オタク魔王は愛されたい   作:やーなん

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絶望

 

 

 

「魔王様、例の件がそろそろ残り二週間です」

「え? 何の話?」

 

 玉座の間でトランプをしている魔王に、ハウザーは生真面目そうに告げた。

 

「……お忘れなのですか? 

 魔王様、御自分の故郷の話ではないですか」

「あ、あー。そうだった。どうでも良いから忘れてた」

 

 魔王は手札をテーブルに投げ捨てて、椅子から立ち上がった。

 

「ちょっと二週間ほど留守にするけど、構わないよな?」

 

 魔王は対戦相手にさせられていた暇そうだった重臣たちに言った。

 

「ぎょ、御意に」

「こちらでの些事はお任せください……」

 

 魔王との心理戦から解放された彼らは同様に額の汗を拭った。

 

「魔王様。一体どのようなご用件なのですか?」

 

 その中で、涼しい顔をして一緒に遊んでいたペスカ姫が尋ねた。

 

「うーん、どうせなら一緒に来る? 

 もしかしたら面白い見世物になるかもよ?」

 

 魔王は散歩にでも誘うかのように、彼女に語り掛けた。

 

「王城暮らしは退屈なので。

 そう言うことなら、お供させて頂きます」

 

 一応勉強の為に魔王の下に残っているという体なので、ペスカ姫は頷いた。

 

 そして、すぐに後悔しそうになった。

 

 

 

 §§§

 

 

『ま、魔王様から告げられた期限は残り二週間です……。

 各国政府は隕石に対して、有効な対抗手段は未だ取れず──』

 

 テレビのニュース画面から、ペスカ姫は空を見上げた。

 

 そこには、巨大な石の塊がもう目の前に迫っていた。

 

 

「ここは地球。私の生まれ育った世界。

 あと二週間くらいで滅びる予定なの」

 

 ペスカ姫に産まれて初めて自動車に乗ったり、異世界の文化に触れた感動など微塵もなかった。

 ハウザーの運転で都内の高速道路を走行中に、車内で説明されたこの世界の滅亡に彼女は絶句していた。

 

「何ゆえに、この世界は滅びる定めなのですか?」

 

 やっと絞り出した彼女の言葉が、それだった。

 

「それは、これから行く先々を見れば分かるよ」

 

 車は国会議事堂へと向かっていた。

 

 

 

「あれ、首脳陣は? もっと居なかった?」

「彼らは責任を取って辞職され、雲隠れしました」

 

 案内役の政府の役人に説明され、魔王は可笑しそうに手を叩いた。

 

「あはは、なんで責任を取るわけ? 

 この世界を滅ぼそうとしてるのは私なのに。ねえ?」

 

 それは嫌味と取られたらしく、役人は顔が引きつった。

 

「それで、お前たちは会議もしないで何をしているの?」

 

 魔王は床を見下ろしそう言った。

 そこには、数が減った老人たちが土下座をしていた。

 

「魔王様、どうか、どうかお怒りをお鎮めください!!」

「どうか我々を滅びからお助け下さい!!」

 

 必死の懇願だった。

 魔王はそんな彼らを、憐れそうに見ていた。

 

「なんで? 私は怒ってなんていないよ。

 むしろ、お前たちは幸運じゃない」

 

 魔王はにっこり笑ってこう言った。

 

「その年齢まで、生きれたんだからさ」

 

 官僚たちはその無慈悲な言葉に、絶望の表情になった。

 

「わ、我々はまだいい。

 我が国の未来や、子供たちの未来はどうなるのですか!?」

「なにゆえに未来ある若者たちの可能性を奪われるのでしょう!?」

「嘘くさ」

 

 魔王は彼らの言葉を鼻で笑った。

 

「もうちょっとマシな言葉は出ないの? 

 滅びが目の前になり、お前たちの持つ利権は泡となった。

 魑魅魍魎が跋扈し、嘘と謀略が渦巻く政治の世界を渡り歩いたお前たちの本心がそれなの?」

「……」

「他の連中はどうでもいいから、助けてくださいとか言えないの?」

「私、言ったよね?」

 

 魔王に老人たちを甚振るような素振りはなく、本当に不思議そうにこう言った。

 

「この国は何十年か前までは国民全員を巻き込んで戦争までやってた。

 なんで世界の滅びがやってきてるのに、それができないの? 

 一致団結して、滅びに立ち向かおう!! って思えないの?」

「は、半年前まではそうでした!!」

 しかし、もうこの国にはそれをする余力はなく……」

「──は?」

 

 その言葉は、魔王の逆鱗に触れた。

 

「まだ二週間もあるだろ。

 なんで世界各国と連絡を取り合って協力しない。

 国民全員と一致団結して、滅びに立ち向かわない。

 諦めるのは早い。そうだろ!!」

 

「国力を、国民どもをギリギリまで搾り取って戦えよ!! 

