魅了ハーレムクソ勇者に目を付けられたけどTS転生した元男の自分には効かなかったので張り倒して逃げました   作:pantra

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皇帝陛下の諜報員

 我が母ヘルミーネの襲来は恐ろしいが、だからといって果たすべき職務がなくなるわけではない。

 しくしくと痛む胃を抱えながら、わたしはこの日も皇宮で近衛騎士としての任に就いていた。

 といっても通常任務ではない。

 例によってレーダー子爵と教会の件だ。

 

「ここまでで概ね教会の狙いは読めたね」

 

 すっかり密談場所となってしまったヴォルフ団長の執務室で、国境からの報告資料に目を通しながら皇太子殿下が口を開いた。

 

「確かに魔族との聖戦は奴らの悲願ですからね。馬鹿げた妄執としか言いようがありませんが」

 

「君の信仰心が薄いのは知っているけど、教会関係者の前では口を慎むんだよ、エレオノーラ」

 

「心得ております」

 

 密談に参加しているのは皇太子殿下とヴォルフ団長。副団長であるアルフォンス伯父。この件に深く係わっているわたしとロルフ、ヘンドリック、カロリーネの四名の隊長格。

 皇室魔導院七賢者の一人、ザスキア・ルーゲ。御年80歳になる帝国最高の魔導士の一人だ。

 そしてなぜかブリュンヒルデとバルタザールもこの場に呼ばれている。

 皇室魔導院に所属していてザスキアの弟子でもあるブリュンヒルデはまだいいのだが、わたしの従士に過ぎないバルタザールがなぜここにいるのだろうか。

 さらに風采の上がらない小男が一人皇太子殿下の傍にいるのだが、殿下から紹介が何もないので何者か不明である。この件に係わる人物なのは間違いないだろうが。

 

「前提として、勇者の称号を与えるつもりはない。連中の宗教的信念に付き合って共倒れになる気は更々ないからね」

 

「ですが、レーダー子爵や騎士イェレミアスには何らかの恩賞を与えぬわけにはいかぬのでは」

 

「そこは勇者の称号以外で納得してもらうしかない。何、彼らも皇帝陛下の臣下だ。陛下からの賜わり物に不満など抱くはずがないさ」

 

 そう言って、皇太子殿下はどこか仄暗い笑みを浮かべた。

 現在の皇族ご一家は大変に人柄の良い方たちなのでつい忘れてしまいそうになるが、彼らは本質的に専制君主とその一族なのだ。

 彼らが言葉一つで人の首を刎ねたりしないのは、それができないからではない。

 時折勘違いする馬鹿者が現れるのだが、しないこととできないことは同義ではないのだ。

 

 与えられたもので満足するならばよし、満足できぬというならそれなりの対応をする。

 そういうことだろう。

 

「アルバン卿たちの処遇に関してはひとまずそれでいいとして。ザスキア師、本日あなたに来てもらったのは精神に作用する魔法があるかどうかを訊ねたかったからなんだ」

 

 元の柔和な表情に戻った殿下は、目を閉じて寝ているんだか起きているんだかよく分からないしわくちゃの婆さんに声をかけた。

 こんな見た目ではあるが、いまだに魔法戦では負け知らずらしい。

 あのブリュンヒルデが後30年は勝てる気がしないと言うくらいだからな。

 30年後って言うと婆さんもう生きてないだろうに。

 というより30年あれば帝国最強の魔導士に勝てると断言する辺り、ブリュンヒルデも大概おかしいんだが。

 天才のバーゲンセールかよ。

 

 冗談はさておき、殿下の質問がちゃんと耳に届いていたらしいザスキア師は皺にうずもれた目を薄く開いて、もぐもぐと口を動かした。

 

「あるにはあるけどねぇ。マリウス坊やがどういう魔法を想定しているのかが分からないことには正確な答えが返せないよ」

 

 マリウスというのは皇太子殿下の名前である。

 

「精神に作用すると言っても色々種類があると?」

 

 興味深そうに殿下が訊き返す。

 

「そりゃああるさね。ちょっと考えれば分かりそうなもんだがねぇ。昔から頭の回転の遅い子だよ、マリウス坊やは」

 

「ははは、手厳しい」

 

 殿下は笑って流しているが、ヴォルフ団長が怒りで赤黒くなった額に青筋を浮かべているのを発見して、わたしは思わずアルフォンス伯父の方へ視線を向けた。

 期せずして相手もこちらへ顔を向け、青褪めた表情を浮かべながら口をぱくぱくさせた。

 

 何々、『エ・レ・オ・ノー・ラ、だ・い・す・き』?

