オタク魔王は愛されたい   作:やーなん

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対談 前編

 

 

 

「魔王!!」

 

 魔王は眠たげに玉座の間に現れた二人を見やった。

 

「誰、あなた達?」

「我が名はファスリー!! ショウロ王国の勇者だ!!」

 

 勇ましく名乗りを上げる勇者。

 魔王は目を擦ると、居住まいを正してこう言った。

 

「よく来た、ファスリーよ。私は魔王一族が長女、アキバである。

 私は待っていた。そなたのような若者が現れることを」

 

 それは歓迎の言葉だった。

 困惑する二人だったが、魔王は定型文を読み上げるかのように続ける。

 

「もし、私の味方になるのなら、世界の半分をやろう。

 どうだ? 私の味方になるか?」

「──断る!!」

 

 勇者は即座に魔王の誘惑を切って捨てた。

 

「……本当? はいって答えても良いんだよ? 

 気にならない? 好奇心が刺激されない?」

「くどい!!」

「あはははッ、ごめんごめん」

 

 魔王は足を組んで、可笑しそうに笑った。

 

「今のは魔王が勇者に掛ける言葉のお約束……伝統みたいなものだ。

 でも、はいって答えたらちゃんとあげるつもりだったよ。この世界の半分、暗闇に満ちた死後の世界を」

 

 その言葉に、からかわれたと思った勇者は怒りに顔を歪めた。

 

「下らないやりとりは終わり? 

 私はゼルダリ。その席は私のモノだから、返して貰いに来た」

「え、そうなの?」

「別に王位とか興味ないけど、私はあいつに座らせておくつもりはないから」

 

 気の強いゼルダリの方を見る勇者はその横顔に宿る決意を感じ取った。

 

「ああ、なるほど。君が宰相の言っていた元第一王女か。

 せっかくだし、おもてなしでもしようか?」

「馬鹿にするな、我らはお前を討ち取りに来た」

 

 妙に親し気な魔王の提案を、勇者は切って捨てた。

 

「なんかこの世界で一番強いらしかった騎士団……ほら、なんていったっけ? 

 えーと、あいつらを倒した私に挑むっていうの?」

 

 応答は、斬撃だった。

 

「はああぁぁ!!」

 

 大上段からの唐竹割り。

 最速で武器を振るうと言う最も効率的な一撃だった。

 

「まだ……」

 

 勇者の一撃は、その頭部を真正面から中央に捉えた。

 だが魔王は身動きすらしなかった。

 

「まだ、さあ勇者よ掛かって来いって、──言ってないだろうが!!」

 

 その怒声は衝撃波となって、勇者を弾き飛ばした。

 

「……でもまあ、そうでなくちゃね」

 

 魔王はそれでもなぜか上機嫌だった。

 

「今でもわかったでしょ?」

 

 魔王は頬杖をついて、臨戦態勢の二人に言った。

 

 

「──我が固有スキル起承転結(ストーリーライン)

 

「リッパースマッシュ!!」

 

 万物を両断する不可視の刃が魔王を襲う。

 しかし、玉座の肘置きを切断するだけで魔王は無傷だった。

 

「起承転結って知ってる? 

 本来の意味はともかく、私の故郷では文章や物語の構成について四つの段階について分けられていると教えるの。

 つまり、ね」

 

 魔法の援護を受けて、勇者が魔王に再び斬りかかる。

 

「物語の最初で、魔王が倒されハッピーエンドになってはならない。

 ゲームの序盤で、レベルカンストまで育て上げた主人公で負けイベントの魔王を倒すことはあってはならない」

 

 魔王の頭蓋に剣を振り下ろし、歯をむき出しにして力を込めている勇者に、魔王は己が何ゆえに無敵なのかを解説していた。

 

「それが、私が母たる神に望んだ固有スキル。

 これが機能している限り、何人たりとも私を害することはできないのよ」

 

 魔王の暴威を保証する、理不尽。

 英雄譚は最後に魔王を倒してハッピーエンドでなければならないという、ルールそのものだった。

 

