Adonis.   作:ぬめり

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おまけの様なもの。想像以上に沢山の方に見て頂けて、調子に乗って生み出しました。


Subfile.1

 

『cigarette』

 

 アドニス─怜は煙草を好まない。

 少なくとも、煙草を好む者が多い組織の連中に囲まれる中でも、彼がそれを吸っている姿を見たのは一度だけ。

 確か、ジンとウォッカと任務を共にした際に、ジンと私が吸っていた煙草を見て、「いっつも吸ってるけどそんなに良いもんなのか、それ」と言ってきた彼に私が咥えていたそれを貸した一度っきり。その時は、渋い顔をして直ぐに私の口に返してきたことを覚えている。

 とはいえ、それ以前、それ以降も私が彼の側や車で煙草を燻らせるのを咎めないところを見るに、忌避感があるという訳ではないらしい。何だったら、コンビニなんかの側を通る時に「補充しておかなくていいのか?」何て聞いてくる時もある。

 だからまあ、きっと何本か継続して吸えば彼も喫煙者になるのかもしれないが、私としてはそうならないでくれると助かる。健康にも悪いし、この紙筒の代わりに目を輝かせてクレープなんかを頬張っている彼のほうが好きだからだ。

 

 今日も彼は任務の帰りに屋台販売のクレープ屋を見つけては、弾んだ顔で店員に注文していた。

 

「クレープのうっすく生地が広げられるとこが好きなんだよな」

 

 ウキウキな様子で店員の手元を見つめる彼は、つい先刻に人の後頭部に銃口を押しつけて凄んでいた男と同一人物には思えない。

 私は、彼の愛玩動物のようなその顔を見ていると、血と硝煙臭い裏の世界の事を忘れてリラックスできた。キールなんかが出張先でお菓子を買ってきては彼に与えたり、バーボンが偶に手製のスイーツを振る舞ったりしているのを何度か見たことがあるが、彼女らも彼のこの顔を気に入っているのかもしれない。

 

「ベルモットはいらねえのか?」

 

 彼は比較的倹約家であるが、甘味のことになると財布が緩む。お気に入りのスイーツを広めるためならば犬猿の仲のジンにまで奢ろうとするくらいだ。

 

「私は遠慮しておくわ。女優は体型維持に気をつけないと」

「俺からしたら細すぎるくらいだけど。アンタの美貌が努力の結晶なのは理解してるけど、偶には食べ歩きに付き合ってくれたらなあ」

 

 物理学を無視するような量を腹に収める貴方の食べ歩きに付き合ってたら、明日には映画の主演の座を降ろされることになりそう。

 それに、幸せそうな甘い蕩ける雰囲気を纏いながら歩く貴方の隣を歩く時には、苦い煙草を咥えているほうが丁度いいのだ。

 店員から三つのクレープを受け取って上機嫌に口笛を鳴らす彼を見ながら、私は煙草に火をつけた。

 

「まあ、健康に悪いって意味では甘味の大食いよりも、煙草のほうを止めておいたほうがいいのかもしれないけれど」

 

 じりじりと先端を燃やしながら、口に煙を充満させる。クレープとは違い、自分だけでなく近くの人間にも健康被害を撒き散らすものなのだと考えると、彼の為にも禁煙に踏み切ったほうが良いのかもしれない。

 そんなことを思いながら、クレープを堪能している彼の方を見る。

 すると、彼は悩ましげな表情で口を開いた。

 

「んー、まあ、確かにそれはあるかもしれんけどさ。俺はベルモットが煙草吸う姿好きだからなぁ。格好良くてさ」

 

 その言葉に何だか、口の中の煙が甘くなったように錯覚した。煙をゆっくりと吐き出す。白煙が空気に溶けて消えていく。

 再度、煙草を燃やして煙を口に。それを味わう振りをして、頭の中で言葉を整理する間を稼ぐ。

 

「……ふふ、それなら私を見てくれるファンのためにも、もう少し続けてあげようかしら」

 

 2、3度サイクルを繰り替えした後で、口から煙草を離し、彼に向けてそう言う。一瞬頭をよぎっていた禁煙の案は、もう煙と一緒に外へ吐き出されて消えていた。

 女だって、男の前では格好つけたいのだ。

 私はいつもより少し顔を作りながら、もう一度煙草に口を付けた。

 

 

 

 

 

『drink』

 

 ベルモットは煙草だけではなく、酒も好む。

 好む、とはいえ、量はしっかりとセーブしているし、多少の酔いは見せるものの、所謂酔っ払いのような状態にはならない。

 それに、煙草とは違って酒ならば、俺も一般的な範囲のものくらいなら楽しむことが出来るので、任務がなかったり若しくは完了したりした日には、俺と彼女による定期的な晩酌が開催されている。未成年飲酒だろうという突っ込みは無しだ。そもそも、組織の一員として働く俺からすれば、未成年飲酒なんて今までやってきた犯罪ランキングの100位にすら入らない。

