「ヘクトール、ちょうどいいところにきた」
雪深い施設の廊下にて。通りがかりのヘクトールに声をかけたのは記録係の女性だった。
パッと見派手な色合いのわりに寡黙で他者との交流が控え目な彼女にしては珍しく、本当に珍しく通りがかりのヘクトールに声をかけた。
余程緊急の案件なのかそれにしては空気が張り詰めていないがどうしたどうしたと目を丸めて手招く通りに寄っていく。
「多分疲れて休んでたらそのまま寝落ちちゃったんだと思うんだけど、このままじゃ風邪引いちゃうかもしれないから。連れてってもらえるかな」
「まあ、いいですけど」
先にいたのはベンチで眠るマスターの少年であった。
確かに強化魔術があるとはいえ女手で運ぶより男でしかもサーヴァントであるヘクトールが運んだ方が慣れている分もあって安定感はあるだろう。実際抱き上げれば眠った状態でも彼は意識がなくても勝手に収まりがいいところに収まっていく。包まれるぬくもりに安らかな寝息が深まっていく。その姿に記録係もかすかに優しげに笑みを浮かべる。
「じゃああとよろしく。こっちのことは言わなくてもいいから」
「言うくらいいいと思うけど……」
現場だって後方支援があってこそで彼もそれについては深く感謝するタイプなのだ。押し付けも良くないが無理に断絶する必要もないだろう。
やや物申したげなヘクトールに記録係もまた申し訳なさそうに眉を寄せる。
「ただでさえサーヴァントの管理に大変なんだから、気遣わなきゃいけない人を増やすのはよくないでしょ?」
「そりゃあまあ、」
そうなのだが。
人理のためにと緊急で増え続けるサーヴァントたちに囲まれ手一杯な彼なのだ。今でさえ皆にいらぬ心配をかけさせたくないと意識的に空元気を見せて回っているような子なのに。更に個を意識させては……。
そんな想いは分かるけれど、
「それに、寝落ちた自分を見付けてくれたのがヘクトールだったっていうほうがこの子にしても嬉しいでしょ?」
「……そりゃあ、まあ、」
そうなのだが…………!そうなのだけど……………!
前々から思っていたが自覚していないからとはいえ少し純な彼の想いを皆いいように使われていないだろうか!?
唱えたい異を喉元でぐっと抑えため息として落とす。
マスターに負担をかけるのはよろしくない。
そして、それを支える後方たちにも負担をかけるのはよろしくない。
距離感とは、それぞれなのだから。
「分かりましたよ。それじゃあお疲れ様」
「ありがとう。お疲れ様」
まあともかく、今は彼をベッドで休ませるのが先だ。こんなところで平行線を伸ばし続けて身体を冷やして体調を崩されてはならない。適当に切り上げ彼の部屋へと揺らさぬように足を動かした。その背を記録係はしばらく見送ってから安心したように踵を返し、その気配にまたヘクトールはため息をこぼして肩を落とす。
本来なら生きている人間同士にこそ交流を深めてほしいのに……。まさかサーヴァントがその壁になろうとは。ままならなさに胸を重くなるばかりだ。けれど自身の腕の中で安らかに眠る彼を見ているとやはり、彼女と同じく余計なことを考えさせないようと思ってしまうのだ。