オタク魔王は愛されたい   作:やーなん

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魔王の顔見世

 

 

 

「──以上が、国内の双子の捜索状況です」

 

 その日、ダークエルフの族長ラヴァルが魔王の御前で経過報告をしていた。

 

「じゃあ、国内には居なさそう?」

 

 魔王は支給された検査装置を弄びながら尋ねた。

 女神メアリースの求める魂の持ち主は魔王にしか判別できない。

 それだと非効率だから、という建前で彼女が一人一人確認するのが面倒だった為、魂の波長を測定できる装置を取り寄せたのである。

 

 ただ、魂に対する研究は女神メアリースが禁忌としている。

 その為、需要が無く取り寄せられた検査機器は十個だけだった。しかも高価である。

 

「そればかりは。世界中の双子を虱潰しにして、たったひとりという割合ですので」

 

 運よく国内で見つかるかもしれないし、最後の双子の片割れが当たりかもしれない。

 

「それにもうひとつ。

 双子と言いましても、双子の全てが一卵性双生児と言うわけでもないので、絶対に取りこぼさないという保証は出来かねます」

「あー、そっか。

 双子と言っても一卵性ばかりじゃないのか」

 

 双子と言っても顔が似てないパターンもあるし、性別が違う場合もある。

 思ったより調査は難航しているようだった。

 

「魔王様、各地域の調査結果です」

 

 今度は重臣の一人が調査資料を持って来た。

 

 双子探しの主導はダークエルフ達だったが、当然これは国家的なプロジェクトなので暇している重臣たちにも手伝わせていた。

 具体的には御触れと言う形だったり、各地の領主に連絡を取ったり、或いはダークエルフ達の移動の為をスムーズにさせる為に話を通したりと、仕事は様々である。

 

「我らやダークエルフ達によって王都周辺に集めさせた双子たちですが、検査の結果誰もが該当しないとの結果が」

「そのことについては私が報告済みだ」

「あ、ああ、そうでしたか……」

 

 検査機器の使い方は簡単で、相手に向かってボタンを押すだけ。

 当たりが出たら音がなる。なので機械に疎いこの世界の住人でも扱えた。

 

「そう言えば国内にも、私に従わない連中がまだいるのよね?」

「は、はい。愚かにもこちらの指示を突っぱねて、愚弄してくる者までいる始末でして……」

「もっと効率的に探さないとダメかー」

 

 国内でさえ足並みが揃っていない。

 魔王は思案するように顎を撫でた。

 

「そうだ、こういう時こそ宗教を使おうよ」

「ちょ、チョコル教をですか?」

「世界的宗教なんでしょ? 手伝って貰おうよ」

 

 魔王は名案だと言わんばかりのしたり顔だった。

 対してラヴァルと大臣は顔を困惑して見合わせた。

 二人とも、もしかしてこの人自分がどう思われているか分かってない、みたいな表情だった。

 

「担当大臣を呼べ」

 

 魔王の指示に、程なくして外交担当も兼ねる以前謁見した大臣が現れた。

 

「と言うわけで、例のプロジェクトをチョコル教に手伝わせることにした。

 なにかいい案を提示して」

 

 何かいい案はないか、ではなく提示しろという命令に彼は顔面蒼白になった。

 

「わ、わたしも、立場上司教位を授かっておりますので、本国に問い合わせてみなければ……」

「なるほど」

 

 彼の言葉は問題の先送りでしかなかったが、魔王は別の受け取り方をした。

 

「じゃあ直接総本山に頼んでこよう」

「えッ」

「ハウザー、ラヴァル、ほむべえ、供をしろ」

 

 魔王の行動力は凄まじかった。

 

「魔王様、私も同行した方がよろしいかと。

 チョコル教の式典で何度か出向いたことが有ります。知り合いが居れば取り次いでくださるかもしれません」

「わかった、ペスカ姫も連れて行こう」

 

 こうして、魔王は四人のお供を連れて総本山に魔法で転移した。

 

「あわわわ、どうしよう……」

 

 外交大臣は言えなかった。

 丁度今、チョコル教総本山で各国が魔王対策会議を開いているところであると。

 

 

 

 §§§

 

 

 チョコル教の総本山。

 宗教国家ではあるが、その位置づけはこの世界の国々の調停役であった。

 この世界で最大の宗教であるチョコル教の教義は調和と結束。

 

 その権威は絶大で、世界最強と謳われる精強な騎士団とその権威で、この世界の秩序を守ってきた。

 

