魅了ハーレムクソ勇者に目を付けられたけどTS転生した元男の自分には効かなかったので張り倒して逃げました   作:pantra

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残念だけど嫌ならええよ

 

 

「エレオノーラ? エレオノーラ?」

 

 繰り返される呼びかけにはっと我に返り、わたしは同じテーブルに着いている可憐な少女へ頭を下げた。

 

「大変申し訳ございません、殿下」

 

「どうしたの? 今日は何だか心ここにあらずなのね」

 

 わたしは今、グートルーン皇女殿下の護衛任務に就いている。

 皇女殿下は御年14歳。

 ふんわりと背に広げた明るい栗色の巻き毛。ぱっちりとした大きな空色の瞳。

 小ぶりな鼻と桜色のくちびるが可憐さに花を添えているが、表情からは無邪気さだけでなく聡明さも窺える。

 体格に恵まれた兄君と比べてほっそりとして華奢ではあるが、それでもすでに170cmあるわたしと目線の高さはほとんど変わらない。

 

 グートルーン殿下は同年代の貴族子女と定期的に交流を持っている。

 むろん、お友達とただ遊んでいるわけではない。これは皇女への教育であり、政治力学に基づく公務であり、また高貴なる身の孤独を憂えた皇帝陛下の親心でもある。

 

 その交流の一環として、現在皇宮の一角に設えられた庭園の一つで皇女殿下と数名の貴族子女たちが茶会を催していた。

 言うまでもないことだが、こういった場での警護も近衛騎士の仕事だ。

 護衛対象の属性を鑑み、警護に当たっているのはわたし含め全員が女性騎士である。

 

 同僚たちは皆正規の甲冑を身に纏って庭園の各所に配置されているが、わたし一人だけ皇女殿下たちと同じテーブルに着いている理由は毎度のことながらよく分からん。

 よく分からんが、皇女殿下のご要望とあらば嫌とは言えないのが宮仕えのつらいところだ。

 鉄の服を着て茶会に参加するわけにも行かず、ドレスも着せられている。

 殿下たちより派手だと無礼に当たるので地味目なパッとしないドレスだが、それでもクラリッサは張り切ってわたしの着付けを行ってくれた。

 

 まあ、確かにわたしは素手でも戦えるしスキルも使えるしな。

 邪魔くさいスカートだっていざとなれば千切って短くすればいい。

 傍近くに侍って直接的な護衛をするという意味ではわたしが適任ではあるのだ。

 

 同僚たちも護衛はともかく皇女殿下たちの話相手を直接するのは気が重いのか、わたしがいつもこの役目を仰せつかるのを歓迎している。

 まったく仲間思いの連中だよ。次の訓練で覚えてろよ。

 

「エレオノーラ、今日は疲れてしまった?」

 

 上目遣いで覗き込むようにしてグートルーン皇女殿下がわたしを気遣う。

 兄である皇太子殿下もそうだが皇女殿下もとんでもない美少女なので、若干気後れしたわたしは目を伏せて釈明をした。

 

「殿下のお心を煩わせてしまい、面目次第もございません。ですが警護体制は万全ですのでご心配なさらず……」

 

「別にそこは心配してないのだけど。いいのよ、最近確かにストローレ王国の活動が活発化しているものね。色々と大変なのでしょう?」

 

 ストローレ王国というのはこのヒューベンタール神聖帝国の北西で国境を接している魔族国家である。

 ストローレ王国を治める王は、古くからオレステス教会によって『西の魔王』の烙印を押され、敵視されている。

 それは大いに宗教的な理由からだが、実際問題としてストローレ王国はヒューベンタール含む周辺国家との諍いが絶えない。気候が厳しく土地も痩せているストローレは常に領土拡大の野心をもって周辺国に攻め入ってくるのだ。

 魔族だの人間だのは脇に置いておくとしても、攻め入られた方は対処せざるを得ない。

 以前、レーダー子爵がロートゲン峡谷で侵入した魔族部隊と戦ったように。

 捕虜も取らず全滅させたのはレーダー子爵と部隊を率いたイェレミアスの宗教的信念によるものだろうが。

 

