魅了ハーレムクソ勇者に目を付けられたけどTS転生した元男の自分には効かなかったので張り倒して逃げました   作:pantra

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見物料

 

 涙を流して恐怖に怯える若い女優と、それを背に庇い賊に抗う主演男優。

 彼らと武器を振りかざした賊との間に素早く割って入ったわたしは、油断なく短剣を構えながら背後に声をかけた。

 

「まだ動けるなら逃げろ」

 

「あなたは……いえ、礼を言います」

 

 答えたのは主演男優のほうだ。

 劇団の仲間たちが死体となって複数転がっているこの状況下においては、あまりにも声音が冷静過ぎることがやや気になったが、今は詮索の時間ではない。

 

 賊は振り上げていた武器を静かに降ろし、役者たちが逃げていくのを何もせず見送った。

 

「意外だな。追いかけようとはしないのか?」

 

「……どうせ奴らは生きてこの劇場を出ることはできん」

 

 ストローレ訛りの強い大陸共通語で答えた賊は、被っていたフードを自分で脱いだ。

 想像より若々しいが精悍な顔立ちに鮮やかな赤髪。そして生え際付近から後頭部へ向かって伸びる四本の角状突起。

 勇者に討たれたアスビョルン将軍に特徴が似ているな。

 息子か親族か。そういえばアスビョルン将軍と同じレヨン族の兵士がいたとファルケンベルク公爵が話していた。だとするなら血縁でも不思議ではないか。

 

 そして奴の言葉通り、耳を澄ませば観客たちが逃げて行った先でも悲鳴や剣戟の音が聞こえてくる。

 それにかすかに焦げ臭いにおい。どうやら劇場に火を放ったか。

 ブルーノたちがいるから心配はいらぬだろうが、母上や公爵が上手く切り抜けてくれることを願うばかりだ。

 

 わたしは一度構えを解き、縦に裂いて動きやすいようにしていたスカートの布地をさらに短く、ほとんど尻だけ隠れる程度の長さに千切り捨てた。

 ほんのわずかでも動きを阻害する要素があれば死ぬ。そう直感したからだ。

 

「名誉ある戦いにふさわしい装束でないことは詫びよう」

 

 動きやすさを確保するために露出されたわたしの脚を一瞥し、魔族の戦士は小さく口角を上げた。

 

「それはお互い様だが、心遣いに感謝する」

 

 身に纏っていたフード付きの外套を脱ぎ捨てた魔族は、粗末な麻の短いチュニックとズボンのみという貧民のような恰好であった。

 元から所持していた装備品は武器を除いて奪われたのだろう。

 戦いの作法にこだわりが強い魔族としては屈辱に違いない。

 

 帝都まで潜入しおおせた魔族が事件を起こし、それを聖騎士と教会が鎮圧する。

 筋書きとしてはそんなところだろうか。

 すでに観客であった市民や貴族が複数殺されているが、それとは別に明確に劇団の役者たちが狙われた理由は何だ?

 騒ぎを起こし、魔族への敵対心を煽る。それならばむしろ積極的に市民や貴族を狙うべき。だが、ヨアキムたちはそうしていない。

 

 意図を探るためにもこの魔族の男は聖騎士たちが駆けつけてくる前に生け捕りにせねばならんな。

 

「ゲラルト・フェルンバッハの娘、上級近衛騎士エレオノーラ」

 

「レヨン氏族ラスムスの孫、トールビョルンの息子、赤狼のヨアキムだ」

 

 互いに名乗り、武器を構える。

 ヨアキムはまるでボクシングのように構え、その両手には非常に風変わりな武器を装着していた。

 いわゆる手甲剣で、籠手の先に短剣ほどの長さの刃が取り付けられている。

 前世の世界でもインドに実在したパタとかジャマダハルとか呼ばれた武器に類似しており、扱いは難しいが熟達すれば極めて強力なのだそうだ。

 

 ヨアキムの構えを見たわたしは左の短剣を逆手に持ち替えて顔の前に、右の短剣は順手のまま腹の前に構え、左足を前に出して半身となった。

 