「チョコル様、どうにかなりませんか!!」

『無理。リェーサセッタの加護は私の力を遥かに上回っているもの。そもそも私と彼女とじゃあ神としての格が違いすぎるの』

「そんな!?」

 

 女神の言葉は非情だった。

 

「なんてデタラメなの……ねえ、アンジー」

『うーん、手持ちの手札じゃ魔王と戦いにすらならないね』

 

 ゼルダリのもう一人の自分もお手上げの様子だった。

 

「ねえ、貴女って本当に勇者なのよね?」

 

 そんな中で、魔王は敵意さえ無かった。

 当然だ、無敵とは敵に値する者が誰も居ないことなのだから。

 

「なにが、言いたい!!」

「これから私が四つの質問をする。

 その全てに答えたら、私の固有スキルの解除条件を教えてあげる」

 

 それは、戯れだった。

 

「何が狙いなの!?」

「私の好きな映画の悪役の台詞を借りて言うなら」

 

 魔王は足を組み直した。

 

「『まともじゃ王様はつとまらねぇ。

 王様ってのは欲張りで!! 

 ──気まぐれ!! 

 ────残酷でッ!! 

 ……退屈しているんだ』」

 

 言ってから、魔王はニヤリと笑った。

 

「子供向け映画の悪役の台詞じゃないよね!!」

 

 あははは、と魔王は一通り笑い終えると。

 

「で、どうするの?」

「あんたのお遊びになんで付き合わなきゃいけないの!!」

「……もしかして、勘違いしてない?」

 

 魔王はコテンと小首を傾げた。

 

「私の大好きな悪役の台詞を借りてお前たちに現状を教えてやろう」

 

 ごほん、と魔王は咳払いし。

 

「『命を乞う時はこの二つ、一つは命を握る者を楽しませる事。もう一つはその人間を納得させる理由を述べる事だ。お前はまだ、どちらも満たしていない。さあ、踊れ!!』」

 

 そう芝居じみた語り口で言い終えると、魔王は目を細めた。

 

「嫌なら、もう二度とこの城から出さない」

 

 魔王は、初めから二人に拒否権など与えていなかった。

 二人が他人にも唾を呑む音が聞こえるようだった。

 

「……最初の問いだ」

 

 そしてもう、問答は始まっていた。

 

「──お前たちは性善説、性悪説、どちらが正しいと思う?」

 

 その魔王の問いに、問いを投げかけられた二人は面を食らったような表情になった。

 

「もっと、賢者にしか解けない難問を投げかけられると思っていたが……」

「私がそんな頭が良いようにみえる? 

 私は質問に答えろと言った。意地悪がしたいわけじゃないの。答えたら今日は帰してやるし、ついでにこのつまらない固有スキルの解除条件を教えてやるって言っているんだ」

 

 魔王の表情は真剣だった。

 真面目に、この二人に善悪の是非について問うているのだ。

 

「性善説とは、人間善性論みたいなものか?」

「多分。性悪説も悪人邪魂説と同じことだと思う」

 

 二人が認識のすり合わせをしているのを見て、ああ、と魔王はここが自分にとって異世界だと思い返した。

 

「ほむべえ、解説を頼む」

「わかりました」

 

 魔王の玉座の影からまるで初めからいたかのように、ほむべえが現れる。

 

「一般的に性善説とは、人間は本質的に善性であると説いた物です。

 他者への思いやりや哀れみ、悪事を思い止まる心、それらを教育などで拡充していけば全ての人間は善人になれる、という説です」

「ああ、そんな感じなんだ」

「逆に、性悪説とは、人間は悪に傾きやすい性質であり善性で生まれるわけではないと言う反論ですが、魔王様が言いたいのは人間が本質的に悪性なのではないか、という悲観論的な解釈の方かと」

「そう、それ」

 

 魔王はうんうん、と女神の化身に頷いて見せた。

 

「人間の本質は善か、悪か?」

 

 

「……私は、善だと思う」

「それはなぜ?」

 

 魔王は勇者の答えを受けて理由を尋ねた。

 