「お兄様も最近は難しいお顔をなさっていることが多いわ。だからエレオノーラも無理をしては駄目よ?」

 

「はっ」

 

 正直な話、魔族問題が厄介なのは事実ではあるのだが、これは常のことなので今さらどうこう頭を悩ますようなことではない。

 皇太子殿下に難しい顔をさせているのは、むしろ教会関係の問題の方だろう。

 

「皇太子殿下といえば、エレオノーラ様は近衛なので殿下と直接お会いする機会も多いのですよね?」

 

 重苦しくなりかけた話題を変えようとしてか、茶会に参加している令嬢の一人が口元で指先を合わせてわたしを見て言った。

 

「多くはありませんが、仕事柄そういう機会はございます」

 

 わたしが肯定すると、質問した令嬢は頬をほんのり赤く染めた。

 確かこの少女はギレッセン伯爵家の次女だったか。例によって皇太子殿下に憧れている口だ。

 前世の世界のように娯楽が多様ではないし、アイドルだの芸能人だのがごろごろ転がっているわけでもない。

 必然的にごく少数の有名人にほとんどの者が憧れなりなんなりを抱く傾向になる。

 その代表が世紀の美男子である皇太子殿下だ。

 ……黒曜姫とかいうガサツな黒髪の女も何故か人気があるらしいが。

 

「その……失礼かとは存じますが、あのお噂はやはり真実なのでしょうか」

 

「あの噂?」

 

 一瞬何のことか分からず思わず聞き返してしまったが、令嬢たちのキラキラした眼差しを見て嫌なことに思い至った。

 グートルーン皇女殿下へ視線を向けるが、彼女は楚々とした仕草で紅茶を口へ運んでいる最中で、わたしとは目を合わそうともしなかった。

 なるほど皇女殿下は助けてくれないらしい。

 

「申し訳ございません、イザベル様。粗忽者ゆえ世間の噂には疎いのです。どのような噂かお教え下さいますか?」

 

 目を細めて優しく笑いかけると、イザベル伯爵令嬢はとろんとした眼差しになって顔を真っ赤に染めた。

 相変わらずわたしの笑顔は年下の女の子に効果覿面だ。

 多少意識するだけでわたしの表情や仕草は大層凛々しく中性的に映るらしい。ブリュンヒルデが言うにはそれが年若い女子にはたまらなく魅力的なんだとか。

 わたしはあんたより年上だからまったく何も感じないけどね、とかほざいたので壁とわたしの体で挟み込んで顎を摘まんでやったら、鼻と鼻が触れ合うような至近距離で噴き出して笑いやがった。

 おかげであいつの唾を全部顔に食らう羽目になり、散々だった。

 その後はいつもの喧嘩だ。

 

 まあ、ブリュンヒルデの失礼な反応はともかく、あいつがそう言うならわたしは凛々しくて魅力的なんだろう。

 ふふん。

 気分としては宝塚の男役だな。

 本当に元男の記憶があるというのが何とも皮肉な話である。

 

 なおほとんどの男どもはわたしの胸か尻しか見ないので中性的だ何だは意味不明の話だろうが、なまじ元男としてその習性が理解できるだけに何も言えない。

 わたしもいまだに同じことをしてしまうし。

 

「お噂というのはもちろん、皇太子殿下とエレオノーラ様の仲のことですわ。恋仲でいらっしゃるというのは真実なのですか?」

 

 両手をぎゅっと握り、身を乗り出してこちらを見つめてくる令嬢たちの強い眼差しに気圧され、わたしはわずかに仰け反った。

 どうせそうだろうとは思っていたが、やはりその噂か。

 胸一杯のため息を吐き出したいのをぐっと堪え、あくまでも柔和な表情を保ったままでわたしは否定した。

 

「殿下とは職務上の話はしますが、それだけですよ。わたしのような粗忽な女が殿下と恋仲などと恐れ多いことです」

 

