オタク魔王は愛されたい   作:やーなん

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尊厳

 

 

 

「観光旅行、楽しかったね」

 

 どこもガラガラだったし、と魔王はテーブル越しに対面しているペスカ姫に雑談を振った。

 二人は地球から帰った翌日、暇つぶしにチェスで対戦していた。

 

「本来想定されるサービスを殆ど受けられなかったのが残念です。

 あの、遊園地、でしたか? あれが園内を見て回るだけになってしまったのは残念です」

「復興したらまた行けばいいじゃん」

 

 チェスの駒を動かし、魔王は何でも無さそうにそう言った。

 

「復興、ですか。

 魔王様は復興を期待しておられるのですか?」

「元々そういう予定だったし」

 

 魔王が隕石を降らせて地球を滅亡させる、というのはハッタリだった。

 彼女の行動は女神の思惑も多分にして含まれている。

 

「世界の滅亡に悲観し、自死を選ぶ者も多かったはずです。

 何ゆえに、そのような茶番を行ったのですか?」

「えーと、なんだろ、説明が難しいな。

 私がああしないと、災厄とか戦争とかいろいろ起こったんだって。何億人とか死んだらしいよ。

 それに比べたら、世を儚んで自ら死ぬ連中なんて微々たる人数なんだってさ」

「……なるほど」

 

 魔王は女神からの受け売りをふわっとした感じでペスカ姫に伝えた。

 彼女はそのスケールの大きさにギョッとしたももの、納得したように頷いた。

 

「あれは実験も兼ねてたんだってさ。

 メアリース様は研究者畑の御方だから、何でも試さないと気が済まないんだって」

「実験動物扱い、ですか……」

「なんでも、メアリース様の管理下の世界では、その世界に住む人類に等級が有るんだって。優良とか不良とか。

 私の故郷の連中は、まあそんな程度の扱いで十分だってことでしょ」

「あれだけ文明が発展した世界でさえ、ぞんざいに扱われる程度なのですか」

 

 ペスカ姫は憂いを帯びた溜息を洩らした。

 

「文明が発展すれば良いってモノじゃ無いみたいらしいけどね。

 たしか、この世界にも銃はあるんだっけ」

「ええ、貴族の狩猟用のオモチャ程度の代物ですが」

 

 この世界の主兵装は魔法であり、火薬式の短銃が存在しても豆鉄砲も同然であった。

 

「剣と銃の違いって、射程距離とか威力とか違うけど、あるマンガで私の故郷で一番有名な武将が言っていたんだ。

 重要なのは、一般人が相手を殺す手応えが無いことだって」

「つまり、殺人への忌避感の簡便化ということですか?」

 

 相変わらずの理解力、と内心思いながら魔王は彼女に頷いた。

 

「距離が遠ければ遠いほど、相手を傷つけるのに躊躇いが無くなる。

 私の故郷は、そんな場所だった。

 匿名の悪意で、或いは善人面で平気で他者を傷つけられる、そんなことが当たり前だった」

 

 文明の発達に、人間の精神の成長が追いついていなかった。

 

「その無形の悪意に、モエちゃんのご両親は殺されたのですね」

「そうらしいね」

 

 世界を滅ぼすと言う魔王、それの両親というバッシングや悪評。

 それに耐えきれず、彼女の両親は自ら命を断った。

 

 

「わかる? 悪評を並べ立て、村八分にすれば人を殺せる社会だったんだ。

 それで何も感じない連中ばかりだったわけさ。

 メアリース様に雑に扱われたって、文句なんて言えるわけがない」

「……」

 

 あえて、ペスカ姫は同調も否定もしなかった。

 

「それにかこつけて、モエちゃんは個人的な因縁の清算もなさったわけですね」

「もしかして、私が恨みや憎しみであの連中を殺すと思った?」

 

 嫌味の混じった彼女の言葉を、魔王は笑って受け流した。

 

「死んだら来世、それで終わりだよ。

 それより惨めな残りの人生を与えてやった方が、長く苦しんでもらえるじゃない。

 それに、これは慈悲だよ。

 死後に、我が神たるお母さんは現世での罪の清算を考慮してくれるから。来世が少しはマシになるはずだから」

 

