魅了ハーレムクソ勇者に目を付けられたけどTS転生した元男の自分には効かなかったので張り倒して逃げました 作:pantra
アルフォンス伯父とザムエルの戦いは膠着していた。
とはいえ互いに少なくない手傷を負っており、かなり消耗している。
ここでわたしとベルントが加わればまず勝利は間違いない。
わたしたちに取り囲まれたザムエルは、小休止を求めるかのように片手を上げると、剣の切っ先を敷石の床に突き立てて疲れたように笑った。
「剣聖マインラートを倒したのか。驚くべき実力だな、姫巫女」
ザムエルの気安い呼びかけがわたしの眉間に深い皺を刻んだ。
「姫巫女と呼ぶな。不愉快だ」
「自らの運命が受け入れられぬかね。それともまだ知らないのかな」
「あいにくとわたしは運命論者じゃないんでな」
「きみが信じようが信じまいが、運命という奴はいずれ必ずきみを絡め取るだろうさ」
ズガンッ、と破砕音が響き渡ってわたしとザムエルの会話を中断させた。
音を立てた主へ全員の視線が向かう。
「戯言はもう充分だ、ザムエル。三対一では万に一つも勝ち目はないぞ。投降か死か選ぶがよい」
伯父上から最後通牒を言い渡されたザムエルは、床に突き立てた剣を抜き取って片手で緩く中段に構えた。
「我が身を案じてくれるとはお優しいことだ、アルフォンス卿。だが憶えておきたまえ。戦いにおいて敵に与える唯一のものは死であるべきだと」
言葉が終わると同時にザムエルがくちびるを歪ませて邪悪に笑う。
様子が変わったことに気付いたわたしたちが間合いを詰めようとした矢先、出し抜けにベルントが背中から刺し貫かれた。
左胸から生えた血に塗れた剣を信じられないという風に見下ろしていたベルントは、駆け寄ろうとするわたしへ視線を向けて口を開いた。
「エレオ……」
口と鼻から大量の鮮血を溢れ出させ、白目を剥いたベルントはその場に崩れ落ちた。
「ベルントッ!!」
駆け寄ろうとしたわたしの前に立ち塞がる新たなナイトリッチ。
剣聖マインラートではない。『メイサー』とも『魔法使い』とも違う。
四体目。伏兵だ。
「三対一だって? ははははっ」
「ザムエル、貴様ぁ!」
激昂したアルフォンス伯父が嘲笑うザムエルに飛び掛かる。
フレイルの一振りで剣を弾き飛ばされ、続く攻撃をまともに脇腹に食らったザムエルはぼろ雑巾のように床に転がった。
甲冑の胴が大きくひしゃげているため、多分中身はぐしゃぐしゃになっているはずだ。
もはや虫の息のザムエルは伯父上に任せ、わたしはベルントを刺したナイトリッチと対峙する。
剣を振り上げた相手の腕を斬り上げて飛ばし、返す刀で一閃する。
相手が塵となって消えたのを見届け、わたしは急いでベルントの元へ駆け寄って彼の体を抱き起した。
「おい、ベルント。しっかりしろ、おい!」
「エレオ……ノーラ?」
震える目蓋をやっとのことで持ち上げ、ベルントは焦点の定まらない眼差しで必死になってわたしを見ようとした。
「よく……見えないな。そこにいるのか……?」
喋るたびに口元から血がしぶくのを見て、わたしはくちびるを強く噛み締めた。
「わたしはここにいるぞ、ベルント。お前の傍にいる」
「そう、か……。戦いは?」
「終わったよ。ザムエルも、奴のアンデッドもすべて倒した」
近づいてくる足音に顔を上げると、『魔法使い』との戦いに勝利したバルタザールが険しい表情でわたしとベルントを見下ろしていた。
視線だけでバルタザールに治癒が可能か問いかけるが、元神童は小さく首を横に振った。
心臓を刺し貫かれたのだ。たとえクラリッサであっても治癒は叶わないだろう。
止め処なく血が溢れ出すベルントの胸をそっと押さえ、わたしは俯いた。
ベルントは死ぬ。
わたしの大事な仲間が、また。
泣き顔で仲間を送るわけには行かない。
溢れ出しそうになる涙を懸命にこらえて、精一杯の笑顔をベルントへ向ける。