「で、では皇太子殿下のお妃候補としてエレオノーラ様のお名前が挙がっているというのはっ!?」

 

「いえ、そのような事実は存じ上げません。そも、わたしを妃にするつもりならば近衛騎士になど任じますまい」

 

 わたしの答えに令嬢たちは必ずしも納得したわけではないようだったが、ここでようやくグートルーン殿下による助け舟が入った。

 

「皆、あまりエレオノーラを困らせては駄目よ。それにわたし自身、エレオノーラがお兄様のお妃候補だという話は聞いたことがないわ」

 

「まあ。グートルーン殿下もご存じないなら、やはり噂は噂ということなのでしょうか」

 

 顔を見合わせる令嬢たちを見てわたしがほっとしていると、最後に殿下が悪戯っぽく微笑みながら爆弾を投下してくれた。

 

「これまでは噂に過ぎなかったとしても、今後もそうだとは限らないけれど。でも、可能性があるのはあなたたちだって同じよ?」

 

「そんな、わたくしたちなんて……」

 

「真にふさわしい女性であるなら、それが誰だろうと喜んでお義姉さまとお呼びするわ」

 

 グートルーン皇女殿下は最後にそう締めくくると、困り顔を浮かべているに違いないわたしを横目で見やって可愛らしくウインクをした。

 

 まんざらでもないらしい皇女殿下には申し訳ないが、わたしが妃になるなど天地がひっくり返ってもあり得ないことなんだがな。

 ……一度皇帝陛下からオフレコで打診されたけど、ちゃんと断ったし。皇帝陛下も『残念だけど嫌ならええよ』って仰ってくれたし。というかそもそもあれは皇帝陛下の冗談だったし。

 

 

 

 

 

 このところストローレ王国、すなわち魔族の活動が活発化している。

 幾度となく国境侵犯し、町や村が襲撃を受けたことも一度や二度ではない。

 対処しているのは主としてストローレ王国との国境線を守るノイベルト辺境伯と、伯が取りまとめる北西部諸侯たち。

 中でもやはりと言うべきか、レーダー子爵旗下の騎士団が目覚ましい戦果を挙げているようだ。

 さらには中央から派遣された帝国騎士団の精鋭部隊。

 これらが協力して事に当たっている。

 ちなみに帝国騎士団と近衛騎士団は別物だ。前世風に表現すれば帝国騎士団が国軍ということになる。

 

 レーダー子爵と騎士イェレミアス・アルムスターの陛下との謁見からすでに二か月が経過している。

 意外なことにイェレミアスは謁見の場で陛下に取り立てられることを望まなかった。

 彼が望んだのはただ一つ。

 魔族と戦うために帝国騎士団を派遣して欲しいということだけ。

 

 魔族の侵攻は国家の問題である。

 敵の動きが活発化していることも事実。

 無視できぬ戦功を挙げた騎士と諸侯が助力を求めているのに、これを無視することは皇帝陛下といえども難しい。

 結局皇帝陛下はその場で騎士団の派遣を決めた。

 

 イェレミアス・アルムスターの第一印象を一言で言い表すなら『好青年』だろうか。

 年齢は22歳とまだ若い。

 短く切り揃えた癖のない金髪と平凡な青い瞳。

 肉体は鍛え上げられているが、身長は190cmあるかないかというところなので、ヒューベンタール人としては特別体格に優れているわけではない。

 顔立ちはまあまあ美男子と言って差し支えない。かといって皇太子殿下のような特別な輝きを備えているわけではない。

 物腰も柔らかく、謁見の間での振る舞いも申し分なかった。この辺りからも騎士として優れた教育を受けていることが窺える。

 だからこそ『好青年』。

 にもかかわらず、イェレミアスには確実に他人の心をざわめかせる何かがあった。

 

