魅了ハーレムクソ勇者に目を付けられたけどTS転生した元男の自分には効かなかったので張り倒して逃げました 作:pantra
「おや、姫様。ご機嫌麗しゅう」
「……バルタザールか。何か言いたげだな」
屋敷の廊下で数日振りにバルタザールと顔を合わせたのだが、奴はわたしの姿をじろじろと興味深そうな様子で眺めていた。
「いえいえ。ただフリーデが『最近のエリー姉さまは女の子なんだよ!』と言っていた意味が判明しましたので」
バルタザールは意味不明の仕草を加えながら甲高い裏声でフリーデリーケの声真似をして、自らの無遠慮な視線のわけを説明した。
何て腹の立つ男なんだ。
「よく女装がお似合いで」
「やかましい」
装飾の大人しくて胸元も開いてない普段着のワンピースを着たわたしは、腰に手を当ててバルタザールを睨んだ。
久しぶりのスカートだから股がスース―して落ち着かん。
「で、なぜ宗旨替えを? ついに恋でもなさいましたかな?」
「そんなものしている暇があると思うか? この大所帯を養うので手一杯だ」
「ではクラリッサ辺りに何か吹き込まれましたか。まあ、わたくしは別に姫様がどんな格好をしていようが構いませんがね」
バルタザールはクラリッサ同様にフェルンバッハ時代からの付き合いだが、わたしに対する態度には大きく異なる。
クラリッサは元々わたしの世話役のような立場だったので、高い忠誠心を持ち合わせると同時にこちらを手のかかる娘か妹のように見ている節がある。わたしとしては『姫様の赤ちゃんを』とか言っている暇があったらまず自分の子を産めと言いたいが。
しかしクラリッサが子どもを産んだら今ほどわたしの傍にいてくれなくなるな。
それはちょっと嫌だ。
が、本人が幸せなら我慢しよう。
しかしわたしのクラリッサの夫になる男はどんな……いかん、無性にムカッ腹が立ってきた。
不毛な想像をするのはやめておこう。そもそも相手がいるのかどうかも知らんし。
一方のバルタザールは元々は幼いわたしの護衛だった。
ある程度成長したわたしが戦場に出るようになるとバルタザールも部下として連れ回すようになり、近衛騎士になった後もなし崩しでそういう関係が続いていた。
本来騎士は私的な従士を持つことが許されているが、わたしの場合これに当たるのがクラリッサとバルタザールだったわけだ。
通常の従士の役目というのは装備の管理や身の回りの世話、護衛なので、魔法使い二人を従えたわたしはかなり奇異の目で見られたものだが、当時の近衛騎士団や皇宮では『あの』フェルンバッハの黒曜姫だから仕方がないみたいな雰囲気が漂っていた。
クラリッサはともかくバルタザールは戦場以外では何もしないしな。
聞くところによると騎士団の幹部会で『従士の定義とは』みたいな議題で紛糾したことがあるらしい。
しかし皇帝陛下が『ええよ』って許可してくれていたし別にわたしは何も悪くないので、文句があるなら陛下に言って欲しいものだ。
そういうわけでバルタザールは護衛なのか部下なのか従士なのかよく分からん曖昧な立場なのだが、この男は正直わたしのことをあまり敬ってない。
命令には従ってくれるのだが、昔からとにかく言動が失礼なのだ。
普通の貴族相手だったら即手討ちになってもおかしくないことを平気で言う。
馬鹿と天才は紙一重という慣用句はこの世界にも存在するが、バルタザールもその口かも知れない。
そもそも身分や権威など屁とも思っていないこのろくでなしが何故祖国からここまで付き従ってくれたのかも実はよく分かってないのだ。
当たり前みたいな顔でついて来たからわたしも他の皆も何も指摘しないが。
ともあれそんな感じでバルタザールは信頼は置けるものの、間違いなく変人なのだ。
「わたしのことはいい。お前はこの数日何をしていた?」
「わたくしですか? まあ、一種のフィールドワークですな」
「……自由時間にどこで何をしていようと構わんが、厄介ごとと病気は持ち込むなよ」
まだ若いテオドールは別として、わたしは仲間たちの行動を特に縛るような真似はしてない。
禁じているのは勝手にギルドから依頼を受けることと犯罪を犯すことくらいだ。
後は自由に過ごして構わない。
フィールドワークと称して毒蛙の餌集めに勤しむもよし、街で女を抱くもよし。
好きにすればよい。
仲間たちはわたしの所有物ではないからな。
「心得ておりますとも」
「どうだかな」
肩を竦めたわたしは、バルタザールの横を通り過ぎて食堂へ向かおうとした。
今日は起きるのが少し遅かったのでまだ朝食を食べていなかったのだ。ちなみにわたしはベッドで朝食を食べるような真似はしない。
この世界にも一部でそういう慣習があるにはあるのだが、わたしの趣味ではないのでな。偏屈と思われるかもしれないが、元日本人としてはベッドというのは睡眠を取るか愛を育む場所であって食事をする場所ではないという感覚がある。