 

 ははは、伯父上ときたら困った人だな。

 こんな時に何を言い出すのやら。 

 

 などと現実逃避をしたくなる状況だが、さすがにわたしもそこまで無責任ではない。

 胸一杯にため息を溜め込んだまま、何とかしろという伯父上の指令を果たすべく口を開いた。 

 

「ザスキア師。我々が教えを請いたいのは強制力を持って他人の思想や信仰、愛情を変化させることができるのか否かということです。洗脳や魅了、精神改造。呼び方は何でもいいですが、その種の技術は存在するのでしょうか」

 

 皆の視線がわたしに集中する。

 ザスキア師は皺が刻まれ過ぎて襞付きスカートみたいになったくちびるを尖らせ、片目だけ大きくひん剥いてわたしを凝視した。

 

「お婆ちゃまとお呼び」

 

 ヤバい、この婆さんボケてるぞ。

 

「……お婆ちゃま、エレオノーラ知りたいの。教えてちょうだい?」

 

 権威ある七賢者の一人をボケ老人呼ばわりするわけにも行かず、わたしは最高に可愛い仕草と共に鼻から脳天に突き抜けるような声で少し舌足らずに喋った。

 

 見せてやるよ、わたしの奥の手を。

 アルフォンス伯父なら一発で完堕ちだぞ。

 

 ロルフは化物を見るような眼差しをこちらに向け、ヘンドリックが派手に吹き出し、カロリーネは両手で顔を覆って肩を震わせていた。

 一方で幼い頃からわたしの手管を知り尽くしているブリュンヒルデが冷ややかな眼差しを向けてきているのが他の者たちと実に対照的だ。

 

 バルタザールは『ひゃーっ』とか何とか甲高い音を発した後、手を叩いてゲラゲラ笑い始めた。わたしが言うのもアレだが皇太子殿下の御前だぞ?

 その皇太子殿下だが、珍しく目を見開いて唖然とした間抜け面を晒していた。世の婦女子どもには刺激が強すぎる姿だな。替えのパンツを用意しておけ。

 謎の小男は興味を引かれた様子でわたしをじろじろ観察している。

 アルフォンス伯父は『やりおった』と言わんばかりに目元を手で覆い、ヴォルフ団長はまったくの無表情。

 さすがはわたしの尊敬するヴォルフ団長だ。……後でげんこつを食らうのは覚悟しよう。

 

「ね、お婆ちゃま?」

 

「そこまでしろとは言ってないが、まあ可愛いからええわい」

 

 ザスキア師は自分で言いだした癖に若干引き気味の反応を見せた後、ただでさえしわくちゃの顔をさらにしわくちゃまみれにして満面の笑みを浮かべ、童話の悪い魔女のような猫なで声を出した。

 

「よしよし、何を知りたいんだい?」

 

「さっき説明致しましたが」

 

「急に素に戻るんじゃないよ。びっくりして心臓が止まっちまうじゃないか。婆あにはもっと優しくしな」

 

 この程度でびっくりするような繊細さがこの婆さんにあるとは思えないが、まあいい。

 わたしは上目遣いにザスキア師を見つめて目をぱちぱちさせた。

 

「お婆ちゃま」

 

「おお、よしよし」

 

「いつまで続くのよ、この茶番」

 

「おだまり馬鹿弟子。さて、洗脳や魅了だったね。結論から言うとそういう魔法はないねぇ」

 

「そうなの?」

 

 婆さんのご機嫌を取り続けるために可愛い孫の演技を続ける。

 隣に座るロルフが本気で気色悪そうな眼差しを向けてきていることに地味に傷ついているのだが、へこたれるものか。

 それはさておき、意外な答えが返って来てわたしは正直に驚いていた。

 あの負傷して帰還した騎士の様子は洗脳されたとしか思えなかったのだが……。

 

「あんたたちが想像しているよりはるかに複雑に入り組んでいるのだよ、人の精神というものは。何か一つでも掛け違ってしまえば簡単に壊れて二度と元に戻らなくなってしまう。そんなものを思い通りに操作する方法なんてあたしにゃ想像もつかないねぇ」

 

 皺にうずもれた目をかっ開いたザスキア師は難しい顔をするわたしたちを順繰りに見やってから、その中の一人に視線を固定した。

 婆さんの熱視線を受けたバルタザールは、周囲の視線も集めてしまっている現状を認識すると居心地が悪そうに姿勢を正した。

 

