オタク魔王は愛されたい   作:やーなん

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チュートリアル

 

 

 

「何者だ!!」

 

 勇者ファスリーはゼルダリを守るように前に出た。

 

「誰、あなた?」

 

 一人で全員倒すつもりだった彼女は眉を顰めた。

 

「我が名はファスリー!! 

 女神チョコル様に選ばれた勇者だ!!」

『私は選んだ覚えはないですけどね』

 

 内なる女神がぼそっと付け加えたが、それを聞こえるものは彼以外居ないのであった。

 

「勇者? 国家戦争の狗がこの村に何の用だ!!」

 

 ダークエルフ達は吐き捨てるようにそう言った。

 勇者の登場に、村人たちはざわめき始める。

 

 勇者とは、各国で選ばれる武力の象徴となる存在のことである。

 だが、国家間での戦争で投入されるようになり、教会が認定に大きく制限を掛けた。

 そしてこの国に勇者は今いないので、必然的に彼は他国の人間と言うことになる。

 

 ここは辺境の村だ。よそ者には敏感だった。

 

「違う、私は魔王と倒すためにこの国にやってきた!!」

 

 彼がこの村にやってきたのは、行く先々で村人がダークエルフに連れ去られるという事態が頻発していたからである。

 これは見逃せないと、その足取りを追って来たのだ。

 

『随分な寄り道ですよね』

 

 女神チョコルの嫌味も聞く余裕も無く、ファスリーは剣を構えた。

 

「お前たちに苦しめられた人々の痛みを思い知れ!!」

「ほざけ!!」

 

 交わす言葉も無く、飛び掛かるファスリー。

 

「たった二人で何ができる!!」

「囲んで潰せ!!」

 

 ダークエルフは十人。対して、人間で戦えるのは二人。

 どちらが優勢か見るまでもなかったが。

 

「魔王の手先め、覚悟しろ!!」

 

 神の加護を得し勇者ファスリーは一瞬で三人を斬り伏せた。

 左右からの挟撃を苦も無く蹴散らし、数の差を物ともしない。

 

「調和の主よ、我らに平穏の鎖を齎したまえ!!」

 

 そしてそれは、助成が無くても勝つ気でいたゼルダリも同じだった。

 

「マズい、詠唱だ!!」

「──ピースフルチェイン!!」

 

 彼に気を取られていたダークエルフ達が気づいた時には遅かった。

 

 生き残ったダークエルフの全員が崩れ落ちて、戦意喪失した。

 

「これは……」

『感情を伝搬させる私の魔法ですよ』

 

 魔法の影響を受けたダークエルフ達は泣き崩れていた。

 とてもじゃないが戦える状況ではない。

 

『先ほど、子供たちを連れて行かれそうになった老婆の感情とシンクロさせたのでしょう。なかなかの腕前です』

「確かに、これほどの魔法は見たことが無い」

 

 ファスリーは驚きを示したが、すぐに切り替えた。

 

「急所は外した。

 二度とこんな真似をしないと誓うのなら、見逃してやる」

『やれやれ……』

 

 切り伏せられ血を流して倒れたダークエルフの隊長格に剣を突き付けファスリーが最後通牒を告げた。

 

「妹様……こいつら、強過ぎます!!」

「なんでこんな田舎に……」

 

 盗賊上がりに過ぎない彼女らが弱音を吐く。

 だが、彼女は違った。

 

「……お前たち、ここでおめおめ逃げ帰って、兄様に顔を合わせられるのか? 

 魔王様に失望されれば、これまでの生活と同じだ!!」

 

 傷口を手で押さえ、ふらふらと隊長格のダークエルフが立ち上がる。

 

「やめろ、死ぬぞ!!」

「同じことだ。ここで逃げ帰るのも、戦って死ぬのも!!」

 

 手負いのケダモノの気迫に、ファスリーも覚悟を決めた。

 

「ならば、私も正義の為にお前の命を頂こう!!」

「楽で良いな、お前ら人間は。正義を謳えば自分たちを正当化できるのだから」

『さっさとトドメを刺しなさい。

 彼女はどのみち、己の生きざまに殉じている』

 

 女神の後押しを受けるまでも無く、ファスリーは大上段に剣を振り上げた。

 

