オタク魔王は愛されたい   作:やーなん

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ケーワイ

 

 

 

 魔王が王城を占領して二か月も経った頃であった。

 

「魔王様、ドゥラスノ王国での各種施設の施工が完了しました。

 後は細かな調整をしながら、施設が順調に稼働するか試行することになります」

 

 ほむべえの報告に魔王は玉座で頷いた。

 

「それより、私のお金のデザインはどうなったの?」

「こちらです」

 

 彼女は魔王の横顔が描かれた紙幣のサンプルを取り出した。

 

「紙幣にしたのですか?」

 

 一緒にマンガを読んでいたペスカ姫が興味深そうにそれを覗き込んだ。

 

「この国の予算で、価値のある金属での硬貨の発行は難しいと判断しました」

「硬貨の価値はどれだけ貴重な金属が使われているか、に依存しますからね」

 

 結局のところ、お金を使う人間がその硬貨を価値があるものであると思わないといけないのである。

 

「しかし、紙幣制度の導入はこの世界では少々早すぎるような気もしますが……」

「確かに各国の文化レベルでは過ぎたるものかもしれません」

 

 ほむべえはインフレなどのリスクを語り始めたが、魔王は欠伸をして睨み返した。

 

「私がそんな小難しい話理解できると思うの? 

 紙幣が便利なのは間違いないんだから、やれば良いじゃない」

「では魔王様、こうしたらどうでしょう」

 

 開き直った魔王に、ペスカ姫が提案する。

 

「先の“安心料”を、モエで支払う場合大幅に割引すると言うのは。

 そうすれば嫌でも各国はモエ紙幣を導入せざるを得なくなりますし、魔王様と言う価値の保証された貨幣が誕生すると言うわけです」

「んー、じゃあそれで」

 

 魔王はなんでこの子こんなに頭良いの、みたいな視線を送りながら大きく頷いた。

 

「わかりました。モエ紙幣による支払いは、各国の軍事力に影響を与える程度まで割引すると言う方向で」

 

 指示を受けたほむべえは立ち去った。

 

「はぁ、私は別に内政チートとかに興味あるわけじゃないんだけどなぁ。

 そう言うのは適当にやってよ、適当に」

 

 たった少しの会話で疲れたように玉座に体を預ける魔王は、うんざりしたように溜息を吐いた。

 

「なにか面白いイベントとか無いかなー」

「そう言えば魔王様、重臣たちから耳寄りな情報が……」

 

 魔王の耳にこっそりと囁くペスカ姫。

 

「それ、ホントなの?」

「ええ。多くの重臣たちが証言しております」

「ハウザー!! 重臣たちを集めろ!!」

 

 魔王の声を、この場に居ない忠臣は聞き届けた。

 すぐに大臣や将軍を始めとした、城内の重臣たちが集まってきた。

 

「ま、魔王様。此度は一体どのようなご用向きでしょうか……」

 

 重臣たちの代表として、魔王が宰相であると記憶している老人が問うた。

 魔王の台頭により冷や飯を食らっている代表格である。

 

「お前、ディジーに姉が居るらしいな」

 

「そ、それは、はい、事実でございます……」

 

 宰相は俯きながら、精一杯ペスカ姫に助けを求める視線を送っていた。

 

「別に責めているわけじゃない。

 私は確認をしてるだけだ」

 

 魔王は実に楽しそうにしていた。

 

「もしかしたら、彼女を担いで私のいるこの王城に誰か攻め込んでくるかもしれないじゃないか」

「恐れながら、魔王様。それはあまり現実的ではないかと」

 

 魔王の言葉に異を唱えたのは、将軍だった。

 

「私も噂程度でしか第一王女殿下の噂を知らなかったのですが、どうにも“精霊付き”として不気味がられていたらしいのです」

「精霊付き? 悪魔付きみたいなもの?」

「まあ精霊にも良し悪しがあるので、同じようなモノですね」

 

 ペスカ姫が魔王の問いに答えた。

 勿論、将軍も頷いた。

 

「それ故に、前王は彼女を不気味に思い、王位継承権を剥奪し教会に送ったとか」

「で、実際どうなの?」

 

 魔王は将軍の言葉を受けて、前王の側近で唯一生き残った宰相に問うた。

 

「は、はい。元王女殿下……ゼルダリ姫は──」

「ちょっと待って!! その姫はゼルダリって言うの!?」

「は? 左様ですが……」

 

 なぜ魔王がこんなにも面白そうにしているのか分からない宰相は、小首を傾げながらも証言を続ける。

 

「ゼルダリ姫は生まれつき、見えない友人が居たらしく、一人で会話をしている姿をメイド達がよく目撃し気味悪がっておりました。

 それどころか、御自分の母親の死期を言い当てたそうです。いつどこでどんな毒物で謀殺されるのか、を」

 

