「魔王様、問題が生じました」
魔王が私室として占拠した部屋に、ほむべぇが現れた。
「なに?」
「赤字です」
魔王の机上でのペンが止まった。
「一部の人間のみを優遇した政策の見直しや発布、丁稚や下働きのメイドと言った労働階級的弱者の無給体勢、地位が上の者からのセクハラ等の意識改革、横行した賄賂が無ければ立ちいかない文官層の給与の見直し等々。
とにかく投資によって生じたコストで国庫が圧迫されております」
「この国ってこの世界じゃ強豪国なんでしょ?
なんでそんなにおカネが無いのよ」
「金庫番が横流ししていたからです。宝物庫は殆どが偽物に変えられていました」
「じゃあそいつに責任を取らせなさいよ」
「もう既に魔王様の命令によって処刑しております」
「……」
そう言えばやってたな、と魔王は思った。
「前国王は金遣いが荒く、派手好きで周囲もそのおこぼれに預かるような状態が続いていたようです。
つい先月も税率が上げられていました。今は適正に戻すよう指導しました」
道理でカネが無いわけだ、とほむべぇの報告に魔王は溜息を吐いた。
「無いなら、ある所から持ってくれば良いじゃない」
「独占された利権などを整理し、不必要な事業を売却などして民間に委託するなどして資金繰りをしてこれなのです」
つまり、もう財布は逆さにしてもお金は無いと言うことだった。
「しょうがないから、兄さんたちに言って一族の銀行にプールされてる資金を投資って形で貰ってきて」
「……よろしいのですか?」
「どうせ使いきれないほど有るでしょ?
億万長者何千人分の総資産だと思ってるの」
どうせ腐らせるだけだし、と魔王が言うと、ほむべぇはただ機械的に頷いた。
「では、そのように」
魔王はほむべぇが立ち去るのを見て、やれやれ、と改めて机に向かった。
「……魔王様には、兄弟が居るのですか?」
同じ部屋でくつろいでいるペスカ姫が、マンガに視線を落としながら尋ねた。
「居るよ。上に四人。いや、ウェルム兄さんも含めれば五人かな。
お母さんはもっともっと増やすって言っていたけど」
「そんなに多いと、継承問題とか起きたりしませんか?」
「そもそも私たち一族は同士討ち出来ないんだって。
それ以前に、私達の一族のトップはメアリース様とお母さんだし。
メアリース様は絶対に腐敗しない永遠の存在だし、誰が上とか考えるだけ無意味かな」
「永遠の存在、ですか」
「そ。人間ってどんな崇高な思考で集団や組織を形成しても、いずれ腐敗し当初の目的が失われる。組織なんて大体三十年が寿命なんだって。
神様は変わらないし、変われない。だからメアリース様は決して色あせない情熱と向上心で、人類を管理してくださっているの」
「それが、あれですか」
ペスカ姫の含みのある言い方を、魔王は聞かない振りをした。
「魔王様、砦から伝令でございます!!」
その時、部屋の外からハウザーの声が聞こえた。
「わかった、報告はみんなの前で聞くわ」
魔王は立ち上がると、やれやれと部屋を出てペスカ姫も後に続いた。
§§§
結晶型の映像投射装置から映される映像が、緊急事態を示していた。
砦の方から中継された映像には、数千にも及ぶ人間の軍勢が布陣している光景が映されていた。
「なぜここまで近づかれるまで気づかなかった!!」
将軍が激怒した。
砦には当然物見がいるので、ここまで相手が万全の体勢になるまで放置していることなどありえない。
「どうやら、砦では内通者を通じて兵士たちが決起し、制圧され連絡が遅れたようです」
「なるほどね」
王都と外界を唯一通行できる検問所の役割を持っていた砦を奪われたのに、魔王は頬杖をついたまま億劫そうにしていた。
「む、あれはもしやウィンザー卿の軍隊では?」
「あの家紋はそうでしょうな……。
他の家の連中が見えませんが、先走りでしょうか」
「それにしては数が多すぎる。
他国の支援を受けているという噂は本当だったか」
重臣たちはざわざわと意見を交わしている。
やがて、それも鎮まると、将軍が代表して魔王に進言した。
「魔王様、王都には常備兵が五百ほどしかおりませぬ。
砦からこの王都までは平原しか無いので、数で劣る我らは不利でございます」
「じゃあ、その途中の平原で全軍待機」
「それはつまり、全軍死兵となって王都を死守せよ、という命令でしょうか?」
「まさか」
将軍の試すような言葉に、魔王は唇を釣り上げて笑った。
「準備するのは戦いのではない、宴の準備だよ」
「は?」
「そろそろ、お前たちにも思い知らせてあげるわ。