「どうせ、我らに神は居ないのだ……」

 

 彼女が死を受け入れた。

 

 

「────お前に神は居ない? それは違う」

 

 

 そうなる筈だった。

 

「なッ」

 

 ファスリーは驚愕した。

 彼の渾身の一撃は、細い手のひらでその刃を掴まれていた。

 

「あ、あなた、は……」

 

 奈落の瞳を持った存在感の無い女が、彼女を目の前で見ていた。

 まるで片手間のように、後ろ手に剣を掴みながら。

 

「お前の味方だ。わかるだろう?」

 

 空気が、一変する。

 未知の重圧が、息する者の呼吸を止める。

 

『げぇえ!? リェーサセッタ!!』

「どうしたチョコル。そんな顔をして。

 私とお前の仲ではないか」

 

 ファスリーは自身の中に居る女神チョコルが盛大に顔を引きつらせているのを感じていた。

 

「悔しいよなぁ。正しいだけのくせに、全てが上手く行っている奴を見るのは……」

 

 邪悪の化身は震えるダークエルフを空いている手で抱きしめた。

 

「憎らしいよなぁ。鼻につくよなぁ。特に、弱者を守る振りをして弱者を虐げる連中は……」

「こ、この気配は、魔王様の……!!」

「この地上の誰もがお前たちを愛さなくても、この私がお前たちを愛してやろう」

 

 そして、その女は抱きしめながら意味深で意地悪な笑みを後ろの面々に向けた。

 

「チョコル。お前の勇者に試練を与えよう」

 

 その言葉が虚空に消えるように、その女は初めからいなかったかのように消え失せた。

 

「い、今のは!?」

『なんてことしてんの、あのイカレ女神!!』

 

 変化は顕著だった。

 

「あ、あ、あ、赦された!!」

 

 傷口から血を流しながら立っているのもやっとの筈のダークエルフが、両目からだらだらと涙を流していた。

 

「母なる御方が我ら一族の罪を御赦しになった。なった!!」

「御赦しになった!!」

「なった、なった!!」

 

 切り伏せられて倒れた、魔法によって戦意を奪われた残り九人のダークエルフ達が奇怪な輪唱を始めた。

 

「何なの、何が起こってるの!!」

『何か面白そうなことになってるね!!』

 

 困惑するゼルダリは見えない友人の楽天さにイラつきながらも、その変貌を目の当たりにした。

 

 真っ昼間なのに、闇がダークエルフ達を包み込んだ。

 その姿、大きさが膨れ上がっていく。

 

 そして闇が晴れる。

 

 そこには、巨大な甲冑と分厚い斧を身に纏った巨躯の騎士達が立っていた。

 

「ヴォオオオオオオ!!」

 

 しかし、その雄叫びは雄牛か何かのようだった。

 雄叫びが終わると、その巨大な斧を振り回し始めた。

 

「みんな、早く逃げて!!」

 

 幸い、その動きはその重量の通りやや鈍重だった。

 ファスリーの呼びかけに従い、村人たちは悲鳴を上げて逃げ出した。

 

「あんたも前を見なさい!!」

「ッ!?」

 

 ゼルダリの声に、よそ見をしていた彼の目の前に思いのほかリーチの有る大斧が振りかざされる。

 

 咄嗟に受け流すが、凄まじい金属音が鳴る。

 

「おも、い!?」

 

 彼の腕が痺れる。一撃でも受けたら致命傷になるだろう重さだった。

 そんな斧を苦も無く魔物と化したダークエルフ達は振り回す。

 

「だが、遅い!!」

 

 しかしファスリーに対応できないレベルではなかった。

 斧の攻撃をすり抜けての剣閃が迸る。

 

 やはり、硬い。

 まともに攻撃しても、分厚い鎧に攻撃が阻まれる。

 

「まずい、まるで歯が立たない!!」

 

 異形の騎士たちはゆっくりと威圧感の有る行進で二人を包囲しようとしていく。

 

「──リッパースマッシュ!!」

 

 ゼルダリの魔法が炸裂。

 しかし魔物の分厚い鎧を破るには至らない。

 

「なんなのこの化け物!!」

「正面から戦ってもダメだ!!」

 

