オタク魔王は愛されたい   作:やーなん

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微睡み

 

 

 

「…………」

 

 魔王は玉座で微睡んでいた。

 

 彼女は神々の創った完全なる上位者。

 人間の三大欲求なんてモノは存在しない。

 

 そんな彼女が眠るのは、人間と違って忘れるという機能を持たないので自身の記憶の整理という側面があった。

 

「…………」

 

 思い出すのは、まだほんの一年前の出来事だった。

 

 

 

 ……

 …………

 

 

 ある日、青空の天蓋に女の姿が浮かんだ。

 

『我が名はメアリース。

 ……ああ、ここは地球系列の世界だったわね。

 では改めて名乗るわ。我が名はメアリー・スー。文明を司るモノにして全ての人類の造物主。まあ、呼び方なんて何でもいいわよ』

 

 神を名乗るモノが現れ、地球の全ては変わった。

 いや、変わることを禁じられた。

 

『あなた達現行人類は私の21世紀を対象とした幸福度調査のサンプルとして保存することが決定したの。

 この地球はこれ以降、文明的発展の一切を禁ずることにしたわ』

 

『この反応……もしかして、これがいたずらか何かと思っている? 

 じゃあ信じさせてあげるわ』

 

 虚空に浮かぶ立体映像はコンソール画面みたいなものを呼び出し、そこで“О”という記号のカーソルをゼロにした。

 

 その瞬間、世界中の全員が一斉に息が出来ず悶え苦しんだらしい。

 私も苦しくてそれどころじゃなかった。

 

『この世界の人類から呼吸機能を停止させたわ。

 私の存在を承認した者から、呼吸機能を返してあげる』

 

 女神の沈黙は一分半ほど続いた。

 私は部屋の中から這い出て、外を見ると呼吸が出来ずのたうち回っている人であふれていた。

 

『全人類の90%以上が私を承認したわね。

 では、細かい通達は各国政府を通じて順次行うことにするわね』

 

 これが残酷な、ほんの三分にも満たない女神の降臨だった。

 

 

 世界は変わった。

 

 世界中の核兵器は外側だけのオモチャになったし、国家は現在の政治体制を永遠に維持する為だけの機関と成り果てた。

 本物の神の降臨に、各宗教は文化の保存の為に存続させられた。

 宗教戦争は資料の為に延々と玩具の鉄砲で続けさせられ、テロリズムは陣取りゲームになった。

 

 ──地球は神の標本と化した。

 

 いや、初めから私たちの地球は実験サンプルでしかなかった。

 それを自覚していなかったか、自覚させられたかの違いでしかなかった。

 

 なぜこんなことをするのか、と言う質問に女神はテレビでこう答えた。

 

『並行世界という概念が有るわよね。

 あれは人間が生み出した想像の産物、だから私の管轄なの。

 故に私はそれを利用して、どの時代の地球が人類に最も住み心地が良いか調査することにした。

 この対象はある程度文明が発展した16世紀から一世紀ごと、30世紀までサンプルとして保存することにしたの』

 

『メアリース様、では私達の人権についての配慮についてどう思うのですか?』

 

 番組の人権派だというアナウンサーだか大学だかの偉い人がメアリース様に問うた。

 それに対する、彼女の反応は顕著だった。

 

『ぷッ』

 

 何が可笑しいのか、彼女は笑ったのだ。

 

『この時代だと、人権なんて概念ができたのはせいぜい百年程度でしょう? 

 覚えたての難しい言葉を使いたいのは分かるけど、あなた達の方こそ人権についてどれほど分かっていると言うの?』

 

 完全に子ども扱いされて、質問者は顔が真っ赤になった。

 

『王権神授って、歴史で習うでしょう? 

 王権は神が与えたモノだから、正当性が保証されると。

 なら人権も同じよ。誰が人間で、誰が人間じゃないか、それは私が決めるの』

 

 恐らく、テレビの中の出演者や超高視聴率を記録したこの番組を見た全員が絶句していただろう。

 

『なにみんな不思議そうにしているの? 

 あなた達だって、イルカやクジラを同じ哺乳類だからと言って人間の仲間だみたいな扱いをしているじゃない。

 哺乳類でもブタや牛を食べるくせにね』

 

 この人類の造物主は、人間の概念そのものは、人類の傲慢さを皮肉って意地悪く笑っていた。

 

 この世界の住人が、この御方に諦念を抱くのにそんなに時間は掛からなかった。

 

 

 私達の地球は、経済的成長が完全に停止した。

 より正確に言うなら、今の経済情勢を維持しろと言う神の命令に従うだけとなった。

 

 つまり、富む国は富んだままで、貧しい国は永遠に貧しいまま。

 一応、貧しい国には食糧支援などが行われ、外観や生活などの文化的維持を行えということになった。

 

 私の住んでいた日本は、まあ世界的には恵まれている国だ。

 要するに、私の生活は何一つ変わらなかった。

 

 いや、つらつらとこの世界に起こったことを並べたけど、結論を言おう。

 