「私は、教会の孤児院で生まれ育った。両親は知らない。教会の前に捨てられていた。

 周りの人たちはそんな私に優しく接してくれた。

 私に戦う才能があると知った時、私が戦士としての道を行くのを真っ青になって止めようとしてくれた。

 皆の優しさが無ければ、ここに私は居ない」

「なるほど」

 

 魔王は次にゼルダリに視線を向ける。

 

「悪いけど、私はどちらでもないと思う」

「なぜ?」

「人間は育った環境によって善悪どちらにでも変わるでしょ。

 スラム育ちの孤児と、王家に産まれた人間の価値観は違う。

 ……私がそうであるように」

「なるほど」

 

 魔王は鷹揚に頷いてからこう言った。

 

「私は、人間の本質は悪だと思う」

「それはどうして?」

 

 ごく自然に勇者は魔王の答えに問うていた。

 

「我が母、リェーサセッタは邪悪の化身。

 人間の悪心邪神を司り、それがあることを当然だと赦してくれる。

 神と言うルールが、それを証明している」

「なら、逆に善なる神もまた存在するはずでは!!」

「生憎と、今のところ正義を司る神は居ないそうだ」

「そんな……そんなこと無いはずですよね、チョコル様!!」

『人間の善性はともかく、“正義”を司る神は居ないですね』

 

 己に宿る女神の言葉を受けて、勇者はショックを受けた表情になった。

 ただ、彼女は別に人間の善性を否定しているわけではなかったのだが、彼女に訂正するほど善意があったわけでもなかった。

 

「そこで、二つ目の問いだ。

 ──正義とはなんだ? お前たちにとって、いかなる正義を掲げてこの私、他者の命を奪うに値する行為を正当化しうるのか?」

 

 ある意味で、魔王の問いかけは如何なる賢者たちも答えの出せない難問であった。

 

「それは、教義を守るためだ」

 

 勇者ファスリーはほぼ即答した。

 

「教義、教義と来たか……私にとって、下らないものだ」

「悪の化身たる魔王はそう思うのだろう。

 だがチョコル教の教義は、これまで世界の規範となっていた。

 人類の結束と調和、そしてそれの維持。

 皆が教義を守ることにより、平和が齎される。それは事実だ」

「確かに、そうかもね」

 

 彼の言い分を認めた上で、魔王はこう返した。

 

「だけど、それは一つの事実を浮き彫りにするのよ。

 正義とは結局、主観的なモノに過ぎないのだから。

 だからこそ、皆は同じモノを見て、同じ方向で統一しようとする。その為に努力しようとする。

 それは結局、あやふやで不確かなモノに縋っているに過ぎない」

 

 魔王は昔聞いた話を思い返す。彼女にとって宗教とは色々あるが、最大手はキリスト教だ。

 キリスト教と言えば修道院での集団生活だが、彼らは別にそんなことをしなくても天国に行けるのだと。

 ただ、集団生活を通じて己を律し、堕落しないように努める為に修道院はあるのだと。

 

 つまり、人間はお互いに見張っていないと堕落する生き物だと、他ならぬ神の家が証明している。

 

「だから、私は正義ではなく悪に魅せられた。

 物語の主人公の多くは正義を語る。だがそれは人それぞれだ。

 だけど、悪役は違う。悪はいつだって変わらない。

 人を殺してはいけない、他人の物を盗んではならない。不倫をしてはいけない……それらに付随する悪役を彩るバックストーリー。

 悪役こそ、主役を引き立てる。正義だけでは、物語は回らない!!」

「そんなのは、馬鹿げている!!」

「事実ッ、お前は私の為にここに来たじゃないか」

 

 そう、それが全てだった。

 

「お前は、私が居るから勇者になった。違うのか?」

「詭弁だそれは!!」

「あはははは!!」

 

 魔王はそれについて討論するつもりはないようで、ただ楽しそうに笑い声を上げた。

 

「……正義とか、どうでも良いわ。

 あなたの手勢が私の村の平穏を乱した。

 盗賊の手下が襲ってきたら、お頭をぶっ倒すのは当然でしょ」

「ああ、そうでなくては!!」

 

 ゼルダリの答えに満足げに魔王は頷く。

 

「そして、三つめの質問だ」

 

