Adonis.   作:ぬめり

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File.6

 コナンは語る。

 千間が爆死を偽装し、館にこっそりと戻るとどこかの部屋でカメラ越しに皆のことを監視していたことも、コイントスでの乗員選びを突破したカラクリも、そして、食堂で大上を殺したそのトリックと、実は彼が千間の共犯者であったことも。

 全てを見ていたかの様に話すコナンに息を呑んで固まる千間。

 そんな彼女に、コナンはピアノの血文字の最後に書かれていた名前『千間恭介』のことについても話し始めようとする。が、そこから先は全てを見抜かれ観念した千間自身が語り始めた。

 

「それは、私の父の名前だよ……」

 

 考古学者だった父が四十年前に烏丸蓮耶に依頼されて宝捜しを行なっていたこと。父が行方不明になった後、彼の手紙に隠された文章を見つけたこと。秘匿しても仕方がないと千間は全てを話す。

 共犯者大上を手にかけた理由まで話して、千間は、再び惨劇としかならなかったこの晩餐会を悔やみ目を伏せた。

 

「いや、貴女の父さんは暗号を解いてたみたいだぜ?」

「え?」

 

 しかし、コナンはその言葉を否定する。

 コナンは、食堂にある時計の前に立つと、暗号に従い針を0時の位置に戻す。

 そして、次にピアノの血文字から得た『切り札』という言葉から、トランプを連想。針を指定の位置に順にずらしていくと、時計が壁から外れ、床に落下した。

 その時計は落下の衝撃で塗装の一部が剥げ、中から金色を覗かせていた。コナンは、それを手に取ると、時計の重量から中身が純金であることを確信する。

 その犠牲に対してあまりにもちっぽけな『宝』に千間は肩を落とすが、コナンは宝を見つけたことには変わりないと、千間に館からの脱出方法を言うよう迫る。

 だが、千間の口から出たのは、脱出方法など無いという無慈悲な言葉だった。自分を含めて、今夜この館に足を踏み入れたものは皆ここで朽ちる筋書きだったのだと彼女は明かし、近くの椅子に腰掛けてゆっくりと目を閉じた。

 

「──だろーと思ったぜ、千間のバアさんよォ……」

 

 しかし、その目は直ぐに見開かれることになる。この世にもう存在しない筈の声によって。

 千間が慌てて食堂の入り口に目を向けると、そこには彼女が仕掛けた罠や拳銃によって死に絶えた筈の探偵たちが五体満足の状態で立っていた。小五郎と白馬の服は変わらず赤に染まっているが、その顔には苦痛のくの字も無い。

驚きに声も出せない千間に、茂木たちは彼女へ向けた演劇の内容を説明する。キッチンから拝借したケチャップを使った血糊や、空包にすり替えていた拳銃の発砲は、カメラ越しに見ているだけの千間には本当の殺し合いを行っているようにしか見えなかった。

 だが、それができるのは皆の団結があってこそ。いつ犯人が自分だと分かったのかと千間が尋ねると、得意げな顔で茂木が答える。

 

「ボウズが俺たちにコインを選ばせた時からさ……」

 

 あの時、千間がわざわざ身を乗り出してまで一番遠い十円玉を取ったこと、それは、大上の右手親指の爪を見て既に殺害のトリックを見抜いていた探偵たちの目からすれば自白以外の何物でもなかった。

 そのため、自分たちは千間の消えた後ですぐに手を結ぶことが出来たのだと郁美は言う。

 千間はそれを聞いてコナンを見た後、がっくりと肩を落とし溜息を吐いた。最初から不可能だったのだ、この欲で濁った頭脳で、真に謎だけを追い求める彼らを欺くことなど、と。

 

 

 

 事件も解決し、暗号の謎も解いた探偵たちは館からの脱出方法を考えるが、頭上から聞こえてきた音の正体が白馬によって呼ばれた警察のヘリだということが判明し、そちらの方も無事解決。

 トイレで寝かされたままだった蘭たちを迎えに行くと、ヘリが降り立った中庭のほうへと向かった。

 

「やっとベッドで寝られそうね……」

 

 先ずは奥に犯人の千間を乗せ、探偵たちも続いてヘリに乗り込もうとする。しかし、先頭の郁美がヘリの乗車口に足をかけたところで、彼女の肩を茂木が掴み制止した。

 

「……待ちな、ヘリに乗り込むのは、もう一つの謎を解いてからにしようぜ」

「も、もう一つの謎……?」

 

