読者様方にも理不尽な孫の手様にも。
無職転生Ⅱアニメ放送中!
ギレーヌとウィ・ターの戦いは、黒煙に包まれている間はウィ・ターが有利に事を進めていた。
とはいえギレーヌが負った傷は軽く、ウィ・ターも長く同じ所にいると鎧毎切り裂かれると知っている為に、深手を負わせる事が出来ないでいた。
そして、決着は呆気なくついた。
別の所で役目を果たしていたフィッツが部屋に入ってきて、未だに漂う黒煙を風で纏めてしまったのだ。
それにより姿をくっきりと現してしまったウィ・ターはギレーヌの渾身の『光の太刀』を受けて、盾と鎧毎真っ二つにされた。
ウィ・ターの体が床に崩れ落ち、血が円上に広がる様を見て、ギレーヌは剣を納めた。
そして、ルーディアの様子をチラリと確認した。
あれだけ切り裂かれていたにも関わらず、両腕両足はしっかりと繋がっているようだ。
それに今は座り込んでいるものの、近くにはフィッツとルークがいる。
大丈夫そうだと判断したギレーヌはパウロとエリオット…ひいてはダリウスを追う為にその部屋を後にしたのだった。
黒煙が晴れたそこで、ルーディアは首から下を凍り付かせたレイダをイゾルテに任せる事にした。
『他の人に任せたら、例えレイダさんでも危ないかもしれませんから…イゾルテさん、頼みましたよ』
「…けっ、そう思うならさっさとイゾルテに首をはねるように言うんだね。今のあたしゃ貴族を傷つけ、王族を殺そうとした逆賊だよ」
「お師匠様…そんな事言わないで下さい…まだ学びたい事がいっぱいあるんですから」
「けっ!どうせ処刑になるさ!死ぬ事には変わりないんだから、せめて後々の為に活きるような、そんな死に方をさせて貰いたいもんだね!」
「ルーディアさん、お師匠様は任せてください」
そんな悪態を吐き続ける自分の祖母を、周囲から守るように背に隠すイゾルテ。
イゾルテはその際ルーディアへと小さく頭を下げた。
あの状況、レイダは問答無用で殺されてもおかしくなかった。
にも関わらず殺さず無力化し、今も氷付けにして拘束し、止血及び切り落とされた腕の保存までしてくれている。
そしてふと、イゾルテは周囲を見回した違和感に気付いた。
レイダの黄金色の愛剣が見当たらなかったのだ。
「ルーディア!君は最高だ!まさか水神まで撃退出来るなんて…まったく、なんて礼を言えばいいのか…アリエル様が王になれたのは間違いなく君達のおかげだ」
『ルーク先輩、まだ気が早いですよ、ウィ・ターはギレーヌが倒して行ったようですけど、ナックルガードとオーベールがいます』
「なぁに、エリオットと叔父上なら大丈夫だろう、君もそう信じてるだろう?アリエル様が王となるのは、もうほぼ間違いないさ」
『それは…まぁ』
「ああ、本当にありがとう、抱き締めてキスしたい気分だ!」
『冗談でもやめたほうがいいですよ。後ろでフィッツが、人を殺せる目でルーク先輩の事見てますよ…て、あれ、アリエル様に誰か近付いていますよ、敵意はなさそうですが…』
「む、そうかまだ一応警戒の為に側に…父上…?」
「おめでとうございます!このピレモン、この日をどれだけ待ちわびたことか!」
部屋の騒がしさが一段落ついた事で、アリエルは一度息を吐いた。
パーティーの再開等は出来ないだろうが、自分が王になるという事は周知出来た事だろう。
そんな中こちらに近付き、かけられた言葉にアリエルは怪訝な表情を浮かべた。
「グラーヴェル派を油断させるべく、寝返ったふりをして機を伺っておりましたが、いやはや、私が何かをする必要など、ございませんでしたな。さすがはアリエル様。異国の地で十分すぎるほどに成長なされたようだ!」
「ピレモン様…」
「いえいえ、アリエル様、みなまで言う必要はありません。私も味方の少ないなか、他人に後ろ指を刺されるような立ち回りをしました。しかしながら、全てはアリエル様を思ってのこと。こうなれば、あとは以前に戻れましょう、私がアリエル様の後ろ盾となり――」
アリエルは最後まで言葉を聞かなかった。
「ピレモン・ノトス・グレイラット!」
ピレモンの大声をかき消さんばかりに放たれた、咆哮のような一喝。
「家の事もありましょう!立場の事もありましょう!寝返ったことに関しては、私が弱かった事にも理由がありましょう!」
ピレモンは目を丸くして、アリエルを見ていた。