 それが国ってもんだろうが!! 

 死ぬんだぞ、滅びるんだぞ、なあ、それで良いのかよ!!」

 

 魔王の怒声が、議場に反響した。

 

「そ、そんなことは、不可能です……」

「あっそ。じゃあ滅びを受け入れるんだね」

 

 魔王はそれを確認すると、踵を返した。

 

「魔王様ッ、魔王アキバ様!! 

 あなたもかつては同じ日本人なら、慈悲を、慈悲を!!」

 

 そんな叫び声を背に、魔王はお供たちと共に国会議事堂を立ち去った。

 

 

「滅びを目の前にした、民主主義の政権なんてこんなものか」

 

 まるで分かりきっていた光景だったので、魔王の表情には失望さえ無かった。

 

「魔王様は、何故にこの世界を、御自分の故郷を滅ぼすのですか?」

 

 官僚たちの醜態に目を瞑り、ペスカ姫は魔王は尋ねた。

 

「あはは、硬いよ姫。

 私の事はモエちゃんで良いって言ったでしょ?」

 

 魔王はその問いには応えなかった。

 

「ハウザー。次の目的地に向かえ」

「はい、魔王様」

 

 ハウザーの運転する車に乗り込み、魔王一行は次なる目的地に向かった。

 

 

 

「ここは?」

「病院だよ」

 

 この世界の文字が読めないペスカ姫が尋ねると、ここがどこなのか魔王は端的に答えた。

 

 魔王とリザードマンと姫君という一行は、都内の大学病院の中に入った。

 中はがらんとしていた。

 あと二週間で滅びるのに、医者に掛かろうという人間は居ないということだろうか。

 

「あ、魔王……」

 

 魔王の姿を知らない人類は居ない。

 受付の無気力そうな表情のナースが、一気に表情を変えた。

 

「ちょっとある病室に用がある。良いよな?」

「……どうぞ、ご勝手に」

 

 ナースは記録もとらずに魔王たちを素通しした。

 

「道中、電車が横切るのをみたんだけどさ」

 

 院内の通路を歩く最中、魔王が言った。

 

「がらがらだったね。

 日本人はもっと勤勉だと思ってた。

 彼らは死ぬその日まで、社会の歯車として働きながら死ぬもんだと思ってた」

「無理を言いなさる。

 最期の瞬間は、家族と一緒に居たいと思うのが人情でしょう」

 

 彼女の雑談にハウザーという人外が人情を語る。

 それが面白いのか、魔王は少しだけ噴き出した。

 

「入るよ」

 

 目的の病室に、ノックもせず魔王は入った。

 

「え、だれ、あッ」

 

 病室のベッドにいる女性は、突然の来客に窓からドアへと視線を向けた。

 

「も、モエ……?」

「久しぶり、サナエ」

 

 サナエと呼ばれた女性は、顔が真っ青になり、全身が痙攣するかのように震え出した。

 

「わ、私を、殺しに来たの?」

「なんで? 親友だったじゃない、私達」

 

 魔王の表情には笑みが浮かんでいた。

 だが、その眼は一切笑っていなかった。

 

「あ、あッ、あの、あのことは、謝るから、赦して、赦してください、魔王様……」

「うん、赦すよ」

 

 魔王は親友の包帯だらけの手を取った。

 

「ほら、ヒール!!」

 

 魔王が魔法を唱えると、彼女の手の包帯を取った。

 

「あの時は、我ながら幼稚だった」

 

 包帯が取れた手は、若々しく怪我の一つも無かった。

 

「だから、これからも存分と夢を追ってよ!! 

 私は応援してるからさ!!」

 

 サナエはその言葉で悟った。これは意趣返しで、目の前の親友だったモノは絶望を与えるために来たのだと。

 

「頑張って。ほら、あと二週間で」

 

 ほら画材も持って来たよ、と魔王はお土産をベッドに備え付けのテーブルに置いた。

 

「ご、ごめんなさい。私が悪かったから。た、助けて、お願い!!」

「あっそうだ、紹介するね」

 

 必死に命乞いをする親友に、魔王はペスカ姫を示した。

 

「仕事先の異世界で友達が出来たの」

「どうも、ペスカと申します」

 

 ペスカ姫は王族らしく優雅に一礼した。

 

「だからもう、お前は要らない」

 

 じゃあね、と魔王はそれだけ言うと踵を返した。

 彼女の背後で、ベッドから人間が転がり落ちる音が聞こえた。

 