 その場にわたしめも居ました、と宰相は身震いしながら言った。

 

「前王は激しく憤り、当時四歳の姫を辺境の修道院へと送りました。

 その場所は私も知らされておりません……それが十年前です」

「ふーん。なるほどねぇ」

 

 魔王はその話にニヤニヤ笑いながら背中を玉座に預けた。

 

「そうか、ディジーには姉が居たのか……」

「……探させましょうか?」

 

 宰相は魔王のご機嫌を取ろうとそう口にしたが。

 

「いいや、別に構わない。

 それに探さなくても、いつか会えるような気がするのよ」

「は、はあ……」

 

 魔王はいつになく上機嫌だった。

 精霊やその類に親和性のある人間は、生まれつき才能に恵まれていることが多い。

 そして多くの場合、そんな人間を“運命”は放っておかないモノだ。

 

「楽しみだなぁ」

 

 魔王は愉悦の笑みを浮かべながら、頬杖をついてこれからの展開の夢想を始めた。

 

 

 

 §§§

 

 

 パッデゥストゥール王国の辺境。

 その田舎の片隅にその修道院はあった。

 

 そこに住むシスターの装束を纏った少女は、しかし今そこにはいなかった。

 

「まったく、魔王のせいで魔物どもが調子に乗ってるんじゃないの!! 

 またイオ爺さんの畑がやられるなんて!!」

 

 少女は怒気を滲ませながら森の中を歩いていた。

 

『ゼルちゃん、怒ってばかりだと皺が増えるよ』

「うるさいわね、アンジー!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 彼女が顔を上げると、そこには全く自分と同じ顔をした少女が居た。

 いや、居たと言っても、彼女以外には誰もその少女を見た試しがなかった。

 

 見えない友達。自分と同じ姿をした何か。

 その正体を気にするほど、彼女は興味は無かった。

 

 彼女の名はゼルダリ。もしかしたら第一王女としての人生を生きていたかもしれない少女だった。

 

『それより、早く魔物を倒して帰った方が良いんじゃない?』

 

 もう一人の自分、昔自分にアンジーと名乗ったのを彼女はそのまま呼び続けている。

 彼女とゼルダリは対等に見えて、そうではなかった。

 ゼルダリにとってアンジーは、小うるさい母親みたいな存在だった。

 

「うるさい、気が散る。また大地の記憶を読み取るから」

 

 ゼルダリはぶつぶつと呪文を唱えながら、精神を集中させる。

 すると、見えてきた。

 

 昨晩、畑に侵入したモノの視線を。

 それは野菜を平らげると、今ここにある森へと戻って行った。

 そして、いま彼女が歩いている道を我が物顔で進んでいく。

 

 それがしばらく続いてから、魔法の効力が消えた。

 

『まだまだ無駄が多いね。もっと集中しないと』

「ああもう、うるさい!!」

 

 さっきから耳元で小馬鹿にするように囁いてくる存在に、ゼルダリは怒鳴り返した。

 しかして、その直後である。

 

 近くの草むらが、がさごそと動いたのである。

 

「出た!!」

 

 そこから顔を出したのは、イノシシの魔物だった。

 

『あはは、今日はぼたん鍋だね!!』

「ボタン鍋ってなによ。イノシシ焼きで良いじゃない」

 

 そんな緊張感の無いやり取りも魔物には関係ない。

 恐るべき巨体を生かした突進を繰り出してきた!! 

 

「あぶッ、な!!」

 

 咄嗟に避けたゼルダリだったが、その後ろにあった木々は三本まとめてへし折れていた。

 

「──調和の主よ、慈悲の抱擁を授けたまえ、我が意思よ形となれ!!」

 

 地面を転がり受け身を取りながら、彼女は魔法の詠唱を続けていた。

 

「──くたばれ!! “リッパースマッシュ”!!」

 

 見えないギロチンの刃が、彼女の指差す魔物に向けられる。

 

 ズシャ、と二メートルはあるイノシシの魔物が真っ二つに両断された。

 遅れて血飛沫が舞う。ゼルダリは慌てて血糊を避けた。

 

『相変わらず、信仰系魔法とは思えない効力ですね……』

「チョコル様は調和と結束の女神様だもの。

 その残酷さも説かれておられるわ」

 

 目の前で命を奪ったのに、ゼルダリは慣れた様子だった。

 このド田舎では、魔物の出現など珍しくない。

 だが高齢化が進んだ過疎地域のド田舎では、戦力なんて引退した元冒険者の爺さまくらいだ。

 

 魔物退治は十四歳にして優れた魔法の使い手である彼女の役割であった。

 

