ヘクトールとマスターであった彼は平和になった今現在も一緒に暮らしているわけだが、お互いの予定の関係で外で待ち合わせることもそれなりにある。
どちらが先に来ているのかは完全にお互いの予定次第である。
今回はヘクトールが後になってしまいそうだ。
待ち合わせ時間がオーバーになるほどではなさそうだが、やはり待たせるのはよろしくない。周囲に不審がられない程度に足早に進み待ち合わせ場所に急ぐとする。
そして訪れた待ち合わせ場所。少し大きくて目立つ店の前の街灯下。ヘクトールが思った通り彼は既にヘクトールを待ってくれていた。
シャンと崩れず姿勢よく。物言わずにそこにいるだけで品位が分かる佇まいでそこにいた。
そんな彼の姿を見てぼんやりと、良からぬ思いがふとよぎる。
「一回くらいカルデアで「この人俺のなんですよ」って自慢しても良かったのでは」と。
そんなことをしたら間違いなく戦争になるのは火を見るよりも明らかなのは分かっているのだが。下手をしなくてもカルデアが壊滅してしまうのは分かっているのだが。
この人俺のなんですよ……!出会った時からずっとずっと、俺を喚ぶ前から俺に会うためだけにずっとずっと……!いや流石にこれはちょっと誇張が過ぎるかもしれないけれど!いくら海千山千の輝かしい英雄たちに囲まれようとこんな地味で華やかさの欠片もないオジサンがいいって……!どこまでもどこまでも一途で可愛い人が俺のなんですよ!
「……ヘクトール?」
突如吹き荒ぶ衝動に放心している間に気配に気付かれた。
せっかくの待ち合わせに声をかけないヘクトールの姿にただ不思議そうに首を傾げる彼が一際愛らしく見えるのだから本日は重症だ。特に理由もなく重症だ。
そんな本日のご乱心を隠す気もなくヘクトールはへらりと笑う。
「いやあ、この人の全部が俺のもんなんだなあって思ったらつい感慨が」
「何それ」
しょうもない話ではぐらかされた。そう取られて拗ねられかねない口ぶりだというのに彼は穏やかに目を細めて笑う。
「最初からそうなのに、今更変なの」
「…………」
今日は駄目だ。本当に駄目だ。自分の中の何かが更に盛大に音を立てて崩壊していく。立て直しには静養を要するわけだが、今日帰るのはもう少し後になるのだ。今すぐ強く抱き締めて連れ帰りたい。目一杯に心行くまで好き放題にしたい。そんな荒ぶる衝動を全力で抑え込む。
「行こう。今日は楽しみだったんだ」
「了解。のんびり参りますか」
とにかく帰宅するまでは平常を保っていなくては。
速やかに瓦礫と化した理性をかき集めて応急処置に奔走しながらも並んで雑踏の中へと紛れていった。