 今日も、俺はベルモットの用意した酒をグラスに注ぎ、犯罪に勤しんでいた。机の上に乗せられているのはラムやライチジュース、トニックウォーター、切り分けられたライムにミント、食用薔薇。

 本日のメニューはスタンダードなレシピに薔薇を添えたモヒート。赤いネグリジェに身を包んでいるベルモットによく似合っていた。

 

「で、今日はキールとこそこそ何処に行っていたわけ?」

 

 ステアしていたバースプーンをグラスから抜き取り、彼女は俺にそう問いかけてきた。静かな声だが、どこか圧を感じる。

 

「何処って、カフェ巡りしてただけだよ。表ではアナウンサーしてるだけあって、各地の話題な店には詳しいんだよな」

 

 きっと実際にロケに行ったところから選定してくれたのだろう。今日行ったところは何処も想像以上に良いところばかりだった。

 トークも上手くて話していて飽きない。今日は充実した休日だった。

 

「ふーん、私が撮影の仕事でスタジオに缶詰になってた時、貴方は人気女子アナとデートしてたってわけね」

「デートって……そもそも俺とキールだけじゃなくてバーボンも居たからな?そもそもあの人と約束してたところにキールが加わってきた形だし」

 

 組織にはあまり友人と呼べる人は居ない。大抵、年齢やベルモットのお気に入りということなんかで邪険な対応をされることが多い。まあ、そもそも俺を含めてコミュニケーション能力に難ある奴が多いってこともあるが。

 その中でも、キールとバーボンとは良い関係を築けている……と俺は思っている。組織の中では年齢が近いというのもあるし、何というか、二人には常識がある。ちゃんと冗談を冗談として受け取ってくれるし、むやみに一般人を脅すようなこともしない。ベルモットもそうだが、一緒にいて気を張らなくて済むのだ。

 兎も角、バーボンとの約束が前提としてあったことを強調すると、ベルモットは一先ず納得してくれた。

 

「余り目の届かないところであれこれされると困るのよね。『契約』の条項、増やそうかしら」

 

 クイッとグラスを傾けて、ベルモットは俺を見据える。

 

「構わないけど、相応の対価を用意してくれなきゃサインはしないよ」

 

 俺とベルモットの間で交わされている『契約』。それは、幾つかの縛りと対価で形作られていて、両者の踏み越えてはならない領域を守るための約束事。信頼とは別の形で俺たちを繋いでいるものだ。

 彼女の過去とか、シェリーについてとかいう大きなものから、連絡の頻度とか食事の内容とかいう小さなことまで。そういうことを細かく定めるのは、契約がものを言う芸能界で生きてきた彼女らしくもある。

 それに、案外しょうもないことにまで決まり事があると、その分しょうもないことでの衝突が無くなるのだ。

 

「……この前、組織に入り込んでたNOCがいたから心配してんだろうけど、二人とも目につく範囲では妙な行動はして無かったよ。少なくとも、俺と遊んでる間は純粋に楽しんでくれてたと思うけどね」

 

 それに、あの2人のことなら俺と同じくらい詳しいでしょとベルモットに言いながら、新しく作ったモヒートを飲む。

 爽やかで清涼感のある味わいが、日中たんまりと甘味を収めた口には丁度良い。

 

「そういうことじゃないの。全く、変装術を学ぶなら、もっと人の心について勉強しなさい」

 

 はあ、と溜息を吐くと、ベルモットは手元のモヒートを呷って完飲し、俺の飲み始めたばかりのグラスを奪う。

 

「ちょっと、お代わりは自分で作れって」

 

 盗られたモヒートに手を伸ばすが、彼女の手で叩き落とされる。

 

「未成年飲酒を防いでいるの。駄目よ?子供がお酒なんて飲んじゃ」

「今更なにを……」

 

 心にもない理由を吐きながら奪還を拒む彼女に俺は仕方なく、空いた彼女のグラスを使って自分の酒を作り直すことにした。

 ただ注ぐだけとは違い手間のかかるカクテルだが、特に苦には感じない。

 俺が酒を好む理由は、勿論美味しいからという前提はあるが、何よりもこのほんのりと酔って素を露わにした、ちょっと面倒くさくなったベルモットが眺められることにあるのだから。

 

 

 

 

 

『disguise』

 

「なあ、怪盗キッドってアンタの弟子かなんかなのか?」

 

 ビルの大型ディスプレイに映し出されるニュース番組を見ながら、怜は隣を歩くベルモットに尋ねた。

 ニュースでは先日の怪盗キッドの盗難騒ぎが報じられており、キッドの概要やこれまでの警察との攻防なんかが、少々エンタメ風に脚色された状態で放送されていた。

 

「……何でそう思ったの?」

「ん?いや、ニュースでも言われてるけど、キッドって誰にでも変装できるんだろ?姿形だけじゃなくて声色までそっくりに。まるでアンタのことを言ってるみたいだぜ?」

 