「た、助けて、助けてよ、私たち親友だったじゃない!!」

 

 がたん、と病室のドアが閉じた。

 

 

 

「私をダシにしたのですか?」

 

 親友だったらしい相手の意趣返しに使われたペスカ姫は不機嫌そうな言葉を漏らした。

 

「あんなクズ、別にどうでも良かったけど」

 

 魔王は、ペスカ姫の口元を見やった。

 

「姫はこういうの、大好きでしょ?」

 

 その外見にそぐわぬ笑みを浮かべる新しい友人を見て、ほらやっぱりと魔王は思った。

 

「次は元両親のところに行くよ。

 思えば魔王に成ってから、顔を見せていないし」

「そ、それが、魔王様……」

 

 ハウザーは言い難そうに口にした。

 

「魔王様のご両親は、魔王を産み出したと非難され、その……」

「死んだの?」

「はい」

「あっそ」

 

 産みの親が死んでいたという事実に、魔王の心は動かなかった。

 

「私の両親を死に追いやった連中は分かっているの?」

「不特定多数、としか」

「まあいいや。全ての悪を知る我が母なる神リェーサセッタからは逃れられられない。

 他人を死に追いやって、無事に来世が得られる訳がないし」

 

 残り二週間暇だから復讐でもしようかな、と考えた魔王だったが、別に復讐心も湧かず、面倒だと言う気持ちが先に立った。

 

「次行こう、次」

 

 

 その後、魔王一行は幾つかの施設を回った。

 

 介護施設につなぎ止められた全身麻痺の男に会ったり、商品が殆どないコンビニに寄り道したり。

 

 そうして最後に訪れたのは。

 

「懐かしい」

 

 魔王が母校だったという小学校だった。

 

「魔王様のご要望通りの人間を集めております」

「そう」

 

 魔王は懐かしむように体育館へと歩いて行った。

 その中には十名くらいの男女が立っていた。

 

「お久しぶりです、先生たち」

 

 そんな社交辞令が魔王の口から出た。

 彼らはかつてこの小学校に在学中の教師たちだった。

 だがその中の誰も、彼女は顔も覚えていなかった。

 

「ま、魔王様。言われた通り、連れてきました」

 

 教師の一人が、震えながら言った。

 魔王はその足元に視線を向ける。

 

 手足を縛られ、ガムテープで口を塞がれた女がいた。

 

「ありがとう、先生たち。

 部下たちに調査させるのも億劫だったんだ」

 

 魔王はしゃがんで、床の女のガムテープを引きはがした。

 

「あ、アキバ、なんでこんなことするのよ!!」

「覚えてないの?」

「な、なにがよ!?」

 

 魔王は振り向いてハウザーに視線を向けた。

 彼は無言で、彼女の顔を足で踏みつけた。

 

「立場を弁えろ、下郎。

 この御方は女神リェーサセッタ様の代行者。

 貴様みたいな虫けらの同級生だった御方では断じてない」

 

 その痛みからのたうち回る女に、ハウザーが冷酷に告げた。

 

「やり過ぎだよ、ハウザー」

「御意に」

 

 魔王が窘めると、ハウザーは足を退けた。

 

「はい、これ。返すよ。心残りだったんだ」

 

 魔王は財布から千円札を取り出すと、彼女の目の前に突き付けた。

 それを見て、女は見る見ると表情が青ざめて言った。

 

「お、おま、まだあのことッ」

「まだちゃんと謝ってなかったよね。

 あれって確か、私が悪いってことになっていたから」

 

 魔王はそのまま、彼女の口の中に千円札を詰め込んだ。

 

「もご、もご!?」

「あの後、一度だけあんたこのことを話題にしたよね。

 あれは私が悪いって。私驚いたよ、こんな面の皮の厚い奴がいるなんて」

 

 魔王はくすくすと笑いながら、女の顔に触れた。

 

「ほら、これで丁度よくなった」

 

 周囲から悲鳴が上がった。

 魔王は女の顔の皮をえぐり取ったのだ。

 

「随分と、高くついたね」

 

 顔から血をまき散らし、のたうち回る女を見下ろし、魔王は言った。

 

「や、やめてくれ、アキバさん!! 

