魅了ハーレムクソ勇者に目を付けられたけどTS転生した元男の自分には効かなかったので張り倒して逃げました   作:pantra

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ジャンプしろ、ジャンプ!

 

 腐竜の鱗は真紅。

 これは火竜によく見られる特徴で、鱗の色が濃いほど高温のブレスを吐く傾向があると言われている。

 わたし個人としてはあまり信じていない俗説だが、今回の腐竜に関してはどうやら当てはまるらしい。

 

 ブレスを吐き損ねた腐竜の口から漏れ出した熱気。

 それだけで周辺の気温が明らかに数度上がったのが吹き出す汗を確認するまでもなく分かる。

 熱気は体力を消耗させる。

 早めに決着を付けなければ。

 

 腐竜は目元から粘り気のある涙のようなものを垂れ流していた。

 これは脳に寄生した菌糸が何らかの分泌物あるいは宿主の体液と混ざり合って漏れ出したものだと言われている。

 腐竜を見分ける際にもっとも分かりやすい特徴だ。

 

 目からはおよそ知性というものを感じ取ることはできない。

 別段ドラゴンに同情する気はないのだが、意思と自由を奪われて生ける屍として利用されるというのはいかにも惨たらしい。

 キノコとて子孫繁栄の生存戦略として行っているだけでそこに悪意はないと分かってはいるが、やはりこんなキノコは滅びてしまえばいいと思う。

 自然保護? 人間のエゴ?

 そんなものクソくらえだ。魔物に食われることに怯え、ひとたびドラゴンが現れれば蹂躙されるしかない生活を送ってみてから言え。

 

 四つ足で細長い体を持ち、長い尾と大きな翼を備えた姿は、前世においても典型的な西洋竜の姿だろう。

 こちらの世界にとっても最もオーソドックスなタイプであり、それすなわち最も生存に適した進化を遂げた姿であるということだ。

 結論から言うと、このタイプのドラゴンは大体強い。

 

 テオドールとルカは腐竜の右前肢を執拗に攻めていた。

 二人がかりで入れ代わり立ち代わり攻撃を加えていく姿はなかなか様になっている。

 できるなら腐竜討伐後もよき友人として切磋琢磨して欲しいものだ。

 

 一方のクリストバルとセベリアノは長い尾の根元に繰り返し短槍を突き刺している。

 本当ならば二人には翼を攻撃して欲しいのだが、腐竜の背に飛び移るのが難しいようだ。しかし、二人が優れた戦士であることは分かっている。隙を捉えてやってくれるだろう。

 

 最後にわたしとロルフだが、腐竜の牙や爪による攻撃を回避しながら鼻面を削りつつ、少しずつ腐竜が方向転換していくように立ち回っていた。

 戦端を開いた際、腐竜は大きく開けた大空洞の方向へ正面を向け、背後にキノコ畑を背負っていた。

 それを逆転させたいのだ。

 

 大上段から打ち下ろされたハルバードが上顎の鱗を何枚か叩き割り、血が飛び散る。

 だが、痛みを感じていない腐竜はまったく怯むことなく体を屈め、地面すれすれの高さから滑るように顎を突き出して噛みついてきた。

 腐竜の下顎に上手く大楯を当てたロルフが反動で後ろへ逃れる。

 その隙に飛び出したわたしが鱗もろとも上顎の一部を削ぎ斬ってやる。

 

 腐竜は痛みを感じていないが、肉体的には生物としての限界が存在する。

 つまり血を流せば相応に消耗するのだ。

 

 しかし上顎から溢れ出す血を気にする様子もなく、腐竜は盛んに牙を打ち鳴らしながらえずくような仕草を見せた。

 

「ブレス!」

 

 わたしは叫んで警告を発し、急いでその場から後退した。

 すぐに先ほど後方へ下がったロルフと合流し、彼の構えた大楯の陰に身を隠す。

 地面にしっかりと大楯の底部を押し付けたロルフは、自分の肩で楯を支えると同時にもう片方の腕でわたしの体を庇うように抱え込んだ。

 

 灼熱が世界を染め上げた。

 凄まじい熱気に息を吸い込むこともできない。

 地面に押し付けた大楯ごとロルフとわたしの体が後ずさっていく。

 

「ぐぅぅ……!」

 

 抱き締められて密着した部分からロルフの苦悶の声が伝わってくる。

 今ここで楯を弾かれてしまったら、二人とも炎に飲み込まれてしまう。

 守護魔法はかかっているので即死はしないかもしれんが、この威力だと全身を焼かれて動けなくなる可能性が高い。

 わたしはロルフの腕を振りほどき、楯の裏側に取りついて支え始めた。

 しかし、なおもじりじりとブレスの威力に押されている。

 ブレスを受け止め始めて何秒経ったのか、あと何秒耐えればブレスが途切れるのか、時間の感覚がまったくない。

 