「ですが、寝返ったならば最後まで矜持を持ちなさい!敗者となった後に、もう一度元の鞘に収まろうなど!恥を知りなさい!」
「あ…う…」
ピレモンは目を白黒とさせ、絞りだすように言った。
「も、申し訳、ございません」
ピレモンがアリエルを裏切ってグラーヴェルにすり寄り、更には兵すら出していたのはある程度の地位を持つ貴族なら知っている。
そこで血たまりの中転がっている北王ウィ・ターも元はノトス家で主に雇っていた剣士の一人だ。
ピレモンのこの行動がパーティーの前であったなら、まだ違った印象だったかもしれない。
けれど今騒ぎが収まってから、というのは露骨過ぎて貴族達は失笑を浮かべていた。
アリエルは疲れたように肩を落とすと、自分に近寄ってくるルークの姿を見て、小さくため息を吐いた。
「…長い間私を支えてくれたルークに免じて、今この場での処断は見送ります…沙汰は追って伝えましょう。けれど!元の地位に戻れるとは決して思わぬ事です!私自身は貴方にほとほと愛想が尽きました!過去私を支えてくれた事と、私が最も信頼する護衛の一人が貴方の息子のルークだという事、貴方はその二点でのみ生かされている事を肝に銘じなさい!」
「は、はい…」
ピレモンは頭を深く深く下げ、アリエルから後ずさっていった。
やがてルークがすぐ側にたどり着き、それに対してアリエルは小さく笑った。
「…すみませんルーク、もしかすると、ギレーヌ様に捧げる事になるかもしれませんね…」
悲しそうな笑みを浮かべるアリエルに、ルークは首を横に振って苦笑した。
「父上のあの言動は…許されるものじゃないです。即処刑されなかっただけ良かった。アリエル様の寛大なお心に感謝致します」
「ありがとうルーク…さて、あとはパウロ様達を待つだけで――」
「動くな」
その時だった、アリエルの首筋に、後ろから黄金の剣が差し込まれた。
ルークはそれに対して、反射的に剣の柄に伸ばそうとした手を止めた。
「…どういうつもりですか?」
アリエルはいつの間にか自分の両腕が後ろに回され、片手で捕まれている事に気付く。
そして首のすぐ横にはレイダの愛剣。
現状を把握したアリエルは視線だけをそれを成した相手へと向けた。
「トリスティーナさん」
先程ダリウスを糾弾した、仲間の筈のトリスティーナ・パープルホースが、そこにいた。
口元を引き結び、眉をひそめた表情で、アリエルを見ていた。
「後はこのまま私が王となれば、貴方は貴族に戻り、幸せに暮らせます。今なら誤魔化せますよ、バカな事は」
「幸せ?幸せだって?」
トリスティーナは嘲笑うように告げる。
「パープルホースに戻ったって、幸せになれるとは限らないじゃないか。あたいを一度は売った家だよ、信じられる訳ない」
「なら私の直属の」
「あんただってたった今!家臣を切り捨てただろう!あたいがそうならない保証はあんのかい!」
「それは!俺の父が裏切ったから…!」
「五月蝿い!それにまだダリウスは死んでない…あいつがもし生きてたら、失脚のきっかけになったあたいを、また、あの地獄に…!」
錯乱しているのか、どうにも言動が不安定で、何かに怯えるように震えている。
先程隙を見て拾ったその豪華な剣がカタカタと鳴っていた。
『トリスティーナさん!何をやってるんですか!』
「アリエル様!?」
「アリエル様の命が惜しかったら動くなぁ!」
騒ぎに気付いたルーディアとフィッツが遅れてやってくる、それに対しトリスティーナは声を荒げた。
二人はそれに足を止めた。
『なんで…!トリスティーナさん!』
「あたいはこれでもミリス教徒さ、お告げは悪魔の囁きだって知ってる…けど、けどね、怖い、怖いんだよ!またあの地獄に戻されるかと思うと、体の震えが止まらない!自分を抱く男の肉欲しかない瞳に見られながら、身体を貪られ続ける、そんな地獄に二度と戻りたくないんだよ!すがりたいんだ、悪魔の誘いだろうと!お告げはこう言ってた…最後の最後、アリエル様は失敗するって、ダリウスは生き残り、あたいが狙われる、そこをアリエル様は見捨てるんだって!それであたいは性奴隷に逆戻りなんだって!!!」
トリスティーナの瞳から涙が溢れだした。
「わかるだろうルーディア!あんたならわかる筈だ!あんな地獄に戻されるくらいなら、なんでもするだろう!?」