「……どうやら、こいつ以外にこの辺りに魔物はいなさそうね」

 

 魔物の死体に手を当て、その記憶を読み取りゼルダリは結論付けた。

 

『どうせ三日もすればまた出てくるよ』

「そうなのよねー。とりあえず帰ろう」

 

 とにかく、野菜を食べられた分の食料は確保できた。

 村に戻って男手をかき集めてこの魔物の死体を運ばないと、そう思っていた彼女が修道院に戻って報告に向かう。

 

「院長、魔物は始末しといたよ」

「ご苦労様です、ゼルダリ」

 

 ド田舎の修道院の院長らしい老人が応じた。

 

「あれくらいなんともないよ」

「……あなたには申し訳ないと思っています。

 本当なら子供らしく遊んでいてもらいたいものですが、私も歳には勝てず」

 

 嘘かまことか、この院長は昔は神官戦士として活躍していたらしい。

 今は腰の曲がった老人なので、ゼルダリにその真偽を確かめる術はなかった。

 

「別にいいよ。

 院長にはお世話になってるし」

 

 彼女はそれだけ言うと、修道院を後にした。

 今度は村の役場に報告に行く道中、アンジーが尋ねてきた。

 

『ねえゼルちゃん。お城に戻りたい?』

「戻ってどうするの? 

 私を捨てた父親にリッパースマッシュをぶち込んでやるの?」

『ここはド田舎だから伝わってないと思うから、教えてあげる。

 ──ゼルちゃんのパパ、もう死んでるよ』

 

 ゼルダリの知るはずの無い情報を知っている、イマジナリーフレンドでは説明できない存在が彼女に語り掛ける。

 

「清々するわ。どうせ子供の頃なんて全然覚えてないし。

 魔王に殺されたって自業自得よ」

『まあそれ以前の話だったみたいだけどね』

 

 本当にどうでも良さそうに答えたゼルダリに、同じ顔の見えない友達はくすくすと笑った。

 

 そして、そのすぐ後だった。

 

 ────カラン。カラン。

 

 

「え、なに、今の音?」

 

 それは、まるで酒場に屯しているろくでなしどもが賭け事に使うサイコロのような乾いた音だった。

 

 それは、自分の運命が動き出した音だというのは、彼女は知る由も無かった。

 

 

「はあ、はあ!! ゼルダリちゃん!!」

「村長? どうしたの」

 

 村に入ってすぐ、年老いた村長が大慌てで走ってきた。

 

「(てか、こんなに走れるなら荷運びとか手伝わせるなよ)」

 

 そんなことを考えながらも、息も絶え絶えの村長を労わるように近づく。

 そして、彼はこう言った。

 

「魔王じゃ、魔王の手先が現れたんじゃ!!」

 

 

 

 村人は、村の中央広場に集められていた。

 

「ダークエルフ!?」

 

 ゼルダリがそこに合流した時、村人たちの周囲には十名ほどの武装したダークエルフが取り囲んでいた。

 

「我らは魔王アキバ様の命令にて動いている。

 素直に指示に従えば危害は加えないと約束しよう」

「住人はこれで全員か!! 

 一人残らず集めろ、女子供一人残らずだ!!」

「隠しているのを見つければ痛い目に遭うぞ!!」

 

 彼女達は武器で威圧しながら、村の上役を使いっ走りにしていた。

 

「いったい何事です!?」

「院長、私にも分からないです」

 

 院長も呼ばれてきたらしく、困惑した様子を見せる。

 それはゼルダリも同じだった。

 こんな田舎に、魔王の手下が何の用かと。

 

「隊長、とりあえずこの中には双子は居ないようです」

「ここもハズレか。この調子では、国内では見つからなさそうだな」

「住人に個別に聞き取り調査しましたが、この村に双子は一組のみだそうです。住人名簿も確かめました」

「こんなド田舎の名簿なぞ当てになるか。

 万一にも取り逃がせば、神の怒りを買うぞ」

 

 ダークエルフの女たちの会話を盗み聞きしても、彼女らの目的は不明だった。

 

「おい」

「ひい!?」

 

 槍の切っ先を突き付けられ、村人は悲鳴を上げた。

 

「お前たちは調和の女神の信徒だな?」

「は、はいぃ」

「では確認する。ここにいるのが全員で、誰かを隠しては居ないな?」

「勿論です!!」

 

 嘘だ、ゼルダリは咄嗟に口からそう出そうになった。

 明らかに数人足りない。

 それは子供だったり、用事で村から離れている者も含めてだ。

 

 それを確認したダークエルフの女が嗜虐の笑みを浮かべた。

 

「では、こいつはお前たちの大事な調和を乱した愚か者だというわけだ!!」

 