「あんたはどう思う、『神童』? こういった類の話はあんたの方が詳しいだろう。何しろ昔の研究テーマだからね」

 

 ザスキア師の口ぶりにわたしは思わず口を挟まずにはいられなかった。

 

「失礼ですがザスキア師……」

 

「んっんん!」

 

「……お婆ちゃまはバルタザールのことを知ってるの?」

 

「知らぬわけがないねぇ。何しろあたしの弟子だもの。いや、弟子だった、と言うべきかねぇ」

 

 初めて知る事実にわたしはバルタザールの方へぐりんと向き直った。

 すかさず顔を反らすバルタザール。

 主に向かっていい度胸だ、この野郎。

 

「バルタザール?」

 

「いやはや何のことやら」

 

「わたし、そんなお話一度も聞いたことがないのだけど。あなたの主人は誰だったかしら?」

 

 耳朶を噛んで含むように優しくゆっくりと詰問すると、バルタザールは極めて不快そうに顔を歪めて抗議してきた。

 

「わたくしに向かって演技するのはやめて頂けませんかね、姫様」

 

「何故? すごく可愛いでしょ?」

 

「自信に満ち溢れて大変結構なことですが、あなた様が女言葉を使っているのを聞くと鳥肌が立つんですよ。いつもの言葉で喋ってください」

 

 ぶるぶるっと震えて首筋をさするバルタザールは、どうやら本当に鳥肌を立てているようだった。

 嘘だろう、どこまで無礼なんだこの男?

 

「バルタザール。お前、皇室魔導院に所属していたのか」

 

「子どもの頃の、ほんの短い期間ですよ。あそこの空気は肌に合わなくてすぐに飛び出しましたから」

 

 バルタザールの説明をザスキア師が補足する。

 

「1年くらいかねぇ。弟子という形であたしが預かったのさ。何せ話題の神童だったからね。ただし魔導院に正式に所属していたわけじゃあないけど」

 

「研究テーマというのは?」

 

「人の心の仕組みを知りたがったんだよ、この坊主は」

 

「……お前にそういう機微があったのか?」

 

 わたしの言葉をぶつけられ、バルタザールはむすっとした顔で答えた。

 

「当時は若く愚かだった。ただそれだけですよ。何しろ子どもでしたので。それよりも魔法の話に戻りましょう」

 

「……そうだな。頼む」

 

「結論から申し上げますと、わたくしも魔法による洗脳や魅了、つまり永続性のある精神操作を実現するのは不可能だと考えます。催眠や幻惑によって精神を錯誤に陥らせることは可能でしょう。しかし、その効果はごく短期間に限られます」

 

「吊り橋効果の恋が長続きしないようなものか」

 

「吊り橋?」

 

 カロリーネがわたしの発言に疑問の声を上げた。

 しまったな。そういえばこの世界に吊り橋効果という概念はなかったんだった。

 

「吊り橋の恐怖で鼓動が早まるのを傍にいる異性に恋をしているためと勘違いする現象、だそうよ。こいつが昔から提唱している出所不明の理論の一つで、根拠はないわ」

 

 ブリュンヒルデがカロリーネに対して説明する。

 異世界の日本人男性という前世があること以外、昔からわたしは何でもブリュンヒルデに話してしまう習慣があるので、彼女は吊り橋効果のこともよく知っていた。

 まったく関係ない話だが、いつだったかどうしても食べたくなってカレーを作ろうとした結果、とんでもないゲテモノが出来上がって二人してひどい下痢と腹痛に見舞われたこともあったな。

 以来、ブリュンヒルデから訳の分からん創作料理を作るなと文句を言われている。

 

「解説ありがとう、ブリュンヒルデ。根拠ならちゃんとある」

 

 つい反論すると、腕を組んだブリュンヒルデが小馬鹿にするように言い返してきた。

 

「あらそう? どんな?」

 

「……じ、実体験だ」

 

 まさか前世のことを説明するわけにも行かず苦し紛れにそう答えると、執務室が沈黙に包み込まれた。

 目を細めてじっとこちらを見つめたブリュンヒルデが、触れれば凍り付くような声で言った。

 

「その話は後で聞くわ」

 

「いや、あのな」

 

「後よ」

 

 短く言い捨てたブリュンヒルデは、バルタザールへ視線を向けると顎をしゃくって話の続きを促した。

 薄々思っていたが、わたしの関係者はどいつもこいつも貴人の前での態度に問題があるな。わたし自身も含めて。

 