 魔王は意地悪な顔をしてそう言った。

 彼女の本心がどこにあるのか、ペスカ姫はよくわからなかった。

 

「魔王様、御遊戯中申し訳ございませんが、謁見の申し込みです」

 

 その時、ハウザーが現れて魔王に声を掛ける。

 

「通せ」

 

 魔王がそう告げると、神官らしき男が現れた。

 

「お初に御目に掛かります、魔王様。

 私めは交神官を務めております──」

「自己紹介はいい、用件だけ言いなよ」

「……承知しました」

 

 交神官という役職の男は、事務的に話し始めた。

 

「我らの務めは、チョコル様の恩寵により、距離を超えた国家間のやり取りをすることにございます」

「ああつまり、魔法を利用した長距離通信ってこと?」

 

 要するに外交官の一種らしいことを魔王は理解した。

 

「左様でございます。

 それにより、外国により一報がございまして……」

 

 つい先日は魔王はチョコル教の敵だったわけなので、それまで通信が来なかったわけだが、今は業務連絡が来るようになったということらしかった。

 そして、その第一回の報告の内容が──。

 

「────なんだと?」

 

 魔王の機嫌を最大限に悪くした。

 

 

 

 §§§

 

 

 ほぼ同時刻、場所はショウロ王国。

 

 平和なこの国の王都の広場の中央に、物々しい物体が鎮座していた。

 巨大な刃の付いた処刑器具、ギロチン台だった。

 

『だから、私は言ったのです』

 

 両手を後ろ手に拘束され、囚人服を着せられた勇者ファスリーに内なる女神が呆れたように声を掛けた。

 

「いいえ、これで良いのです……」

 

 彼は自分の祖国に戻った時のことを思い出す。

 つい昨日の事だった。

 

 彼とゼルダリは馬車などを乗り継いでショウロ王国へと戻って来た。

 そうして、王城へと向かい、王への謁見を取り次いだ直後、彼は城内から雪崩れこんできた兵士に拘束された。

 

 その際のごたごたでゼルダリとははぐれてしまい、そのまま彼は理由も分からず地下牢に叩き込まれた。

 

 しかし、その理由は彼の死を予言した女神が知っていた。

 

『今や魔王は世界の中心。

 世界最強の騎士団をものともしなかったその脅威は、目の前でそれを見ていたショウロ王も恐怖を抱いたでしょう。

 なにせ、抜け駆けして貴方を刺客として魔王へと送り込んだわけですから』

 

 獄中でうな垂れる彼に、女神はこんこんと話しかけ続けた。

 

「私は、見放されたのですか?」

『自分で刺客として放っておいて、自分の保身の為に切り捨てられた。

 勇者の末路としては定番ですね』

「…………」

 

 女神の話をぼんやりと聞いていたファスリーは、その話に何の感慨も抱かなかった。

 

「しかし、私は私の役目を果たせました。

 魔王の加護を打ち破る、その秘密を持ち帰れたのですから」

『それを聞いて、一体誰が得をするのです? 

 現にあなたは話されずに拘束された。それともあの少女に期待しますか?』

「はい、あとは彼女に任せます」

 

 その言葉に、露骨に女神チョコルは呆れたようだった。

 

『……ならば、調和の為にその身を捧げればいい』

 

 

 

 そして、ファスリーは木枷に嵌められる。

 

 役人が壇上から、広場に集まった民衆に彼の罪状を告げる。

 

「この者は自らを勇者と偽り、魔王の命を狙い我が国を危機を持たそうとした!! 

 チョコル様の齎す調和と平和を乱す、悪しき“ケーワイ”である!!」

「なッ」

 

 ケーワイ、それはチョコル教において最も最低な蔑称であった。

 

『まさか、勇者として処刑されるとでも思ったのですか? 