 帽子を深く被り直してそう言う茂木に、蘭が不思議そうに尋ねる。犯人の千間は捕まり、暗号も解いて宝も見つけた。他にどんな謎があるというのか。

 戸惑う蘭の腕をコナンが引いて自分の傍へと来させる。茂木は郁美をヘリから引き剥がして屋敷の壁際へと移動させ、それに続いて白馬が小五郎とメイドの石原の背に手を当てて、彼女のほうへと押し出した。壁を背に、茂木らが郁美たちを囲むような布陣となる。そうなると、白馬の合図で控えていた警察も彼らに習い、完全に郁美たちは四方を包囲されることになった。

 

「……これは、一体どういうことかしら?」

 

 周りを取り囲む人間を見渡して、郁美がそう尋ねる。すると、白馬は警察から手渡された手錠を彼女に見せつけて笑う。

 

「どういうこともなにも……僕たちは探偵。貴方たち、キッドとその一味を捕らえるのも仕事の一つですよ」

 

 白馬がそう言い放つと、警察官たちが一斉に身構える。彼らの手には、防弾盾と警棒が握られていた。

 

「キッド……?あんたら一体何を言って……」

「しらばっくれても無駄だぜ。もうネタは上がってんだよ」

 

 不満そうに声を上げる小五郎を遮り、茂木が咥えていた煙草を見せつける。

 

「ボウズから聞いたんだが、アンタ、ヘビースモーカーみたいじゃねえか。それなのにこの館に来てからアンタは一本も吸ってない。まさか、これから起こる事件のトリックを事前に知っていた訳じゃねえだろ?」

 

 茂木は煙草の火を消すと、吸い殻を小五郎の方へ投げた。小五郎はそれを受け取ると、観念したように笑った。

 

「そして、メイドの石原さん。貴方もキッド容疑者の一人」

 

 続いて、口を開くのは白馬。彼は、メイドの顔を見ると、空いている左手を広げ、親指を立てる。

 

「貴女、どうやら大上さんと同じく爪を噛む癖がおありのようだ。まあ、それが理由でメイドに採用されたのでしょうが……」

 

 白馬がそう告げると、メイドは不安げな表情で頷く。

 

「た、確かに考え事をするときに噛んでしまう癖はありますが……それが一体」

「いえ、癖自体は問題ないのですが、ただ、貴女、随分と爪が綺麗だなと思いまして」

 

 その言葉に、メイドは焦ったように自分の手に視線を落とした。

 

「通常、普段から爪を噛んでいるなら大上さんのように爪が短くなっているはず。それなのに、貴女の親指の爪は少し削れているだけで爪下皮角質の殆どが長いまま残っている。まるで、今日その癖が生まれたようにね」

 

 確かに、彼女の爪は彼が指摘した通り、先端の一部が少し欠けているだけで、考え事をする度に噛んでしまうという咬爪症の持ち主の指には見えなかった。さっと自分の背に手を隠すメイドに、白馬は続けて彼女の怪しい点を指摘する。

 

「それに、貴女は事件が起きてから殆ど爪を噛んでいませんでした……いえ、正確には爪を噛む振りをしていたと言ったほうが正しいですかね。恐らく、大上さんを見て殺害方法を知り、念のため口に触れさせないようにしていたのでしょうが……貴方が本物の石原さんなのだとしたら、普通に止めておけばいいだけの話。それを知ってなお爪を噛む振りを続けたのは、自分は咬爪症を持つ石原さん本人なのだと周りに思わせたいから」

 

 つまり、貴女も毛利さんと同じキッド候補なんですよと白馬はじゃらりと手錠を鳴らした。

 そして、最後に蘭を後ろに下げさせたコナンが郁美に声をかける。

 

「そして、槍田さん。あのメイドさんから紅茶を勧められてた時、一人だけ断らなかった。普通、あんな殺人が起こった後に人から勧められた紅茶なんて警戒して飲まないよね。いくら犯人とトリックが分かってたとはいえ、共犯者がまだいるかもしれないもん。僕みたいな子供ならともかく、槍田さんみたいな名探偵がそう考えないのはちょっと怪しいよね?」

「わかってたんだろ?メイドは安全で信頼できる奴だって」

 

 小五郎やメイドとは違い具体的な理由があるわけではないが、残りの人間の中で唯一彼らと繋がっている可能性があるのだとコナンと茂木は指摘した。

 

