探偵たちはそれぞれ殺人現場である食堂を観察する。大上の座っていた座席を主に食器や家具、本人の身体。そして、これまでの全員の会話、行動を思い起こし、その内容や仕草に不審な点がなかったか。
しかし、彼らの頭脳を持ってしてもその場での犯人の特定には至らなかった。
そこで、彼らは最低限の現場検証を済ませると、犯人の手によって爆破されたと思われる車の確認へと向かうことにした。もしかしたら内1台くらいは爆破を免れたか、もしくは動かすことができる状態で残っているかもしれない。
そう思って外へ出た一向だが、彼らを迎えたのは燃え盛る火炎と強いガソリンの匂い。探偵らの愛車は運転はおろか、解体工場にも引き取りを拒否されてしまうだろうほどに破壊されてしまっている。
火の海と鉄屑の島を前にして完全に足は立たれたかと皆が思ったが、メイドの車が裏門で生き残っている可能性が浮上し、彼らは諦め半分ながらも確認しに行くことになった。
「メイドさん、案外見た目に似合わずハイエースとか乗ってねえか?事件が解決した後、全員を乗せて山を降りれるだけのでっけえやつによ」
「申し訳ないですが、普通の軽ですので全員はちょっと……」
裏門の方へと屋敷の廊下を進む全員。途中、コナンが軽口をたたきながら前方を走る茂木を見て、ふと疑問に思う。
「あれ?茂木さん、足どうしたの?なんか片足庇ってるみたいな走り方だけど……」
「ん、ああこいつか?実はちょっと前の事件で犯人とやりやったときに捻っちまって。歩くのは問題ねえんだが、走るとちょい痛くてな」
その説明を聞き、コナンは納得すると視線を他に移す。この中に犯人がいる可能性も考えての質問だったが、今のところは特に事件には関係なさそうだ。
「走り方っていやあ毛利の娘さんよ、あんたもちょっとしんどそうだけど、大丈夫か?」
そんな話の流れもあり、次に茂木が蘭に声をかけた。確かに蘭も足の運びが少々ぎこちないように見える。よく見てみると、パンプスから覗く踵のところに絆創膏が貼られていた。
「実はこの前買った靴で靴擦れしちゃって……。でも、走るのは全然大丈夫なので、気にしないでください」
現状、どうしても異変には敏感になる。一度そういう目線になってしまえば、何てことないものにまで疑いを持ってしまう。しきりに腕を組む郁美。顔合わせ以降、傍に鷹の姿がない白馬。メイドは何かを思案するたびに爪を口に持っていき、小五郎は右肩を、千間は眼鏡の位置を度々気にしている。
互いに警戒を忘れないまま、彼らは裏門へと到着した。
裏門では彼らの予想に反し、メイドの車が五体満足の状態で残っていた。しかし、素直にそれを受け入れる程、ここにいる探偵は馬鹿ではない。
「この車、怪しくない?メイドさんの車を裏門に停めるよう指示したのはこの館の主人なんでしょう?」
だったら見逃すはずはないだろうと郁美が皆の心中を代弁する。しかし、移動手段が今はこれだけなのも事実。
小五郎の爆弾を仕掛け忘れたんじゃないかという意見もあり、多少の危険も覚悟で、落とされたという橋を見に行くことになった。
乗員の選定はコナンの硬貨を用いたコイントスで行われた。結果、車に乗り込むのは小五郎、茂木、千間の三名。心配そうな蘭の見送りで、彼らは館から離れていく。
残りの皆は一度館内に戻り、彼らの帰りを待つことにした。
「それじゃあ、毛利さんが帰ってくるまで時間もありそうですし……私、紅茶でも淹れてきましょうか?」
リビングのほうへ移動した居残り組。色々と室内を物色する探偵組とは違い、完全に手持無沙汰になっていたメイドがそう皆に尋ねる。
「ボクはいいや、喉乾いてないし……」
「私も大丈夫です。トイレ近くなっちゃうかもだし」
「僕も結構です、ちょっと野暮用がありましてね……」
「あら、じゃあ私は貰おうかしら、ちょっと頭も整理しておきたいし」