 魔王が指を鳴らす。

 すると、二人の目の前に幻影が現れた。

 

 その幻影は二人、活発そうな少女と、地味な少女だった。

 

「これは?」

「この二人の少女には、あるいざこざがあった。

 お前たちはその二人と受け答えをして、何が正しいか見極めてみろ」

 

 急にこれまでの質問とは毛色が違う内容に、二人は動揺を隠し切れない。

 

 

「では、Aの証言」

 

『先生!! 一昨日、Bに貸した銀貨十枚を返してくれないの!!』

 

 活発そうな少女が訴える。

 

「Bの証言」

 

『そんなの知らない!! 何のことか分からない!!』

 

 地味な少女が訴える。

 

 

「……どちらかが嘘をついているのか」

 

 お互いが相反する主張をしている以上、どちらかが嘘であることは明白だった。

 

「さて、お前たちはどちらを信じる?」

「……二人には質問をしてもいいんだな?」

「ああ、構わない」

 

 魔王が頷くと、ファスリーは少女Aに尋ねた。

 

「では、いったい何のために銀貨を貸したんだ?」

 

 少女の年齢は十歳にも満たないように見えた。

 そんな子供にとって、銀貨十枚は大金だ。パンが十個買える。

 

『その質問は本件に関係ありません』

「は? お金の使い道は大事なことだろう」

 

 少女Aの機械的な返答に、勇者は困惑した。

 

「じゃあ、いつどこでお金を貸したの?」

 

 ゼルダリが少女Aに尋ねた。

 その質問の意図を、ファスリーは察した。

 

 お金を返して貰えない、と主張しているのは少女Aだ。彼女の証言に矛盾があれば、その前提が崩れ必然的に正しいのは少女Bとなる。

 

『一昨日、夕方に学校の路地裏で』

 

 少女Aはそう答えた。

 

「それじゃあ、お金の貸し借りの証拠はあるの?」

『ありません』

 

 少女Aは首を横に振った。

 

「……もしかして、これって」

「そうだ」

 

 魔王は頬杖をつきながら、二人を見守っていた。

 

「どちらが正しいか、決定的な証言は出ない。

 お前たちはお前たちの主観と価値基準で、どちらが正しいと思うか答えるのだよ」

 

 随分と意地が悪い問題だ、とゼルダリは思った。

 

「……君はその時路地裏に行ったのか? お金を本当に借りたのか?」

 

 ファスリーは少女Bに尋ねた。

 

『そんな場所通らない。お金なんて借りてない』

 

 少女Bは答えた。

 

「……なあ、もしかしてこれって運ゲーなのでは?」

「そんなわけ無いでしょ。魔王は私達がどちらを選ぶかを試しているのよ」

 

 これは主観で物事を見極めるという問題。

 ファスリーはどうもこの手の問題が苦手のようだった。

 

「じゃあ……あれ?」

 

 彼が少女Aの方を見ると、彼女の姿が消えていた。

 

「少女Aなら、親御さんが迎えに来て帰ったぞ」

「そんな、ズルいぞ!!」

「言い忘れていたが、二人とも学生で、お前たちは放課後に二人に質問をしている教師と言う設定だ」

 

 肝心な証人を隠すと言う言動に、ファスリーが憤っている横で、ゼルダリは思案するように顎に手を当てていた。

 

「……ねえ、もうあの子は居ないわよ。本当の事を言っていいわよ?」

 

 ゼルダリは膝を突いて少女Bに視線を合わせ、尋ねた。

 ファスリーは幻影相手にそんな優し気に声を掛ける意味なんて無い、と思っていると。

 

『実は……』

 

 少女Bが答えた。

 

『お金は、お家の戸棚の中に隠してあります』

 

 二人はギョッとした。

 少女Bは明らかに最初と矛盾した言動をしていた。

 

「少女Bの親御さんから、先生方へ連絡だ。

 彼女の言った戸棚からは、『お金は見つからなかった』そうだ」

 

 混乱する二人を見て、楽しむように魔王は言った。

 

 

「……さて、お前たちはどちらを信じる?」

 

 

 

あなたはどちらを信じてくれますか?

  • 少女A
  • 少女B
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