「このまま魔王の存在を許せば、この世界の秩序が失われてしまう!!」

「各国で共同で討伐隊を編成するべきだ!!」

「だが、大軍を擁しても我らは人の身だ。食わずには進軍できない」

「だからと言ってこのまま座して待てというのか!!」

 

 荘厳な大会議場は紛糾していた。

 各国から集まった首脳陣は同じ教義を信奉しているとは思えないほどまとまりがなかった。

 

「……聖王閣下の御意見を伺いたい」

 

 見かねた一人が議長であるチョコル教の指導者に尋ねた。

 先ほどから髭を蓄えた厳格そうな老人は黙して語らず、ただ議会の進行を見守っていた。

 

「チョコル様からの御神託はまだ無い」

 

 厳かな口調で彼はそう言った。

 その言葉に各国の首脳陣は渋い表情になった。

 

 議場に沈黙が舞い降りたその時。

 集まった王族の一人が手を挙げ発言した。

 

「実は、我が国は勇者の選定の儀を行い、魔王討伐へと向かわせた」

 

 その発言に議場は紛糾した。

 

「まさか先走ったのか!!」

「手柄を独り占めするつもりか!!」

「なぜ独断で動いた!!」

 

 周囲を出し抜いて主導権を得ようとした王族に、周囲が非難の声を浴びせる。

 

「魔王の討伐に軍を派遣できぬのなら、ごく少数の精鋭を送れば良いのですよ」

「──それは本当か?」

 

 したり顔で言う王族は、その声に凍り付いた。

 

 もはや世界中で誰ひとりとして知らぬ者は居ない、その声を。

 

 

「そんな催しをしてくれているとは思わなかったわ」

 

 いつのまにか、長大な議場のテーブルの下座に魔王が座っていた。

 背後に四人の供を侍らせ、悠然と。

 

「魔王だ!!」

「衛兵だ、衛兵を呼べ!!」

 

 王族たちの声に、即座に衛兵たちが彼女らを取り囲んだ。

 

「一応私たちは話し合いに来たのだけれど」

 

 槍を突き付けられているに気にせず魔王は言った。

 

「ハウザー殿、これは本当に大丈夫なのですか?」

「安心しろ。魔王様に敵う存在なぞ、神々が創っていない」

 

 冷や汗を流しているラヴァルが隣のハウザーに小声で言ったが、対してハウザーは涼しい顔をしていた。

 

「丁度各国の王族が集まっているらしいし、ほむべえ。

 彼らに例の資料を渡して」

「御意に」

 

 ほむべえは機械的に頷くと、資料の束を頭上に投じた。

 空に舞った資料が、王族たちの前へと独りでに飛んで行った。

 

「なッ、なんだこれは!!」

「安心料、だと、ふざけているのか!!」

「こんな大金払える筈がないだろうッ!!」

「これは横暴だ、我らを馬鹿にしているのか!!」

 

「じゃあ」

 

 怒鳴り散らす王族たちに、魔王は退屈そうにこう言った。

 

「払わないなら、その国は二度と作物が育たなく呪いを掛けるってのはどう?」

 

 魔王が本気だと彼らが悟ると、黙るほかなかった。

 

「国家が軍隊を保有する時代を終わらせてあげるって言ってるの。

 各々の国々がそれぞれ別々の必需品を作り合い、それに依存する社会を形成させる。

 必然的に大きな争いは抑制される。お前たちの好きな調和と結束だ。それの何が悪い」

 

 魔王の言葉に、重い沈黙が訪れた。

 調和に重きを置く彼らは、勝手な発言をすると責任を取らされるかもしれないので口を開けないのだ。

 

「各々方、魔王の言葉になぞ耳を貸す必要はありませぬ!!」

 

 その時であった。

 そんな声が響いたのは。

 その声の方を見た王族たちは安堵の表情になった。

 

 魔王もそちらに視線を向けると、完全武装の騎士団が姿を現した。

 彼らこそ、この世界最強と謳われる双星(ジェミニ)騎士団であった。

 

「今ここで、皆さまの不安の種を滅ぼしてくれましょう!!」

 

「面白い余興だ」

 

 魔王はお供に下がれと指示した。

 衛兵たちも巻き添えを恐れて距離を取る。

 

「調和の主よ、人々に調和を促す恩寵を授けたまえ!!」

 

 彼らが一斉に詠唱を始め、それが戦いの火蓋となった。

 

「せっかちな……」

 

 魔王がそうぼやいた直後、最初の二人組が正面から突っ込んできた。

 常人では目にも止まらぬ速さでの剣撃。

 巨木でさえスライスにできるだろう威力が炸裂する!! 