コナンと蘭は断り、白馬は理由を言わないまま部屋を出ていく。郁美は唯一メイドの提案を受け入れると、ソファに座り物思いに耽る。
「ねえ、コナン君。お父さん大丈夫かな……」
トランプやチェスなど、皆が遊んでいた娯楽品を調べていたコナンに、蘭が声をかけてくる。
「大丈夫って?」
「え、っと、お父さん、ここに来る時も車パンクさせちゃったでしょ?もしあの車も走ってる途中で止まっちゃったりしたら……」
「あはは、心配しすぎだよ。あのパンクしたのだって別におじさんのせいじゃないし……」
不安そうに窓の外を見つめる蘭をコナンが宥める。まあ、パンクどうこうは抜きにしても、車に何か仕掛けがあって足止めを食らう可能性はあるが、ここから橋までなら大した距離ではない。多少時間はかかるかもしれないが、その気になれば徒歩で帰ってくることはできるだろう。
取り敢えず、今は彼らが戻ってくるまでに一つでも推理材料を集めておくのが最善手。コナンは再びリビング内の捜索作業に戻った。
そうして、各自思い思いの行動をとりながら時間は経過し、橋の探索へ向かっていた小五郎たちが館に戻ってきた。
「ええっ!?千間さんが殺された!?」
彼らの報告に驚く居残り組。小五郎と茂木の話によると、車のライトを弄ると爆発する仕掛けになっていたようで、千間は車もろとも崖下に転落していったようだ。確かに、小五郎らの足元を見ると、裾の部分が行きよりも泥や土で汚れている。ここまで歩いて帰ってきたのだろう。
大上だけではなく、千間も殺害されてしまった今、このまま手をこまねいているわけにはいかない。彼らは男女それぞれのチームに分かれ、皆が訪れていない部屋を含め屋敷全体を対象に犯人の捜索を行うことにした。
「じゃあ早速……」
「あ、ちょっと待って。探しに行く前にボクから探偵さんたちに提案があるんだけど……」
時は金なり。早速、別れて捜索に向かおうとする彼らだが、その前にコナンが1つ皆に提案したいことがあると呼び止める。彼は、蘭とメイドを除く探偵たちに自分の傍に寄ってもらうと、小声で頭の中に描いていた計画を皆に伝える。
「ほお……まあ、俺はいいぜ。ボウズの案に乗ってやるよ」
「ええ、ボウヤ、面白いこと考えるじゃない」
「小僧の提案ってのがあれだが、今はそれしかねーか」
コナンの話を聞いた三人は、反応は様々ながらもその案に頷いた。流石は名探偵、ちゃんと筋が通っていれば子供の意見も素直に受け止めてくれる。1名、若干渋ってはいたが……。
「じゃあ、白馬のにーちゃんに会ったら彼にも伝えておいてね、郁美さん」
「了解。蘭ちゃんやメイドさんのことも私に任せておいて」
そうして、四人は密談を終えると、改めて2組に別れた。
それぞれ目についた部屋を順に調べていく。大富豪の屋敷だけあって部屋の数も多い。それらを調べているうちに夜の闇は更に深まり、8割がた調べ終える頃には夜明けの時間が近づいていた。
「ほー、洒落た物が置いてあんじゃねーか」
その夜明け近く、コナンたち男性チームがやってきたのは大きなピアノが置いてある部屋だった。
ピアノには白馬の連れていた鷹の爪の形跡が残っている。彼もこの部屋を訪れていたようだ。早速部屋の捜索に乗り出す3人。
コナンの指摘でピアノの鍵盤に挟まった宝の暗号文を発見した後、郁美のルミノール液によってピアノが濡らされているのに気が付く。
それをヒントに、茂木が小五郎に部屋の電気を消すよう命じると、ピアノに隠された血文字が浮かび上がる。
「こいつは、まさか……」
同時刻、女性チームは探索の最中、トイレで用を足していた。
個室から出てきた蘭が、手を洗っていた郁美にメイドの姿が見えないことを指摘すると、彼女は、廊下の外に待っているって言っていたけど、確認してきてくれる?と頼む。
