アリエルとの話し合いを終えた後、ルーディア達はオルステッドの呼び出しに応え、とある墓所でまた話し合いをする事となっていた。
使用人向けの墓地らしく、人気がまったくないそこの地下で、ルーディアが生成したテーブルと椅子に腰掛け、会議が始まった。
「ご苦労だったな、これでアリエルが王となるのは確定だ。これまでの経験からするとヒトガミの介入はもうないと思っていいが…ルーデウスの狙いが読めんのが不安要素か…」
そう言って腕を組んで俯くオルステッド…のような服装の人物。
その頭には無骨な、まるでバケツに穴をあけたようなヘルムが装着されていた。
これはクリフが試作品として作ったオルステッドの呪いを抑える装備であり、実際に効果もあるのだが、ビジュアルは最悪であるし、声も少し聞こえづらい。
その状態で多分ヘルムの中では真剣な顔で悩んでいるのだろうが、パウロとしては正直面白かった。
「あのヘルム、効果があるのは確かなんだが、見れば見る程笑えてくるな、似合わなすぎるだろ」
パウロは声を潜め、ルーディアに話かける。
笑いが込み上げる程に恐怖が薄れているというなら成功ではあるのだろうが、オルステッドとしては複雑な気分だろう。
『オルステッド様は、私達の為にあれをつけてくださっているんですよ?笑ったら失礼じゃないですか』
「似合わないのは否定しないのな」
『……それでオルステッド様、これから私達はどう動けば宜しいのでしょうか?』
ルーディアはあえてその言葉を無視して、オルステッドに問い掛ける。
パウロがニヤニヤと笑っていたが、顔をあげたオルステッドはそれらのやり取りは聞いていなかったようだ。
「む、そうだな。パウロの判断通りで良い。俺の知るアリエルと細部が違う以上、監視は必要だろう…とはいえ定時連絡を欠かさない程度でいい。普通に護衛として動き、深入りする必要もない。身を守るマジックアイテムをいくつか見繕うから、もしも何かあれば死に物狂いで逃げ、此方へ連絡する事を徹底してくれ」
「了解…だが、誰がやるにせよシャリーアとアルスの往復は、そう気軽に出来る距離じゃねぇ。誰が残っても家族と引き離されるってのはなぁ…。とはいえ毎回ペルギウス様に頼るってのも…」
「なら俺が転移魔法陣を設置してやろう。俺がいるシャリーアの拠点に、各地への転移魔法陣を設置するのを予定している。これからお前達には、各地で様々な事を頼む事になるからな」
『それは便利そうですね…ふむ、それで誰が残りましょうか…そのままフィッツ…というのも手なのですけど…』
「うーん、僕が残るというのは別に構わないけど、出来ればもう一人欲しいかな。僕はどうしてもアリエル様寄りになっちゃいそうだから。後それなら、毎日シャリーアに帰れるようにして欲しいかなぁ…今でもたまにルーシー僕の事見てきょとんとするから、少し会わなかったら忘れられちゃいそう…」
『流石にそんな事ないと思うけどね…』
「それ相応の危険はあるが、屋敷の隠し部屋なんかに設置するという手もある。定期的に魔力結晶を交換しなければいけないだろし、秘密を守れる使用人の選定等も必要だろうが、お前達が俺に従う理由は家族の為だ、引き離すのは本意ではない」
「お、いい事言うな。そうだな…毎日帰れるなら、俺が出るとするか。無職ってのはちょっとあれだったからな」
パウロは苦笑しながら言う。
ミリスでリーリャに無職、と言われていたのが実はずっと気になっていたのだ。
「まぁ、そうだな。あたしはこれから動きづらくなるだろうし、パウロが適任だろう」
『…?お母さんに何かありましたっけ?』
ギレーヌは疑問符を浮かべたルーディアを抱き寄せ、頭を撫でる。