最初に言ったように、私に仕えることがいかに安全なのかを」
将軍はその魔王の邪悪な笑みに、心底身震いするほかなかった。
…………
…………
………………
軍隊の行軍速度は、一番遅い兵科に依存する。
騎兵と大砲を運ぶ部隊が同じ速度で移動できないように。
なので、最初に砦を抜けた部隊は困惑した。
「芸をしろ、ハウザー、芸だ!!」
「承知しました。こういった時の為に磨いた宴会芸を披露しましょうぞ」
魔王軍の布陣した陣地では、防御柵などもなく、宴会が催されていた。
「あ、それ、それ!!」
ハウザーは仰向けになり、勢いを付けて甲羅を起点に回転し始めた。
「いつもより多く回っておりまする!!」
「あはは、流石ハウザー、何がウケるか分かってるな!!」
しかし騒がしいのはこの二人だけだった。
他の騎士や兵士たちは、とりあえず酒の入ったコップだけ持って整列していた。
「あの、魔王様、敵兵が現れましたが……」
そこで、おずおずとそう言ったダークエルフ達を従えたラヴァルは、魔王に与えられた真っ黒な馬に乗っていた。
ハウザーが宴会芸をする前は、魔王の趣味で彼の撮影会をしていたので、その格好のままだ。
「わかってる。観客は多い方が良いだろ?」
だが魔王は彼の言葉など意に介していない。
「お頭、本当にこの御方に付いて行っていいんですか?」
「私らを使い潰す気なんじゃ……」
「お前たちは黙っていろ」
兵士たちと同じように酒杯を持ったダークエルフの女たちが困惑していた。
しかし彼女らをラヴァルは一喝した。
「俺の判断に従う。それが一族の掟だ。違うか?」
それを言われては、彼女らは何も言えなかった。
彼女らにとって彼は良い族長で居てくれようとしたので、異議を唱えられなかったのである。
そうして、半日ほど待っていると、敵の軍勢が全軍砦を通り抜けて布陣を終えた。
この時代の軍隊は、先頭が動いて最後尾が移動開始になるまで丸一日掛かる場合もある。
砦を通り抜けるだけとは言え、なかなかに早いと言えよう。
「魔王様!! 使者です!!」
「やっとか」
将軍の声に、敵勢に顔を向けた魔王はそうぼやいた。
丁度、相手側から馬に乗った貴族らしき相手がこちらに向かってきていた。
「すぐに殺さないでくださいませ。
こちらの品性が疑われます」
「あまり戦争モノのマンガは読まないのだけど、こう言うのって使者が宣戦布告したりするの?」
「いえ、こういった軍勢が対峙した場合は、指揮官同士で使者のやり取りをして、戦闘を回避したりします。
そもそも戦いになる場合は、どちらかが先制攻撃する場合が多いですな」
それもそうか、と魔王は将軍の解説に納得したように頷いた。
「邪悪にして愚鈍な魔王に屈した王都の間抜けな者どもに告ぐ!!」
「……まあ、このように使者が相手を挑発することもままあります」
使者はこちらには接触せず、如何に自分たちが正当で正義があり、王都を解放する為に戦うのだと嘯いた。
「正義。正義か……」
魔王は酒杯を呷り、投げ捨てた。
「では、私はお前たちをだれ一人殺さず追い返そう」
「戯言を!!」
「では、証明して見せようか」
満面の笑みの魔王は、両手を広げた。
邪悪としか言いようのない黒いオーラが形成され、それが波動となって敵軍を襲った。
敵兵たちは顔を庇うくらいしか防御行動は行えなかったが、黒い波動は突風が吹きつけたような程度の威力しかなかった。
「ははは、なんだ今のは!! 攻撃のつもりか!!」
魔王は使者が侮辱するのをニヤニヤと見ていた。
そして自軍が騒がしいと気づいたのか、使者は戻って行った。
「何をなさったのですか、魔王様?」
将軍が不安になって訊ねた。
「これを、敵軍全域に向けてやった」
魔王は干し肉を手に取り、魔力を込めた。
すると、完全に乾燥している干し肉が泡立ち、どろどろの毒々しい緑色の粘液と化した。
「兵隊ってのは、食料が無いと戦えないんでしょ?」
将軍は魔王の悪辣さに絶句した。
兵隊と言うのは存在するだけで膨大な食料を消費する。
常備兵の存在はそれだけ平時にタダ飯食らいのリスクとなる。
戦争を行うために遠征するとなれば、当然それだけでは済まない。
「ハウザー、放送機器を」
「こちらに」
魔王はハウザーに命じて、あらかじめ用意させておいた放送装置を設置させた。
彼が装置を起動させると、青い大空に魔王の姿が投影された。
「我は魔王、魔王アキバなり。
えー、なんとか王国の諸君。私は今、我が統治に抗う愚か者に罰を下した。