さて、食堂に行ってクラリッサのお小言をもらいながらブランチと洒落込むか。
「そういえば姫様。『幸運の泉』の連中が話があると言って来てますので、談話室で待たせていますよ」
もののついでのように伝えられた内容に、ぐるりと振り返ったわたしは間髪入れずバルタザールを罵倒した。
「何故それを一番最初に言わんのだ、馬鹿者!」
「いいか。ドラゴンの攻撃で最大の脅威は何だかんだ言ってもブレスだ。そもそもブレスを食らわないことが理想ではあるが、ダンジョンという閉塞した環境下における広範囲攻撃の全回避が困難を極める以上、次善として『食らっても死なないこと』が求められる。つまり、バルタザールの守護魔法に守られたお前たちが先ほど味わったそよ風程度の魔法であれば、顔色一つ変えることすら許されんということだ。ここまでは分かるな?」
至極真っ当なわたしの説明に対し、死屍累々という風情で目の前に転がった『幸運の泉』の面々の中から震える腕で挙手をした者がいた。
「何だ、クリストバル」
「すまんがエレオノーラ、『食らっても死ぬな』は頭がおかしいと思う……」
火傷やら凍傷やらで肌がひどいことになっているクリストバルの姿を眺め、わたしは鼻を鳴らした。
ちなみに今わたしたちがいる場所はラバル近郊の何もない平原地帯だ。
『幸運の泉』の訪問を受けたわたしたちは、戦闘訓練を行うという名目でラバル周辺で大魔法をぶっ放しても差しさわりない無人地帯までやって来たというわけだ。
なおラバルの街壁を武装したまま出入りするには人員と目的の詳細を届け出なくてはならない決まりがある。
ラバルでも近郊の集落でも届出された形跡のない武装集団がもし見つかれば、盗賊や山賊とみなされて問答無用で討伐されるのだ。
誰でも武装できる世界だけにこの辺りの管理はきっちりやっている。
訓練のために魔法ぶっ放すから近場の草原で騒音火柱地震が発生しても気にしないでくれと申請を出す輩はさすがに滅多にいないのか、わたしの説明を聞いた市庁舎の職員が目を丸くしていたのが印象的だった。
それでも申請をちゃんと通してくれるのが偉いと思う。
逆に言えば申請通してやったのに何かあったらお前ら討伐するからなってことなんだろうが。
スルバランの軍人がどの程度できるのか少し興味はあるが、興味本位で藪を突くほどわたしは無謀な人間ではない。
というわけで申請通り、草原で訓練という名の『幸運の泉』の戦力テストに勤しんでいる状況だ。
「知らんのか。竜殺しをする奴は皆例外なく頭がおかしいんだぞ」
先ほどから一人一人にクラリッサが治癒魔法をかけて回っており、クリストバルも傷が癒えて少し楽になったのか上体を起こして真剣な目でわたしを見あげた。
「それほどなのか」
「ドラゴンというのは一種の超生命だ。あらゆる生物の頂点に君臨するにふさわしい生命力、身体能力、魔法能力、知力……。はっきり言うが、ドラゴンに立ち向かうのは馬鹿の発想だ」
ヒューベンタールの創世神話では、神々は大地に降り立ってから様々な生物を創造し、その完成形としてついにドラゴンを生み出したそうだ。しかし自らの被造物があまりに強力で、このまま繁栄するに任せればいずれ神々の地位を脅かされると考え、ドラゴンたちを見捨てて代わりに従順で御しやすい人類を創造したのだという。
だが結局は人類こそがドラゴンなどよりよほど質の悪い存在であることが分かり、神と人類とドラゴンとその他のあらゆる生物を巻き込んだ果てしない戦いの末に神々は地上から姿を消したというオチが付くわけだが。
以来、戦争に倦んだ神々は天界から我々とこの世界とを見守っているのだそうだ。
やはり人類こそが邪悪ということだな。
「しかし、あんたらはラバルに来てから四体もドラゴンを倒してるじゃないか」
「逃げきれなかったから仕方なく倒しただけだ。わたしたちだって下手を打てば殺される。竜退治は金になるが危険を考えると割に合わん」
本当にいい金にはなるんだがな、竜の素材は。
翻ってそれだけ入手困難だということだ。倒したら倒したで運搬の問題が発生するし。
「ちなみに言っておくが、ダンジョンのドラゴンは比較的倒しやすい。若い個体が多いからな。ドラゴンというのは年齢を重ねれば重ねるほど強く大きくなるインチキ生物だ。特に外界に縄張りを持つ古竜と呼ばれる連中は国家が軍を総動員して戦わねばならんような、理不尽の権化のような存在だ。しかも大体は負けて古竜の気が済むまで蹂躙される」
絶望に顔を青くするクリストバルたち『幸運の泉』の姿から視線を外し、わたしは遠くの空に浮かぶ白い雲を見つめた。
五年前のヴァール平原の戦いは本当にひどかった。
あの理不尽な戦いのせいで何人の戦友や部下を失ったことか。
