魅了ハーレムクソ勇者に目を付けられたけどTS転生した元男の自分には効かなかったので張り倒して逃げました   作:pantra

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前話から随分と間隔が空いてしまって申し訳ありませんでした。
続きです。


小麦

 

 

「おほっ、いいもの持ってるじゃないですか。お土産ですか、それ?」

 

 皇宮の詰め所に戻ったわたしが引き摺っていたものを目にしたゴットハルトは、嬉しそうなニヤニヤ笑いを浮かべながらすり寄ってきた。

 

「お前にやる。好きにバラして構わんから情報を引き出せ」

 

「はいはい、おじさんそういうの得意ですよぉ」

 

 大聖堂の近くでわたしを襲った三人組の内一人をほくほく顔で受け取ったゴットハルトは、親指と人差し指で男の目蓋を押し広げて眼球を確認しつつ、手首を掴んで脈を読んだ。

 

「ちゃんと生かして連れてきたんですね。偉いですよ」

 

 と言いつつ、ゴットハルトはわたしの背後へ視線をやった。

 そこにはひどく疲れたような顔をした14、5歳くらいの少年がいた。

 

「君の功績かな、イルメラ?」

 

「襲撃者たちと接触したかと思ったらあっという間に二人ミンチだよ。止めるの本当に怖かったんだからね」

 

 イルメラと呼ばれた少年が泣きの入った声で上役のゴットハルトに状況を報告した。

 ちなみに男なのにイルメラという女性名で呼ばれているのは何故だろうか。

 確かに少女と見紛うような美少年だが、それに因んだコードネームのようなものだろうか。

 

「一人残せばいいと思ったんだ」

 

 一応弁解をしたわたしであったが、イルメラはこちらと目を合わさないようにしながらブンブンと首を振った。

 最後の一人はちゃんと加減するつもりだったんだ。本当だぞ。

 思ったより手練れだったから最初の二人はミンチにしてしまったが。

 

「好判断だったぞ、イルメラ。それに素晴らしい勇気だ」

 

「褒めてくれるなら僕を担当から外してよ、ゴットハルト様」

 

「それは駄目」

 

「ひぃん」

 

 情けない悲鳴を上げるイルメラ。

 そんな部下を見たゴットハルトは笑って言った。

 

「例の部屋にこいつを運んでおいてくれるかな。わたしも後で行くから」

 

「分かったよ。エレオノーラ様、騎士を一人お借りしても?」

 

 口ぶりからして行き先は地下牢ではなさそうだ。

 所在は知らんが拷問部屋の類があるのだろうか。

 

「ああ、構わん」

 

 詰め所に待機していた騎士の一人に声をかけ、男の体を担がせる。

 例の部屋とやらに向かうため騎士と一緒に部屋を出て行ったイルメラを視線で見送っていると、ゴットハルトがやや抑制した声で訊いてきた。

 

「イルメラが気になりますかな?」

 

「監視か何かついて来ているなとは思っていたが、姿を見せるまであのような子どもだとは思ってもみなかったぞ。お前の部下か?」

 

「子どもといってもあなたとそう違いませんがね。ええ、あの子はわたしの部下の一人です。数年前にここから遠く離れた別の街で食い詰めて男娼をしていたところを拾いましてね。何かと役に立ってくれていますよ」

 

「元男娼か……。今もそういう任務を?」

 

「ま、否定はしません。いつもじゃありませんがね。あの子にはある種の人間を熱中させる何かがあるようでして。魔性という奴ですかね」

 

「有効性は認めるが、外道だな」

 

「人間ってのは大義名分があれば何だってやるんですよ。あなただってさっき人を二人挽き肉にしたばっかりでしょ」

 

「確かに」

 

 まったくもってゴットハルトの言う通りだ。

 結局のところ、我々の行いも塩漬けの首を牽いて凱旋したイェレミアスたちとさして変わるものではない。

 いくら大義名分で糊塗したところで所詮やっていることは人殺しだ。

 前世由来の倫理観から来る殺人への忌避はもちろんあるが、殺すか殺されるかという極限状態を何度も経験させられる内、悲しいことに慣れてしまった。

 