誰ひとり殺すことなく、戦うための食料を奪い、敗退に追い込んだ」
パッデゥストゥール王国です、と将軍がぼそりと言った。
「彼らの言い分はこうだ。
魔王たる私は、神の論ずる調和を乱す邪悪であり、圧政から王都を解放するのだと。
故に、私は彼らの正義が本物か試すことにした」
その言葉は、当然目の前に布陣している面々にも聞こえている。
「食料が無くなり、崩壊した軍隊は悲惨なモノだ。
指揮官は接収と称し近隣の村々から食料を奪い、離散した兵たちは盗賊と化して人々を襲う。
自らを正義と尊称した連中が、そんな蛮行を行う。これほど愉快なことがあろうか」
上手い手だと、将軍は思った。
相手の補給を破壊するのは戦術の基本だ。
だが、食料を根こそぎ奪い、潰走した軍隊から受けた憎悪は蛮行を行ったモノだけでなく、敵国即ち魔王軍の所為だと思う者も多くいるだろう。
敵勢も魔王軍の残虐さについて吹聴することも大いにありえる。
だが、魔王はそれを逆手にとって潰している。
全ては攻め込んできた相手が悪いのだ、と。
「これより、我が支配域に攻め入る軍勢は全て同じような末路を辿るだろう。
なお、私は調和の教会の教義を認める。
それでもなお、我が前に軍を率いて現れるのなら、己らの正義を試すことになるだろう。
……では、私による平和と調和を以って、争いの無き世界を実現しようではないか」
魔王は芸術的な高笑いを決めると、放送装置の停止を手で指示した。
ハウザーが放送装置の動力を落とすと、大空の魔王は消え去った。
「さて、諸君。戦争の無い世界の第一歩を祝して、乾杯しようではないか!!」
魔王の呼びかけに、兵士たちも、ダークエルフ達もお互いに顔を見合わせた。
そして、歓声を上げた。
「魔王様、万歳!!」
「魔王様、万歳!!」
パッデゥストゥール王国の政策は周囲に敵を作るばかりで、いつ戦争で死ぬ羽目になるかわからない。
戦う覚悟はある。だけど死にたくないのが誰もが本音だった。
ダークエルフ達にとっても、戦争は軍隊が闊歩し、同業者が増えるリスクしかない馬鹿らしい催しだ。
そして自分たちの庇護者が、これほどまでに強大であることに喜びの声を上げたのである。
「ハウザー、宴の料理を持ってこい」
「はい、かしこまりました」
魔王軍の後方で用意していた食事を配給し始める。
先ほどの堅苦しい雰囲気も忘れ、皆は喜びを表している。
「さあ諸君、私に頭を垂れるか?
それとも、逃げ帰って周囲の人々から略奪し、血生臭くなった正義をひっさげおめおめと私に挑みに来るか」
魔王は目の前に布陣している敵勢に、魔力で音声を増幅させて語り掛ける。
「────さあ、選ぶがいい」
ある兵士は、ポケットに入れていたビスケット型の保存食がドロドロになったのを見て、武器を捨てた。
ある輜重隊の兵士は、荷台に山盛りの兵站が緑色の粘液と化して潰れたのを見て敗北を悟った。
ある正義感のある兵士は、このままでは自分はどうしようもない現実に膝を折って戦意を失った。
ひとり、またひとり、と武器を捨てる兵たち。
彼らが戦うのは、相手が邪悪な魔王の率いる悪の魔物の軍勢であったから戦えるのである。
道中で通り過ぎた村人や、町の人たちの激励を思い出し、良心の呵責に耐えきれなくなったのだ。
「よろしい。では、責任者は責任を取ってもらおう。
ハウザー。あの愚か者は王都で処刑し、見せしめとしろ」
「御意に」
反乱の首謀者らしき貴族が周囲を檄しているが、もう戦いとすら言えなかったそれはもうどうしようもないほど終わっていた。
「将軍、彼らの賢明さを称え、食事を振舞ってあげたまえ」
「仰せのままに、魔王様……」
将軍は頭を下げ、士気が踏みにじられた兵たちを捕虜として対応した。
そして、彼はこうも思った。
かの御方なら、本当にこの世界に平和を齎せるのではないか、と。
ただ、今回のお話は、これでめでたしめでたしではなかった。
§§§
『はあ……』
「どうかなさいましたか、チョコル様」
『いいえ、溜息しか出ないってだけです』
夜の街道を独り歩く少年がいた。
ただ、彼はまるで独り言のように会話をしていた。
『私は聞いていないのに……なぜ急に魔王なんて』
「チョコル様は魔王を知っておられるのですか?」
少年の名は、ファスリー。
その身に女神の降ろし、勇者として祖国から送り出された者であった。
『魔王とは、とあるイカレ女神二人が作り出した暴力装置。
二人が気に入らない相手を黙らせるために作った滅びそのもの』
女神チョコルはよく知っている。
