オタク魔王は愛されたい   作:やーなん

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魔王城、引っ越します

 

 

 

「…………」

 

 魔王は玉座にて不機嫌そうに頬杖をついていた。

 その原因は明確だった。

 

「黙らせましょうか?」

 

 忠臣ハウザーが、この度攫ってきた姫君を見下ろしそう言った。

 

「ぺスカ姫の進言を聞いたのが間違いだったか」

 

 魔王がぼやく。

 そして虜囚となった新しい姫君を睨んだ。

 

「しかし、これ以上ないくらい魔王様の要望通りの条件のなのは確かでございます」

「……」

 

 実際その通りだったから魔王は言い返せないのである。

 

 

 

 話は昨日まで遡る。

 

「魔王様、誘拐と仰いますと次はどの国に致しましょうか」

「どこでもいい。片っ端から全部の国から姫を攫うんだから」

 

 ハウザーは魔王の大雑把などんぶり勘定にこめかみを抑えた。

 

「魔王様」

「なんだ、姫君」

「これから他の王族が増えるのに、私までまだ姫君なのですか?」

「……それもそうか。で、何の用だ、ぺスカ姫」

 

 ハウザーはしれっと一緒に居る姫君、もといペスカ姫に横目で視線をやりつつ、彼女の城内での自由は魔王が保証したので何も言わなかった。

 

「三時のお菓子の増量ならコックに言って。

 このままだと太り過ぎるから運動器具も用意させたじゃない。他に何か要望でもあるの?」

「魔王様におかれましては、攫った姫のいる国の勇士に招き、威光を示したいとのことですが」

 

 魔王はそんなかしこまった言い方じゃなくても良いのに、と思ったが面倒なので何も言わなかった。

 

「現国王の血族を攫えば確実に取り返しに来る国がございますわ」

「へぇ……」

 

 気だるげにしていた魔王が話を聞く態勢になった。

 

「この周辺では最も繫栄している国で、現王は権力争いの末に親類縁者ほぼ全て処刑しております。

 それ故に世継ぎはただ一人しかおりません」

「それは面白い。その世継ぎはちゃんと姫か?」

「勿論。王も溺愛していると聞いております」

「その案、採用」

 

 パンッと手を叩いて魔王は喜色を浮かべた。

 

「よろしいのですか、魔王様。

 手あたり次第攫う手筈だったのでは?」

「考えてみれば、ペスカ姫ひとりも持て余しているのだ。

 十人以上攫っても世話するのが面倒だ」

 

 別にあなたは世話をしませんよね、とハウザーは言わない程度には空気が読めた。

 

「では行くぞ。ハウザー、親衛隊を呼び出せ」

「はッ、お任せあれ」

 

 こうして、魔王は標的となった国から姫君を攫ったのだった。

 

 

「……聞いてないぞ」

 

 そしてこの不機嫌な魔王である。

 

「びえええええぇぇぇん!!」

 

「たった一人の世継ぎの姫君が、まだ幼児だなんて」

 

 魔王はハウザーが抱き抱えているようやく乳離れが出来た頃合いの女の子を忌々しそうに見下ろした。

 

「うるさくて敵わないわ」

「なら攫ってこなければ良かったのでは?」

「相手の城にまで襲撃して、手ぶらで帰って来れるわけないじゃない!!」

 

 部下のマジレスに逆上する魔王だった。

 

「ペスカ姫、あなたが面倒を見てよ。言い出しっぺじゃない」

「私にそんな技能があると思いますか?」

 

 何食わぬ顔でペスカ姫は魔王に言い返した。

 だからなんで玉座の間にしれっとここに居るんだ、とハウザーは言いたそうな顔をして彼女を見ていた。

 

「びえええええぇぇぇん!!」

 

「ああもう、うるさいうるさいうるさい!! 早く何とかしてよ!!」

「仕方ありません、ここは拙者の妻にでも──」

 

 こう見えて既婚者であるハウザーが、実家の嫁でも呼び寄せようと提案しようとしたその時。

 

 スッと、横から赤子が彼の手から抜き取られた。

 