「……あの狂信者の大義は一体何なのだろうな」

 

 わたしの呟きを拾い、ゴットハルトがうっかりしていたという風に首筋を手のひらで叩いた。

 

「思わぬお土産を頂いてすっかり気が逸れてしまっていましたよ。教会はいかがでしたか?」

 

「聖女と面会した」

 

 わたしの端的な報告を聞き、ゴットハルトはやや呆れたような表情を見せた。

 

「それはまた大胆な。で、収穫は?」

 

「わたしが思うに、聖女フロレンツィアはイェレミアスによる魅了を受けていない。もしくは魅了の影響をある程度抑え込んでいる」

 

「なぜそう思うのです?」

 

「わたしに刺客の存在を教えてくれた」

 

「……ふむ、それは興味深い。もう少しその話を」

 

 ゴットハルトが続きを促しかけたところで一人の騎士が詰め所に入って来て、わたしたちを目に留めると近づいて来た。

 

「エレオノーラ。皇帝陛下がお呼びだ」

 

 自分自身何とも言えない顔をしているのを自覚しながら、ゴットハルトへ視線を送る。

 

「いずれにせよ報告は必要だな。一緒に行こう」

 

「その方がよさそうですね。イルメラは待たせておきますか」

 

 

 

 

 当代の皇帝ユリウスは決して無能ではない。

 傑物ではないがまずまずの善政を敷く、民にとってはよき皇帝である。

 欠点があるとすれば優しすぎる点だろうか。

 残酷である必要はないにせよ、今少し果断であれば名君と呼ばれることもあったかもしれない。

 

 呼び出されたのは皇宮の奥の院にある一室だ。

 基本的に皇帝の一族と限られた警護しか立ち入ることができない区画であるため、防諜には適している。

 近衛騎士団の女性騎士たちは現在この奥の院に配置され、間違ってもイェレミアスと接触せぬように一切外へ出ることなく警護の任に就いていた。

 

「あら、エレオノーラ」

 

 皇帝陛下が待つ部屋の前に立つ女性騎士から親しげに名を呼ばれた。

 

「カロリーネ。調子はどうだ?」

 

「何も起きなさ過ぎて体がなまっちゃいそうよ」

 

「訓練で体を動かせばいいだろう」

 

「そうしたら女官長に怒られたの」

 

 顔を歪ませるカロリーネを見てわたしは小さく笑った。

 皇宮の女官長はうるさがたで知られている。たぶん相当こっぴどく怒られたのだろう。

 

「おっといけない。無駄話をしている場合じゃなかったわね。お歴々が中でお待ちよ」

 

 扉を開けたカロリーネに促され、わたしは室内に足を踏み入れてさりげなくそこに集まった人々を観察した。

 そして悲鳴を上げた。

 

「きゃーっ!」

 

 議論のため集まったお歴々の中に我が母ヘルミーネが含まれていたのだ。

 絹を裂くような金切り声を喉からほとばしらせたわたしを母上がものすごいしかめ面で凝視している。

 が、毅然と顔を上げたわたしは、呆れたり笑ったりしているお歴々の反応をまるっと無視してこの上なく凛々しく敬礼してみせた。

 

「騎士エレオノーラ。お召しにより参上仕りました」

 

「うむ。よく来てくれた。空いている席に座りなさい」

 

 わたしに声をかけたのは宰相のローレンツだ。

 この世界では小柄な部類に入るわたしよりもさらに背の低い好々爺だが、外見で判断してはいけない。

 先帝と今上帝の二代に仕える御年70になる大ベテランの政治家で、他国からはヒューベンタールの小さな巨人と称される辣腕の持ち主である。

 

 空いている席と言われて円卓を見回したわたしは、選択に迷って少しの間固まった。

 母上の隣か、皇帝陛下の隣か。そのどちらかしか空いていない。

 何の罰ゲームだ、これは。

 

 熟慮の末、わたしは母上の隣に子犬のように腰を下ろした。

 

「エレオノーラ」

 

 さっそく母上の口撃が飛んでくる。

 

