特異点修復のために現地にレイシフトしたところで特異点修復にのみ集中出来るとは限らない。
しかも偶発的要因が重なった結果人類最後のマスターとなってしまった彼なのだ。災難は勝手に彼のもとに吸い寄せられる。
「貴方ちょっとこっちに来なさい!今から私と駆け落ちをするのよ!」
なんて突然見知らぬお嬢様に手を取られて駆け出さねばならぬ事態になることもまれにまれにだがあったりするのである。
『マスター。別におとなしく従わなくても振り払うくらい出来たでしょうに』
「それはまあ、そうなんだが、」
現地の一般人を傷つけたくはないと彼は側につくヘクトールを制止しておとなしく従った。手を引かれるままに駆けに駆けてどこかの廃墟に飛び込んで運良く残っていた椅子に腰かける。その隣から霊体化してついてきたヘクトールの呆れた声が聞こえてくる。おそらく、というか間違いなく管制室も似たような空気だろう。申し訳ない。という気持ちは一応ある。
しかし、
「ほっときたくなくて」
『過ぎる人の良さは身を滅ぼしますよ』
「頭には入れてるよ」
それに基づいた行動を取れるかは別であるが。
あの時手を振り払ったあの人は、今頃やはり悲しい思いをしているのだろうか。特異点とは関係なさそうだから修正されたとしてもあの人が悲しい思いをしていることにはきっと変わりはないのだろう。なんてふと思い出して重い心持ちに何度もなりたくないな。という感情を人が良いとは思わないけれど。
とりあえず今の自分には廃墟の中でさえ神経を尖らせている彼女を、今にも人生が終わりそうなほと追い詰められたような顔で右往左往している彼女を見なかったことは出来ないのだ。
美しい髪。美しい肌。美しい服。一見豊かな環境で大切に大切に、全てに愛され守られてきたであろう女性が何故泣きだしそうな顔でただ目についただけの凡庸な見知らぬ男の手を取って駆け出さねばならなかったのか。
どのような形であれ縁は繋がれたのだ。叶うならば、見届けたいと思う。彷徨う少女に少しでも良き道を共に探したいと思う。
「ねえ、ヘクトール」
固めた道筋を見据えながらふと問いたくなる。
「ヘクトールはオレに駆け落ちしてくれって頼まれたら、一緒に逃げてくれる?」
『もちろん』
密やかな声に即座に頷きが返される。
『マスターが望むなら地の果てまでもどこまでも。オジサンそういうの得意なんで、安心してください。全てから逃げおおせてみせますよ』
「ありがとう」
本当にやるだろうなこの男は……。敵からも、カルデアからも。
そんな管制室内に全員が呼吸を失うほど瞬間凍結した空気など彼は気付かない。ただひとつ。心のどこかにあった穴の一部が埋まった気がして、その痛いくらいの幸福を大切に胸に収める。
たとえそんな風に助けを求めることなんてなくても、そんな人がいつも隣にいてくれるからこそ自分はどこへでも歩いていけるのだと。
「ちょっと!何ひとりでにやついてるのよ!」
「すまない。少し考え事」
「全く、呑気なんだから。行くわよ。いつまでもこんなところにいられないわ。今お父様たちに捕まるわけにはいかないの」
「りょーかいりょーかい」
最大限に神経を全方位に逆立たせたまま彼女はまた歩きだし彼もその後につく。
事情を聞くにはもう少し気が落ち着いてからのほうが良さそうだ。
そうぼんやりと考えているであろう彼の後ろ姿にヘクトールは一度やれやれと息を吐き、姿を見せないままその後に続いた。