「何奴──!?」

 

 この場に居る全員は、彼の視界の範囲に居た。

 だと言うのに、何の気配も無く赤子を掠め取られたのである。

 ハウザーは素早く身を翻して、身構えた。

 

 そして、驚愕した。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 その女は、見た目は普通の女だった。

 だが、一目見れば目を離せない、その瞳は朱い奈落だった。

 

 それは何の比喩でもなく、地獄の底に繋がる死すら生温い永劫の悪夢そのもの。

 その普通さが、異様な瞳を際立たせていた。

 

「あ、母さん!!」

 

 自堕落にしか見えない姿勢を正した魔王がシュッと立ち上がる。

 

「リェーサセッタ様ッ、これは失礼をば!!」

 

 ハウザーは即座に跪いて頭を下げた。

 誰あろう、目の前に現れたのは人間の邪悪そのもの。

 

 邪悪を司る者にして、魔王の母神。

 女神リェーサセッタであった。

 

「……よしよし、泣くな泣くな。お前は良い子だろう?」

 

 邪悪の化身が、赤子をあやす。

 すると、あっさりと赤子は泣き止んだ。

 

「お、お母さん、何か用ですか……」

「我が子の様子を見るのに、理由が必要か?」

 

 緊張している様子の魔王と対照的に、女神は慈しみに溢れていた。

 

「私は全てを見ている。

 お前はお前らしくしていればよい。私はありのままのお前を愛しているのだから」

「お母さん……」

「お前の好きにしなさい。

 何が有ってもお前を咎めたりはしないから。

 我が盟友も、珍しくお前を期待して魔王の地位に推薦したが、気負うことはない」

 

 邪悪の女神はフッと笑ってこう言った。

 

「お前がこの世界の住人を根絶やしにしたところで、私や我が盟友は気にしたりしない」

「分かりました!!」

 

 魔王は勢いよく返事をしたが、それを聞いていたハウザーと呆然としていたペスカ姫は心底身震いした。

 命は星より重いとのたまう人間と違って、神々にとって命の重さがどれだけ軽いのか嫌でも思い知らされたのだから。

 

「お前の巻き起こす混乱と悪逆を、楽しみにしているぞ」

「はい、頑張ります、母さん!!」

 

 すっかり緊張の解けた様子の魔王だったが、他の二人は気が気でなかった。

 

「では、な」

 

 女神は最後にペスカ姫を一瞥して、ふわりと霧が霧散するかのように消えた。

 彼女の足元に、赤子だけを残して。

 

「……フットワークが軽いとは聞いていましたが、こんなにも早く顔を出して下さるとは」

 

 ハウザーは冷や汗を拭って、恐怖を振り払うように身震いした。

 

「あれが、神……本物の」

 

 ペスカ姫は青い顔でまだ震えていた。

 彼女は実感したのだ。魔王はこの世界の人類すべての生殺与奪の裁量を預かった、本当の管理者であると。

 

「……楽しみだなぁ」

 

 床の赤子を拾い上げ、魔王は嗤う。

 

「この世界を彩る英雄譚の主役が現れるのを……」

 

 

 

 §§§

 

 

「七つの砦はどうなった?」

 

 奪還に来るだろう相手に備えて、魔王は軍備についてハウザーに尋ねた。

 

「七つのうち六つに、我が息子達がそれぞれ防備に就いております」

「残り一つはまだなの?」

「現在、適任者を探しております」

「そう」

 

 玉座で気だるげにしている魔王は半分聞き流しながら頷いた。

 

「そう言えば、お前にはまだ子供がいたじゃないの。

 そいつを守りに就かせればいいじゃない」

「しかし、あやつめは不肖の娘でして……」

 

 ハウザーが渋るような声を上げた。

 

「ははは、ハウザー!! 

