「お久し振りです、アリエル様、ルーク君、フィッツ君。お元気そうで何よりです」
ローブを翻し、胸に右手を当て、小さく頭を下げた。
その久し振り、という言葉にルーディアは目を見開く。
「ナナシ…生きて、いたんですね」
「無事だったんですね、ナナシさん!」
「お前、生きていたのか…」
アリエルも、フィッツもルークも知っているような反応をしていて、ルーディアはなおも困惑してしまう。
ナナシ、という名はルーディアは確かに聞いた覚えがあった。
フィッツが世話になったと、赤竜の上顎の襲撃時に、囮になった聖級魔術師だと。
それが、泥沼だった…?
背筋に寒気が走るような、恐ろしい疎外感を感じて、ルーディアは口を開く。
『あ、アリエル様…トリスティーナさんが…治癒が間に合わず…お亡くなりになりました…』
たまらずルーディアは話し掛けた。
アリエルは直ぐにルーディアのほうを見て、痛ましげに表情を歪める。
「そう、ですか…」
小さく呟き、アリエルはフレイタスのほうを見据える。
トリスティーナの突然の裏切りは残念だった。
彼女にはダリウスを抑えた立役者として、元盗賊だとしてもそれを隠しきり、便宜を図るつもりだったというのに。
ただ、もう少し私の隣にいてくれれば…と思わずにはいられなかった。
彼女がしてくれた事は、それだけ大きかったのだ。
「…彼女は罪に問いません。私の力が及ばなかったばかりに、彼女は私を信じきれなかった…フレイタス・パープルホース様…申し訳ありませんでした」
「いえ…私には…何も言う資格はありません…」
娘の亡骸を前に意気消沈した様子のフレイタスに、アリエルはそれ以上言葉を続けず、視線をルーディアへと戻した。
『…それで、その方は…?』
「ああ、すみません、彼の事は私達も故人だと思っていたものですから…ナナシ、もう本名を名乗っていいのではないですか?彼女には今回、とても助けられたんですよ?」
「成る程、勿論良いですよ」
「ええ、紹介しましょう、ルーディアさん、此方ナナシと名乗っていますが、本名を」
『ルーデウス・ノトス・グレイラット…』
先んじて言葉にすれば、アリエル達は三者三様に、驚いたように目を開いた。
フィッツはその言葉に思わず杖を構える。
だが顔色は困惑に染まっていて、戸惑いを隠せていなかった。
「ご存知だったのですか?彼は昔アスラ貴族から意図的に自分を抹消し、無名の人物として私に仕えてくれて…」
何処か嬉しそうにアリエルはルーディアへと紹介する。
その様子にルーディアは例えようもない苛立ちを感じてしまい、再度アリエルの言葉に被せるように言葉を紡ぐ。
『またの名を、S級冒険者『泥沼』私を二度殺しかけた男です』
その言葉とともに、ルークも剣を構えた。
アリエルとルーデウスの間に体を入れ、二人に距離を取らせるように手を差し込む。
『泥沼』という名前はラノアにまだいた頃、敵として現れるかもしれない魔術師として、あげていた名前だ。
ルーディアという、ルークから見て優秀すぎる魔術師を殺しかけた魔術師、そんな奴がいるのかと聞いた時は強く警戒心を高めていた。
「…どういう事だ、ナナシ…お前がノトス・グレイラット?何よりルーディアの話していた『泥沼』だと?」
「アリエル様…知ってたのですか…?ナナシさん…どういう事ですか…?」
そんな警戒を露にする二人に、アリエルは慌てたように口を開く。
「な、何をしてるんです二人とも!ナナシですよ?彼が『泥沼』…ルーディアさんを傷付けた相手だというのは驚きましたが、彼の事です、きっと理由があったに違いありません!」
『理由があれば私は死んでもいいのですか?アリエル様は』
「そ、それは、違、でも…ナナシは…」
アリエルは傍目で見てわかる程に狼狽える。
今回の戦い、特に最後のレイダ・リィアはルーディアなしには対処出来なかった。
道中も魔力眼での広い警戒や、旅慣れしていない自分の身体の治癒までこなしてくれていた。