 重い、強い、遅い、の三拍子が揃った強敵だった。

 たったそれだけなのに、対抗手段が限られている。

 

「こいつらは私が何とかする!! 君も逃げろ!!」

『いや、ここであなた一人になったところでどうするのよ……』

 

 ファスリーは背後のゼルダリに呼びかけるが、内なる女神の感想は真逆だった。

 

『まあ、逃げるのは簡単そうだよね~』

「バカ言わないで!!」

 

 逃げたところでこの化け物どもが解き放たれるだけだ。

 彼女の矜持が、逃げることを許さない。

 

「ゼルダリ!!」

 

 その時である。

 彼女が振り返ると、院長が僧服から着替えて鎧とメイスを身に付けよろよろと小走りで走ってきたのだ。

 

「院長先生!?」

「ここはこのおいぼれに任せんしゃい!!」

 

 そう言って院長は戦闘態勢を取るが、武器を握る手はぷるぷる震えている。

 

「覚悟せよ魔物ども!! この村には手を出させんぞ!!」

 

 そして彼が飛び出そうとした瞬間だった。

 

 ぐぎッ、と彼には己自身の嫌な音が聞こえた。

 

「こッ、腰がぁ!!」

 

 無様に膝を突く老人は、己の無力を嘆くほかなかった。

 

「もう、なにやってるのよ!!」

 

 何とか前で鎧の群れをいなしている勇者を横目で見つつ、彼を家屋の影に移動させる。

 そんなゼルダリの手を掴み、老人は言った。

 

「ぜ、ゼルダリ……あれじゃ、あの奇蹟を使うのじゃ……」

「あれって……」

「偉大なる女神チョコル様が、この世界から災厄を退けるのに使った奇蹟を使うのじゃ」

「だけどあれは……」

 

『悩んでいる暇はあるの?』

 

 見えない友人が囁く。

 ファスリーは徐々に包囲され、鎧たちにいつ殺されてもおかしくない状況だった。

 

「ああもう、やってやるわよ!!」

 

 それは、チョコル教の教徒なら誰もが最初に神から授かる魔法であり、最も使用条件が難しい基本にして奥義たる魔法だった。

 

「ねえあなた!! これから共鳴の魔法を使うから!!」

「くッ、だけどそれは!!」

「死にたくなかったら私に合わせなさい!!」

「りょ、了解!!」

 

 ゼルダリは息を整え、言葉を紡ぐ。

 

「調和の主よ、人々に結束を促す恩寵を授けたまえ!!」

 

 この時、神の奇蹟が二人の心を繋いだ。

 人々の為に戦い、この村を救いたいと言う心が共鳴した!! 

 

『まさか初対面の赤の他人同士で、私の魔法がちゃんと発動するなんて……』

 

 そしてそれはその奇跡を齎す女神も、驚嘆に値する出来事だった。

 

 それは、この世界の住人には非公開情報のステータス値の爆発的上昇という結果を齎した。

 

「うおおおぉぉ!!!」

 

 勇者の一太刀が、音速を超えた。

 それはまさに竜巻の如き一撃。堅牢な鎧を切り裂き、彼女らの大斧を丸ごと吹き飛ばした。

 

「──ピースフルチェイン!!」

 

 ゼルダリの魔法も先ほどとは比べ物にならない出力になっていた。

 魔法の対象として参照されたのは、自分。

 その結果、ダークエルフ達に与えられた邪悪な加護が吹き飛んだ!! 

 

 彼女達の鎧を形成していた闇の力が消失し、元の姿に戻ったダークエルフ達が倒れた。

 

「はあ、はあ、今の力はいったい……」

 

 女神チョコルの恩寵の真骨頂は、同じコミュニティ間で共有できる強力なバフ効果の魔法にある。

 同じ国家、同じ町や村、家族や友人、同じ主義主張や性別、と他者との境遇や思想が近ければ近いほどその効力は増す。

 

 だから、性別も出身国も違う者同士で、魔物を凱旋一触できるような効力を発揮できるのはほぼ不可能なのである。

 

 だが、ファスリーはその事実に対して思考を巡らせることはできなかった。

 

 ぱちぱち、と乾いた拍手が聞こえたからだ。

 

「素晴らしい。やはり、それくらいは出来なくてはな」

 