 お前も娘は大事なのか!!」

「魔王様の御役に立てないことの方が心配なのです」

 

 笑い声を上げる魔王に、彼は憮然とした態度で応えた。

 

「して、砦の防衛戦力はどうなの?」

「甲冑兵を五十ほど。自立型砲弾を射出する砲台も多数配備しております」

「以前言っていた航空戦力は?」

「はッ!! 勿論用意しております」

 

 ハウザーが手を叩くと、数名の老いたタートルマンがのそのそと歩いて来た。

 

「お目通り感謝致しますだぁ、魔王様」

「我ら老骨を遠慮なく使い潰してくだせぇ」

「魔王様の側近たぁ、坊ちゃんも偉くなったなぁ」

 

「ごほん、彼らは一族の長老衆でございます。

 あんまり知られてはいませんが、我ら一族はエルフ並みに長命ゆえに、仙術を会得する者も居るのです。

 ほれ、じい様がた、頼みますよ」

 

 身内に自分の事を触れられるのが恥ずかしいのか、ハウザーは彼らに実演を促した。

 

「ほれ、よっこいしょっと」

 

 すると、長老たちは何かを念じ始めた。

 変化はすぐに起きた。彼らの足元に雲が集まり始めたのだ。

 

「おお!!」

 

 これには魔王も感嘆の息を漏らした。

 彼らは神通力によって、雲に乗って浮遊したのである。

 

「長老たちにはこのトゲ爆弾を投下してもらい、侵入者たちを攻撃してもらう手筈であります」

「すごいすごい!! カメ人で仙人じゃない!! 

 ねえねえ、かめ〇め波できる?」

 

 ハウザーの説明を魔王は聞いていなかった。

 ただ目の前の現象にはしゃいでいた。

 

 ハウザーはそれに溜息を吐いた。

 その時である。

 

「魔王様、ご報告です!!」

 

 わざわざ玉座の間に作った天井裏から、覆面を付けたタートルマンたちが現れた。

 

「おお、忍者タートルマンズじゃないか!! 

 それで、報告とは一体何事かな?」

 

 それ別作品では、と喉元から出かかったハウザーだったが、寸でのところで我慢した。

 

「それが……」

 

 

 

 §§§

 

 

「…………」

 

 魔王は不機嫌だった。

 これ以上なく不機嫌だった。

 

「まさか、この子の国元で内乱が起こるとは……」

 

 ハウザーは気まずそうにペスカ姫が抱き抱えている赤子を横目で見やった。

 

「世継ぎを誘拐したら、確実に取り返しに来るんじゃなかったの?」

「それに関しては私の考えが至りませんでしたわ」

 

 ペスカ姫は素直に頭を下げた。

 

「王族にとって、一番重要なのは安定した国家の存続。

 後継者を指名することも指導者の務め。

 それらの担保によって、指導者は生かされているのです」

「つまり、世継ぎが居なくなった国王は王者としての資格を失った、と」

「彼もかなり高齢で、この子もようやくできた娘だと聞いています。

 元々暴政を敷いていたそうですし、国民の不満も大きかったのでしょう」

「はあ……」

 

 折角うきうきで準備していた魔王アキバは苛立ちを隠さない。

 

「……そんなに身内同士の争いが好きなのか?」

 

 ゾッとするような圧力が、玉座の間を満たす。

 

「……ハウザー、私の管理はそんなに手緩いのか?」

「ま、魔王様は誘拐の際に、相手の国の体面と威信を踏みにじっておいでです!! 

 国家において何よりもそれは大事なはず!! 

 それなのに身内同士の争いに興じるのは、人間どもの愚かさ故でしょう!!」

 

 ほぼ物理的な重圧に耐えながら、叫ぶようにハウザーは答えた。

 ペスカ姫は赤子を抱きしめて立つことすらできない。

 

「私はこんなにも優しく気を遣ってやっているのに、どうして誰も我が意に沿わない」

 

 遂に屈強なハウザーすら何も言えないほどに、魔王は怒りに満ちていた。

 

「ひっぐ、びえええええぇぇぇん!!」

 

 その怒りを鎮めたのは、ペスカ姫の腕の中で泣き叫び始めた赤子の泣き声だった。

 

「…………」

 

 魔王は忌々しそうに赤子を睨むと、殺気を霧散させた。

 

「では、こうしよう」

 

 魔王はゆっくりと、その子を指差した。

 

