける。

 

「エリ…」

 

「…!」

 

パウロが加勢しようと一歩踏み出そうとした時、エリオットの眼光がパウロを貫いた。

それに一瞬躊躇ったパウロだったが、直ぐに剣を納めて、ダリウスへと駆け出した。

エリオットの目は、自分に任せろ、そう言っていた。

 

「あっ…!待て!」

 

「余所見してんじゃねぇ!」

 

ガドがパウロへ意識を向けた瞬間、エリオットのナイフがガドの前の壁に突き刺さる。

新たなナイフを抜きながら、エリオットは手を交差させた構えで剣先を向ける。

 

「お前ら二人、俺一人で十分だ」

 

エリオットの挑発と共に、二人は苛立ちに顔を染めて、エリオットへ襲い掛かる。

それをエリオットは、口元に笑みを浮かべ、迎えうつのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パウロはオーベールとダリウスを逃げ場のない部屋へと追い詰めた。

ダリウスは既に息も絶え絶えの様子で、玉のような汗をかいていた。

 

「こ、こんな馬鹿な事があってたまるか。こんな、こんなのはおかしい」

 

「しかしなぁダリウス殿。長い人生では、こうした事もありましょう。今は腹を据え、窮地を脱するべく頭を使うべきかと思いますが?」

 

パウロは二人の会話を聞きつつ、油断なく愛剣を構えた。

 

「儂は神の言う通りにしたのだ! その儂が追い詰められるなど、あってはならん!」

 

「…やれやれ、信心深いことですが…ならせめて、今は息を整えつつ、某の勝利を祈っていただけませんかねぇ」

 

オーベールはパウロしかいない追っ手を、何処か安心したような息を吐いた。

 

「お相手は今は一人…もし勝てれば逃げれる事でしょう、ウィ・ターもナックルガードも足止めに徹してる筈です。覚悟を決めなされ。さて…某は北帝、人呼んで『孔雀剣』オーベール・コルベット」

 

「剣王、『天剣』パウロ・グレイラットだ」

 

オーベールの改めての名乗りに、パウロも答えた。

そのパウロの言葉に、強く反応したのはダリウスだった。

 

「パウロ…グレイラット…貴様!ノトスの悪童か!」

 

「懐かしい名前だな…」

 

パウロは目を細めた。

若かりし頃、好き勝手していた自分を罵る渾名の一つだった。

今となってはただの思い出だ。

 

「ノトスには随分と便宜をはかってやった筈だ!こちらの陣営に迎えてやったし、ピレモンの望む通りにサウロスは処刑してやった!」

 

「はん、叔父上がいなくなったせいでフィットア領は未だに復興出来てねえじゃねえか。お前がある程度金出したのは知ってるがな、それが充分だったなら俺は捜索団の拠点をミリスに置いてねえんだよ」

 

「ミリスのラトレイア家のように金だけ出せば良い訳でもあるまい!サウロスを放っておけば、ボレアスは潰れ、フィットア領は周りの貴族達に切り分けられる未来しかなかったわ!」

 

「そうやって…政争でまごまごしてるうちにどんだけの被災者が死んだと思ってやがんだ!俺達が後一歩で助けられなかった奴等がどんだけいるか!ただただ平和に暮らしてただけの一般人を見捨てて、叔父上を殺した政争は楽しかったかよ!!!」

 

パウロの鬼気迫る圧に、ダリウスは悲鳴をあげる。

 

「ひぃいい!ど、どれだけ言おうと!い、今フィットア領があるのは儂の手によるものだ!こ、こここんな所で殺される謂われはない!金は確かに出した!た、助けてくれれば更に金を出す!見逃してくれぇ!」

 

「…もう喋んな、ギレーヌとエリオットに泣いて詫びやがれ」

 

そう静かに告げたパウロが視線をオーベールに向けた。

オーベールはやれやれ、とわざとらしく首を振る。

 

「…交渉決裂のようですな。では、いざ尋常に…!」

 

両の手に剣を持ち、オーベールがパウロへと構える。

 

「ああ、俺も…ちょっとやってみたい事があるからな…確か…こう…」

 

パウロはそう呟いて姿勢を低くし、剣を斜め下に構えた。

途端、放たれる覚えのある圧に、オーベールの額に冷や汗が流れた。

ピクリ、と思わず動いた左手に持つ剣に剣閃が走り、ガィン!と強く鉄同士がぶつかる音が響いた。

オーベールは思わず口元をひくつかせてしまう。

 

「う、嘘でしょう」

 

「…狙いが甘いか。スケールダウンして…『奪剣』…範囲がまだ狭すぎるな。目の前のお前と…ああ、成る程、こうか」

 

「ひぎゃぁああああ!」

 

動こうとしてしまったダリウスに、オーベールの反応出来ない速度で剣閃が走った。

 

「その後ろくらいだな」

 