何より、今回剣王の三人を戦力と出来たのは、ルーディアと繋がれていた事が大きかったと、アリエルは理解していた。
自分が今、ほぼ王となる事が決定付けられた位置に立つ事が出来た、一番の立役者であると言えた。
そんな彼女が死んでてもいい、と取れるような発言は間違いなく失言であった。
しかし、ナナシもアリエルにとってはかけがえのない存在である。
ナナシの、ダリウスを追い込むのに間違いなく貢献してくれたトリスティーナへのいきなりの暴虐。
それが頭から抜け落ちてしまうくらいに、その生存は衝撃的だった。
幼い頃から見守ってくれて、飄々とした適当さの中にも此方を気遣うのが見えて、何より自分の倒錯的な趣味にも理解を示してくれた。
何処か人とズレた感性を持つとは思っていたものの、アスラ貴族ならば仕方ないと思っていた。
あの時、ナナシに囮となるよう命じた時の喪失感がフラッシュバックする。
そんなカタカタと震え出してしまったアリエルを見て、ルーデウスは肩を竦めてため息を吐いた。
「ふぅー…あんまりアリエル様を苛めないであげてください。僕がアリエル様の術師であることと、ルーディアさん。貴方の命を狙ったのは別の話なんですから」
その言葉と同時に、ルークとフィッツは戸惑うアリエルの体を抱え、ルーデウスと距離を取る。
警戒しながらも、二人の顔は信じられないとばかりに表情を歪ませていた。
「お二人ともしっかりとアリエル様を守っておられますね、結構結構」
ルーデウスはそれにちらりと目を向け、嬉しそうに呟き、コツコツと歩き始めた。
『…どういう事ですか。というより、何故貴方がここにいるんですか。ヒトガミの使徒は三人までの筈…ダリウス、レイダさん…トリスティーナさん…これで三人の筈です』
「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ。別に僕は今日貴方を殺しに来たわけでも、事を構えに来た訳でもありません。つまり今は…あれですね、今の僕はヒトガミの使徒じゃない、オフの日って奴です」
『オフ…?』
ルーディアがきょとんとした顔でルーデウスを見る。
確かにルーデウスからは自分への敵意も殺意も感じられない。
今まで自分を亡き者にしようといくつか仕掛けてきたというのに、何故…とルーディアは怪訝に思う。
兎に角自分も念の為にアリエルを守れる位置にいよう、とルーディアは視線を外さずに、慎重に移動し始めた。
ルーデウスはそれを気にする様子もなく、体を成り行きを見守っていたアスラ貴族達へと向ける。
「僕がここまで来た理由は二つ。一つは、アリエル様が王となる事がほぼ確定した事をお祝いする為」
ルーデウスはそう言うとマフラーに手をかける。
そのままマフラーとフードを外し、その顔を露にした。
「もう一つはアスラ貴族の皆様にご挨拶しておこうと思いましてね」
正面で二つに別けられた茶髪は後ろで一つに纏められ、左の目元には泣きぼくろ。
パウロの話では30は越えている筈の顔は随分と若く見え、ニコニコとした胡散臭い笑みを浮かべていた。
ルーディアはその顔を見て、パウロやルークとの血の繋がりを感じ…何故か同時にゼニスを感じていた。
とはいえ男は母親に似た女に惹かれるというのも聞いた事があるし、恐らく母親が似ているのだろうと自分で納得していた。
アスラ貴族の一部がその姿を確認して、ざわざわと声をあげはじめる。
「皆様、ご機嫌よう。知らない方は初めまして、知ってる方はお久し振りです。ルーデウス・ノトス・グレイラットと申します」
そう宣言したルーデウスに、貴族のざわめきが大きくなる。
死んだ筈では、そんな声すら聞こえてくる。
そんなルーデウスを視認した、先程アリエルに叱責されたピレモンの顔が更に蒼白となる。
「ル…ルーデウス…」
その言葉が聞こえたのか、ルーデウスは視線をピレモンに向けると、コツコツと歩き始める。
「ルーデウス?」
ピレモンの目の前で立ち止まったルーデウスは笑みを浮かべたまま、首を傾げた。