 だがわたしとロルフの苦行には唐突に終わりが訪れた。

 わたしたちに向けられたブレスが何故か上方へ逸れたのだ。

 ブレスの圧力が消えた瞬間、わたしたちはその場から急いで離れた。

 どうやら首筋に何らかの攻撃、おそらく誰かのスキルを食らい、その衝撃で狙いが逸れてしまったようだった。

 

 正直スキルを打つには早すぎる局面だが、そうでもしなければわたしとロルフは戦線離脱していた可能性が高い。

 誰の仕業か分からんがファインプレーだ。

 

 視線を戻した腐竜はわたしたちの姿を見失ったことに気付き、しばらく動きを止めた。

 この辺りが思考力が失われた弊害だな。

 

「目か……」

 

 わたしが呟くと、ロルフが嫌そうに眉をひそめた。

 何をやるつもりか察したのだろう。

 

「守護をかけ直してもらったら他の皆と一度話したい」

 

「……分かった。一旦下がろう」

 

 

 

 

 

 一旦後方に下がってバルタザールたちに守護をかけ直してもらったわたしたちは、二手に分かれてそれぞれテオドール・ルカ組とクリストバル・セベリアノ組の元へ向かった。

 前面を受け持つわたしたちが離脱している間もテオドールたちはうまく立ち回っており、腐竜の右前肢はすでにきちんと体重を支えられなくなってきていた。

 それでも痛みを感じていない腐竜はお構いなしだが、動けば動くほど血が吹き出し、右前肢に体重をかけるたびに巨体が傾いでいる。

 

「エル!」

 

 わたしが近づいてきていることに気付くと、テオドールは手を振ってこちらに合図をした。

 素早く二人と合流し、手短に用件を伝える。

 

「テオとルカは今度は右後肢を削ってくれ。踏みつけや尾に気を付けてな」

 

「エルは?」

 

「クリストバルたちが奴の翼を斬り裂いたら、わたしとロルフが目を潰す。後は当初の段取り通りに」

 

 テオドールとルカの肩を叩き、わたしは腐竜の頭側にそろそろと回り込んだ。

 指を口に咥え、鋭く指笛を拭く。

 機敏に音に反応した腐竜が大きく口を開いて突っ込んできた。

 身軽に飛び回りながら腐竜の噛みつき攻撃を躱しつつ、少しずつ鼻面を削いでいく。ダーイン作が本当かどうかは知らんが、ドラゴンの鱗と肉を易々と斬り裂いてくれる素晴らしい剣だ。

 手に入れた経緯はあまり面白くないものだったが、わたしは使えるものは何でも使う主義だからな。

 

 顎の先が削り取られ、鼻を落とされ、牙と舌の一部すら脱落してもなお腐竜は気にも留めない。

 ずたずたになりながらもひたすらわたしに食らいつこうとする腐竜の背に、いつの間にかクリストバルとセベリアノが取りついているのを確認して、わたしは大きく声を上げた。

 

「やれ!」

 

 合図と共にクリストバルが右翼の付け根に短槍を打ち込んで大きく肉と腱を抉り取り、セベリアノは左翼の骨と骨の間に張られた皮膜を哄笑を上げながら次々に引き裂いていった。

 

 痛みを感じぬとはいえ、背に取りついた人間が鬱陶しかったのだろう。

 腐竜は体を震わせて二人を振り落としにかかった。

 さしものクリストバルたちも腐竜の背中に留まることができず地面に投げ出されるが、今この局面で重要なのはそこではない。

 クリストバルたちを振り落とす動作を行うために、腐竜がわたしから目を逸らしたということだ。

 

 背に固定していた長槍を外し、頭上に振り上げながら膝を折り曲げたわたしはその場から大跳躍した。

 体を弓なりに反らし、全身で溜めを作る。

 

 槍といえばやっぱりジャンプだ!

 などと雑念が頭を過ぎった刹那の間に彼我の距離が食い尽くされる。

 

 意思も感情もない目玉がわたしを捉えた。

 だが、遅い。

 

 突き出された穂先は硬い瞬膜が閉じるよりも早く眼球に食い込んだ。

 ほとんど衝突する勢いで腐竜の頬の隆起に着地したわたしは、目から垂れ流される分泌液で滑らぬよう鱗の隙間に足裏を蹴り込んで踏ん張り、眼球に突き入れた長槍を円を描くように力づくでかき回した。

 長槍を引き抜くとどろりとした眼球組織が眼窩から零れ落ちる。

 我ながら鮮やかだ。

 何せ目玉を抉ることにかけては一家言あるからな、わたしは。

 