「シィッ!」

 

 神速の踏み込みと共に繰り出された右刺突を左の短剣で受け流し、お返しに右の袈裟斬りをお見舞いするが左の籠手に弾かれた。

 

 一瞬の攻防の後、互いに間合いを取って構え直す。

 

 強い。

 

 今日倒した他の魔族たちとは明らかに格が違う。

 こんな奴を帝都で放し飼いにするとか教会は何を考えてやがるんだ。

 いつでも制圧できるというよほどの自信か根拠でもあるのだろうか。

 

「……かのアスビョルン将軍もレヨン氏族の出身と聞いた。もしや貴公は将軍の息子か?」

 

「……甥だ」

 

 険しい表情をしつつもヨアキムは答えてくれた。

 よしよし、意外と話が通じるぞ。

 

「それではさぞ我らのことを憎んでいるだろうな」

 

「……生死は戦場でのこと。恨みに思う筋合いはない。だが、伯父上を死後も辱めた勇者を許すつもりはない」

 

 歯を剥き出し憎悪の表情でヨアキムは言い放った。

 強烈な圧を受けて汗が噴き出してくる。

 だが重要なことが分かった。

 ヨアキムは勇者による魅了はされていない。

 ならば他の条件で操られているということになる。

 

「……人質か?」

 

 ヨアキムは答えない。

 だが表情から察せられるものがあった。

 

「逆に俺も問おう。その黒髪、お前があの戦烈鬼なのか?」

 

「そういう風に呼ぶ奴もいるそうだな」

 

 戦烈鬼というのはわたしの通り名のようなものの一つで、主に敵対的な勢力から用いられる。

 ちなみにわたしはこう呼ばれるのが嫌いだ。

 別に女児向けアニメヒロインのような可愛らしさを欲しているわけではないのだが、それにしたって戦烈鬼はひどいと思う。

 わたしの不服顔をどう受け取ったものか、ヨアキムは油断なく間合いを測りながらも少し笑った。

 

「確かに俺も戦烈鬼という呼び名からもっと猛々しい狂戦士を想像していた。実際にはまさかこのような華奢な少女だったとは」

 

 ヨアキムの言葉に鼻を鳴らす。

 スキルだの闘気だの魔法だのがあるこの世界では、筋肉の大きさと力の強さはイコールで結びつかない。

 わたしの腕は見かけ上では確かに女性的な細腕の範疇に収まっているが、実際には岩を砕くことだってできるのだ。

 

「失礼。侮辱のつもりはないし、俺の本気の初撃を防いでいる時点でお前が卓越した戦士であることは承知している。さておき、戦烈鬼は精霊神の巫女でもあると聞いたが事実なのか?」

 

「……らしいな」

 

 ヨアキムの言葉を渋々肯定する。

 

「驚いたな。その髪……寄巫(よりまし)とはまた稀なことだ」

 

「どうやら物知りのようだが、おしゃべりはそろそろ終わりだ」

 

「……そうだな」

 

 踏み込みからの胴斬りを防がれ、カウンターを仰け反って回避。

 これを端緒に無数の攻防が始まった。

 

 双方ともリーチの短い武器で速度と手数に優れた攻撃を繰り出しているが、やはりわたしのほうが押されている。

 武器自体の性能差も大きいが、それ以上に単純にヨアキムが強い。

 同じ土俵で戦っていては生け捕りは難しいな、これは。

 お気に入りの長剣ツァーンピッケルがあれば誰が相手だろうがゴリ押しができるのだが。

 

「火塵剣!」

 

 切り札を先に切る決断をし、スキルを発動する。

 威力を増したわたしの攻撃に初めて明確にヨアキムが後退したが、すぐに手甲剣を打ち合わせると竜巻のように渦巻く闘気を両腕に纏った。

 

「螺旋衝」

 