「ああ……ヘマしちまったなぁ。だけど……惚れた女の膝で死ねるなら、上出来……そう、上出来な人生だったよ……」
「ベルント、お前……」
「ひどく寒い……でもお前の膝だけ、すごく温かいよ。これならよく……眠れ、そう……」
灯火が消えるようにゆっくりと言葉が掻き消え、ベルントの最後の息は音にならぬまま吐き出されて途絶えた。
息を引き取ったベルントの目蓋を閉じてやり、わたしはその胸元へ額を寄せて抱き締めた。
「先に冥府で待っていろ。そのうち必ずわたしも行くから」
何、冥府には大勢の仲間たちがいる。
寂しくはないさ。
寂しくは……。
ベルントの亡骸を抱き締めてすすり泣くわたしと、その様子を見守るアルフォンス伯父とバルタザール。
しばらくして、聞き苦しい笑い声が響き渡った。
顔を上げて周囲を見回して声の主を探す。
笑い声を上げていたのは、ベルントがそうされたように伯父上によって心臓に自らの剣を突き立てられたザムエルだった。
「まだ生きていたのか、貴様。首を斬り落としてくれる」
忌々しげに吐き捨てた伯父上が腰の剣を抜いてザムエルに近づく。
「ぐ、ごぼっ……。くく、感動的な別れじゃないか……」
胴体を砕かれ、心臓を刺し貫かれてなおもザムエルは不敵さを失っていなかった。
「別れに悲しむ姫巫女に……新しい出会いを。何、礼はいらんよ……」
剣を振り上げた伯父上の手が止まる。
わたしたちが今いる地下空間の床が突如光り始めたのだ。
砕かれた祭壇を中心に同心円状に配置された魔術式。
「姫様、これは召喚陣です!」
「今さら気付いても遅い。わたしの命と……くはは、ついでに新鮮な騎士の血も捧げてやるぞ……」
血の混じった哄笑を伯父上の剣閃が断ち斬る。
狂気に満ちた笑いを浮かべたまま転がったザムエルの首を一瞥してから、伯父上は急いでこちらへ駆け寄ってきた。
「ここを出るぞ、エレオノーラ!」
腕を引っ張られ、強引に立たされようとする。
「伯父上、ベルントを置いてはいけない!」
「アルフォンス様、後ろを!」
バルタザールの悲鳴に全員が振り返る。
魔法陣が描かれた床に亀裂が生じたかと思うと、中心から盛り上がって一気に破裂した。
たまらず身を庇ったわたしたちの前に現れたのは、身の丈5mに達しようかという巨人のアンデッドだった。
「ギガース!」
バルタザールが驚愕の声を上げた。
ギガース族、すなわちギガンテスは大昔に絶滅したとされる種族だ。
こいつらを魔物とするか、それとも亜人ないし魔族の一種とするかについては学説に争いがある。
が、神話では神のしもべとして巨人文明が栄えていたらしいので、わたしは亜人の一種だったのではないかと考えている。しかし他の人類種と交雑できない程度に進化が分かれてしまった結果、敵性生物として駆逐されてしまったのではないだろうか。
「こやつ、肉を纏っておるぞ」
アルフォンス伯父の指摘通り、アンデッドギガースは完全ではないものの筋肉と皮膚を備えていた。
アンデッドとしてどうかは知らないが、単純に物理的な問題として骨だけより肉がついていた方が強いのは道理である。
解読不能な言葉を叫ぶギガースと対峙し、わたしたちは更なる死闘を覚悟せざるを得なかった。
「バルタザールはベルントと一緒に少し下がれ」
「……守護をかけ直します」
「ああ。ベルントを頼むぞ」
ベルントの亡骸を背負ったバルタザールが退避したのを確認すると、わたしはフレイルを構える伯父上と視線を交わし合った。
「竜よりはましですかね」
「だといいが、言葉らしきものを喋っておるのが気に食わん」
伯父上の言う通り、ギガースは野太い咆哮の他に言葉らしきものをしきりと口走っている。
失われたギガンテス語なのだろうか。
いずれにせよ言葉を発しているということは、リッチ同様に生前の知性を保持しているということだ。
そしてもう一つ問題が。