『それは…!』
言葉に詰まってしまう。
その通りだと頷いてしまいそうになる。
ルーディアは無意識に自分を抱き締めていた。
あの地獄に戻されるくらいなら…そう思ってしまう気持ちもわかる。
けれど、同時に怒りが沸いた。
人の弱味につけこみ、利用する、ヒトガミの手口に心底腹が立つ。
『…けど、けど!トリスティーナさん!そのお告げだけは信じてはいけません!そいつは悪魔なんです!』
「じゃああたいにどうしろっていうのさ!怖くて怖くて堪らないんだよ!寝る度にあの頃の事を見せられて、あたいの青春が塗り潰される様を見せられて!」
その内容の悪辣さに、ルーディアは臍を噛む。
トリスティーナはルーディアをギン、と睨みつけた。
「はっ!本当の意味であんたにはわからないのかもね!あたいだって、カッコいい人に恋して、愛して貰って、子供を産んで、幸せになりたかった!ダリウスに、あのゴミクズに犯されてる時、きっと白馬の王子様が助けてくれるなんて、くだらない夢想してたわたしの気持ちなんて!」
泣き叫びながら心の内をぶちまけたトリスティーナは、ルーディアからアリエルへと視線を戻す。
部屋の中は静寂に包まれていた。
まるで小さな少女の悲鳴のような慟哭に、言葉を失っていた。
パープルホース家の当主、フレイタスはあそこで泣き叫んでいる娘が、まるで誘拐された当時のままの姿で泣き叫んでいるように見えた。
「アリエル様を殺せって、お告げは言ってたんだ、それであたいは幸せになれるって!だから!」
叫び、剣を持つ手に力をいれる様子に、ルーディア達は苦悩の表情を浮かべ、どうにか説得を続けようと口を開こうとした。
その時だった。
ブシュ
「え……ごぼっ…」
トリスティーナの身体が不自然に震えた。
同時に夥しい量の血が、トリスティーナの口から溢れ、その手に持つ剣がガラン、と床に転がった。
武器を離したのを確認したルークが直ぐに飛び出し、アリエルの身体をトリスティーナから引き剥がした。
「す、すみませんルーク…」
「いえ、此方こそ油断してしまって…それより、トリスティーナは…!?」
小さく頭を下げるルークは、そのままアリエルの肩を持ったまま、トリスティーナから離れ、視線を向けた。
そこには、呆然とした顔で口から吐き出された血でドレスを染める、トリスティーナの姿があった。
そして、トリスティーナの胸から突き出ている、血塗れのガントレット。
「だめですよ、そんな事しては」
血塗れの女の背後から、そんな声がした。
トリスティーナは震える身体で後ろを振り向き、そこにいた人物に目を見開いた。
「なん…で、ど…ろ…」
「やれやれ、モブの役目はもう終わりですよ?」
背後にいる男、鼠色のローブの男は、トリスティーナの胸を貫いたまま持ち上げ、横へと雑に投げ捨てた。
『トリスティーナさんっ!』
それをルーディアは駆け寄り、身体で受け止めた。
トリスティーナの流す血で身体を染め、衝撃でレイダに切られた腕や足に痛みが走る。
受け止めたトリスティーナの身体は既に息も絶え絶えで、目も虚ろだった。
だくだくと穴の空いた胸から流れる血に眉をひそめ、急いで治癒を始めるルーディア。
そんな時、トリスティーナの掠れた、小さな呟きが耳に入った。
「わたしの、じんせいって…なん…だったんだ…」
同時にカクンとトリスティーナの身体中の力が抜けた。
瞳から涙が一筋流れ、見開いたままの瞳から光が失われる。
身体から急速に失われていく魔力に、その事実に、ルーディアは震え、悔恨するように俯いた。
トリスティーナの見開かれた瞳をそっと閉じて、ルーディアは自身の瞳から涙を落とす。
動かなくなったトリスティーナの身体をそのまま横たえ、ルーディアはゆっくりと立ち上がった。
その理由に気付いてしまったフレイタスは膝を折り、その場に崩れ落ちる。
ルーディアは、それを成した男を目を細めて見据えた。
「ふぅ、やれやれ。アリエル様、危なかったですね」
飄々とした態度で、ニコニコとした笑みを浮かべた、鼠色のローブにフード、背中には大きな杖、更にはマフラーで口元も隠した怪しい男。
Sランク冒険者『泥沼』…ルーディアを二度殺しかけた男。
本名、ルーデウス・ノトス・グレイラット。
パウロの弟であるルーデウスのいきなりの登場に、場は混沌とした空気に包まれるのだった。