彼が食堂に訪れた時には既にひとつの催し物が終わってしまった後のようであった。
満足顔で食堂を立ち去る人たちの手には様々な形をしたバルーンアート。基本的なシンプルなものから上級向きで芸術的なものまで。実に多様でカラフルで、すれ違いざまに見るだけでも少し感嘆として浮かれてしまう。そんなものたちばかりであった。
「お祭りだったの?」
「ちょっとした子供たちの集まりだったんですが思ったより盛り上がりまして」
テーブルの上に散乱する使われなかった風船をまとめながらヘクトールはくたびれたように苦笑する。主催は他の大人サーヴァントであったのだがちょっと覗いたら巻き込まれたらしい。なんともらしい話である。おそらくバルーンアートなど初体験であろうというのに難なくこなしていたのであろう空気も含めて。
「せっかくだ。マスターもひとついりますか?」
「いいの?」
「簡単なものでいいなら。余らせてもしょうがないもんですしね。腐るわけでもないから困るわけでもないですが」
「……そうだなあ」
バルーンアートなどありふれたものである。だが実際に目にする機会は少ないので貰えるなら貰ってみたい。ヘクトールが作ってくれるならなおさらだ。周りの後片付けの大人たちもマスターも子供だからなと一個くらいなら待ってくれるような空気でいてくれているし。遠慮せずにちゃちゃっと決めてしまえばいいだろう。
残っている色はわずかであるが…………
「……うーん、じゃあ青と黄色!」
「りょーかい。マスターの目の色ね」
「え?」
「ん?」
きょとりと間が生まれ
「ああ、いや、自分の目の色なんて、そんなに意識しないものだから」
「ふぅん?綺麗な青い色なのに」
「それは…………、どうも」
「?」
急にしどろもどろと様子がおかしくなる彼にヘクトールはわずかに疑問符を浮かべるも、まあいいかと手早く風船を伸ばして捻って曲げる。あっという間に青と黄色の花が出来上がる。
手渡された彼は礼を言いつつもどこか放心したままだ。思考が霧散したような顔で花を眺める彼に「何か不備でも?」と口を開きかけるより先にブーディカが声をかける。
「マスター。何か食べたくて食堂に来たんじゃない?何が食べたい?」
「あ…………、えぇと……、ごめん、胸がいっぱいになってしまって……、気分じゃなくなっちゃった」
「そう?じゃあ後で簡単に作って部屋に持っていくから、部屋で休みなさい?」
「はぁい」
言われるがままに踵を返して彼は食堂から消えていく。足取りはきちんと地に足をつけているとは言い難く、少しの風でよろめいて崩れてしまいそうだ。
何がトリガーでそうなってしまったのかが分からないヘクトールはただ不安そうに「なんかやらかしたかなあ」とこぼし、ブーディカは「そういう年頃だから」と苦笑するしかなかった。
長いのか短いのかも分からない時間と距離をかけて彼は自室に辿り着き呆然とベッドに倒れこむ。その振動で手の中のバルーンがわずかに音を立てたが割れることはなかった。彼はそれをぼやりと眺める。魂はやはりどこか抜けたままだった。
彼が青と黄色を選んだのは、ヘクトールの色だったからだ。
緑はなかったから、混ぜれば緑になる青と黄色を選んだのだ。
なのに
「りょーかい。マスターの目の色ね」
そんな風に言われてしまったら。
「おわあ……」
名状出来ない感情がただ声とも言えぬ音として漏れ落ちる。
ヘクトールを彩る色の中に自分の色も存在してしまっている。嬉しいような畏れ多いような。突飛過ぎるし浮かれ過ぎというのも重々承知しているのだが。
「おわあ…………」
分かっていても破裂してしまった心は回収が出来ないし身体は動かない。どうにもならない。どんな時でも思考を回せるように訓練しているのにおかしいなあ。そうは思ってもカルデアという安全圏にいるという安心感が重く重くのしかかり。
「…………………………………………」
ほぼ意識を失っていると言っていい状態のまま、ベッドの上で脱力状態で青と黄色で出来た花を眺め続けていた。