片目を抉ったくらいでは到底腹が収まらんが、かといって二度と会いたい相手ではない。頼むからねぐらの金竜山脈に引きこもって五百年くらいうたた寝していてくれ。
「それじゃ俺たちに竜退治は無理だって言いたいのか」
クリストバルたちは竜退治を成し遂げて名を上げようと目論んでいる。
探索者稼業は何だかんだで武勇が物をいうので、こつこつ堅実に小さな依頼をこなすよりも一発派手にドラゴンを倒す方が評価を得やすい。
もし本当に腐竜退治を成し遂げられたら、『幸運の泉』はラバルを含む周辺地域でも最上位の探索者として認知されるようになるだろう。
ちなみにわたしたちは探索者としての歴が短いのと討伐情報を大々的に公表しないようギルドに頼んでいることもあって、ラバル以外では『なんか最近ヤバい奴がいるらしい』という程度でしか認知されていない。
今のところは金は欲しいが名を上げたいわけではないので、これでいいのだ。
「無理とまでは言ってない」
腕を組んだわたしは率直な意見を伝えた。
そう、無理ではない。単独ならともかく、わたしたちと共闘すればドラゴンにも勝つことはできるだろう。
だが、今のままだと何人かは死にそうだ。
「戦闘能力はぎりぎり及第点というところだ。お前らに必要なのはドラゴンと戦う上での立ち回りを覚えること。後は打たれ強くなることだな」
「打たれ強く……」
「わたしに言わせればお前らは『痛がり屋』過ぎる。多少肌が焦げようが腕がもげようが人はすぐには死なん。生命力と身体能力を強化できるわたしたちのような人間なら特にそうだ。だから、お前らはちょっと傷を負ったらすぐに動きを止めてしまう悪癖をどうにかしろ」
自分でも無茶苦茶を言っていることは理解している。
痛みに対して怯むのは本能的な防御反応だ。それを意識的に無視しろというのは、危険に向かって前のめりに倒れろと言っているのと大差ない。
だが、本当にドラゴンというのはそうでもしないと倒せない存在なのだ。
いちいち痛みに怯んでいたりすれば相手の飽和攻撃で何もできないまま殺されるからな。
どこかで損害を割り切って突っ込まないとこちらは攻撃することすら覚束なくなる。
まったくもって嫌味な生物だ、ドラゴンというのは。
前世では憧れの存在だったんだが、現実というのは世知辛いものだ。
「というわけでバルタザール。守護はまだ途切れてないな?」
わたしの背後で杖に体重を預けて立つバルタザールへ声をかける。
「何もしなくてもまだ三十分は保ちますよ。魔法を食らったらその分目減りしますが」
「結構。切れそうになったらかけ直しだ」
「あいあい」
適当な返事をするバルタザールに対して肩を竦め、今度は真隣に並んだブリュンヒルデへ視線を向けた。
「全力で撃った魔法、ドラゴンのブレスと比べて何割くらいの威力になる?」
わたしの質問にブリュンヒルデは人差し指で顎を押さえながら考え込んだ。
「色々な要素が絡むから一概には言えないけど、持続性とか効果範囲とか諸々加味したとしてもダンジョンに出る平均的なドラゴンの吐くブレスの半分くらいの威力だと思うわ」
あっさりと答えたものだが、人間の身でドラゴンブレスの半分に迫る威力の魔法を発現させるというのは中々にとんでもない話である。
バルタザールが得意の守護魔法の他にもオールマイティに何でもこなせる魔法使いであるのに対し、ブリュンヒルデはひたすらに攻撃特化型の魔法使いだ。
ヒューベンタール神聖帝国広しといえどもブリュンヒルデ以上の攻撃性能を持つ魔法使いは五人といないだろう。
本当なら祖国で賢者に任じられてもおかしくない女なんだが、いずれにせよ彼女の方から離れて行かない限り一生手放すつもりはない。
「よし。それじゃ全力で頼む」
悲鳴を上げる『幸運の泉』の面々をよそに、ブリュンヒルデはにんまりとくちびるで弧を描いた。
「全力魔法を何発も撃つのってすごく疲れるのよ。体力バカのエレオノーラには分からないでしょうけど」
「何が言いたい?」
「ご褒美、あるのよね?」
体を寄せて軽く肩をぶつけてくるブリュンヒルデをわたしは呆れた思いで見たが、確かに労働には対価が必要だ。
「可能な範囲であれば何でもしてやる」
「うふふ、言質取ったわよ」
この程度のことで嬉しそうに笑うブリュンヒルデを見ていると、日頃酷使し過ぎているだろうかと自分の行いが不安になってくる。
ダンジョン探索は控えめに言っても劣悪極まりない労働環境だからな。
先日はゴブリン関係で無理をさせたし。
蓄えもある程度できたし今後は少し休みを増やすか……。
「あのぉ、姫様。わたくしも褒美を賜りたく……」
「やるから働け。あと姫様と呼ぶな」
「あーい」
姫様の『お尻引っぱたかれたから治癒魔法かけてもらう』は『痛いからなでなでして!』とほぼ同義です。
普通はその程度で高等技術である治癒魔法は使いませんし、姫様がクラリッサさんに甘やかされてご満悦になる以外は特に意味のない行為です。