たとえどれだけ緊迫した重大な一戦を前にしていようとこの男はいつも通りな調子なわけで
「マスター、オジサンボーナス欲しい」
「はい!?」
黒船と戦う直前になってこういうことを呑気に言い出したりするのである。
「オジサンこの特異点に来てからそこそこ頑張ってたと思うんだけどなあ」
「そっ、それは……そうなんだけど」
特異点に来て早々に敵将に捕まっていたところを助けに敵陣ど真ん中に堂々踊り出てくれたり、潜入ルートと脱出ルートを確保してくれたり、常にこちらの身の安全を第一に気にかけて立ち回ってくれていたり。とにかく世話になりっぱなしで感謝してもしきれないとは思っていたけれど。今。
……けど会社にいる時は一服ばかりでサボりがちじゃありませんでした?阿国さんがずっと白い目で見ていましたよ?
「あ、後だと駄目か?」
「今じゃないとやる気出ないなあ」
「おああ……」
それは困る。大いに困る。
少数精鋭で全員に重大な役割があるぎりぎりの状態であるのだ。ヘクトールが手落ちたらそれだけで全てがオシャカになる。いや私情と仕事は混同しない人だ。たとえここで何も得られなかったとしても与えられた役割はきっちりと果たしてくれるだろう。その場合終わってからの請求が恐いのだが。それも覚悟の上で「こんな時にふざけているんじゃない」と一喝して突っぱねればそれで終わる話なのは分かっている。しかしここまで面白そうに見定められているような目で見られてしまうと、何かしなくてはつまらないなと思ってしまうもので……。
「んー、んー、んーーーーー、つまりここでヘクトールに特別手当てを与えたら小次郎たちにも何かしないと不平等だって話になるじゃん?不平不満でまた役員会議になっちゃうじゃん?エミヤオルタだって元はうちから派遣されたうちの人なわけだから危険手当てっていうか災難でしたね手当てみたいなの払わないといけないじゃん?総額おいくら?うおーーー、カルデアと連絡取れたらゴッフに相談しなきゃー。カルデア重工としては何一つ成果どころか活動すらなかったのにー!懐になんにもないのにー!社長って大変ー!」
「相変わらず律儀な人ですなあ」
ちょいと力抜きにからかってそれでこっそりご褒美をつまみ食い出来たら重畳ってだけだったんだがなあ。
これ以上たったひとりを特別扱いするわけにはいかない。当たり前に全員への支払いに頭を抱えて悶える彼の姿をヘクトールは好ましいものを見る眼差しでのんびりと眺める。いい加減にしないとそろそろ出発しないと間に合わないぞと高杉にどやされそうな時間であるが。はてさて。
「うーーーーー!とりあえず!とりあえずこれで!支払いになってないけど!」
「おっと」
思い詰まりに詰まった精神が爆発した勢いで彼はヘクトールに飛び付き腕を背に回す。力一杯に身体を密着させる。いつだって、自分が示せるのは身一つの想いだけなのだと言わんばかりに。
「それじゃ!正式なボーナスは落ち着いてからちゃんと考えるからそれまでお互いちゃんと生き残ろうね!行ってくる!気をつけて!」
そうして彼は逃げるように駆けていく。
その姿が足跡が消えるまでヘクトールは見送りそして息を吐く。全くいつまでも困った人だと。
彼が当たり前に差し出す他意のない純真な想いほど、上に立つ者であればあるほど得難い宝であるだなんて欠片も知りもしないのだから。
「さあて、臨時ボーナス貰った分は働かないとねえ」
カツンと槍の柄で床を鳴らし、己の責務を果たすためにヘクトールもまた所定の位置へと向かった。