「……バレてたんならしゃーねーな」

 

 その三人の推理を聞き終わり、最初に口を開いたのは小五郎だった。彼は手に持っている吸い殻を掌で包むようにして握る。そして、ゆっくりと開くと手の中にあった筈の吸い殻はどこかへ消えてしまっていた。そんな手品を披露した彼は、顔と服に手をかけて勢いよく引き剥がす。変装用のマスクと衣装が空を舞い、小五郎に化けていた怪盗キッドはその白い衣装を身に纏った姿を現した。

 周囲を囲む警察に緊張が走る。コナンも麻酔銃を構えてキッドに標準を合わせる。

 

「流石は全国屈指の名探偵たち。まさかそんなことで見破られるとはな……だが、アンタたちの推理、1つだけ間違ってるぜ」

「……どういうことだ?」

 

 正体がばれたにも関わらずいつものクールな笑みを浮かべているキッドの言葉に、茂木が反応する。

 

「悪いがオレは1人で此処に来てるんでね。横の2人についてはオレもさっぱりだ」

 

 キッドは横目でメイドと郁美を見る。それに合わせて茂木たちも彼女らのほうに顔を向ける。

 

「そうかよ、まあ、変装して此処に乗り込んできてた時点で何かやましいことを隠してんのには違いねえ。一先ず、アンタと一緒に纏めてとっ捕まえてから、どこの誰だかゆっくり聞くことにするさ」

「はっ、どうする?偽メイドさんと偽槍田さん。このままだとオレたち仲良く牢屋の中だぜ」

 

 迫る探偵たちと警察に、徐々に壁際のほうへと追い込まれていく。キッドがそう郁美たちに聞くと、郁美は笑ってキッドを見返した。

 

「どうするって……ここまで追い込まれたら……」

 

 壁に背が触れる程に後退させられて、もはや逃げ場はない。そうコナンたちは確信するが、郁美は自分の腋から服の中に手を差し込むと、胸の間に隠し持っていた小さなリモコンを取り出し、警官らが飛び掛かるよりも早くそのボタンを押した。

 

「──これくらいしかできないわよ?」

 

 瞬間、爆発音と共に、館の窓という窓から大量の煙が噴き出してきた。その煙はみるみるうちに中庭を包み、皆の視界を奪う。

 

「しまった!!」

 

 コナンは慌てて、キッドたちのいた方向に麻酔銃を発射しようとするが、背後から伸びてきた手に時計を閉じられて不発に終わる。

 

「な……ッ!」

 

 驚き振り返ろうとするが、もう一つの手で頭を抑えられて動かすことが出来ない。どうするかと頭を回すコナンの耳元に、背後の人物は口を近づけると、彼にだけ聞こえるように囁いた。

 

「──!?」

 

 その言葉に思考を停止させられるコナン。その声の主はそれを言い残すとまた煙に混じるように姿を消してしまった。

 コナンは、その人物を探して周囲を見渡すが、視界に入ってくるのは煙だけ。

 そして、暫くして漸く煙が晴れると、キッドと残り二人の変装者の姿は無くなっていた。警察が急いで周囲を捜索するが、何処にも彼らは見当たらない。

 

「ちっ、偽槍田のやつ、メイドを眠らせた振りして館に何か仕掛けさせてやがったな」

「ばれた時の保険だったんでしょうね。流石にこの広大な山の中で彼女らを見つけるのは難しいでしょう……」

 

 がしがしと帽子を取って頭を掻く茂木と、冷静に分析しているように見えて顔から悔しさが滲み出ている白馬。

 色々と思うところはあるが、逃げられてしまったという事実は変えられない。後のことは警察に任せ、彼らはこの場は諦めてヘリに乗車する。

 

「コナン君、私たちも行きましょ?お父さんも探さなきゃだし……コナン君?」

 

 それを見た蘭もコナンを連れてヘリの方へ向かおうとする。しかし、コナンがジッと地面を凝視して動かないのを見て心配そうに彼の元へ駆け寄る。

 

「え、あ、うん!そうだね!」

 

 青い顔で何か考え込んでいたコナンだが、蘭に肩を叩かれると、ハッとした様子で彼女のほうを向き、彼女に従ってヘリへと乗車する。

 席に着き、ヘリが飛翔してもなお、コナンの頭を悩ませるのは先程のあの言葉。

 

