惑星の形を縫い止めていた糸がほどけるように惑星が終わりを迎えている。
空となり土台を失った大地が猶予なくほろほろと崩れていく。
調査のために訪れデータをまとめていた彼の足下もあっという間に砂となり流れ落ちバランスを崩して共に滑落しかけ
「おっと危ない。さっさとずらかるぞ」
「すまない。急ごう」
整備士兼用心棒兼相棒のヘクトールに拾われ担がれ船へと向かう。ポンコツなエンジンを無理矢理蹴飛ばして緊急発進させて崩壊を見届け胸を撫で下ろす。九死に一生なんてこれがはじめてではない。わりとよくある。だがやはり心臓に悪いものは悪い。今回もまたヘクトールに感謝である。ボーナスなんてものを支払う懐がないのが大変大変申し訳ないことこの上ないのだけれども。
そしてヘクトールのほうも呆れたような不機嫌に満ちていて
「おたくさんの上司はちょっと人使いがなってないんじゃないかい?恩義につけこまれてない?」
「そういうつもりはないと思うが……」
人使いが荒いタイプであることは否定出来ない。
「休日手当も危険手当も命あっての物種だってのは分かっていなよ」
「はい」
しかし金がなくては旅がままならないどころか生命の危機でもあるからやはり多少の危険には目を瞑らねばならない。
何よりやはり、たとえ利用されていようと彼が上司、陛下の言葉ひとつに全てを捧げるのは、当然の喜びに変わりはないのだから。自分との契約が続く限りどうにか拝み倒して付き合っていただくしかない。付き合いきれないなら解散するしかない。
申し訳なさをまたひとつ積み上げたところで彼はいくつかのデータを立ち上げる。
「だが自分たちばかりがヤバい案件を回されているわけではないんだ。定期的に他の調査員とも連絡を取り合っているんだが、どうも宇宙各地で惑星の崩壊が起こっているらしいんだ」
「へえ?そいつはまた」
何かの予兆かねえ?そう同時に思えどそういう方面には差程の知識はなく首を傾げるばかり。なんとなく、宇宙全体が良くない方に向かっているんじゃないかという気にはなってくる。その情報を統括する陛下であるなら何か知っているかもしれないが、まだ聞く気にはなれない。杞憂であってほしいと思うばかりだ。
「……んんぅ。そろそろシーズン変わったりするとか?」
「ないわけじゃないかもな。その前にトロイアに着きたいもんだ」
「……………………いいの?」
「そのための旅でしょうよ」
「そうではあるんだが」
なんとなく。ヘクトールはトロイアにいい感情を抱いていないんじゃないかと思うことがあって。本当は行きたくないんじゃないかと思うことがあって。トロイアのこととなると悲しそうな辛そうな苦しそうな、そんな空気を出すことがあるから。
己の感情の柔らかいところを分かりやすく表出させる人でないだけに、余程の何かがあるのではないのかと。思ってしまうのだ。
しかしそれだけの胸の内を軽率に触れていいのだろうかと心が言葉が踏み留まってしまう。それが自分にとっての陛下と同じくらい大切で譲れないものだとしたら。血塗れかもしれないその心に触れた時、触れた痛みでヘクトールが悲鳴を上げた時、自分に出来ることはあるだろうか。取れる責任など存在するのだろうか。そしてそのために拒絶されて目の前から消えてしまったら。
「最新鋭の最速船を悠々と操れて何がシーズン遅れのロートル整備士だ」と騙されていた怒りに息巻いて洗いざらい全てを吐かせようと思っていた時期もあったが落ち着いてみればこの通り。保身にまみれた臆病風に吹かれて身を縮めるばかりの小心者なのである。
「……………………」
なんと情けなくみっともない。
そう口を結び目を伏せる彼にヘクトールは一度無言で目を配り
「いいんだ。俺もいい加減向き合わなきゃと思っていたことだ。けどだらだらと目をそらして遊んでた。いいきっかけを貰えたと思っているよ」
「……」
「誘ってくれてありがとう」
優しい人だ。何度だってそう噛み締める。
「…………いや、こっちこそ。いつも助けてくれて感謝しかない」
「じゃあお互い様」
からりと笑ってエンジンを踏み込み次の惑星へと航路に乗る。次の惑星は崩れず落ち着けられればいいけれど。仕事先ではないから多分大丈夫と思うのだけれども。
帯びていく不穏も行き先への痛みも無視出来ないものになりつつある。それは互いに分かっていた。それに対する怯えのような感情があるのも確かだ。
けれどふたりは行くと決めた。ふたりでなら行けると踏み出した。
そしてきっと、その先も。
未だ自覚のないその願いの灯火が、どうか隣にいるその人にもありますように。互いに知らずに宿る祈りを芽吹かせて小さな船は暗礁の海を泳いでいた。