 

「おっと……」

 

 両肩から袈裟懸けに切り裂くだろう一撃を直撃させて、彼らが感じたのは違和感だった。

 

 ──手応えが、無い。

 

「忘れていたよ。我ら魔王一族にはそれぞれ我が母から与えられる固有スキルがあってな」

 

 殴られれば衝撃が有るはずなのに、魔王はダメージどころか涼しい顔をしていた。

 

「私の場合、条件を満たさない限り無敵──ダメージ判定が発生しないんだ」

 

 異様な違和感に先鋒の二人は距離を取った。

 その両脇から魔法の詠唱をした双子が魔王へと魔法を放った!! 

 

「「リッパースマッシュ!!」」

 

「ねえ、ヒトの話を聞いてる?」

 

 左右からの魔法の援護。

 大抵の魔物を引き裂ける魔法攻撃も、魔王はまるで意に介さない。

 

 ノーダメージ。

 いや、そもそもダメージ判定、攻撃の当たり判定が存在しないかのようだった。

 

「バカな、どうなってる!?」

「く、もう一度だ!!」

 

「何度やっても同じだって」

 

 騎士団の見事な連携攻撃が炸裂する。

 魔王はそれを欠伸しながら見ていた。

 

 魔王は斬りかかってきた双子の剣を両手で掴み、無造作に振り払うと壁に激突した。

 また別の双子の魔法が飛んでくるが、魔王は適当な魔力弾で相殺しようとしたが勢い余って魔弾が相手の魔法を打ち破って直撃した。

 

 たった一瞬のやりとりで、四人の騎士が倒れた。

 

「知らないの、お前たち。

 魔王を倒すのには、作法が居るんだ」

 

 だと言うのに、魔王は椅子から立ち上がってすらいない。

 

 赤子の手をひねるようにあっさりと同僚たちが倒され、残りの騎士団のメンツも様子を窺うことしかできなかった。

 

「だけどこれは余興だ。お前たちにチャンスをやるよ」

 

 魔王は微笑み、こう言った。

 

「最強の騎士が挑んで来い。そしたらこの無粋な加護を解除してやる」

 

 魔王の申し出に、彼らは視線をある双子の同僚に向けた。

 

「望むところだ!!」

「目に物見せてやる!!」

 

 その双子は他の騎士達に一目置かれているようだった。

 

「固有スキル解除。──ほら、おいで」

 

 魔王が挑発するように手のひらを向けると、即座に二人は動いた。

 

 両手に剣を持つ二刀流の騎士が突っ込んでくる。

 左右からの目にも止まらぬ連撃を、しかし魔王は片手で虫を払うかのように弾いて行く。

 

「ふんぬぅぅううう!!」

 

 その隙に、背後に回ったもう一人が身長ほどもあるバスタードソードを振りかぶっていた。

 

 剛剣が振り下ろされる。

 しかし魔王が座っていた椅子が粉々に砕け散るだけだった。

 

「たしかに、前の二人とは違うな」

 

 魔王はいつの間にかテーブルの上に立っていた。

 双剣がテーブルの上を薙ぎ払う。

 

 魔王はかろやかにジャンプして床に着地した。

 だが、着地と同時に剛剣が振り下ろされる。

 絶対に回避できないタイミングだった。

 

「おっと。どこを狙っているのかね?」

 

 魔王はいつの間にか壁際に背中を預けてクスクスと笑っていた。

 

「そろそろ反撃でもしてみようかな。

 ──サモン・スキルブック」

 

 魔法の言霊に呼ばれ、彼女の手元にハードカバーの本が出現した。

 

「さて、どれにしようかな……」

 

 本を開いてページを捲る魔王は、しかし敵対者はそんな暇を与えるはずも無い。

 

 左方から双剣、右方から剛剣。

 猛獣の如き急襲、しかし魔王はページに指を置いた。

 

「『コマ割り回避(マンガ・ステップ)』」

 

 その時奇妙なことが起こった。

 双子の攻撃の過程が消え、剣が振り下ろされた状態で終わっていた。

 当然、魔王に攻撃は当たっていなかった。

 

「『ペン入れスラッシュ』」

 

 未知の斬撃が実体化する。

 斬った、というより切断面が具現化するような横一文字。

 ただ攻撃の予兆がわかりやす過ぎた。

 空間が滲むような前兆があったので、双子は容易く距離を取った。

 