「えー、姫様の例えはよく分かりませんが、人の心というのは信じられないほど広大で、あり得ないほど複雑に入り組んでいて、そのうえ絶え間なく揺れ動き変化しているのです。そんなものを思い通りに作り変える、あるいは操作するというのはそれこそ神の御業でもないと無理な話です。もし仮に人の心というものが不変の性質を持つものならば、あるいは魔法によって変質させることもできるかもしれませんがね」

 

「つまり、魔法によって加えられた変化もまた不変となるから、というわけかい?」

 

「ええまあ。そうです、皇太子殿下」

 

 直接声をかけられると思っていなかったのか、バルタザールは珍しく戸惑った様子で答えた。

 

「ふむ。魔法ではありえない、と。君も同じ意見かな、ブリュンヒルデ」

 

「はい」

 

 ブリュンヒルデも頷く。

 帝国が誇る七賢者とその弟子二人の意見が一致している。

 となるとレーダー子爵とイェレミアスの周辺で起きている不可解な現象は魔法によるものではないと結論せざるを得ない。

 

「では、スキルならどうです?」

 

 わたしの問いかけにスキル保持者たち、すなわち騎士たちが互いに顔を見合わせた。

 魔法使いは一般にスキルは使用しない。逆もまたしかりだ。

 やろうと思えば一応できないわけではないのだが、まったく体系の異なる技術を並列して習得するには人生というリソースはあまりに限られている。

 なおわたしは幼い頃に魔法も習得しようと頑張ったのだが、家庭教師からもブリュンヒルデやバルタザールからも才能がないと烙印を押されてしまって以来諦めてしまった。

 『ファイアボール!』とかやりたかったんだが。

 

 誰も見解を述べようとしないので、わたしはこの場でもっとも博識な人物へ水を向けた。

 

「お婆ちゃま?」

 

「ふむん。『聞いたことがない』ねぇ」

 

「聞いたことはないけど、できなくはないってこと?」

 

「エレオノーラちゃんはスキル使いだ。スキルの特徴を簡単に説明してごらん」

 

 スキルというのはこの世界独特の技術体系だ。

 魔法もそうだが、前世の世界を支配していた常識的な物理法則とは異なる法則によって運用されている。

 要素としてはいくつか挙げられるのだが、スキルを発現させるためにもっとも重要なのは意志の力だ。

 例えばわたしは水神剣というスキルで剣に水流を纏わせることができる。

 当たり前のことだが、普通は何の変哲もない金属剣から水が湧き出したりするはずがないのだ。

 しかし、わたしはそれが起こることを知っている。

 何もないところから水が湧き出し、わたしの剣を包み込んで一体となると信じている。

 

 闘気を媒介に意志の力を具現化する能力。

 それがスキルなのだ。

 どんなに現実離れした現象であっても、理論上はそれを強く信じ願いさえすれば実現できる。

 とはいえ人のイメージ力には限界があり、単純な炎の剣というだけでも習得には途方もない修練と才能が必要とされる。

 従ってあまりにも荒唐無稽なスキルを発現させることは実際には不可能と言えるだろう。

 

「わたしもエレオノーラの言う通り、いくらスキルでもこんなことは不可能だと思います」

 

 わたしの説明を聞いた同僚騎士のヘンドリックが懐疑的な表情を浮かべて言った。

 確かに世に知られたスキルのほとんどは戦闘技術。

 わたしの水神剣やロルフの焔王斬のように、普通の攻撃ないし一定の動作に何らかの特殊効果を付与するという性質のものである。

 その程度であれば人のイメージ力の及ぶ範囲だ。

 

 顎髭をしごいていたヴォルフ団長が重々しく意見を述べた。

 

「……例えばだが、あるキーワードがあるとする。それを耳にしたものは必ず定められた効果が発現する、と考えてみよう」

 

「『私に従え』とか?」

 

「『レーダー子爵を称えよ』とか『教会の言葉はすべて信じよ』みたいな感じかも」

 

「そしてその言葉通りになる、ということか」

 

 皆が口々に意見を出すのを聞いていたわたしは眉をひそめた。

 

「……何というか、指示が曖昧過ぎる気がしますね。この程度で複雑怪奇な人の心を本当に操れるとは思えません。バルタザールじゃありませんがそれこそ神の御業でもないと……」

 

 そこまで口にして、わたしは嫌な想像に行き着いてしまった。

 

「神降ろしとか神憑りとか、教会がそういう現象を認めているかどうか誰かご存じですか?」

 

