しまった。ヘクトールの部屋に泊まればよかった。
重い意識と重い身体でそれに気付いたのは自室とヘクトールの部屋のちょうど中間あたりの廊下であった。
行くもしんどい。戻るもしんどい。所々に設置されているベンチに腰掛けようものなら直ちに眠りに落ちてしまうだろう。朝まで熟睡してしまうかもしれない。今はそういう疲労状態なのだ。
ならばそのまま自室に向かうべきだろう。好意で自由使用は許されているがやはり甘えすぎてはならない。
決めて再びからの歩きだす。引かれる後ろ髪は気付かぬふりだ。持てる残りの体力を振り絞ってなるべくシャンと。みっともなく見えぬよう努めた姿勢と足取りで。何も持たない自分であるからこそ、それくらいの見栄は張るべきなのだと思うから。
そうしてなんとか辿り着いた自室でそのまま倒れたい気持ちに鞭打ち手早くレイシフトスーツを脱いで汗を流し、それからようやくベッドへ雪崩込む。自分にしてはすごく頑張ったと思う。
最後の最後にちょっとだけ自分のことを評価してあげて夢もないほど深遠に意識を急降下させ、浮上させた時には
「………………んんぅ?」
プロトクー・フーリンが隣で眠っていた。
たまにあることなので隣の自室と間違えたのではないと思う。
「クー何かあった?」
「別に何もねえよ」
眠気と疲れが抜けきっていないぼやりとした意識と声で聞いても答えはない。毎度そうなので特に気にしていない。実際部屋にも自分にも何もないわけだし誰に聞いても何もないわけだし。ほんのほんの少しだけ、全員で何かを隠しているような気もするけれど。
しかし無理に聞き出すほどの技量も気力もない現在ではどうすることも出来なく。うにゃむにゃと意識を覚醒まで持っていこうと目をこする彼にプロトクー・フーリンが気だるく口を開く。
「マスター。お前もうヘクトールと一緒に暮らせ」
「ええ〜?」
それははじめて言われたようなもう何度も言われたような。未だ揺らめく意識では定かではない。とても素敵な提案とは思うけれど。そうであるならどれほど幸せだろうかと思うけれど。
しかし。しかしと急速に浮上してきたマスターとしての意識が異を発する。
ここは自分の部屋であると同時に皆のための部屋でもあるのだと。
他のサーヴァントたちには耳に入れずに個人的な話をマスターとしたいと訪れる場でもあるのだと。
そんな場所にプロトクー・フーリンと並ぶカルデアの重鎮たるヘクトールが常駐してしまったらどうだろう。
気後れしてしまうサーヴァントは絶対にいるだろう。今までのような多種多様な賑やかさではいられないだろう。別口に相談室を設けるというのもありだが、人目を憚って夜中にこっそり訪れる人もいるわけだし……。皆の意見も聞いて立ち回りを大きく変えれば対応出来ないわけでもないだろう。
しかし
「ヘクトールにも選ぶ権利があるからなあ」
部屋で眠ることは許してくれてもプロトクー・フーリンのように一緒に眠ることもない人が同室になりたいと思ってくれるだろうか。やはり狭くてもひとりでいたほうが気楽でいいのではないだろうか。本気で願えば応えてくれる人だけど、そうと決まったらこちらが心地よくあるように常時気遣ってくれるのだろうけど。間違いなく幸せな日々になるのだろうけど。そうやって神経を使う日々にヘクトールが疲れてしまうのではないだろうか。その日々にちょっとでも嫌そうな顔が見えてしまったら心苦しいことこの上ない。
そうもごつく彼の姿に「ああ、そう」ともう何度目かも分からない呆れた息を深く吐いた。