「スキルや魔法を使ってくるかもしれんぞ」
そう、厄介なのはそこだ。
未知の敵、未知の能力。
実力の程は分からないが、ザムエルがギガースを切り札と位置付けていたということは剣聖マインラートより手強いのは確実だろう。
咆哮と訳の分からん言葉が止まり、ギガースがわたしたちへ視線を固定した。
どうやら敵として認識されたらしい。
肉を纏っているからこそはっきり分かる憎悪に満ちた表情でわたしと伯父上を睨みつけている。
「どうも人間に恨みがあるようだな」
「たぶん絶滅前から敵対していたでしょうしね。というか絶滅させたの人間でしょうし」
ギガースが一歩踏み出す。
と、次の瞬間には目の前にまで接近されていた。
「速っ……!」
とっさに左右に分かれて飛び退いたわたしと伯父上は着地と同時にすぐさま床を蹴り、側面からギガースに攻撃を加えた。
だが、浅い。
なめし皮のように厚く硬い皮膚と、鋼線のように硬い筋繊維。
わたしの剣閃はほんのひっかき傷しか作れず、伯父上のフレイルも軽い痣を皮膚に残しただけだった。
「伯父上、これはスキルじゃないと無理です!」
とはいえ今日はもう全力のスキルを一回使っているから乱発は厳しい。
振り回された腕を躱して距離を取る。
武器も何も持っていないが、とんでもない重さと速度だ。一撃でも貰えば虫みたいに潰されそうだ。
「ぬう、厄介な」
鉄球に繋がった鎖を短く巻き取った伯父上が闘気を立ち昇らせてスキルを発現させる。
ギガースがすかさず伯父上に狙いを定めるが、そうはさせじと股下に滑り込んだわたしが足首を斬りつけた。
「ギャウッ!」
大したダメージではないだろうが鬱陶しいのだろう。
伯父上からわたしに狙いを変えたギガースがこちらを握り潰そうとしてくるのを全力疾走で躱し続ける。
完全に自分から注意が逸れたその隙を突いてアルフォンス伯父が跳躍した。
「喰らえい、天星破砕撃!」
隕石のような一撃がギガースの脳天に振り下ろされる。
完全に決まったと思われたが、ギガースはその巨体からは想像もできない俊敏さで伯父上のほうを振り返ると片腕で頭部を庇った。
鉄球とギガースの腕が衝突した際の音はほとんど大砲の着弾音のようだった。
あまりの威力に5mを超える巨体が床に叩きつけられ、発生した衝撃波でわたしまで吹き飛ばされる。
「やったか……?」
瓦礫の山と化した地下空間の中央部に倒れるギガース。
伯父上のあの一撃は並のドラゴンなら頭を吹き飛ばすくらいの威力があるのだが……。
ややあってギガースが上体を起こした。
攻撃を受け止めた腕が折れ曲がり肉が半ば消失してはいるが、ダメージはそれだけのようだった。
アンデッドゆえに痛みもないのか、折れ曲がった腕を気にする様子もなく立ち上がってこちらを睨みつける。
「……伯父上、あと何発打てますか?」
アルフォンス伯父の傍まで移動して問いかけると、禿げ頭を汗で濡らした伯父上は唸るように答えた。
「同じ威力であと二発というところだな」
この世界のスキルというのは基本的に乱発できるものではない。
ゆえに戦いにおいてはここぞの切り札として使用されるのが常道だ。
ザムエルたちとの戦いですでに消耗しているところへさらにこれほどの強敵の相手をするのはさすがに厳しいものがある。
が、四の五の言っても始まらない。
腹の底から気合を入れ直し、正眼に構えた剣に清らかな水流を纏わせる。
「水神剣」
わたしがスキルを発動させると伯父上も同じように闘気を漲らせる。
その様子を観察していたギガースは憎々しげに表情を歪ませたかと思うと、無事なほうの腕を突き出して意味不明な言葉らしきものを紡ぎ始めた。
「いかん、魔法だ!」
伯父上が警告を発すると同時、ぞわりと背筋に寒気が走ってとっさにその場から飛び退く。
すると一瞬前までわたしたちが立っていた場所に鋭利に尖った石柱が剣山のように突き立った。
床の敷石を変化させた?