 釈然としないものを我々の中に残しつつ、レーダー子爵とイェレミアスは一週間で準備を整えた帝国騎士団の派遣隊と共に領地への帰路に就いた。

 そしてさらに一週間後、まるで見計らったように国境線で魔族との大規模な戦闘が開始された。

 以来、中央は国境からの戦果報告を受け取る日々だ。

 

「どうした。食わんのか、エレオノーラ」

 

 フォークを握ったまま考え事をしていたわたしに、向かいに座るアルフォンス伯父が気遣わしげに声をかけてきた。

 わたしは今、近衛騎士団員専用の食堂でアルフォンス伯父と一緒に昼食を摂っている最中だ。

 皇宮の中には近衛騎士団が占有して使用しているエゴン翼という一角があり、その1階に食堂があるのだ。非番の日でもない限り、ほとんどの騎士たちはこの食堂で食事をすることになっている。

 

「……国境のことが気がかりで」

 

「例の騎士か」

 

 わたしが答えると、アルフォンス伯父は忌々しげな顔つきで肉の切れ端にフォークを突き刺した。

 

「奴の名声が日に日に高まっています。派遣されて早々の戦闘で負傷して先日こちらに帰還した騎士の話を聞きましたか?」

 

「うむ。まるで熱に浮かされたようにイェレミアスとレーダー子爵のことを褒め称えておる。心酔するほどの時を向こうで過ごしていないにもかかわらずな」

 

「やはりあの男には違和感があります。違和感といえば魔族側の動きにも……」

 

 わたしの言葉を遮るため、伯父上は慌ててくちびるの前に人差し指を立てた。

 

「しっ。まだ憶測にすぎん。口には出すな」

 

 あまりにもレーダー子爵に都合の良い魔族の動き。

 だが戦場での姑息な真似を嫌うストローレの魔族がそう簡単に交渉に応じるものか?

 皇太子殿下が放った草からはこの件に関してまだ何の情報も得られていない。

 

「このまま名声が高まり続ければどうなります?」

 

「……もう一度皇宮に呼ぶことになろうな。奴の活躍は民衆も知るところ。陛下とて無視はできん」

 

 皿に乗った厚切り肉をナイフで切り分けながら、わたしは伯父上だけに聞こえるよう声を潜めた。

 

「そうなるとしかるべき栄誉を奴に与える必要があります。しかし、一度目の機会で栄誉よりも援軍を望んだ男に何を与えるべきだと思います?」

 

 アルフォンス伯父が口に放り込んだ肉を噛みながらじっとわたしを見た。

 口の端から垂れた肉汁をハンカチを持った手を伸ばして拭いてやる。

 伯父上は気恥ずかしそうに小さく『すまんな』と言ってからわたしの問いかけに答えた。

 

「……爵位か、称号か」

 

 ゴブレットの水を一口含み、伯父上は言葉を続けた。

 

「爵位は望むまい。何故なら奴は……」

 

「聖印騎士、つまり聖職者だから」

 

「そう。表向きはそうではないがな。となると残るは称号」

 

 わたしは大きく息を吸い込みながら天井を振り仰いだ。

 

 この国には『勇者』という称号がある。

 ヒューベンタール神聖帝国皇帝とオレステス教会の教皇の名において授与される、特別な代物だ。

 

 その意味するところは『魔族との聖戦に臨む者』。

 魔族を悪魔の眷属として忌み嫌い、教義においてその絶滅を是とするオレステス教会が切望する者。

 そして歴代の皇帝がその誕生を力を尽くして阻止してきた者。

 

 今こそはっきりと理解できた。

 

 女子どもに至るまで魔族にかける慈悲はないと公言し、事実戦場で出会った魔族を一人残らず殺してきた狂信者イェレミアス。

 この男を勇者に仕立て上げ、聖戦を始めることこそが教会の狙いなのだ。

 たとえその過程でどれほどの国が巻き込まれ、どれほどの血が流されようとも。

 

 

 

 

 

 




唐突に始まってしまった過去編ですが、しょせん過去のお話なのでできるだけさっくり進めたいと思っています。
すでに長丁場になりそうな気配が漂っていますけども。
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