「神そのものが人の身に降りてくることはないはずだよ。教会の見解ではそうした現象が起こり得るのは邪教の悪魔憑きのみだそうだ。ただし聖人に列せられた人々が神との対話、神の声を聞くことなら教会は認めている」

 

 皇太子殿下が指先でくちびるに触れながらわたしの疑問に答えてくれた。

 

「つまり神の力の介在が現実に起こると彼らは信じている?」

 

「いわゆる奇跡と呼ばれるものだね」

 

 はっきり言ってわたしは信仰心が薄いどころかほとんどないが、この場にいる他の者たちは必ずしもそうではない。

 敬虔な信徒というほどではないにせよ、皆この議論の成り行きに居心地の悪さを感じているようだった。

 アルフォンス伯父など頭を抱えてしまっている。

 だが、それでもわたしは言葉を続けた。

 

「自分は奇跡を起こせる、と固く信じて疑わない者を殿下なら何と呼びますか?」

 

「……狂信者かな」

 

 そう、狂信者だ。

 

「常軌を逸した思い込みによって、奇跡に似た現象を発現できるスキルがあるとしたら」

 

「待って。待って下さい。それはもはや本物の奇跡、本物の聖人なのでは?」

 

 カロリーネが畏れを含んだ声音で訴えたが、ヴォルフ団長が反論する。

 

「だが実際に起きているのは洗脳だ。人の心を都合のいいように作り変えて操っている。そんなものを奇跡と呼べるはずがない」

 

「はて、宗教家にとってはこの上ないスキルのような気もしますがね」

 

「バルト、強制され改変された信仰心に意味があるとでも言うの?」

 

 バルタザールの放言をブリュンヒルデが諫めるが、我々のやり取りを目を瞑って聞いていたザスキア師が混ぜっ返す。

 

「意味はあるだろうさ。信徒の多さは教会の権力と富に直結するからねぇ。信仰のきっかけが強制だろうが自由意思だろうが関係ないよ」

 

「ついでに言うと戦力にも直結しそうね、お婆ちゃま」

 

 いまだにご機嫌取りを忘れないわたしに魔女のように笑いかけると、ザスキア婆さんは言葉を付け足した。

 

「ひっひっひ、戦争ってのは数だからねぇ。エレオノーラちゃん、あんたは信仰心しか拠り所がない連中と殺し合いをしたことがまだないかもしれないけれど、奴らは厄介だよ。何せ死を恐れないんだ。天国での祝福っていう空手形を胸に抱いて現世の命を喜んで放り捨てる」

 

「そんな連中が大挙して帝都に押し寄せたら、と思うとぞっとしますな」

 

「あまり怖いことを言わないでおくれよ、アルフォンス」

 

「も、申し訳ございません、殿下」

 

 伯父上の言葉は誰もが想像したくないことであった。

 教会の矛先が魔族だけに向いているのならまだしも、こちらへ向けられるとなると被害は尋常では済まない。

 

「もしもの場合のレーダー子爵討伐、一筋縄では行きそうにありませんな」

 

「……そのようだね」

 

 ヴォルフ団長と皇太子殿下が苦々しい表情で顔を見合わせた。

 

「話を戻してよろしいですか? そのようなスキルが存在すると仮定して、行使しているのはレーダー子爵か、騎士イェレミアスか、あるいは他の第三者か」

 

 現実的なロルフが皆の意識を引き戻す。

 もし実在するとして、これほどの効果を持つスキルを複数人が所持しているとは考えにくい。

 むろん一番怪しいのは得体の知れないイェレミアスだが……。

 

「それについては彼の意見を聞いてみようか。ゴットハルト、皆に話を」

 

 それまで沈黙したまま傍に控えていた風采の上がらない小男へ殿下が声をかけた。

 ほとんど存在を忘れかけていたところだったので、ヘンドリックやカロリーネなどは『こんな奴いたっけ?』と言わんばかりに小男を凝視していた。

 

「ほとんどの皆様にはお初にお目にかかります。皇帝陛下の諜報員を務めておりますゴットハルトと申します」

 

 陛下の諜報員、すなわち皇室直属の暗部。

 諜報や暗殺、破壊工作を司る小男は、無害そうな微笑を浮かべてごく自然な仕草で会釈してみせた。

 

 

 

 

 

 




そろそろ実際に勇者くんがお話に登場します。
過去編が終わらない……。

あと設定ミスを見つけてしまったので、次回更新辺りで修正いたします。
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