「お前の弟か妹を産む予定がある。まだ仕込んで貰ってないが…なあに、今回の発情期で必ず孕む」
目をギラギラとさせながらパウロを見つめるギレーヌの瞳孔は縦に開き、獲物を見つめる獣の瞳をしていた。
ピシリ、と固まったパウロの額に冷や汗が滲む。
妻と迎えたのだ、抱く事に否やはないのだが、思い出すのは若かりし頃、ギレーヌの発情期にかこつけてエリナリーゼも交えて過ごした淫らな日々。
その後のエグい虚脱感を思いだし、年月を重ねた今、果たして無事に生き残れるのだろうかと、パウロは此方を見て舌めずりするギレーヌを見て戦慄するのだった。
『まぁ…父様、頑張ってくださいね。精の付くものを用意するようにアイシャとママに伝えておきますから』
「お、おう…」
「…話を戻すが、アスラ王国にはこれまで通りフィッツを仕えさせ、追加でパウロを派遣する。それでいいな?」
その言葉に異論はない、と皆が頷く。
それにバケツ頭のオルステッドは頷く。
「ルーデウスの動きや目的がわからない故に、あまり油断するな。シャリーアに戻ったらまた改めて指示をする。以上だ」
次の日、皆が滞在している屋敷に来客があった。
水王にして見習い騎士のイゾルテ・クルーエルだ。
どうやら王都アルスで再会した時の「案内する」という約束を律儀に守りにきたらしい。
とりあえず今日は気晴らしも兼ねて、イゾルテの案内の元皆で王都観光を楽しむ事とした。
「まぁ、それではルーディアさんは今、三人も夫を…!」
『ええ、イゾルテさんとしてはあまり気持ちの良いものではないかもしれませんが…』
「否定はしませんが、それよりエリオットと結婚して大丈夫ですか?暴力振るわれたりしてませんか?」
「どういう意味だ」
「だってエリオットったら、立ち会いの時剣を弾き飛ばすと直ぐに手が出るんですもの。心配にもなりますよ」
「ルーディアにはそんな事しない」
『ふふ、大丈夫ですよ、エリオットはベッドの上以外ではちゃんと紳士なんですよ?』
「おい」
「きゃぁ、やっぱり。エリオット、女の子はもっと優しく愛でないといけませんよ」
「……あのなぁ」
「それでねルーディアさん、これから案内する所は王都でも評判の…」
『まぁ、いいですね!そういう所は初めてなので楽しみで…』
何か言いたげなエリオットであったが、キャイキャイと楽しそうに会話する二人に毒気が抜かれて、大きく息を吐いて黙々とその後をついていくのであった。
一方、更にその後ろを追うフィッツ、パウロ、ギレーヌの三人。
フィッツが楽しそうに案内し、それをパウロとギレーヌも笑顔で楽しんでいるようだった。
パウロとギレーヌの距離が近いが、まぁ、誤差である。
やがて王都の案内を終えた昼下がり、まだまだ見るものはある物の、イゾルテの希望で水神流の道場へと案内されていた。
そこには何人かの門下生がいたものの、一行の視線は一人の老女へと向けられていた。
「…よく来たね」
水神レイダ・リィアが平然な顔をして椅子に座って此方を見返していた。
驚く事に彼女はお咎めなし、となっていた。
更には腕まで治療され、愛剣までしっかりと返還されていた。
王族を襲ったにも関わらずこの扱いであるのは、実害がなかった事もそうではあるが、王宮内にレイダのシンパが多かったのも理由の一端であった。
水神流全体での懇願もあり、ダリウスに騙されていた、というカバーストーリーが形成され、そのまま釈放となったのであった。
納得がいかないのはもちろんレイダ・リィア本人であるが、これで暴れて水神流が終わるというのも本意ではない。
渋々と道場での指南を続ける事にしていた。
『レイダさん、教え乞いに来ましたよ』