 近くの木の木陰に、闇を体現したような女が立っていた。

 彼女は魔物と化したダークエルフ達を倒した彼らに惜しみない拍手を送っていた。

 

「貴様、何が目的だ!!」

「目的? そんなものは無い」

「ほざけ!!」

『やめなさい、ファスリー。その女には、本当に目的なんか無いのよ』

 

 内なる女神の声に、ファスリーは困惑した。

 

「例えば」

 

 歩く暗闇のような女が、近くの店先にある売り物のリンゴを手に取った。

 

「目の前にあった商品(モノ)を盗んだとする。私は別に食べ物に困っていない。なぜだと思う?」

「……?」

「そうしたい、と思ったからだ。理由など、後から付いてくる」

 

 それは、ファスリーの倫理観では理解できないことだった。

 

「あんたの考えなんてどうでも良い」

 

 困惑のまま棒立ちしているファスリーの前に、ゼルダリが出た。

 

「あんたのしたことが、私達にとって迷惑だったっていうことよ!! 

 このまま野放しにしてやると思うの!?」

「おお、怖い怖い」

 

 ゼルダリの怒気を、彼女はリンゴを齧りながら笑って受け流した。

 

「我が盟友の試みにしては下らない取り組みだと思ったが、お前たちのような者が現れるのなら悪くない。

 我が娘アキバも、お前たちが遊び相手になってくれれば退屈もしなかろう」

 

 くっくっく、という笑い声だけが闇に消えた。

 彼女の姿はやはりどこにもなかった。

 

 ごろり、と食べかけのリンゴが地面に転がっていた。

 それだけが、奈落のような悪意を持つ女がいたという証左であった。

 

「チョコル様、奴は一体……」

『人間の悪意そのものですよ。下手に取り繕っている分に余計に質の悪い部類のね』

 

 女神は吐き捨てるようにそう言った。

 彼女が何より我慢できないのは、神々の属性を秩序か混沌か、で分けるなら完全に秩序側の女神チョコルがあっちが自分と同類だと思っていることであった。

 相手が格上なので、俺たち友達だよな、と肩を組んでくるガキ大将相手にいつも愛想笑いでやり過ごしているような感じなのである。

 

『魔王とはアレの同類。アレから生まれ落ちたモノ。

 貴方の敵はそう言う存在なのですよ』

「分かりました、やはり魔王は倒さねばならないのですね!!」

 

 と語りつつも、女神チョコルは空気が読めるので、魔王を倒すことにあんまり意味なんて無いことは言わなかった。

 それを言ってやる義理も無いし、なんか勝手に盛り上がってるし。

 それに水を差してやるほど、彼女は優しい女神では無かった。だって調和の女神は善でも悪でもなく、中立の属性の神性なのだから。

 

『ゼルちゃんはどうするの?』

「当然、ただじゃ済ませないわよ」

 

 対して、ゼルダリはあの女神の態度を小馬鹿にされたと受け取っていた。

 

「要するに、魔王をぶん殴って足蹴にしてやれば、あいつの鼻を明かせるんでしょ!!」

『うーん、王家の血筋とは思えない発言』

「この私の住む村に手を出したこと後悔させてやる!!」

 

 その時、彼女はファスリーと目が合った。

 二人の目的は同じだった。

 

 こうして、二人の道筋は定まった。

 

 彼らが魔王と対峙する時は、もうすぐに迫っていた。

 

 

 

 §§§

 

 

 

 一方、その頃。

 

「拍子抜けだ……」

 

 魔王アキバは溜息を吐いていた。

 その理由は、彼女の周囲を見れば明らかだった。

 

 ──死屍累々。

 

 荘厳な大広間に大勢の騎士が転がされていた。

 

「これが、この世界最強の騎士団だって? 

 この場合私は、誰を責めればいいの? 

 この私を強く作り過ぎたメアリース様とお母さんを恨めばいいの?」

 

 双星(ジェミニ)騎士団壊滅!! 

 

 その顛末は、今から三十分ほど前に遡ることになる。

 

 

 

 





勇者の旅立ち。なお、早ければ次回には魔王と対峙する模様。

高評価や感想を下さると作者のモチベーションと更新速度が上昇します!!

それではまた、次回で!!
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