魅了ハーレムクソ勇者に目を付けられたけどTS転生した元男の自分には効かなかったので張り倒して逃げました   作:pantra

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ここではないどこか

 

 わたしは自分が結構我が儘だという自覚がある。

 

 大国の侯爵家令嬢という生まれついた身分のせいもあるし、二度目の人生を我慢して自分を押し殺しながら過ごすのは嫌だという思いもある。後は単純に性分もあるだろう。

 

 だから認める。

 わたしは我が儘な女だ。

 

 しかし、我が儘だからといって何でも自分の思い通りに我を通すことができてきたかというと、決してそんなことはない。

 儘ならぬことなど人生にはいくらでもある。

 いくらでもあるのだ……。

 

「聞いていらっしゃいますか、姫様」

 

 ラバルに構えた我が屋敷には談話室と呼ばれる広い部屋がある。

 暖炉にソファー、テーブルなどが設えてあり、クランの皆が思い思いに過ごせるようになっている場所だ。

 わたしは今、その談話室のソファーに身を預けていた。

 目の前には腰に手を当てて仁王立ちしたお説教スタイルのクラリッサ。

 

「聞いている」

 

 不機嫌さを隠そうともしないぶすくれた声でわたしは答えた。

 昔からお説教スイッチが入ったクラリッサは手に負えん。聖女などと呼ばれているのだからいつでも穏やかに笑っていればいいものを。

 

「姫様、あなた様は女性なのです」

 

 別にそれ自体は否定しない。

 わたしは今世の自分を女だと思っている。

 ただ男だった前世の記憶があるせいか趣味嗜好の一部が一般的な女性から外れているだけだ。

 

「昔から殿方になりたいとかおち……が欲しいとか仰っていましたが、いい加減もう大人なのですからご自身が女性であることを自覚して頂かなければ」

 

「別に自覚がないわけではない。いくら望んでも自分にちんこが生えてこないのは分かっている」

 

 自分が濁そうとした言葉をわたしがはっきり口にするものだから、目を閉じたクラリッサは苦いような酸っぱいような変な表情を浮かべた。

 

「……自覚がおありなら結構です。しかし、でしたらなぜそれほどまでにドレスを着ることを嫌がるのです?」

 

「締め付けがきついのが嫌いだ」

 

「慣れれば平気になります」

 

「動きにくい」

 

「淑女はそんなに動き回らぬものなのです」

 

「こんなに胸を強調する必要があるか?」

 

「それだけ姫様が女性的魅力に富んだお方だということです。よくお似合いではないですか」

 

 と、クラリッサは先ほどのにがすっぱい顔はどこへやら、惚れ惚れとした様子でソファーに座るわたしを眺めた。

 ここまでの流れで分かるだろうが、今わたしはドレスを身に着けている。

 祖国から持ち出した、正真正銘オーダーメイドの一点物だ。

 わたしの瞳に合わせた金色の差し色を施した純白のドレスで、裾や襟にはふんだんにレースが使用され、スカート部分はまるで帝都の城壁のように大きく広がっている。

 そしてデコルテは大胆に露出されることにより、今わたしの無駄に豊かな胸部は半分ほど外気に晒されていた。

 矯正下着で強調された胸の谷間は、上から自分で見下ろすと尻そっくりだ。

 

 こんなパンパンに膨らんだ風船みたいな胸をこれ見よがしに振り回すよりは、油断するとチラっと覗くブリュンヒルデの慎ましい胸の方がまだそそると思うのだが、生憎わたしの感性はこの世界では女性だけでなく男性にもあまり理解されない。

 チラリズムのよさが分からないとか、これだから文明が未発達な世界は……。

 なお勘違いしないで欲しいが、わたしは自然のままの自分の胸のことは気に入っている。下着で矯正したりして見せつけるのが嫌なだけだ。

 

 このドレスは本来は皇太子殿下主催のパーティーへ出席するためにあつらえたものである。

 着る機会がないまま祖国を脱出する羽目になり、しめしめと思っていたのだが、抜け目なくクラリッサが持ち出してきていた。

 というか持ち出せる荷物にも限りがあったのに、何故かクラリッサはわたしのドレスだの身の回りの品だのを自分の私物より優先していた。

 そんなものより大事なものがいくらでもあっただろうに。

 

「姫様。わたくしは姫様が誤解され侮られ軽んじられるのが口惜しいのです」

 

「……そんなに軽んじられてはないと思うが」

 

 こう見えて威厳はある方だと思う。

 昔参加した戦場でもわたしの姿を見ただけで腰を抜かす敵兵とかしたし……。

 今の仲間たちが気安いのは家族同然だからだ。

 

「であれば何ゆえに道を歩いているだけで平民風情に酌をさせてやるなどと声をかけられるのです」

 

「……わたしが魅力的だから?」

 