「お叱りは後で」

 

「先ほどのあなたの醜態……」

 

「後です、母上。それよりなぜこんな場にいらっしゃるのですか」

 

「ヘルミーネにはゲラルト卿の名代として来てもらったのだよ」

 

 可能な限り声を抑えたつもりだったがどうやら周囲には筒抜けだったらしく、恐れ多くも皇帝陛下が自ら説明してくれた。

 一向に領地に帰る気配もなく、帝都の社交界に顔を出したりして精力的に活動しているなとは思っていたのだが、何をしているのだ母上は。

 

「これで参加者は皆集まったかな、ローレンツ?」

 

「そうですな。では始めましょう」

 

 皇帝陛下の問いに宰相ローレンツが答え、会議の始まりを宣言した。

 参加しているのは皇帝陛下と宰相の他、皇太子殿下やヴォルフ近衛騎士団長、ハンス帝国騎士団長。財務大臣のドミニク卿。その他にも政府の要人がちらほらいる。

 皇室魔導院からおばあちゃまことザスキア師が参加していないのはわたしにとって幸いであった。

 その代わりに見たことのない魔導士風のエルフ女がいた。

 

 おそらくだがあれが噂に聞く樹精トルデリーゼだろう。

 皇室魔導院に所属する伝説的人物で、滅多に表に出てくることはないという。

 嘘か誠か齢千を数えると言われるが、どれほど厳しく見積もっても四十路を超えているようには思えない。

 千歳というと8世紀前に活動していた先代勇者のことも知っているはずだが、今代の勇者になろうと画策しているイェレミアスに何か思うところはあるのだろうか。

 

 錚々たる顔ぶれの中にわたしや母上が混ざっていることへ強烈な場違い感があるが、これも仕事だから仕方がない。

 会議は各分野の責任者からの報告から始まった。

 都政を司る行政長官と警邏を担当する帝都騎士団からはイェレミアスたちを迎え入れた帝都でやや治安の悪化が見られることが報告された。

 暴徒とまではいかないにせよ、魔族の族滅を訴える過激な連中が活動しているようだ。

 そういう輩は以前から存在していたが、イェレミアスという新たな英雄の誕生により活気づいているのだろう。

 

 また帝国騎士団団長のハンスから、イェレミアスたちと一緒に帰還した騎士たちの処遇に関して強烈な不満が表明された。

 この点については大いに同情すべき面がある。

 騎士たちは皇帝陛下に命じられて国境地帯へ派遣されたに過ぎないのだ。

 彼らは文字通り命をかけて魔族と戦ったのであり、本来であれば勇士として称賛されこそすれ腫れもののように扱われる謂れはない。

 だが、一定数の騎士がイェレミアスに取り込まれていることはゴットハルトの部下たちが確認している。

 さすがに野放しにするわけにはいかなかった。

 ハンス団長もそれは理解しているのか、皇帝陛下自ら詫びの言葉を伝えられるとかえって恐縮していた。

 

 商務卿が小麦の市場価格が上がってきていることを報告し、農務卿もそれに同意した。

 小麦、つまりは兵糧である。

 豆、乾燥果実、そしてアルコール類も同様。

 そして以前わたしがイェレミアスと接触して情報を得た通り、薬品や包帯など医療物資。

 ホフマン商会をはじめ特定の商会を通じて買占めが行われていることはすでに確証が取れている。

 

 問題は二つ。

 まず一つはいくつかの貴族領が備蓄糧食を売り払っていることが判明した点。

 金に釣られたか、あるいは洗脳されたかはまだ調査中だ。

 そしてもう一つ。

 買い占められた小麦の半数がすでに製粉済みのものであるということ。

 小麦粉というのはあまり保存性がよくない。

 つまり早ければすぐにでも、どんなに長く見積もったとしても一年以内には軍事行動を起こす用意をしているということである。

 その相手は魔族かもしれないし、皇帝陛下かも知れない。

 