 ダークエルフの一人が、引きずるように子供を引っ張ってきた。

 

「調和を乱す者には制裁を。それがお前たちのやり方だったな」

 

 からん、と村人の前に槍が投げられる。

 

「殺せ、ほら、殺せよ」

「わ、我々に危害を加えないはずでは……」

「勿論。だが調和を乱したのはお前たちで、お前たちがお前たちの手で制裁するのだ」

 

 そんなことを言い出したダークエルフは一人だったが、残りの面々は溜息を吐いたり一緒になって笑う者と半々だった。

 

 だが、彼女らの視線はどちらにせよ侮蔑と憎悪で満ちていた。

 

「どうした、都合の悪い時だけ教義を捻じ曲げるのか?」

「お、お許しを……」

「許しを請うのは私達じゃなくて、お前たちの神にだろう?」

 

 

「……愉しいな」

 

 村人を蔑むダークエルフは言う。

 

「我らの行く村々では、住人は全員同じことをしていた。

 教義では結束だの調和だの謳っておいて、結局は我が身や身内が大事で嘘を吐く。

 前の村では、村人たちが隠れていた奴を私刑にしていたな。実に笑えたよ。

 その前の村では仲良くお互いを罵り合って殴り合いになったよ。

 こんな数の多いだけの下等な連中に、我らが虐げられていたとはな!!」

 

 怒りのまま蹴り上げようとした彼女を、仲間が肩に手を置いて止めた。

 

「危害を加えない約束だ、忘れるな。

 我らは魔王様に選ばれた一族なのだから」

「……ああ、そうだな」

 

 仲間に諫められ、怒り高ぶっていたダークエルフは槍を拾い上げた。

 

「双子はお前たちだけだな?」

 

 四十代のこの村では若者である農民が震えながら頷いた。

 

「お前たちには我々と来てもらう」

「待って、待ってくだせえぇ、この子らは、この子らは勘弁してくんろぉ」

 

 彼らの母親である老婆が、ダークエルフ達に縋りついて泣き叫ぶ。

 

「黙れ!! 魔王様は世界中の双子をご所望だ!!」

 

 うっとおしそうに、ダークエルフは老婆を跳ね除けた。

 

「御眼鏡に叶わなければ無事に帰って来れるだろう。我々に保証は出来かねるが」

 

 その言葉に、老婆はおいおいと泣き崩れる。

 

「もう、我慢できないッ」

「止めなさい、ゼルダリ!!」

 

 前に出ようとするゼルダリを、院長はその腕を掴んで止める。

 

「だけど院長先生!!」

「空気を読むのも、チョコル様の教えです!! 

 ここで前に出たところで、悪しき慣例“ケーワイ”として吊るし上げられるだけです!!」

『ぷぷッ』

 

 なぜか笑っているアンジーにひと睨みした後、ゼルダリは言った。

 

「馬鹿馬鹿しい。教典の教えなんて全部人間の都合の良いように書かれてるだけじゃない。

 私知ってるのよ、本来チョコル様は殆どお言葉も残してないって!!」

「ああ、なんてことを!!」

 

 それは言ってはならない言葉だった。

 暗黙の了解は、空気を読んで口にしない。それがチョコル教の美徳だった。

 

「いい加減にしなさい、あんた達!! 

 私が居る限りこの村で好き勝手させないわ!!」

 

 そして彼女はダークエルフ達の前に躍り出た。

 

『そこは不意打ちでもして数を減らしましょうよ』

「うるさい、黙れ!!」

 

 呆れた視線を向けてくるアンジーに小声で言い返すゼルダリだった。

 

「聞いていなかったのか? 

 この双子を連行すれば、この村には手出しをしないと。

 お前は一時の感情で、その約束を台無しにするつもりか?」

「だからなによ!!」

「お前は見たところ聖職者のようだが、自らこの村の安寧を乱すつもりか?」

「魔王の手先の分際で、何を言ってるのよ!! 

 汚らわしい邪悪なダークエルフのくせに!!」

 

 ゼルダリの啖呵を、ダークエルフ達は鼻で笑った。

 

「戯言を!! だが、命乞いよりよほど私好みだ!!」

 

 彼女らは一斉に武器を構えた。

 

 その時である。

 

「助太刀するぞ!!」

 

 現れたのは誰あろう、女神の加護を受けし勇者ファスリーであった。

 

 これが、二人の出会いだった。

 

 

 

 





ゼルダリ姫の元ネタはもちろん某伝説……と言いたいところですが、実は全く関係ないんですよ、これが。
彼女の名前の由来は全くの偶然です。

そろそろ、魔王以外の視点が増えていくと思います。
それでは、また次回!!
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