「次の王は、彼女だ」

 

 息も絶え絶えになった二人は、その意図が読めずに顔を見合わせる他なかった。

 

 

 

 

「ごきげんよう、パッデゥストゥール王国の国民の諸君。

 私は魔王アキバ。この世界に恒久的な平穏を齎す為にこの地にやってきた」

 

 ここは内乱の始まったパッデゥストゥール王国の王城。

 

 その玉座に座るのは、魔王アキバとその膝に乗せられたこの国唯一の正統後継者の赤子だった。

 

 彼女らの目の前には結晶タイプの魔法装置が置かれており、彼女の映像が空へと投影され、国中に放送されていた。

 

「この子は先日暗殺された愚かな国王の唯一の血縁者。

 この国の正当なる後継者である。

 ……私は心を痛めている。内乱によって亡国へと突き進もうとしているこの国の有様を」

 

 城下町の人々は、どの口で言うと内心思っていた。

 この国の混乱はどこかの誰かが王城を襲撃して、その体面を踏みにじったからである。

 お陰で、他国の支援を受けた反乱分子がそこらじゅうで乱立しているのである。

 

「これでも責任を感じているんだ。

 だから、私がこの子の後見人となり、この国の王としよう。

 この子が成人するまでの間、この子に代わりこの私がお前たちを支配してやろう」

 

 魔王はそう言って、国民たちに微笑んだ。

 

「嬉しいだろう? この私の庇護下に入れるのだから」

 

 彼女が手で合図をすると、ハウザーは魔法装置の動力を落とした。

 

「この国の重臣たちを連れて来い」

「かしこまりました」

 

 二度目の来訪にも関わらず、あっさりと占拠した王城の玉座で魔王はハウザーが拘束された要人たちの到着を待った。

 

「さて、二度目の顔も居るな。

 先ほどの放送通り、私がこの子の後見人となった。

 私は特に口出ししたりはしない。ただこの子を王と認めればね」

 

 縄で拘束された重鎮たちに魔王はそう宣言した。

 

「ふざけるな、化け物が!!」

 

 ぱちん、と指が鳴った。

 そのように叫んだ大臣らしき中年の男は人間大のツクシに変貌した。

 

「私の好きな悪役の言葉をお前たちに贈ろう」

 

 凍り付いた表情になった重臣たちに、魔王は微笑んだ。

 

「人間は誰でも不安や恐怖を克服して安心を得るために生きる。

 名声を手に入れたり、人を支配したり、金儲けをするのも安心する為だ。

 結婚したり、友人を作ったりするのも安心する為だ。

 人の為に役立つとか、愛と平和の為にだとか。

 全て自分を安心させる為だ。安心を求めることこそ、人間の目的だ。

 ……そこで、だ」

 

 怜悧な非人間的な赤い瞳が、矮小な人間たちを見下ろす。

 

「わたしに仕えることに、なんの不安があるのだ? 

 わたしに仕えるだけで、他の全ての安心が手に入るぞ」

 

 魔王は芝居がかった口調をやめて、もう一度言葉を発する。

 

「この子を王と、認めるな?」

 

 魔王が念を押すように問うと、重鎮たちは恐怖の張り付いた表情のままコクコクと頷いた。

 

「ハウザー、最初からこうすれば良かったわね」

 

 膝の上の赤子で戯れながら、魔王は微笑む。

 

「これから、この子を王と認めない連中が沢山やってくるわよ!! 

 あはは、ははは、はーはははははは!!」

 

 たった一日で魔の国と化した王城で、どこまでも愉快そうな魔王の哄笑が響き渡っていた。

 

 

 

 

 





魔王が引用した悪役の台詞は、某ジョジョのディオの台詞です。
まさしく人間の本質を突いた言葉ですね。

ちなみに魔王と同じく私もノープラン、プロット無しで書いてます。
執筆活動は勢いなんですよ!! ……嘘です、ちゃんとプロット書いた拙作「ラウンドテーブル」は好評でした。

折角魔王城から出たので、そろそろ勇者を出したいところです。
それでは、また次回!!
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