 零れ落ちる眼球を眼窩上部の隆起に手をかけてひらりと飛び上がって避け、額に着地したわたしは腹の底から叫んだ。

 

「ロールフ!」

 

 呼び声に応えるようにロルフの巨体が槍と共に降ってきた。

 真上から一直線に降下した大男は自身の体重を生かして、ひさしのように張り出した眼窩上隆起の鱗へ突き入れた。

 凄まじい衝撃と共に長槍の大部分が腐竜の肉に埋まり、穂先は何と内側から眼球を貫いて外へ飛び出した。

 

 二つの目を潰したことを確認すると、わたしは腐竜の顔の側面から地面に飛び降りた。

 着地と同時に素早く駆け抜けて腐竜の後方に回り込み、再び指笛を鳴らした。

 

 視力を失い、飛翔能力を失い、歩行にも支障が生まれ、それでもなお本能に突き動かされて腐竜がこちらを向いた。

 

 開かれた口から熱気が漏れる。

 腐竜の口はわたしの剣で散々に傷つけられ、今も止め処なく出血していた。

 こんな状態でブレスを吐けば自らもただでは済まないだろうが、脳に寄生しているキノコにとっては宿主の肉体がいくら傷つこうが関係ないのだろう。

 

 ここでまともに灼熱のブレスを食らえばただでは済まない。

 だが不敵な笑みを浮かべたわたしは、腐竜の眼球の硝子体だか寄生キノコの菌糸だかが今も滴り落ちる長槍の穂先をまっすぐに相手に向け、言ってやった。

 

「ブレスを吐く前にわたしが立つこの場所をよく見てみろ」

 

 一歩後ろに下がり、地面から繁茂する柔らかな子実体の群れを足で踏みつけにした。

 甘い香りのする胞子が霧のように立ち昇る。

 

「おっとすまん。見えないんだったな。だが感じるだろう? 何しろ貴様の同胞だ。肉体の一部だ。わたしもろとも焼き払ってみるか?」

 

 キノコ畑を蹴散らして胞子を舞い上げると、腐竜は激しく憤ったかのように咆哮したが、それでもブレスを吐くこともキノコ畑の中にいるわたしに向かって突進することもしなかった。

 いや、できなかった。

 

「皮肉だな。貴様を生かしてきた本能が貴様を殺す」

 

 言葉と共に槍の穂先を下げる。

 腐竜を引き付け動きを止めるところまでがわたしの仕事だ。

 とどめを刺すのは『幸運の泉』の仕事。

 

 目が見えていない腐竜の両側面からクリストバルとセベリアノ、そしてルカが各々スキルを発動させて襲い掛かった。

 まずクリストバルのスキルが腐竜の太い首に大穴を穿ち、さらに追撃したセベリアノが傷口を拡げる。

 そして最後、大きく抉られた傷口を足掛かりにルカの斬撃スキルが腐竜の太い首を完全に落とす。

 

 ……そのはずだった。

 

 ルカの斬撃が腐竜の首に届かんとしたまさにその瞬間、何の前触れもなく直上から大質量が降って来た。

 それは傷ついた腐竜の首を躊躇もなく踏みつけにして轟音と共に着地した。

 

 衝撃で首が千切れた腐竜の頭がキノコ畑まで飛ばされ、ちょうどわたしの立つ横で停止した。

 動揺を隠せずに仲間たちが乱入者を遠巻きに取り囲む。

 今まで死闘を繰り広げていた腐竜に勝るとも劣らない巨体。

 

 ドラゴンだ。

 

 いつの間にか後方から進み出てきたバルタザールが畏怖に満ちた声で吟ずるように語った。

 

「蛇に似た細長い体。風を孕む一対の翼。鋭い鉤爪の生えた二本脚。何者にも傷つけられぬ緑の鱗」

 

 バルタザールが語る通り金属質の緑の鱗に覆われた竜は、腐竜の体を無造作に踏みつけにしながら、酸のように邪悪な眼差しでわたしたちを見回していた。

 その目元には腐竜の証である分泌液は見られない。

 明らかにこいつは他所からの乱入者だ。

 

「妖精を愛でる蛇。禍々しき毒竜クエレブレ。しかし何故ここに……」

 

 クエレブレはふんふんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ仕草をしていたかと思うと、まっすぐにわたしへ視線を固定して醜悪な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 




バトル回があまり人気がないのは分かっていますが、お話の構成上必要なのでもう少しお付き合いいただけると幸いです。

『鉄の髭工房』親方が名工ダーイン作と主張している素晴らしい斬れ味の剣。
姫様は名を『爪楊枝』と命名しましたが、本人以外のすべての人から認めてもらえないため、奥ゆかしい姫様はその名を口にしようとしません。
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