石を操作する魔法?
魔法を回避されて不愉快そうに吠えたギガースは腕を真上に振りあげて再び詠唱を始めた。
地下空間全体が鳴動を始める。
警戒しつつ周囲を観察していると、頭上から建材の欠片がぱらぱらと落ちて来始めた。
「まさか……」
「天井が崩れるぞ!」
わたしたちが事態を察すると同時に天井の一部がヒト一人を押しつぶすには充分な塊となって重々しい音を立てて落下してきた。
ギガースの目元がニィッと細められた。
こいつ、わたしたちを嬲るのを楽しんでやがる。
ひときわ大きな破壊音が鳴り響き、天井を構成していた建材が無数の凶器へと分解された。
そして、ギガースの合図と共にそれらが一斉に降り注いでくる。
「逃げろエレオノーラ!」
伯父上に警告されるまでもなく、わたしは石材の嵐の中を逃げ惑いながら叫びを上げた。
「バルト、助けろ!」
「お二人ともわたくしの後ろへ!」
後方へ退避していたとはいえ状況を把握していたバルタザールはすでに準備を整えていたらしい。
力強く光を放つ魔法杖を掲げて危険な前方へ躍り出してくると、両脚を大きく広げて踏ん張り、まるで杖で身を防御するかのように突き出した。
すると、こちら目掛けて飛んでくる石材の塊が進路を捻じ曲げて明後日の方向へ落下し始めた。
「んぎぃぃぃぃ!」
これほどの質量と速度を持ったベクトルを複数捻じ曲げるのは相当な負荷がかかるのか、バルタザールは全身を痙攣させながら苦悶の声を上げた。
やがて頭上から降り注ぐ嵐が収まる。
バルタザールの頑張りのおかげで奇跡的にわたしもアルフォンス伯父もほぼ無傷だ。
消耗し切ったのかほとんど杖にしがみつくようにして立っているバルタザールの隣に並び、労いを込めて肩に手を置く。
「よくやった、バルタザール」
「はぇ」
「鼻血を拭け」
親指の腹でバルタザールの上唇の縁を拭って見せてやる。
べっとりと赤く染まったわたしの親指を見たバルタザールは、むずがゆそうに鼻の下を伸ばしながらポケットからハンカチを取り出してブーッと鼻をかんだ。
まったく締まらない男だ。
しかし我が不良従士はこうでなくてはな。
わたしたちがほぼ無傷であることを知ったギガースは怒りに顔を歪ませたかと思うと、不意に光が降り注ぐ頭上へ視線を向けた。
天井はギガースの魔法によって完全に抜け、地上まで繋がってしまったらしい。
ギガースはまるで猛獣のように喉を鳴らして笑い、膝を屈めて一気に真上へ跳躍した。
一瞬の出来事に反応が遅れたわたしとアルフォンス伯父は、ギガースの狙いを察してすぐさま後を追った。
「バルタザールはベルントの亡骸を!」
「姫様ーっ!」
「頼んだぞ!」
地上まで吹き抜けとなった構造物の中途に飛び移りながら、全速力で地上を目指す。
驚くべきことにギガースは一度の跳躍で地上まで達したらしい。
身体能力にも雲泥の差があり、魔法も行使できる。
ザムエルの喚び出した個体が特別強化されているだけかもしれんが、何だってこいつらの種族は人間なんかに絶滅させられたんだ。
……それとも滅ぼしたのは人間じゃないのか?