「きちんとした格好をなさっていないからです。ただ気楽だからという理由でくたびれたチュニックとズボンなどという男装をなさって平気な顔をしていらっしゃるから、体つきの良い貧民の娘で金次第でどうにでもできる存在だと勘違いされたのです」

 

 クラリッサの言葉にわたしは頭を殴られたような衝撃を受けた。

 彼女が言っているのはつまり、わたしは娼婦だと勘違いされて声をかけられたということだ。

 いや、確かにこれまでも『お前なかなか顔がいいな。抱いてやる』とか言われて相手の金玉を潰したことは何度もあるが。

 

「姫様は高貴のお生まれゆえにご存じないかも知れませんが、貧民の娘にとって自らの体は元手のいらない商品なのです。ほんの一時我慢するだけで金が稼げて自分や家族を食べさせることができるのですから」

 

 クラリッサの話は知識としても理屈としても知っているし理解はできる。

 気分の悪い話ではあるが、これがこの世界の現実だ。

 体を売るのは何も貧民に限った話ではない。

 貴族の娘は金のためではなく政治のために婚姻という名の身売りをする。それが貴族の娘として生まれた者の務めだと信じて。

 わたしはそれが嫌だから騎士になったわけだが。

 せっかく女だてらに上級近衛騎士にまでのし上がったというのにあのクソボケ……いや、今はいいか。

 

「姫様。そういうわけですので、今後はきちんとした格好をして下さいますね?」

 

「……分かった」

 

 くたびれたチュニックとズボンの組み合わせはやめよう。

 もっとビシッとした男戦士然とした恰好をすればいい。

 

「箪笥の肥やしになっているドレスやワンピースを着て下さいますね?」

 

「それは嫌だ」

 

「姫様!」

 

「だってこんなひらひらした格好では剣を持てないだろう」

 

「ロルフ殿やブルーノ殿がいらっしゃるのですから、姫様が剣を持つ必要はございません」

 

「やだ!」

 

「昔はちゃんと着ていらっしゃったではないですか」

 

「それは母上の命令があったからだ」

 

 お互い一歩も譲らず睨み合うわたしとクラリッサの横合いから、ワンピース型のライトグリーンのドレスを着た赤髪の女が近づいてきて口を挟んだ。

 

「無駄よ、クラリッサ。この我が儘女はドレスで着飾っていてはわたしたちを守れないと思い込んでるのよ」

 

 ブリュンヒルデはソファーを占領するわたしのスカートの片側を手で押しのけてスペースを作ると、微妙に肩が触れるくらいの近さで腰を下ろした。

 香り袋でも忍ばせているのか、心安らぐいい香りがする。

 

「それでは逆です、ブリュンヒルデ様。わたくしたちの方こそ姫様を守らなければ……」

 

 反論しようとしたクラリッサの言葉を手を掲げて遮り、ブリュンヒルデはわたしのドレスの襟を飾るレースを指先で摘まんで品質を確かめながら説明した。

 

「この女の信念を崩せるだけの言葉を持たないなら、クラリッサ、あなたは黙ってなさい。で、エレオノーラ。安全なこの屋敷の中では別に男の格好をして剣を振り回してわたしたちを守る必要はないわよね?」

 

 ブリュンヒルデの言葉にクラリッサはハッとしたような表情を浮かべ、一方わたしは渋面を作った。

 というかさっきからブリュンヒルデの指先が剥き出しの胸にすりすり当たってくすぐったいんだが。

 

「このレース、ロスハイムの最高級品ね。何て繊細な織りなのかしら」

 

「おい、ブリュンヒルデ。話が逸れてるぞ」

 

「うるさいわね。とにかくそういうことよ。外では男装でもフルプレートアーマーでも着てればいいわ。でも、屋敷の中ではまともな格好をしなさい」

 

「わたしはいつだってまともだ」

 

「本当にまともな女は下着もつけずに薄いチュニック一丁でうろうろしたりしないのよ」

 

 ブリュンヒルデの言いようにわたしは鼻白んだが、クラリッサは得たりとばかりに何度も頷いていた。

 どうもここにはわたしの味方がいないようだ。

 ドレスか……。

 いや、昔は着ていたし、嫌いといっても着れないこともないんだが。

 

 がちゃりと扉が開く音がして、わたしとブリュンヒルデ、クラリッサは一斉にそちらを向いた。

 

「エリー姉さま!」

 

 舌足らずな声と共に元気のいい足音が響き渡り、一人の幼児がわたしの足元へ飛び込んできた。

 金髪をおさげにし、真っ青な瞳に薔薇色の頬を持つ女の子。

 ロルフの娘で名をフリーデリーケという。

 現在4歳で、無骨な大男のロルフの血を引いているとは思えないほど可愛らしい子どもだ。

 

「エリー姉さま、今日はお姫さまみたい!」

 

「あらあら、フリーデ。姫様はいつでも姫様ですよ」

 

「でもいつもは父さまとおんなじ恰好してるよ!」

 

