今日は部屋に鍵かけてなかったんだなあ。
ヘクトールがそう思ったのは自室のベッドで彼が眠っているのを見てからだった。
カルデアにいた頃に使っていたベッドよりも一回りは大きなサイズのベッドでゆったりと眠る彼は非常に幸せそうであった。しかしやはり今でもどこか幼さが残る寝顔はあの頃をよく思い出せるものであった。
さてどうしたものかな。ヘクトールは少しばかり考える。まあ一緒に寝ればいいか。と即座に完結するのだけれども。
別に怒りは微塵もないのだ。
カルデアにいた頃は合鍵も渡していたのだ。触れられて困る物など置いていなかったし。
今の部屋には触れられたら困る物はあるけれど、それに触れる彼であるとは思わないから。入って眠るくらいに思うことなどありはしないのだ。
「…………んんぅ?ヘクトールかえってきた?」
「人の部屋に勝手に入るなんて悪い子だ〜」
「おかえりぃ」
とはいえこんな美味しい状態をただ優しく受け入れて流してしまうのは勿体無い。指で頬を撫でれば寝惚けた彼が嬉しそうに微笑んだ。
「勝手にベッドに入るなんて、そんなにオジサンが恋しかった?」
「昔はよくこうしてたじゃん?」
「今はあの時ほど優しくしませんけどね?」
少なくともベッドの横に椅子を置いて黙って据え膳の守りをする気はない。
彼もまたそれが分からぬほどもう幼くはない。暗闇の中で熱を持って光る瞳の意味が分からないわけではない。その光を受けて彼は微睡みながら意地悪そうに口を開く。
「今日は何もしないで一緒に寝ない?」
「ええ〜?生殺しぃ?」
「たまにはいいじゃん?」
確かにそういうことはしてきた記憶はないけれど。ちょいと生殺しが過ぎるのではないだろうか。
抗議したところで聞く気はないだろう。既に彼の中では決定されたこととして布団を開き、おいでおいでとシーツを叩いている。薄手の浴衣一枚でしかもいくらか寝崩れている状態でそれは酷だろう。そう思えどそこまでは分かっているのかいないのか。
おそらくそんなもんは知らんと襲ったとしても許されはするだろう。多少の抵抗と文句が発生しても本気の拒絶ではなく、明日、長くて明後日まで平身低頭に詫びて尽くせばそれで済む話だろう。
しかし
「マスターはいつまで経ってもガキだなあ」
極小にちりついた選択肢をため息ひとつで吹き飛ばしてその隣に身体を横たえる。
この程度のささやかな願いすら叶えてやれずに何が大人だサーヴァントだという話である。親しき仲であるからこそ礼儀を尽くせ、だ。繋がりとはこのような積み重ねによって盤石になっていくものなのだ。
「ふへへ、いいなあこういうのも」
「ご満足ならそれで結構」
何より自分本位に事を運んでいたらこんな、甘くとろけるような信頼と安心と幸福に満ちた顔を見ることはなかっただろう。幼子のように手を握るぬくもりを得ることはなかっただろう。
あの頃とは違う関係も今は築いているものの、あの頃から続いている関係も築き続けても問題ないだろう。
始終寝惚けたままの彼が幸福そうなまま再び寝落ちるまでを眺め続け、それから引き寄せ抱きしめてから眠りについた。