 ──全部、どうでも良かった。

 

 私の業界には何にも関係の無いことだから。

 

 ただ毎日バイトして、欲しいマンガがあったら買って、趣味と実益を兼ねたマンガを描く。

 ただそれだけの日々。

 

 そんな私のような人間でも、プロに憧れもあった。

 出来のいいマンガが書けたら出版社に持っていくこともある。

 そんな程度の、アマチュアのマンガ家が私だった。

 

「今日もダメだった……」

 

 今日も出版社に持って行ったマンガが没にされ、とぼとぼと住まいの安アパートに戻る道中。

 

「あ、メアリース様の事務所……」

 

 独特なセンスの建造物が目に入った。

 これはメアリース様の分体が運営する運営事務所だった。

 

 端的に言えば役所だけど、その意見はメアリース様に反映されるらしい。

 事務所の目の前ではデモ活動をする暇な人々が、口だけの主張をしていた。

 

 私は、意を決して運営事務所に入った。

 

「それでねぇ、うちの孫がいつになっても嫁も貰わずに」

 

 中では、十数名のメアリース様と同じ顔の人間が窓口で市民に対応をしていた。

 私の前の人は、老婆で世間話を役人にしていた。

 

「そろそろ次の方の番です」

「そうかい、メアリース様に孫の嫁を探して貰えるように頼んでおいておくれよ」

 

 そう言って、機械的に対応する役人の前から老婆は去った。

 

「次の御方」

「私です」

「ご要望はなんでしょうか?」

「メアリース様に御会いしたいです」

「勿論、構いませんよ」

 

 このメアリース様と同じ顔の役人は、メアリース様の分体。

 つまり、根本的に全員が同一人物。ただ役割が違うだけ。

 

 だから、メアリース様に会いたいと言えばもう会っているのだ。

 

「それで、なんの用かしら?」

 

 無機質な表情に、自信に溢れた笑みが浮かぶ。

 ただの端末から、室内灯のスイッチが変わるようにメアリース様の人格へと変わった。

 恐らく、AIチャットを利用したキャラクターの受け答えに近いのだろう。

 

「私のマンガを、読んでくれますか?」

「良いわよ、見せて」

 

 私は意を決して、メアリース様に自作マンガを渡した。

 

「…………」

「どう、ですか?」

 

 心臓が、バクバクと鼓動する。

 目の前に居るのは、人類の文明を齎した女神の化身。

 一体どんな評価をされるか、期待もあり怖くもあった。

 

「あなたは、どんなマンガ家に成りたいの?」

 

 私のマンガを読み終え、目の前に置いたメアリース様は私に尋ねた。

 

「え、いえ、私はただ、もっと多くの人に私のマンガを見てもらいたくて」

「なら、もっと売れる内容にしなさい。

 あなたは勘違いしているわ」

「勘違い、ですか……」

「マンガの出版は、アートじゃなくてビジネスなの。

 あなたの実力では好きなモノを書いて、それで食べていくのは不可能よ」

 

 メアリース様は真摯に対応してくれた。

 だからこそ、私はショックを受けた。

 

「私のマンガは、面白くなかったですか?」

「私は面白いと思うわ。

 随所にあなたのこだわりを感じるし、テンポも悪くない。

 原作の有る二次創作の同人誌なら、それなりの評価をされるでしょう。

 でも、誰もあなたの個性なんて求めていないのよ」

 

 覚えがあるでしょう? と、メアリース様は問う。

 その通りだった。

 

 即売会で私の個性を出した二次創作の同人誌だけ評判が悪かった。

 中身の無い、美少女を書き連ねただけのそんなモノだけを読者は求めていた。

 

「私は人間だった頃、大抵のことは何でもできたけど芸術的センスだけは持ち合わせていなかった。

 そんな私が文明の女神なわけよ、わかるでしょう? 

 あなたは自分の作品にアートを求めている。だけど大衆は消耗品で使い捨ての娯楽が欲しいのよ」

 

 それが、人類文化の擬人化であるメアリース様の答えだった。

 

「あなたは、致命的にマンガ家に向いていないわ」

 

 そっと、メアリース様は私の目元を拭った。

 私は泣いていた。

 

 私はこんなにもマンガを愛しているのに、私はマンガに愛されていなかった。

 世俗は誰も私を評価しない。

 悲しかった。悔しかった。

 

 だから私は言ったのだ。

 

「ならなぜ、私達人類に夢と希望を齎したのですか? 

