木工作業と芋の皮むき。差はほとんどないのではないか。
そう言われたら答えはもちろんイエスだ。何一つ反論出来ない。
しかしヘクトールの本日の思考没頭手段として選んだのは芋の皮剥きだ。キッチン部に申請したら快く芋の山を置いていってくれた。明日には調理されて誰かの胃に収まりすっかり姿を消してしまうのもとてもいい。木工で作業形跡が残るのも悪くはないが今はそういうものは残らないほうが好ましい。そんな気分だ。
誰もいない静寂に満ちた厨房の奥の隅にて。禁煙であるのが惜しいがさて、と腰を置いて包丁を構えたところでいくつかの気配がぱたつきだす。
「珍しいな。ヘクトールがこの手の懲罰を受けているなんて」
「そういうんじゃないですよー」
「そうだぞマスター。私もたまに芋の皮は剥く。お小遣いが貰えるしおでんの具にもしてもらえるからな。お得み」
「そうなのか?ヘクトール今金欠なのか?ヘクトールって手持ちでどうにかするのが上手そうなのになあ」
「オジサンだって緊急の入り用が出来る時だってありますよぉ」
「そうなのかあ」
そういえば報酬の話はしなかったなあ。特にそっちは今のところ必要としていないし。むしろ頼んだのはこっちだし。
狙ったかのようなタイミングで厨房奥の灯りに気付いては覗き和気あいあいとしているマスターである少年と沖田オルタに思考ゼロの雑な言葉を返しながら皮を剥き始める。もう少ししたら去ってくれるのか手伝うと言い出すのか。残るとしてもさほど迷惑にはならない。思考のための回路をちょいと隅に寄せればいいだけの話であるのだから。淀みなく剥かれていく芋にふたりは何が面白いのか、大変きらきらとした眼差しを向けている。
「ヘクトールが緊急でバイトするくらい必要な物とはなんだろうな」
「秘密〜」
「え~?」
「駄目だぜマスター。男の緊急の入り用を詮索するなんて野暮ってもんだ。マスターは黙って見ないふりして楽しみにしてるのがマナーってもんなんだぞ」
「そういうものなの?オレに関係あることなの?」
「どうだろうねえ」
何を言ってるのかねえこのすかぽん冒険者は。
とはいえ召喚されて間もない頃にシャルルマーニュが風除けにと彼にマントを貸したことに対してうっかり全力で威嚇してしまった前科があるばかりにおかしく誤解させてしまったのはこちらに責任であるわけで。その補足をブラダマンテやアストルフォあたりにオーバーに吹き込まれて勘違いが更に加速されている可能性もあるわけで。新入りを不用意に怯えさせたペナルティとしてそれくらいの恥は受け入れるしかないわけで。そしてシャルルマーニュの隣にいるジークもまたマスターに向かってただ微笑んで頷いている。ああこりゃもう駄目だ。ありとあらゆる意味で新人らしいこの男は完全に熱烈なものであるとして刷り込まれきっている。
しかしムキになってこれ以上おかしくつついて関係をおかしくしてしまった挙句にそれがカルデア全体に伝播してしまったら互いの立場が非常に厄介だ。黙っておくことにしよう。そもそも誤解されている部分はあっても否定する必要もないことだ。必死に否定していることが彼にバレて悲しまれでもしたら一番キツい。ただでさえ周囲にも「お前たちは付き合っているのではなく両想いであるだけだ」と口酸っぱく警告されているところもあるし。いらぬ隙を生むわけにはいかない。
それに触られても何もない腹の隅々まで突かれても、というところもあるし、勘違いでも納得しているのならそれでいいとしよう。
…………………………………………まあ、懐に余裕がないわけでもない。労いもこめてちょっとしたプレゼントを用意するのも悪くはないかもしれない。春爛漫にカルデア中を跳ね回られたらまた騒動になるかもしれないが、それくらいは余裕で受け流すくらいはしてみせよう。
「頼まれた芋はこれで全てでよろしいでしょうか」
「そんなに!?」
「ああ、うん。出来るとこまででいいってあるだけ置いてったみたいだから」
拗れて捻れかけていた思考の整理が一応出来たところでいつの間にやら更に奥まで調査に向かっていたアルジュナオルタが芋の入った箱を抱えて戻ってくる。
霊体化して休息しているサーヴァント、そもそも食事を取らないサーヴァントもいるがそれでもこれだけの量があっという間になくなるのだから恐ろしいものだ。厨房を担う者たちには頭が下がるばかりである。
その山を前に子供サーヴァントとはまた違う子供なサーヴァントたちは思い思いの感情が混じった声を漏らし、そして各々包丁を探しピーラーを探し自前のナイフを取り出すなどし始め。
「皆でやればすぐに終わるな」
瞳を輝かせたマスターの言葉に全員が頷き
「そいつは頼もしい」
ヘクトールはへらりとそれを受け入れた。