その納得のいっていない燻る思いを知ってか知らずか、ルーディアはそう声をかけた。
想定していた挨拶ではなかったのだろう、レイダは暫し目を丸くすると、やがて細め、ニヤリと笑みを浮かべた。
「ふん、いいだろう。あんたら全員に水神流が使えるとは思えないけど、あたし直々に見てやろうじゃないか」
「…レイダさんに見て貰いたかったんだよな。是非アドバイスしてくれ。いくぜ、『奪剣』」
そう呟き、姿勢を低くして構えたパウロに、レイダとイゾルテの目が見開かれ、見学をしていた水神流の門弟達が息を飲んだ。
パウロと立ち会っている、先程まで水神流の門弟達を相手に無双していたエリオットとギレーヌの動きが、放たれる圧によってその瞬間にガチンと固まった。
『えぇ……』
ルーディアの呆れた声が響く。
埒があかない、と無理矢理動こうとしたエリオットとギレーヌが、一瞬で身体中を木剣で強かに打ちのめされていた。
「お師匠様の『剥奪剣界』に比べれば範囲は狭いようですけど…これは…」
イゾルテが呆然とその光景を眺めて呟く。
自分がいずれは習得すると決めていた技を、一度目にしただけの、まともに水神流を習っていない上級剣士が使っている現実に、感情が追い付いていないようだった。
「…ルーディアの嬢ちゃんも充分才能に溢れていたと思ってたんだがね…天才ってのはいるもんなんだね…やれやれ、オーガスタの目は確かだった訳かい…」
遠い目をして呟く水神の姿に、才能という物を強く感じ、やるせない思いになるルーディアだった。
稽古を終えて夕食を共にする一行…その中でレイダのダリウスを助けようとした今回の行動について、ルーディアが不意に問い掛けた。
『何故あのような人を、レイダさん程の人が助けようとしたんですか?』
その問いに、食事を手のを一度止めたレイダは、過去を思い出すように目を細め、つらつらと語りだした。
「その昔…あたしが天才だなんだと持て囃されて、有頂天になってた頃の話さ。調子にのって貴族の少年を叩きのめしたら…大勢で報復に来て、叩きのめされちまってね。腕を切り落とされて絶体絶命…そんな時に助けてくれたのが、その貴族より位の高かった、子供の頃のダリウスだったのさ」
人を助ける…ダリウスのイメージからは程遠いそれに、皆は反応に困る。
「そりゃお世辞にも顔はいい男じゃなかったが、あたしはその有り方に惚れたね。水王となって剣術指南役として再会した時はその時の礼をして、あわよくば、なんて柄にもなく乙女みたいな事を考えてね…けど、その時にはとっくにデブ狸になって根性もひん曲がって…あたしの事もひとっつも覚えてなかった」
それにイゾルテが痛ましそうに表情を歪めた。
レイダはそれを気にする事なく話を続ける。
「そんでまぁ…助けられた恩をその失望と失恋で相殺して…さっぱり忘れて過ごしてきた訳だけど…剣の聖地の帰り道に夢でお告げがあったのさ、「王宮に仕えれば命の恩を返せる」ってね。それで改めて考えてみれば…命の恩、それをあたしは返せてないと思ってね、本当のピンチに助けて、それで全て終わりにしよう…そう思ったのさ」
『そう…だったんですね』
人の心につけこんで操るヒトガミのその手に、ルーディアは苛立ちを隠しながら頷いた。
「…ま、それもルーディアの嬢ちゃんに阻まれちまって、生き恥を晒してるけどね…ただ、義理は果たした、とは思ってるよ」
話疲れたとばかりに、レイダは手元のコップから水をあおる。
「改めて悪かったね、こんなババアの癇癪で殺しかけて。詫びと言っちゃなんだが、道場に来てくれるなら、あたしが直接見てやるよ」
そう言って食事を再開するレイダは、何処かスッキリとした様子だった。