 突き刺されたら傷口を中心にズタズタに引き裂かれる感じか、これは。

 人間程度の大きさなら一撃で終わりだな。

 受け太刀をされてもまずそうだ。あの竜巻に弾かれて体勢を崩しかねん。

 

「フランメシュペーア」

 

 火塵剣の出力を上げ、短剣の剣身を拡張。

 さらに柄頭に仕込んでいた仕掛けを外して二振りの短剣を結合させ、柄の両端から剣身が伸びる双刃剣に作り変える。

 短剣より一撃の重さが載る分、取り回しが難しく手数も減るが仕方あるまい。

 双刃剣もあまり得意とは言えないのだが……。

 

「器用なものだ。だが無駄だぞ」

 

「やってみなけりゃ分からんさ」

 

 一直線に突っ込んできたヨアキムの右ストレートを体を逸らしながらの振り下ろしで叩き落とし、返す刀で斬り上げを放つ。これはヨアキムの左籠手に弾かれたが、遠心力を利用してさらに同薙ぎ。受け太刀をしたヨアキムの右剣の竜巻に弾かれそうになるがどうにか拮抗する。

 

「ぐっ……」

 

 鍔迫り合いに間近に迫るヨアキムの口元が狂暴な笑みを象った。

 腰を入れてヨアキムの拳を押し返し、胴薙ぎ、袈裟斬り、切り返しと矢継ぎ早に連撃を叩き込んでいくが、すべて手甲剣に防がれ、受け流される。

 一方のヨアキムも怒涛の攻撃を繰り出してくるが、こちらも双刃剣を縦横に振るい防いでいく。

 互いに一撃でも喰らえば致命傷になることは認識している。

 ヒリついた命のやり取り。

 今、わたしの口角が自然と持ち上がっているのは、たぶんこの世界に生まれ変わってから狂ってしまったせいなのだろう。

 

 わずかなミスさえ許されない攻防がどれほど続いただろうか。

 突如として舞台下までなだれ込んできた騎士の一団に気付き、わたしとヨアキムは殺し合いの手を止めてそちらへ視線を向けた。

 

「そこまでだ、魔族め! 生き残りはもはや貴様一人! 観念するがいい!」

 

 騎士たちの先頭に立つ男が血脂で汚れた剣を掲げて高らかに宣言した。

 それを聞いたヨアキムの汗だくの顔が真っ青に染まる。

 

 騎士たちの装備には多少のばらつきがあるが、皆一様に勇者が結成した聖騎士団の紋章が入ったマントを身に着けている。

 戦場で捕らえた魔族に劇場を襲わせ、聖騎士団がこれを鎮圧することで貴族や庶民の支持を高めるという勇者お得意のマッチポンプ。

 虚言でなければ劇場を襲った魔族たちはヨアキムを除いてすべて処分されたようだが、そいつらがヨアキムにとっての人質だったのだろうか。

 彼は怒りと絶望に震える声で聖騎士に問いを投げかけた。

 

「皆死んでしまったのか?」

 

「ゴミクズのようにな。汚らわしい魔族には似合いの末路だ。貴様も大人しく後を追うがいい」

 

 軽蔑と嫌悪を隠そうともせず、聖騎士のリーダーはせせら笑った。

 

 剣を抜いた騎士たちがじりじりと距離を詰めて舞台に上がってこようとしている。

 奴らの目的は猿芝居の最後の仕上げとしてヨアキムの抹殺。

 だが、この状況はわたしにとっては不都合だ。

 ヨアキムは貴重な証人。何としても生け捕りにせねばならない。

 

 観客や劇場の職員たちはすでに逃げ、この場にはわたしたち以外いない。

 リスクはあるが、いっそヨアキムと共闘して聖騎士どもを始末するか。

 

 なかば覚悟を決めかけてヨアキムへ視線を移したわたしは、怒りに打ち震える彼の体内に甚大な闘気が練り上げられているのに気付いた。

 

 突撃を命じる聖騎士のリーダー。

 竜巻の化身となってすべての力を解き放ったヨアキム。

 とっさにその場を逃れたわたし。

 

