「突然呼び出して悪いね。今回は比較的個人的なオーダーだ。監査前の自由にレイシフトが出来るうちに回収しておきたいものがあってね」
そう言ってダヴィンチはどこかの洞窟の画像を映す。
大分奥の映像のようなのにぼんやり明るく見えるのはそのように調整しているのではない。場が、おそらく苔が光っているのだろう。
「頼みたい素材はこの洞窟の奥でね。苔が光っている通りに進めばあるはずの鉱物さ。今の時期が一番魔力を貯め込んでいるから回収してきてほしい。大きさも大したことないから念の為に保管するにはもってこいなものなのさ」
「了解」
ダヴィンチが必要と判断したのなら必要なものなのだろう。自分にやってほしいと頼むのならばいくらでも力を貸すまでだ。疑う理由も反発する心も彼の中には存在しない。
もう世界は平和になってはいるけれど、万一に備えることは悪いことではない。明日にはまた別の誰かが世界を爆破していてもおかしくないのだから。その時に立っているのが自分でなくても誰かの役に立つかもしれないだろう。彼はひとり内心で頷き続ける。
「ただ厄介なことにここは『場』が狭くてねえ。付き添いに頼めるのはひとりだけなんだ。そして敵性体に遭遇する確率はそれなりにある」
「おやおや」
ただの幻想的風景を楽しむおつかいなんて気楽なものではなさそうだ。彼は即座に気分を切り替える。こちらが気負いすぎないようにいつも軽やかに語ってくれるが任務とは常に命と世界が関わる仕事なのだ。忘れてはならない。
すぐさま表情を変える彼とは逆にダヴィンチの表情は変わらず穏やかだ。
「レイシフト先への適性、および発生する敵性との相性を考慮した結果、最も適任と判断したサーヴァントはヘクトールだ。ふたりで頑張ってきてくれたまえ」
「了解」
至極真面目に返答し
「でも、」
困ったような微笑みを浮かべ
「そんなに気を遣わなくていいよ?」
「もちろん。ヘクトールが最適なのは本当だよ」
緩やかな人間性であれ察しが悪いわけではない彼にダヴィンチはただ完璧な微笑みを返し続ける。
「けれども余計と分かっていても抑えられない老婆心というのはあるものなのさ。ひとつの孝行だと思って受け取ってくれるとありがたい」
「……うん。ありがとう」
11月も半ば。
査問がやってくるであろう日まであとわずか。
右も左も有耶無耶にされてたったひとりでこの地にやってきて、世界を背負わされがむしゃらに駆け抜けた彼が知らぬ間に落ちて焦がれた全身全霊の恋。
その無邪気で無自覚でそれ故に純真で懸命な囀りをカルデアにいる誰もが黙して見守っていた。その先に何もないと分かっていながら、ヘクトールは伸ばされた手を振り払わずに受け取った。
幼い恋は幼いまま実り、幼いまま積み重ねてきた短い日々が何の落ち度も亀裂もないというのにもうすぐ終わる。ただその時がきただけだ。幼い彼はそういう割り切りにはひどく大人だった。
だからこそなのかもしれない。周囲がそれでもどうにかと時間を作りたがるのは。そんな大人たちの想いを彼がどれほど理解出来ているのかまでは分からないけれど。彼はそれをありがたく受け入れた。
そうして始まったふたりの洞窟探索は実に軽やかで迅速なものであった。
洞窟全体に生える苔から発せられる淡い光のおかげで視界には困らなかった。それにその苔に沿うように進めば目的の鉱石に辿り着けるのだから迷うこともなかった。むしろこんな奥地でどうやって光源を採取しているのか分からないのに光る不思議な、神秘さすら感じるほのかな光を楽しむ余裕すらあった。
その余裕の基盤にはやはりヘクトールの盤石な護衛があったからこそ。そう言い切っても誰も反論しないだろう。
洞窟という狭い場であるために槍に改造した剣を元に戻しそれでも問題なく現れる敵を流して払う。実に見事なお手前だ。幻想的な淡い光の中であることも相まって邪魔にならぬ位置取りをしながらも見惚れるシーンも多々あった。
そうして軽やかにやってきた最奥部。ここまでの淡く光る苔にも似た光で、それでいてより多彩な色彩を場の隅々まで広げる件の鉱石の美しさに彼は思わず「わあ」と声を漏らす。隣からも「これはこれは」と感嘆するヘクトールの声が聞こえるのでよっぽどだ。そんなふたりの様子にダヴィンチにもまた「しばらく敵性も近付いてきそうにないから帰還は少し休憩してからにしようか」と穏やかに通信する。
………………。自分の想いは、ヘクトールとの関係は、この突如はじまったグランドオーダーとは関係のない話だ。それに皆が気にかける理由もなければ口を挟む義理もない。オーダーの邪魔にならない範疇で好きにやっていればいいだけの話なのだ。少なくとも彼はそう考え出来る範囲で自制してきたつもりである。
けれどそうは問屋が卸さない。そう皆がこうして計画を立てチームがかりで思い出のひとつでもと力を注いでくれている。暖かで優しい人たち。
そうやって常に自分を支えて守ってくれていた人たちに返せるものなど何もないまま旅が終わる。どこまでも無力で無礼なまま、自分はこの場を去る。住む世界が違う者として二度と顔を合わせることなく何事もなかったかのように日々を過ごしていくのだろう。それでいいのだと、皆は口を揃えるのだろう。こんな自分にはなんてもったいない人たちであろうか。
「……ダヴィンチちゃん」
『なんだい?』
「ありがとう」
このレイシフトだけではない多くの想いが混ざり合った言葉がこぼされる。おそらく本人ですら、本人だからこそ気付かぬからこそ珠玉に輝く言葉となっていた。それを聞く皆が何を思ったのかを彼は知ることはない。万能の天才は完璧を象った姿の微笑みのまま『お安い御用さ』とだけ言葉を返した。