「『ホワイト・リトライ』」

 

 だがその頭上から白い液体が出現。

 咄嗟に横に避けた二人だったが、床は修正液でもぶちまけたように真っ白に消失していた。

 

「次はどれを試そうかな」

 

 ページを捲りながら奇怪な魔法を連発する魔王。

 

「兄さん」

「ああ」

 

 武骨な双子は危険を察知して様子見を終えた。

 

「いくぞ、エル」

「うん、アル兄さん」

 

 二人の祈りが、神に届く。

 その直後、二人はまったく同一の存在となった。

 

「──― 『完 全 合 一』!!」

 

 調和と結束を促す、女神チョコルの加護が最大限に発揮されるのは同じ境遇であればあるほど良いとされる。

 ならば、同じ母親に産まれた一卵性双生児は、最もその恩恵を受けられる存在と言えるだろう。

 故に、双子こそがこの世界で最強に最も近づけると言えた。

 

「おお……」

 

 その練度、魔王も思わず感嘆した。

 

 双子は再び魔王へ武器を振り下ろした。

 だが、さっきまでと同じではない。

 

 速さも、力も二倍!! 

 二人はただ神の加護で同じ存在と化したわけではない。

 あらゆる人間に設定されているステータス値が合算され、共有しているのだ。

 

 双剣が剛剣と同じような威力で繰り出され、剛剣が双剣と同じような速度で繰り出される。

 それはもはや暴風か何かであった。

 

 二人の攻撃はうねりとなり、部屋中の装飾品が吹っ飛ばされ、王族たちはただ顔を庇うほかなかった。

 

「なるほど。でももう見飽きた」

 

 ただ、一つだけ致命的だったのは。

 

「あなた達、さっきから同じことしかしてないじゃない」

 

 いくら暴風でも、世界の滅亡そのもの相手には分が悪過ぎたことであった。

 

「『ボタ落シミだらけ(うっかりクライシス)』」

 

 魔王が、悪夢の如き呪いが発動した。

 

「ぐ、あ!?」

「なにがッ!!」

 

 あれほど軽快に振り回していた双剣が鉛のように重くなり取り落とす。

 岩も砕く剛剣がアルミの剣のようにオモチャ同然の破壊力しか発揮しなくなった。

 

「あなた達の弱点、メッチャ分かりやすい」

 

 本を閉じて、魔王は身動きすらできなくなった双子を嘲笑う。

 

「あなた達のお得意なのは同一であればあるほど力を発揮する魔法みたいだけど、こんな言葉を知ってる? 

 泥にワインが一滴入っても泥のままだが、ワインに泥が一滴入ったらそれはもうワインとは呼べないの」

 

 純粋であればあるほど、不純物には弱い。

 

「お前たちのステータス値をかき乱した。

 お前たちの神の加護はむしろ足枷と化した」

 

 魔王は不思議そうにこう言った。

 

「この世界の敵はデバフもしてこないの?」

 

 まあいいか、と己の問いを自ら破棄した。

 

「……それで、これで終わりなの?」

 

 一歩一歩、魔王は立ち上がることもままならない双子に歩み寄っていく。

 

「切り札があれだけなんてことは無いでしょ? 

 こんなチャンスは無いよ。ほら、逆転の一手を見せてよ」

 

 無防備に二人を見下ろす魔王。

 しかし、身動きが出来ない二人より、魔王の方が険しい顔をしていた。

 

「私はほんの一年前くらいにメアリース様の手によって魔王になった。

 それまではただの売れない同人作家でしかなかった。

 つまり、お前たちのように血の滲むような努力も何もしていないし、私とお前たちの違いなんて私が魔王という産まれでしかない」

 

 ぴたり、と魔王の歩みが止まる。

 

「悔しいだろ? こんな適当な強さの魔王に負けるなんて!! 

 理不尽だろ? そんなことあって良いはずが無い!! 

 お前たちはそうは思わないのか?」

「なにを、言って」

「──覚醒しろ、と言っている」

 

 そして二人は気づく、魔王は冷酷な瞳で二人を見下ろしていた。

 

「覚醒しろ、逆転しろ。

 本気になって、死力を尽くせばできるはずだ。

 多くのマンガの主人公がそうだった」

「……」

「この際、くだらないチートでも何でもいい。

 やれやれ本当は目立ちたくないんだけどな、みたいな出し惜しみをしたら許さない。

 チョコル神からなにか授かってないのか? 