 あなたは最低最悪な罪人として死ぬのですよ』

 

 ほら、と憐れむ女神が民衆に目を向けさせる。

 

「ケーワイを許すな!!」

「ふざけるな、ケーワイ野郎!!」

「調和を乱す悪党は死にやがれッ!!」

 

 民衆から投じられた石が、ファスリーの額に傷を付ける。

 この時、ようやく彼は血の気が引いた。

 現実を理解したのである。

 これは、ただ彼を徹底的に辱めるためだけの舞台に過ぎないのだと。

 

「ち、ちが、私は、この世界の平和の為にッ」

 

 彼が反論しようとした時だった。

 役人は真っ青な神父服の男を連れてきた。

 

「し、神父様?」

「この者は粗野な産まれ故に我が教会の前に捨てられ、慈愛を説いたにも関わらず調和を理解しない粗忽者でした。

 他の孤児たちに乱暴狼藉を働くばかりか、身の程知らずにも勝手に勇者を名乗り、勝手に魔王へと戦いを挑もうとしたのです」

 

 ファスリーは己の育ての親からの言葉に、耳を疑った。

 彼の役目は終わり、壇上から降りるその時。

 

「……すまない、調和の為に死んでくれ」

 

 父として慕っていた男の無慈悲な言葉がぼそりと聞こえたのだ。

 

「そんな、なぜ──!!」

 

 またもや民衆から石が投じられ、彼は育ての親に真意を問えなかった。

 

「処刑人、ギロチンを!!」

 

 役人の命令で、ギロチンと連動した縄が引き上げられる。

 

「させるかぁあああ!!」

 

 その時だった、広場にぎゅうぎゅうになるほど集まった民衆をかき分け、ゼルダリが飛び出してきた。

 

「ゼルダリ!?」

「衛兵、取り押さえろ!! 

 処刑人、さっさと刑を執行しろ!!」

 

 役人の命令に、衛兵が前に出た。

 そして、衛兵とゼルダリが揉み合っている最中に、処刑人がロープを話した。

 

 かしゃん、とギロチンの刃が落ちる!! 

 

「ファスリー!!」

 

 ゼルダリの叫び声が響びいた。

 

 

 

 

 

 

「下らない」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 ギロチンの刃が、止まっていた。

 その刃を、魔王が受け止めていたからだ。

 

「ま、魔王!?」

 

 ファスリーが己を助けた相手に視線を向ける。

 

「ま、魔王だ!!」

「誰か、助けて!!」

 

 広場中に悲鳴が上がり、逃げ出そうとする民衆。

 

 魔王が指を鳴らした。

 

 一瞬で、広場に静寂が訪れた。

 誰もが動けず、声も出せず、そのままの姿勢で動けなくなった。

 時間はちゃんと動いているのに、生物は誰もが動けずにいた。

 その例外は、魔王以外にたったひとりだけ。

 

「なあ、勇者よ。これが人間と言う生き物だよ」

 

 ギロチンの刃を上下して弄びながら、魔王は言った。

 

「人間とサルとを分けるモノは、何だと思う?」

「な、に?」

「メアリース様はこう定義した。

 人間とサルの違いは、──尊厳があるかどうか、と」

 

 魔王は逃げ出そうとしたまま、動けずにいる民衆を見下ろした。

 

「────こいつらに、それはあると思うか?」

 

 勇者はゾッとした。

 この後に起こる惨劇を誰よりも予見できたからだ。

 

「や、めろ!!」

「やめる? なにを想像したのかな?」

 

 魔王はくくくッと笑い出した。

 

「勇者、お前は勘違いしている」

 

 魔王はギロチンを止めたまま、木枷に嵌められた勇者の顔にゆっくりと顔を近づける。

 

「こいつらはな、生きて何ていないんだ」

「は?」

「こいつらはお前を辱めるためにたった今用意された端役(エキストラ)なのさ。

 これまでの人生も、これからの人生も、シーンが変われば消え失せる。

 お前と言う主人公に色を塗る、心なんて無い人形(NPC)なんだよ」

 

 勇者は、この魔王が何を言っているのか分からなかった。

 

「なにを、馬鹿なことを言っている!! 

 彼らは生きてる、当然だろう!!」

 

 だが、それでも何か言い返さなければならないと口から出た。

 中身の無い空っぽの言葉だと、分かっていながら。

 

「じゃあ、お前は想像したことが有るか?」

 

 魔王はゆっくりと、民衆を見渡す。

 

「こいつらは、お前の処刑が終わった後、何食わぬ顔で日常に戻るんだ。

 こいつらには愛する家族が居て、夕食の時間にはお前が処刑されたことを話題にしながら、笑顔で幸せを享受するのだ」

 

 魔王の顔が、再び勇者に向けられる。

 

「────ゾッとするほど、おぞましいと思わないか?」

 

 勇者は見た。魔王の瞳の奥底に沈殿する、ねっとりとした憎悪の汚泥を。

 

「他人を不幸にして、それを見て笑って、無関心に無視しておいて、自分は幸せだって? 