「に、に、兄さん、何故ここに…」
「何故ぇ?ピーレーモーン。貴方は僕が家督を譲った時の条件、忘れちゃいましたかぁ?」
ルーデウスの手がピレモンの頭を掴む。
先程トリスティーナを貫いた手で、だ。
渇き始めた血がぬちゃりとピレモンの頭に張り付く。
悲鳴をあげて、ピレモンが膝をついた。
「ひ、ひぃっ!あ、アリエル様を、お、おお助けし続ける」
「しました?」
ぎし、とピレモンの頭が音をたてた。
「ゆ、許して、許してくださいルーデウス兄さん!ノトスを存続させる為に仕方なく、仕方なく!」
「本当にダメな子ですねぇ、ピレモンは。剣術の才は兄さんに取られ、魔術の才は僕に取られ、じゃあ政治が出来たり、頭良かったりするのかと思えば、なんにも出来なくて」
「ぐ、くっ」
見下されている屈辱に、ピレモンは思わずルーデウスを睨み付ける。
「僕との約束を破ってアリエル様を殺そうとした分際で、睨み付けてこないでくれませんか?」
「ぐぁああああ!!!」
ギリギリと頭を掴む手に力が入り、ピレモンの悲鳴が響く。
ピレモンも両腕でルーデウスの腕を掴み抗おうとしているものの、ビクともしない。
そんな状態にも関わらず、ルーデウスの表情はニコニコとした笑顔なままであった。
「ナナシ!やめろ!父上にはアリエル様が追って沙汰を下すと決めている!」
その様子にたまらず、ルークが叫んだ。
いくらこの後どうなるかわからなくとも、実の父親である事は変わらず、情もある。
今ここでアリエルの側から離れる事こそ出来ないが、ナナシの暴虐を止める分別はあった。
「…仕方ないですねぇ、ルーク君に感謝するんですよ」
「か……ぁ…」
パッと離されたピレモンは、そのまま頭を抑えてうずくまった。
「さて、それでですね、今回アリエル様を裏切った貴族の方々、あと直前で鞍替えした貴族の方々へご報告があります」
ルーデウスはそれに見向きもせず、貴族へと向き直り、数歩前に出る。
先程の暴虐を感じさせない穏やかさに、該当する貴族達が顔を青くさせる。
お待ちを、と貴族が声をかけようした時だった。
ルーデウスは両手の平をそれらに向けた。
「お前とお前で終わりです」
腰を浮かした二人の貴族の頭が吹き飛んだ。
それらの背後の壁に、拳大の岩がめり込んでいた。
頭を吹き飛ばされた貴族が血を噴き出して倒れ、その血に濡れた貴族達が悲鳴をあげる。
「あなた方の家族は既に家ごと潰してますから、これで全滅ですよ」
「む、無詠唱魔法…ナナシさん、使えないって…」
フィッツの震えた声が響く。
それをルーデウスは聞こえてないように、言葉を続ける。
「アリエル様を裏切ったら、この僕が許しませんので、貴族の皆様方にはよくよく覚えてていただけると嬉しいですね」
貴族達は強く感じていた、目の前にいる男はまともではないと。
そして、そんな男を従えているアリエルの強かさを。
それは先程アリエルが狼狽していた事を差し引いても、アリエルへの反発心が消えていく衝撃であった。
「ピレモン、貴方の家はありますよ、ルーク君に免じてね」
ガタガタと震えはじめていたピレモンに、いっそ優しく声がかけられる。
「かーわーりーにー。貴方から逃げた奥さん、見つけ出して殺しておきました。最後に、「なんであんな奴のせいで死ななきゃいけない!」と泣き叫んでいましたよ可哀想に。彼女も、貴方も」
やれやれと頭を振るルーデウスを、ピレモンは思わず見上げて睨み付けてしまった。
「…ぐっ…貴様…!」
「貴様?なんですか?その口のききかたは」
ルーデウスは笑顔のまま首を傾げ、背中の杖をピレモンに向けた。
青みがかった巨大な魔石のついたその杖、その杖の先から岩が生成され始める。
それにピレモンは顔を青くした。
「本当にピレモンは頭が悪いですねぇ、黙ってれば…死なずに済んだのに」
アンケート少し悩みますね、いるほうが多いとはいえいらない人もそこそこいるし…
設定はいずれ必ず書きますが、問題はタイミングかな…