 誰にでも化け、変声機無しで声をトレース。性格や仕草までもコピーして周りを欺く姿は、ベルモットのそれを言っているかのようだ。

 とはいえ、キッドは男だという噂だし、そもそも彼女と共にいた時に何度もキッドの騒ぎは起こっている。本人という線は無いだろう。

 

「さあ……そもそも私の変装術自体が受け売りだし、その師匠の弟子が他にいるのならその中に怪盗キッドもいるのかも知れないけれど……。私が貴方に伝授したように、彼の弟子が更にその弟子に変装術を教えてるのなら、それだけでも容疑者は相当な数になるわね」

「ふぅん、警察も大変だな。アンタみたいなのと毎回やり合わないといけないなんて」

 

 キッドは変装に加えてマジック、手品のほうも超一級品らしい。過去何度も奇術めいた方法で警察の手を逃れてきたという。仮にベルモットと同レベルの変装が出来るのだとしたら、厄介極まりないだろう。その巧みな変装を見抜いた上に、盗みの度に手法を変える脱走術や盗難術も見破らないとお縄にすることはできないのだから。

 

「ま、私たちとしては派手に警察の目を引きつけてくれてるのは助かるけれどね」

 

 ベルモットの言葉に怜も頷く。敵の敵は味方。少しでも警察の目が黒い組織の影から白い怪盗の姿の方に移ってくれればこちらとしては大助かりだ。

 

「それより、最近は教えられてないけど、変装と変声の練習、ちゃんと毎日こなしてる?」

「ああ、ちゃんと欠かさずやってるから安心しろって。まあ、まだ若い女性声を長時間出してると喉が痛くなるし、アンタ程のクオリティって訳にはいかないけど、少なくとも警察の目くらいは誤魔化せるくらいにはなったよ」

 

 話の流れで確認してくるベルモットに、怜は胸を張って答える。尻尾を掴まれてはならない組織のメンバーの一員として、彼女の変装術は非常に重宝する。組織に入って以降、ベルモットに指導されてきた怜の変装だが、ここ最近は変装の範囲も同性に限らず女性にまで広げることができて、かなり特殊な声質や口調の相手にまで化られるようになっていた。この前も、新名由依に化けて杯戸シティホテルに侵入したが、彼女の知人にバレるようなことは最後までなかった。

 これもひとえに定期的に開かれるベルモットスクールのお陰だ。

 

「そう、ならその調子で続けなさい。なんたって、今度潜入するのは、隠れた真実を探ることに長けた人間たちの集まりなんだから。少しでも驕ってたら、キッドより先に牢屋に入れられることになるわよ」

 

 ああ、何だったら変装のせいで貴方がキッドってことにされかねないわね、とベルモットは笑い、ニュース番組から視線を外した。

 ニュースの中では、今日もこの近くのビルに併設された美術館宛に予告状が届いていたことが触れられていた。情報によると決行は夕方。まだ太陽が真上にきた頃合いだが、既にこの周辺にもキッドを捕らえるべく警察が集結している筈だ。

 別に今日は何をしようとするでもなく、街を散策していたベルモットたちだが、余計な事件に巻き込まれる必要は無い。彼女らは衣服や食料品なんかの入った紙袋を手にし、キッド目当ての観衆が集まってくる前にこの場から去ることにした。

 その際、ベルモットは手に持っていた喫茶店のテイクアウトコーヒーを背後にあった茂みに放り投げていく。

 周りから見れば奇怪な行動だが、ベルモットと怜は満足そうに顔を見合わせて笑った。

 

 

 

 

 

 

「あー、くっそ、何だよあのカップル。潜入だのなんだの物騒な会話しやがって。あっちー……火傷とかしてねーだろーな」

 

 茂みの中では、コーヒーを頭から被ったキッドが悪態を吐いていた。

まさか、今日美術館に潜入するための変装相手を物色していただけでこんな目に遭うとは思っていなかった。

 折角化けるなら美女のほうが良いと彼女らに近づいたが、話を聞いてみれば同族か、少なくとも表には出せない仕事をしているのだろうという会話。

 今日の変装先は、無難で地味な奴にしておこうと、キッドは頭を切り替えた。

 取り敢えずは服を着替えるとしよう。こんなにコーヒーの香りを漂わせていたら、なんてことない一般人にすら気付かれてしまいそうだ。

 

 





『cigarette』
 怜は煙草は苦手だけど、煙草型のお菓子は好んで咥えてます。
『drink』
 未成年飲酒ダメ、絶対。
 定期的に怜、キール、バーボンの3人でお洒落なカフェに並び、3人で別々のものを頼んで食べ比べしてます。お会計の際、キールやバーボンが金を出したがりますが、怜は毎回断っています。
『disguise』
 怜も変声機無しで声色を変えられます。外見の変装も可能ですが、ベルモットにやってもらったほうがクオリティ高いです。
 キッドは無事に目標の品を美術館から盗み出せました。
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