 てらいのない子どもの言葉にクラリッサの顔が引きつり、わたしのスカートの布地を広げて確かめていたブリュンヒルデが吹き出した。

 

「姫様……」

 

「分かった分かった。屋敷での服装には気を付ける」

 

 わたしの脚の間に挟まっているフリーデリーケの脇の下に手を入れ、抱えあげて膝の上に座らせる。

 

「エリー姉さま、今日はずっとおうちにいるの?」

 

「そうだよ」

 

「ヒルデ姉さまとクリス姉さまも?」

 

「あら、フリーデったらわたしたちと遊びたいのね?」

 

 ブリュンヒルデが丸みを帯びた柔らかな頬に優しく口付けをすると、フリーデリーケはくすくすと笑って仰け反った。

 わたしの胸を枕にして体を預けてくるフリーデリーケの丸い金髪おさげをゆっくりと撫でる。

 今のところ男と寝る予定も子どもを産む予定もないのだが、こうして幼子と接するとそれも悪くないかと思えてくるから不思議だ。

 ……いや、やはり男に抱かれるのは抵抗があるな。

 子どもだけ欲しい。

 

「ではフリーデ、おとぎ話を聞かせてあげよう。クラリッサ、茶と菓子を」

 

「はい、姫様」

 

 クラリッサは一礼して茶を用意するために部屋を出て行こうとし、ちょうど扉の前を塞いでいる人物を困惑して見つめた。

 先ほどフリーデリーケが飛び込んできた際に、我々三人ともが気付いたのにあえて無視していた人物。

 テオドールがその場で硬直して立ち尽くしていた。

 

「あれどうするのよ、エレオノーラ」

 

「……クラリッサ。ロルフでもブルーノでもゴットハルトでもいい。テオを引っ張っていって扱くよう伝えてくれ。どうも訓練が足りないらしいからな」

 

「仰せのままに」

 

 クラリッサの細腕で引き摺られていくテオドールを見送り、わたしはこっそりため息を吐き出した。

 やはりあの子は同年代の子たちともっと接して恋の一つや二つ経験しないと駄目だな。

 このわたしがちょっとドレスを着て胸をまろび出したくらいで固まっているようでは女性慣れ以前の問題だぞ。

 

 出て行ったクラリッサたちと入れ替わりにフリーデリーケの母親であるアメリアが姿を現した。どうやらアメリアもテオドールが邪魔で談話室に入ってこれなかったようだ。

 アメリアは娘同様に明るい金髪と鮮やかな青い瞳を持つ女性で、わたしより五つくらい年上だが大変に可愛らしい。

 

「まあ、フリーデ。エレオノーラ様のお膝に乗ったりしたら綺麗なドレスが皺になってしまうわ」

 

 わたしの膝の上で快適そうに寛ぐ娘を発見してアメリアは恐縮したが、わたしは気にしないように伝えてアメリアにもソファーを勧めた。

 

「これからフリーデにおとぎ話を聞かせてあげようとしていたところだ。よかったらアメリアも聞いてくれ」

 

「あんたって昔からよく分からない物語を創作するのが得意よね」

 

 横から失敬なことを言ってくるブリュンヒルデを横目で睨んだわたしは、素っ気なく応じた。

 

「ブリュンヒルデは別に聞かなくていいぞ」

 

「あら、フリーデはわたしも一緒にいて欲しいって言ってるわ。ねぇ?」

 

 フリーデリーケと仲良く手を繋いでいるブリュンヒルデが小首を傾げて同意を求める。すると、フリーデリーケもこてんと首を横に倒して『ねー!』と調子を合わせた。

 

「まあいい。それじゃ始めるぞ。昔々、あるところに……」

 

「エリー姉さま! 昔々ってどれくらい? きのう? あるところってどこ?」

 

 物語を始める前から質問攻めにされ、わたしは苦笑しながら金髪おさげの頭頂部に軽く顎を載せた。

 

「フリーデのおじいさまのおじいさまのおじいさまが生まれるよりずっと昔だ。あるところというのは……ここではないどこかのことだよ」

 

 ここではないどこか、かつてわたしがいた異世界に伝わるおとぎ話だ。

 この世界の誰も知らない、わたしの記憶の中だけにある世界……。

 

「昔々、あるところにシンデレラという美しい娘がいました。娘は一緒に暮らす義理の母と姉たちにいつもいじめられて過ごしていました……」

 

 こうしてわたしは好奇心旺盛なフリーデリーケのなぜなぜ攻撃に晒されながらも、珍しく女性陣だけで穏やかな一日を過ごしたのであった。

 

  

 

 

  




姫様:21歳 ドレスが嫌い
ブリュンヒルデ:22歳 姫様関係での圧倒的解像度の高さ
クラリッサ:26歳 姫様の赤ちゃんを取り上げるのが夢
アメリア:26歳 ロルフとは歳の差婚
フリーデリーケ:4歳 小さい
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