両手両足の腱を切られて床に転がるダリウスをちらりと見て、オーベールは勝ちの目が限りなく薄い物だとわかってしまった。

仮にこの状態を上手くひっくり返し、上手くパウロを無力化ないし殺せたとして、ダリウスを抱えて逃げれるものか…。

オーベールから見てウィ・ターとナックルガードはギレーヌとエリオットには勝てないだろう。

後はその二人が来れば、動けない自分はそれで終わりだ。

 

「は、ははははは…なんであるか、実は水神直々に教えでも…?」

 

「いんや、初対面でこそねぇが、『剥奪剣界』を見たのは初めてだな。だが特等席でじっくり見れたからな、範囲を狭めたのなら使えると思って、やってみた」

 

オーベールはパウロの才能に言葉を失う。

まさに『天剣』だ。

以前の戦いで剣王と名乗っているにも関わらず、北神流をよく使いこなしてはいたが、水神流すらこの練度…まるで今の『剣神』のようだ、とオーベールは思った。

 

「…このまま膠着させてエリオットとギレーヌの合流待ってもいいが…あの二人とあんたを近付かせたくねえな、何されるかわからん。だから…決着はこれじゃねえ」

 

パウロはそう呟いて、『奪剣』の構えをやめた。

オーベールは圧が消えた事により、改めて両手の剣を構え直す。

 

「…いいのですかな?某を自由にして」

 

「北帝がこれで終わりは味気ないだろ?さあ…お互い、どっちが生きるか死ぬかだ…俺はあんたの剣に対応してみせるぜ」

 

「……ハァッ!」

 

オーベールは剣を振り上げた。

その動きと共にいつの間にか手に持っていたクナイがパウロ目掛けて放たれる。

クナイを避けて対応したパウロに、そのままオーベールは振り上げたまま踏み込んだ。

その瞬間、オーベールの足から変な音がしたと思えば、パウロの真横から何かが放たれた。

それもまたクナイだ、踏むことによって射出する物を真横に仕込んでいたのだ。

顔の真横を飛んでくるそれを、体を前に出す事でパウロは避ける。

そして踏み込んだ赤い絨毯。

パァンッ!という音とともに何かが破裂し、それはパウロの足を床に接着させた。

 

「うぉっ!?」

 

動かなくなった足に戸惑い、思わず視線を下げて、足元を確認するパウロ。

 

「隙、ありぃ!」

 

そこをオーベールは、両手の剣で挟み込むように斬りつけた。

 

「ちぃっ!」

 

されどパウロの対応も凄まじく、掲げた右腕から肘と手首の無理な動きだけて剣を下へと扇状に振り下ろし、纏めてその二本の剣を叩き落とした。

しかし、その余りの手応えのなさ、床に呆気なく叩きつけられた二本の剣の行方を見る間もなく、パウロの体を腰から肩まで、剣閃が走った。

 

「北神流奥義『朧十文字』」

 

オーベールは二本の剣がパウロに対応された瞬間、既に腰の三本目に手を伸ばしていたのだ。

その剣がパウロを下から真っ直ぐ切り裂いた。

ブシャアッ!とパウロの体から鮮血が飛び散る。

 

「お、おおおお!!やった!」

 

「いえ、浅いっ!」

 

ギリギリ上体を反らして、薄皮一枚の軽傷で抑えた血のついたパウロの顔にニィ、とした笑みが浮かぶ。

オーベールのパウロを斬りつけた腕がガシッと捕まれ、パウロの剣がギシリと上段に構えられた。

 

「『光の太刀』」

 

その光の太刀…片足が接着されていて体勢の悪いそれは、ギリギリそう呼べる程度だった。

それを、オーベールはどうにか取り出せたクナイで受け流す、そのつもりであった。

なのに。

 

「(…光の太刀の手応えが、ない)」

 

なんの手応えもなく、ガランとパウロの持っていた剣が自分の足元に転がった時、オーベールは気付いた。

気付いてしまった。

既にパウロの右手が、下ではなく右に振り抜かれている事を。

パウロの剣がクナイと当たる直前、まさに先程オーベールがやったように、防がれると思った瞬間、その剣から手を離して腰の剣を抜き放ち、無防備な相手を切り裂いた。

目の前でオーベールの技を見たことで、パウロは既にそれを自分の物にし、光の太刀として放っていたのだ。

ブシッ、とオーベールの腹に刻まれた横一直線の傷、そこから鮮血が溢れた。

 

「『朧光の太刀』…」

 

「み…ごと……」

 

オーベールは一目で自分の技を模倣された事に、少しの悔しさと、それ以上の誇らしさを感じ、思わず笑みを浮かべてしまった。

自分の技を、自分を打ち倒した相手が使っていく…剣士としてなんという誉れか。

ブシャアァアア!と腹から吹き出し、足元を染める血に、オーベールは顔から床に倒れ込む。

そして数度ピクピクと痙攣し、そのまま動かなくなった。

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