神々の座する領域は、全ての神々が大部屋で暮らしているようなモノ。プライベートも何もない。知ろうとお互い思えばいくらでも何をしてるか知れる。
だから、頭のおかしい二柱の女神の所業を、彼女は目を覆いたいほど知っていた。
そして最悪なことに、女神チョコルはなぜかその二人に妙に気に入られているのである。
『もうヤダ、あいつらの化身となんて戦いたくない……
「何を仰っているのです。
チョコル様の御力が有れば、魔王など恐れるに値しません」
『なんで、私みたいな弱小女神があんな化け物の相手なんて……』
脳内で現実逃避を始めた女神に、勇者は困っていると。
「ッ、これは、殺意と恐怖の感情!!」
ファスリーは己の素質から、周囲の人間の感情を読み取れる。
彼はすぐにその方へと駆け出して行った。
「食料を出せ、あるだけ全部だ!!」
そして彼が見たのは、血走った目で村人たちに詰め寄る兵士たちだった。
「か、勘弁してくだせぇ、前王の増税のせいで、村には蓄えが!!」
「うるせぇ、こっちはもう三日も何も食べてねぇんだよ!!」
村長らしき村人が、今まさに怒り狂った兵士に殺されそうとしていた。
「止めろ!!」
ファスリーはそこに割って入って、剣を抜いて兵士の武器を受け止めた。
「なんだ、てめえ!!」
「君はこの国の兵士だろう!!
なぜこんな真似をするんだッ!!」
勇者も、先日の魔王の放送を見ていた。
まさに邪悪そのもの。人間の苦しむさまを楽しむような、悪辣なやり口。
それは決して許されるものではない。
「はッ、違うね!!」
「ッ!?」
「俺たちはショウロ王国から送り出された義勇軍だ!!
この国の人間じゃねぇのよ!!」
彼らは、ファスリーと同じ国の人間だった。
「ならば、尚更だ!!
君たちは魔王を倒すために戦いに出たんだろう!?
ならどうしてこんな真似を!!」
「お前は馬鹿か?」
兵士たちはこの問答すらうっとおしそうに吐き捨てた。
「──腹が減ってるからだよ!!」
彼らは、ケダモノの眼をしていた。
「君らは魔王の言うように、正義を捨てるのか!?
そして血塗られた手で、生きてくつもりなのか!?」
「ごちゃごちゃうるせぇんだよ!!
こっちはもう死にそうなんだ、正義なんて知るかぁ!!」
そこには最早、善悪を超越した生命の渇望のみがあった。
『ファスリー、殺しなさい』
「チョコル様ッ、しかし!!」
『血の味を覚えた熊は、殺さなければならない。
彼らは今、人喰い熊になろうとしている。
なら、安定したコミュニティの平穏を守るのもあなたの責務です』
その意味を、ファスリーはすぐに理解した。
要するに、目の前の兵士たちを斬り捨てると言うことだ。
命も、人間としても。
「う、ああああぁぁぁ!!」
勇者の一閃は、容易く飢えた兵士たちの首を落とした。
「ありがとうごぜぇます。ありがとうごぜぇます」
「いえ、当然のことをしたまでです」
村人たちに感謝され、勇者は村を離れた。
「チョコル様。本当に、あれでよかったんでしょうか……」
『では村人たちを説得し、僅かな糧を与えて見逃した方がよかったですか?
彼らはすぐに他の場所でも同じことをしますよ。
そして味を占めて、楽な生き方をするようになる。
調和が乱れると、すぐにそういうモノが生まれる』
ファスリーは教会で育ち、女神様は慈愛深く優しい存在だと聞き及んでいた。
しかし、実際に己の身に宿すと、彼女は想像以上にスれていた。
「……しかし、ああいう者達を救うのが、女神様の教えでは?」
『ええ、教会では
彼は理解できなかった。
なぜこんなにも女神様は意地悪な言い方をするんだろう、と。
『どうせ、あなたにもそのうちわかりますよ』
女神は純粋な少年を憐れむようにそう言ったのだった。
勇者パーティは四人くらいにする予定です。
高評価や感想があれば、作者の承認欲求が満たされ、読者の皆さんも更新頻度が上がる。素晴らしき永久機関をぜひ活用ください!!
アンケートの締め切り明日いっぱいにしますね!!
では、また次回!!
この中から誰視点が読みたいですか?
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勇者サイド
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ペスカ姫サイド
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一般人サイド