 わたしたちも当然、平時からの備蓄に加えて各種物資の買い付けを進めてはいるが、あまり思うようには行っていないようだ。

 特に小麦に関して、当てにしていた隣国のヴァイゼ王国と上手く連絡が取れていないらしい。

 ヴァイゼ王国は属国とまでは言わないものの、歴史的に見てヒューベンタール神聖帝国に対して従属的な立場に置かれてきた国家だ。

 さしたる産業もない小国ではあるが、肥沃な平原が多いことから古来より麦の産地として知られ、口さがない者からはヒューベンタールの穀物庫などと呼ばれている。

 

 そのヴァイゼ王国に駐留している外交官と連絡が取れないという。

 急ぎ使節を派遣したとのことだが、ヴァイゼから小麦の供給が受けられるかどうかは今しばらく不透明な状況だ。

 

 お偉方の報告を聞いている内にわたしの順番になった。

 無言の圧力を加えてくる母上の存在を意識しながら、控えめに咳払いしてからわたしは口を開いた。

 

「数時間前、ボルツ大聖堂の膝元で三人の刺客に襲われました」

 

 端的な事実を述べると、母上が息を呑む気配がした。

 まあ、娘が襲われたと聞いていい気分のする親はいまい。たとえ母上のような女傑であろうともだ。

 

「御覧の通り、わたしは無傷です。しかしそれは実力のためというより、前もって刺客に襲われることが分かっていたからと言うべきでしょう」

 

「ほう? 襲撃を知っていたと。それは奇妙な話じゃないか?」

 

 ハンス騎士団長がややシニカルな声音でわたしに訊ねてきた。

 実のところ、近衛騎士団と帝国騎士団は伝統的に仲が悪い。特にここ最近の教会とイェレミアスへの対応を主導する近衛騎士団に対し、帝国騎士団は戦地に送った仲間たちをなかば裏切り者扱いされる始末だ。

 いかに黒曜姫だのなんだの持てはやされていようと、しょせんは一介の騎士に過ぎない小娘がこの場にいることが面白くないのだろう。

 

 心情としても理屈としてもそれが理解できたわたしは、あくまでも謙虚な報告者としてハンス騎士団長の疑問に答えた。

 

「刺客に襲われる直前までわたしが面会していた聖女フロレンツィアが教えてくれたのです」

 

「教えてくれただと?」

 

 ハンス騎士団長が信じられないという表情を浮かべたが、彼が言葉を重ねるより先に発言したのは農務卿のボニファーツ・アルホフ子爵だった。

 

「ちょっとお待ちを。聖女フロレンツィアというと、あの?」

 

「はい。あの聖女です」

 

「敵じゃないですか!」

 

 アルホフはほとんど悲鳴のような声を上げたが、これに冷や水を浴びせるように反論したのが財務卿ドミニク伯爵であった。

 

「きみの言葉は少しばかり適切ではないな、ボニファーツ。対立と敵対は必ずしも同義ではない。なぜなら皇帝陛下とオレステス教はヒューベンタール神聖帝国という巨大な車を動かす両輪なのだからね」

 

「なっ!? このわたしがその程度のことも分からぬ馬鹿だと言いたいですか、ドミニク!」

 

「おや、そう聞こえたのかい?」

 

 言うまでもないかも知れないが、財務卿ドミニクと農務卿ボニファーツは犬猿の仲である。

 同じ四十代で政府の要職に就く二人ではあるのだが、何かにつけ馬が合わないらしく、顔を合わせるたびに今のような口喧嘩が始まるそうだ。

 専制君主たる皇帝陛下の任命責任を問う勇敢な者はこれまでいないが、まあ人選ミスという他ない。

 各々専門分野では非常に優秀らしいのだが。

 

「失礼、お二方。話を戻してもよろしいでしょうか?」

 

 とはいえこのまま二人の喧嘩を聞いていても埒が明かないので、渋々わたしは口を挟んだ。

 

「話を続けたまえ、騎士エレオノーラ」

 

 仲の悪い二人のやり取りには慣れっこなのだろう、宰相ローレンツが何食わぬ顔でわたしに話を促した。

 

 

 

 

 

 

 




若干尻切れ感はありますが、分量的に一旦区切ります。
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