 ここで終わるなんて、あまりにもお粗末だ」

 

 一拍の沈黙。

 

「…………もしかして、本当にもう何もないの?」

 

 また一拍の沈黙。

 直後、轟音が迸った。

 

 魔王が双子の片割れを蹴り飛ばした音だった。

 

「エル!?」

「ふざけんなよ、何が最強だやられ役の端役(モブ)風情が!!」

 

 壁に激突した双子の片割れを、魔王は激昂して追撃した。

 

「覚醒しろ、本気で戦え!! 

 まだたったステータス値が狂った程度だぞ!! 

 それで終わりなのか!! 無様のまま理不尽に屈するのか!!」

「やめろ、やめてくれ!!」

「黙れ駄作(ゴミ)が」

 

 弟を執拗に足蹴にされ、兄は這ってでも魔王に立ち向かおうとした。

 だが、彼女にとってもはや彼らの全てが気に入らない。

 

「お母さんは言った、私の好きなモノがこの世には存在すると。

 友情も努力も勝利も、美しく尊いことを証明してみせろ」

 

「出来ないなら」

 

「死ね」

 

「誰の目にも触れられない駄作のように」

 

「形にされない妄想のように抱えこまれて消えろ」

 

「これで証明されたわけだ」

 

「前たちの愛も絆も、その程度だと」

 

「じゃあ、そんなもの無価値だよね」

 

 魔王が再び衣を纏う。

 母なる女神に与えられた、暗黒(スキル)と言う名の衣を。

 

「固有スキル1/4発動。『魔王の顔見世』(負けイベント発生)

 

 1%もない勝率が、限りなくゼロへと落ちていく。

 決められたシナリオ通りに動くレトロゲームのように、彼らの敗北がルールによってほぼ確定した瞬間だった。

 

 絶望そのものが、足音を立てて向かっていく。

 

「弟が死ぬよ。

 でもお前は何もできない。

 だけどこれは負けイベント。それで殺しちゃうのは道理じゃないよね」

 

 狂人の言動だった。

 支離滅裂で躁鬱のように理屈が通っていない。

 それが、ここに居る全員の心に恐怖に落とし込む。

 

「あ、いいこと思いついた」

 

 兄の頭を踏みにじりながら、魔王はニヤリと邪悪に笑った。

 

「魔王の初登場は、飛び切りの悲劇が起きると決まっている。

 お前たちには試練をやるよ。それを乗り越えたのなら、また遊んでやってもいい」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 魔王の魔力が彼女の手に集中していく。

 デバフでは収まらない呪いが、二人に与えられる。

 

「それで」

 

 この世界で最強に相応しい猛者を足蹴にした魔王は、残りの騎士団の面々を見やった。

 思わず、一歩退く彼ら。

 

「お前たちはどうするの?」

 

 最早敵とさえ認識していなさそうな声音で、魔王は尋ねた。

 遊びに来た友達に家に帰るように促すような、そんな何気ない言葉だった。

 

 返って来たのは雄叫びだった。

 恐怖に駆られた彼らの、精一杯の自尊心が敗走を許さなかったのだ。

 

「あ、っそ」

 

 結果は、語るまでも無かった。

 

 

 

 §§§

 

 

「余興は終わったわよ」

 

 滅茶苦茶になった議場。

 魔王の周りには騎士たちが倒され、死屍累々と化していた。

 

「……これで満足か? 

 魔王よ、我らの調和を乱して楽しいか?」

 

 議長である聖王が疲れたように言った。

 

「楽しい? これが楽しそうに見えるの?」

 

 魔王は荒れ果てた室内から無事な椅子を引っ張り出し、改めて座った。

 壁際に避難している王族たちを一瞥し、彼女は溜息を吐いた。

 

「人類の造物主、メアリース様は人類文化の継続的発展をお望みよ」

 

 魔王は面倒になったのか、端的に要求を突き付けた。

 

「言うこと聞かないなら、皆殺しにしていいって言ってたよ」

 

「…………」

 

 いずれにしろ、彼らに要求を呑む以外の選択肢は無かった。

 

 その数日後、チョコル教の総本山は魔王を受け入れる旨を公式に発表した。

 

 善と悪、その境界は揺れ動こうとしていた。

 

 

 

 

 

 





今回魔王と勇者が対峙する予定だったのですが、戦闘シーンに難儀して長引いたので次回になりそうです。

それではまた、次回!!
お楽しみに!!
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