『志保を頼んだぜ──工藤新一』

「(あの言葉に、変装術。恐らく、あの二人は変装したベルモットとアドニスって奴に違いねえ……でもなぜ此処に?それに、何でオレが工藤新一だと知ってるんだ)」

 

 兎に角、江戸川コナンの正体が工藤新一だとバレたのは一大事だ。帰ったら直ぐに博士と相談しなければなるまい。

 コナンは、思わぬ場所で知った危機に心臓を鳴らしながら、朝日を受けて輝く黄金の館をジッと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ、名探偵ってのはすげーや。他の変装に支障が出るからって爪噛むの控えなきゃよかったぜ」

 

 山の中腹、麓に向かって流れる川をボートで下りながら、怜はメイドの変装を解いて、同じく槍田郁美のマスクを剥がすベルモットに言った。

 彼女は、乱れた髪を手で梳かし、遠くの空に見えるキッドのハンググライダーを一瞥する。

 

「キッチンを調べた時、彼が持ち込んでた発煙弾を見つけてなかったら不味かったかもしれないわね」

 

 偶然にも、館の探索の際に、事前にキッドが隠していたと思われる発煙弾を発見できていたことで窮地を逃れることができたが、あれが無ければ武力に頼らざるを得なかっただろう。

 それに、コナンの提案で一芝居打つことになったのも幸運だった。あれのお陰で怜が発煙弾を設置する時間が稼げたのだから。

 

 

「……にしても、まさかこんなに早く確認することが出来るなんてな」

「ええ、まさか偶然、彼に会うことになるなんてね。ボスの心配は杞憂に終わったけど、結果的にはあの館に来ることができて良かったわ」

 

 ベルモットは怜の言葉に頷き、懐から1枚の写真を取り出した。それは昨日、怜に頼まれて見せた昔の友人のアルバムから抜き取ってきた1枚。友人の工藤有希子とその家族が映った家族写真だ。

 そして、その写真には、幼い頃の工藤新一の姿も映っていた。先程、実際に目で見て確認した江戸川コナンの顔。似ている、では済ますことのできないその容姿を見て、ベルモットは確信する。

 怜があの夜に確認した、シェリーを連れて逃げていた者。その正体が幼児化した工藤新一であることを。

 

「ふふ、貴方から聞いたこととはいえ、今日彼の顔を見るまでは半信半疑だったわ」

「正直、俺もだよ。あの日、ホテルで志保を担いでた少年の顔、どこかで見たことあるなと思ってたら、まさかベルモットの友達の息子だなんてな。どんな偶然だよ」

 

 ピスコが死んだ夜、連れ出される志保の顔を見て彼女の幼児化を確信。そして、元々彼女から生死不明の工藤新一のことについては聞かされていたとはいえ、彼の幼少期を知らない怜がコナンの正体を見抜くのは難しい。しかし、工藤という名字からベルモットの友人に行きつき、ベルモットに頼み写真を確認してみると、見事ビンゴ。

 それをベルモットに話し、近々コナンの捜索に乗り出す予定だったが、まさか関係の無い仕事で遭遇するとは。

 

「で、どうすんだ、上に報告するか?」

 

 写真をしまうベルモットに怜はそう尋ねる。幼児化した協力者、江戸川コナン。シェリーにたどり着く重要な手掛かりになりえるそれを組織に報告されるわけにはいかない怜だが、その声からは焦りの感情は感じられない。なぜなら、ベルモットにはこのことを組織に隠しておきたい理由があることを知っているからだ。

 

「……いいえ、報告はしないわ。このことはまだ私と貴方で留めておきたいの。それに、前に言ったでしょう?彼は私の数少ない宝物の1つだって」

 

 ベルモットはそう言って微笑む。怜はその偽りのない笑みを見ると、満足そうに船体に寝転んだ。

 有名な高校生探偵工藤新一、彼が志保の協力者であるのなら安心だ。彼ならば組織や周りの人間に安易にボロを出すようなことはしないだろう。少なくともある程度の間は、志保の姿は組織の目から逃れることが出来るだろう。その間にどうにかして組織に志保を諦めさせたいものだ。

 怜は柔らかな朝日を顔に受けながら、これからのことについて考える。そんな彼を、ベルモットは複雑そうな表情で見つめていた。

 

 

 




槍田探偵と石原メイドには後日、アドニスからお詫びとして彼セレクトのスイーツが匿名のクール便で送られました。
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