 君はそんなことをする人じゃなかっただろう?」

 

 目の前の残虐な光景に耐えきれず、教師の一人が叫ぶように言った。

 

「────は?」

 

 魔王は反射的にその教師を腕で振り払っていた。

 壁に激突した教師は、痛みで呻き声すら上げられなかった。

 

「そこのイモムシと、カネの貸し借りをするほど親しいわけでもなかったことすら見抜けなかった無能が、私の何を知ってるって言うのよ!!」

「ひ、ぃい!?」

 

 剥ぎ取られた顔の皮を、その教師の顔に押し付け、壁に剛力で突き付ける魔王。

 

「役立たずの無能の税金泥棒の分際で、私に意見するな」

 

 そして殺意の視線が、残りの教師どもに突き刺さる。

 

「お前たちもだ。残りの人生、教師を続けられると思うな、無能ども。

 ……でもまあ、別にいいよね? あと二週間程度の人生なんだし」

「あ、あの時のことは、謝る、謝るから赦して、赦してくれ!!」

「ごめん、本当に誰が誰だか覚えてないの。あの時って、いつ?」

 

 魔王の言葉に、教師たちは言葉に詰まった。

 

「ほら、お互いに覚えてなんて無い。だから責めたりしないよ」

 

 魔王は肩を竦めて笑って見せた。

 

「そうだ!! 面白いことを思いついた。

 お前たちが教師のプライドを捨てて、私に媚びへつらえば、滅びの運命から助けてやる」

 

 魔王は嫌みったらしく笑いかけた。

 そして、意味あり気に足元の“イモムシ”を見下ろした。

 

「あ、あ、あああ!!!」

 

 教師の一人が、叫びながら足元の女を足蹴にした。

 それはまたひとり、また一人と数が増えていく。

 

「信じられない。なんでこんな酷いことが出来るんだろうな?」

 

 魔王はおどけてお供の二人にそう言った。

 ハウザーは蔑むように彼らを見ていて、ペスカ姫は上品に口元を隠していた。

 

「こ、これで、良いですか?」

「本当に、助けてくれるんですか?」

 

 虫の息になるまでリンチを行った教師たちがすがる様に魔王を見つめてきた。

 

 それに対して、魔王は。

 

 

「嘘だぴょーん!!」

 

 

 舌を出して、変顔を披露した。

 

「なんで私の言葉を信じたの? 

 私が嘘吐きだって、他でもないお前たちが知っていただろ?」

 

 絶句する教師たちに、魔王はニヤニヤ笑いながらこう言った。

 

「お前たちは教師としてではなく、人間のクズとして死んでいけ」

 

 そして、表情が抜け落ちたような真顔になって、魔王はその言葉を最後に体育館を後にした。

 

 

「ねえ、ペスカ姫」

「なんでしょう、モエちゃん」

 

 宿泊施設へ向かう道中、魔王はペスカ姫に尋ねた。

 

「私がまだただの人間だった頃、復讐モノとかざまぁ系とか流行ってたんだけどさ。

 あれって所詮文章だから楽しめるんだね」

「そうでしょうか?」

「私は姫みたいな感性を持ってないから……」

 

 今日一日、魔王の邪悪の所業をずっと楽しそうに見ていたペスカ姫に当の魔王がドン引きしていた。

 

「今日、私はずっと気持ち悪かった。

 あんな連中が蔓延るこの世界が」

 

 魔王は車窓から頭上に迫る巨大隕石を見上げ、そう呟いた。

 

「メアリース様に、この世界を滅ぼす試練を与えたいって言って了承を貰った時、あの御方は何て言ったと思う?」

「さあ」

「この世界の連中ならその程度の扱いでいいわ、だってさ!!」

 

 心底可笑しいのか、魔王は肩を震わせ嗤っていた。

 

「私、とても嬉しかった」

「どうしてですか?」

「だって、この世界の連中がそんな雑に扱われる程度の価値しか無いんだって知れたから。

 もしメアリース様が、この世界の人々が美しくて尊いだなんて言い出したら、そんなの耐えられなかった」

 

 魔王の横顔が、車窓に映る。

 邪悪の化身に相応しい、笑みを湛えていた。

 

「この世界が、醜悪で本当によかった」

 

 それが彼女の心の底からでた言葉だった。

 

「さて、残りの滞在時間は観光でもしようよ。

 私の心残りは全部なくなったし」

「では、私はこの金閣寺と言うところに行ってみたいです」

 

 ペスカ姫はいつの間にか観光雑誌を読んでいた。

 

「いいね、私修学旅行で見た覚えがあるんだけどうろ覚えで──」

 

 

 

 

 そうして、二週間はあっと言う間に過ぎ去った。

 

 巨大隕石がもう目の前、世界の終末が残り一時間に迫ったその時。

 

 破滅の化身をバックに、世界中に見える立体映像にて魔王が姿を現した。

 

 絶望の時をただ待つことしかできない人類は、巨大隕石と共に魔王の姿を見上げた。

 

 魔王は何も言わず、ただ手に持ったプラカードを全人類に示した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ドッキリ大成功!!』

 

 立体映像が消えると、巨大隕石は跡形も無く消え去っていた。

 

 

 

 

 






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