 そんな連中、全員滅茶苦茶にしてやりたいと思わないか?」

「ふざけるな、そんなこと、あって良いわけがない!!」

「じゃあ、お前はこいつらが平気な顔をして、何事も無かったかのように日常に戻るのを良しとするのか? 

 お前と言う犠牲を、厚顔無恥にも消費しておいて」

「う、ぐああ!」

 

 魔王はそっとギロチンの刃を勇者の首に乗せた。

 重量のある鉄の塊が彼の首に食い込み、痛みに呻き始めた。

 

「よし、じゃあこうしよう!!」

 

 魔王は笑みを浮かべ、パンと手を叩いた。

 そしてその右手を掲げると、怪しげな魔力が形成されていく。

 

「やめ、ろおおおぉぉぉ!!」

 

 魔王の魔力が、広場に落ちる直前、金縛りを破ってゼルダリが壇上に飛び上がってきた。

 

 その直後、広場に広がる魔力によって民衆は次々と石像へと姿を変えていった。

 

「なんて、なんてことを!?」

「なあ勇者。こいつらを助けて見せろよ。

 この呪いは、私を斃せば解けるぞ」

 

 襲い掛かって来るゼルダリを片手でいなしつつ、魔王は勇者に語りかける。

 

「お前の処刑を望んだ民衆を、お前が助けるんだ。

 そうして私が居なくなった後の、醜悪な民衆だけが残った世界を取り戻して見せろよ」

 

 アッハハハハ、と魔王は哄笑する。

 

「さて、次はあの城に住むクズをお前に助けさせてやらないとなぁ」

 

 魔王はそう言ってから、ようやくゼルダリに視線を向けた。

 

「元姫、何故にお前はこんなゴミどもの為に戦う?」

「誰かを助けるのに、理由なんて居るかァァぁああ!!」

 

 彼女の叫び声を聞いた魔王は、きょとんとしたした表情になり。

 

「それは、それは、それは!! 

 私の大好きなゲームの主人公の台詞だ!!」

 

 満面の笑みを浮かべて大喜びしていた。

 

「本当に、本当に居た、居たよお母さん!! 

 ラノベにしか居ないと思ってた、マンガにしか居ないと思ってた、ゲームにしか居ない思ってた!! 

 腐った民衆と言う汚泥の中から咲く、蓮華のように美しい“本物”の勇者が!!」

「何言ってやがる、私は、私だこのヤロウ!!」

 

 激怒しながら魔法を連発するゼルダリを、魔王は可笑しそうにずっと笑ったままだった。

 

「これが終わったら早速用意しないと!! 

 お前たち以外を踏み台にした、最高のゲームの舞台を!!」

 

 そう言い捨てて、魔王は旋風と共に消え失せた。

 

 程なくして、背後に見える白亜の王城が灰色の石の塊へを変貌していった。

 

「くそッ! ……あッファスリー!!」

 

 口ぎたなく悪態を吐くと、ゼルダリは処刑台に嵌められたファスリーを思い出し、すぐに助けに向かった。

 

「あ、ありがとう……」

 

 ギロチンを外して、拘束具を解除すると、ようやくファスリーは自由の身となった。

 

「ふぁ、ファスリー……」

 

 その声に振り返ると、壇上に這いつくばって魔王の呪いから逃れていた神父がいた。

 

「許し、許して、くれ」

「行こう、ゼルダリ」

 

 彼は育ての親を無視して、処刑台から降りた。

 

「ふん!!」

「ぐあッ!?」

 

 彼の代わりにゼルダリが這いつくばった神父の腹に蹴りを入れてから、ファスリーに追従した。

 

「……これから、どうすればいいんだろう」

 

 生き残った勇者と元姫は、王都から立ち去った。

 これからの未来に、不安を胸に抱きながら。

 

 

 

 

 

 

 





次回以降は新章になる予定です。

感想や高評価を頂けると、作者のモチベーションと更新速度が上がります。
ではまた、次回!!
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