 私が愛したモノは、全て創作に過ぎないと言うのですか?」

 

 数秒の沈黙の後。

 

「それなら、自分の眼で確かめてみない?」

「え?」

「今のこの世界を閉塞的と考える人間が、およそ全体で約8%存在するわ。

 今現在、私が管理する約七百程度の世界の中には、貴女の好きな創作のような剣と魔法の世界も存在する。

 この世界には無駄な人員が多いし、そちらに配置転換を望む者も多い」

 

 それは、私にとって魅力的な提案だった。

 

「どうする? あなたも異世界で新しい人生を歩んでみない?」

 

 私は、──。

 

 

 

 

「魔王様」

 

 誰かの呼びかけに、魔王は瞼を開けた。

 

「お休みのところ、申し訳ありません」

 

 ペスカ姫の声だった。

 

「ううん、別に。それで、なにか用なの?」

 

 眠気にも似た気だるさを振り払い、彼女は問うた。

 

「魔王様に面会したいという者達が居ます」

「ああうん、通せば?」

 

 魔王は日がな一日中マンガを読んでるばかりなので、謁見は誰でも可能と言うことになっていた。

 それでも、多くて一日に二人か三人程度であったが。

 

「それでは」

 

 ペスカ姫が玉座の間から立ち去ると、すぐに彼らは現れた。

 

「魔王!!」

 

 勇者ファスリーとゼルダリであった。

 

 

 

 §§§

 

 

 二人が王都にたどり着いて最初に行ったのは、王城の門前にて謁見を申し込むことだった。

 

「そんな馬鹿正直に正面から言って会ってくれるわけ?」

「出来なかったら別の方法を考えるまでだ」

 

 要するに無策であった。

 ゼルダリが呆れた表情になる。

 

『これでお城に入れてくれたら笑っちゃうよね!!』

「うるさい、そんなわけないでしょ」

 

 まるで楽観的な半身の言葉に、イラついた視線を向けるゼルダリ。

 

「あー、別に信じてないわけじゃないんだが。

 傍目には独り言を言っているようにしか見えないな」

「それ、貴方が言うわけ?」

 

 ハッキリ言って、ファスリーも女神チョコルと話している時は独り言を言っているようにしか見えないのである。

 

「でも、チョコル様は君は確実に独りだって」

『多分二重人格なんじゃないでしょうかね』

 

 ファスリーの中の女神の声は彼女の耳には届かない。

 だから彼の無神経な言葉に、ゼルダリに睨み返された。

 

「ご、ごめん」

 

 彼が謝ったすぐ後だった。

 

「やはり、一般人の謁見は事前に申告をしなければダメみたいです」

 

 二人の対応した門番が戻って来てそう言った。

 

「やっぱりダメか……」

「仕方ないわね」

 

 分かりきった失敗だった。

 しかし出来ないと分かったのは一歩前進だった。

 

「ねえ、宰相に取り次いでくれる? ゼルダリが戻って来たって」

「ゼルダリ?」

 

 何事かと彼女を顔を見たファスリーが目を見開く。

 

「さ、宰相殿ですか? 

 確かに彼は今お手すきでしょうが……」

「それでダメなら帰るわ。いいでしょ?」

「……わかりました」

 

 門番は渋々と言った様子で勤めを果たしに行った。

 

「どういうこと何だい?」

「別に。ただ私は自分の家に帰ってきただけよ」

 

 そして、程なくして、門番が戻って来た。

 

「宰相殿が案内せよとの仰せです」

「わかった、ありがとう」

 

 正面から入れてしまった。

 それを提案したファスリーが一番驚いていた。

 

 

 

「今更、何をしに戻ってこられたのですか、ゼルダリ様」

 

 宰相は二人を自分の執務室に招き、元王族として最低限の敬意を持って接した。

 彼女は端的に答えた。

 

「魔王を倒しに」

 

 それを聞いた宰相は溜息を吐いた。

 

「おやめなさい。かつての主君の忘れ形見である貴女にご忠告申し上げる。

 魔王様はあの双星騎士団を赤子の手をひねるようにあしらったようだ。

 教会も魔王様の提示した方針に従うことに決めた。

 仮に、今更魔王様を倒したところで混乱が起きるだけでしょう」

 

「しかし!!」

 

 それを聞いて、勇者ファスリーは黙っていられなかった。

 

「それでは悪に屈することになる!! 

 私は見て来た、魔王の非道の結果を!!」

「そんなものは大いなる調和の為の些細な犠牲ですよ」

 

 その宰相の答えに、ファスリーは信じられないと言った表情になった。

 

「バカな、そんなバカな!!」

「馬鹿なことではありませんよ。

 むしろ、誰ひとり零れず救うことこそが現実が見えぬ者の絵空事。

 我ら為政者が手を尽くしたところで、守れぬ者は現れる」

 

 むしろ、宰相は彼の純真さを羨むようだった。

 

「それで、魔王に会わせてくれるの? くれないの?」

 

 二人のやり取りなど気にせず、ゼルダリが問う。

 

「……まあ、良いでしょう。

 そこまで仰るのならば、もう止めますまい」

 

 彼はそう言って、手紙をしたためた。

 

「この城内に居る、魔王様のお気に入りに会いなさい。

 彼女、ペスカ姫ならば確実にお二人を魔王様に取り次いでくださるでしょう」

 

 

 

 

 

 

 





ようやく勇者二人が魔王に対峙するところまでこれました。
回想編がもっと短く終わったなら、その結末まで書けたんですが。

それではまた、次回。お楽しみに!!

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