それに従って蘭がトイレを出ると、そこにいたのは、項垂れる様にして壁に寄りかかるメイドの姿だった。蘭の声にも反応しない。
蘭は慌てて彼女に駆け寄ろうとするが、後ろに迫っていた郁美に睡眠薬の染み込んだハンカチを嗅がされ、抵抗する間も無く、意識を失う。
郁美は二人をトイレに引き入れて個室に隠すと、何食わぬ顔で外へ出る。
「──やはり、貴女でしたか」
そんな郁美に声をかけたのは、ずっと単独行動をしていた白馬だった。手には拳銃が握られており、その銃口は郁美の方へと向けられている。
彼は、この事件の犯人が郁美だとする推理を披露し、自分の部屋に置いてあったという銃を構えたまま郁美を壁際に誘導する。郁美は両手を挙げて素直にしたがう振りをしつつ、白馬からは見えない掌に隠し持っていた拳銃を構える。彼女もまた彼と同じ推理に到達していたのだ。
郁美は振り返り、躊躇することなく引き金を引いた。結果、白馬は彼女に発砲する前に、自らの胸から赤を滲ませることになった。言葉を発することも出来ず、床に倒れる白馬。
それを見届けた郁美は、拳銃の先端から漏れる煙を吹き消すと、懐に仕舞い、4階に続く階段を上る。
そのまま、指定されていたパソコンのある部屋にやってくると、宝の在処を入力しようとキーボードに手を伸ばす。
だが、先程の銃声を聞いて来たのか、小五郎たちが駆け足で階段を昇ってくる音が耳に入ったので、郁美は先にそちらに対処することにした。まだ弾の込められている拳銃を構えて、ドアノブを回す。
しかし、扉が開く前に郁美は苦悶の表情を浮かべてその場に崩れ落ちてしまった。それと同時に、小五郎たちが部屋に飛び込んでくる。
「そ、槍田さん!?」
地面に倒れ伏す彼女を見て驚く小五郎に、茂木がドアノブに仕掛けてあった毒針について説明する。
そして、懐に忍ばせていた銃を抜き、小五郎に突き付けた。
もう、消去法で犯人は自分か小五郎のどちらか、自分でないのならそれはもう小五郎以外には考えられないと言い放ち、銃声を響かせた。
「っぁ……ッ!」
胸を抑えてよろめく小五郎。煙草に火をつける茂木を睨みつけながら、その場に倒れる。
かくして、この凄惨な殺し合いを終わらせたに見えた茂木だったが、その煙草に口をつけると、彼も死神の鎌に刈り取られたかのように、苦しみ喉を掻き、最後には床に伏した。
今宵集まった探偵は、誰一人謎を解明することが出来ないままこの世を去った。
館中に設置していた監視カメラを通して、その様を見ていた犯人は、屋敷の隠し部屋で一人落胆する。
名探偵と巷では称されているが、結局はこの程度。犯人は、溜息を吐き、死体共の後処理に向かおうと席を立とうとする。
しかし、監視カメラの一部の映像が途切れ、暗転したことで再び犯人の目はモニターへと戻ることとなる。
その不具合に疑問を抱いていると、例の部屋のパソコンから、この隠し部屋のパソコンへと、入力が行われた。
『宝の暗号は解けた。直接口で伝えたい。食堂に参られたし。 我は7人目の探偵』
その文字に疑問を溢れさせながらも、犯人は食堂へと急行した。
今夜招待した探偵は6名。それも全員息絶えた筈。
今まで探られていた筈の犯人が、その7人目の探偵を探る側に回る。息を切らし、食堂にたどり着くとその探偵の顔を拝むために扉の隙間から中を覗き込む。
しかし、犯人を出迎える声は、食堂の中からではなく、犯人の背後から聞こえてきた。
「通常、車に爆弾を仕掛けた人物が、自殺以外の目的でその車に乗るのは考えにくいが……」
声は幼く、犯人が知るどの探偵とも一致しない。
「例外はある……その爆発で自分が爆死したかのようにカモフラージュするケースだ……」
しかし、その語り口は正しく探偵のそれ。
「そうだよな?」
全てを見通した様な視線で、
「千間探偵……」
7人目の探偵、江戸川コナンは千間降代を見据えていた。