 三名が同時に動き、次の瞬間すべてが無差別に破壊された。

 

 舞台が、客席が、聖騎士たちの体がズタズタに引き裂かれ、打ち砕かれる。

 難を逃れて身を起こしたわたしが目にしたのは、ただ一人生き残った聖騎士のリーダーと完全に狂気に呑まれたヨアキムが対峙する様。

 

 聖騎士リーダーがヨアキムに斬りかかる。

 その場から飛び出したわたしは双刃剣を振りかざし、二人の間に割って入った。

 

「貴様、何のつもりだ!」

 

 吠える聖騎士にこちらも叫び返す。

 

「こいつは大事な証人だ! 殺させるわけにはいかない!」

 

「異端者が! 魔族もろともここで死ね!」

 

 騎士剣を炎の刃で受け止めるが、竜巻を纏った腕を振り上げるヨアキムが視界に入り、すぐに後ろに飛びのいた。

 ヨアキムが腕を振り下ろすと、床が端から端まで帯状に削られていく。

 当たり判定どうなってんだ、これ。ゲームじゃないんだぞ!

 

「ヨアキム、正気に戻れ!」

 

 繰り出される右ストレートを避け切れず双刃剣で受け止めるが、すさまじい衝撃で弾き飛ばされて背中から劇場の壁に突っ込み、そのまま突き破った。

 

 わたしを吹き飛ばしたヨアキムは標的を聖騎士に切り替えた。

 聖騎士部隊のリーダーを務めていただけあり、あっさり殺されてしまうようなことはないが、それでもヨアキムの攻撃を凌ぐので精いっぱいのようだ。

 

 阿呆が。

 安易に他人を利用しようなどと考えるからこういうことになる。

 もしもこの状態のヨアキムが街へ解き放たれてしまったとしたら、大変な被害が出るだろう。

 奴も人間である以上、無限に暴れられるわけではないのが救いだが……。

 

 瓦礫を押しのけて立ち上がり、武器を手に戦場へ戻る。

 ともかくヨアキムを止めなければならん。最悪殺してでも。

 

 わたしがヨアキムの側面から斬撃を放つと、それに合わせるように反対側から聖騎士が攻撃を加える。付け焼刃の連携。とはいえわたしの剣は時に聖騎士を狙い、同様に聖騎士の剣も三回に一回はわたしを斬り付けようとしていた。

 不本意極まりない共闘にはらわたを煮えくり返らせながら、ただわたしは剣を振るった。

 ヨアキムはわたしたち二人を相手に長時間善戦したが、やがては体力の限界が訪れたのだろう、いくらか鋭さの失われた手甲剣をわたしに受け止められた隙を突かれ、背後から聖騎士に首を斬り落とされた。

 

 床に落ちて転がっていく頭。

 頭部を失って前のめりに倒れるヨアキムの体をとっさに抱きしめる。

 動脈から噴水のように噴き出す真っ赤な血がわたしを染めていく。

 その様子を聖騎士は軽蔑の眼差しで見やってから、マントで血を拭って剣を鞘に納めた。

 

 

 

 魔法による心話、つまり一種のテレパシーなのだろう、こめかみに指を当てた聖騎士が何事か呟いてからしばらくして、新たな聖騎士の一団が破壊され尽くした劇場ホールへ入ってきた。

 

「隊長」

 

「魔族どもの死体は?」

 

「すべて回収しました。後はあれだけです」

 

 新たにやって来た聖騎士が、わたしの腕の中にあるヨアキムの遺体を顎をしゃくって示した。

 

「あの女は?」

 

「異端者だ」

 

 隊長と呼ばれた男の声はひどく冷たい。

 

「しかし隊長、もしやあれは精霊の……。だとすると」

 

「……捨て置けというのが団長のご下知だ。魔族の体のみ回収しろ」

 

 団長というのは勇者イェレミアスのことだろう。

 捨て置けだと?

 このわたしなど殺すほどの脅威でもないと?

 

 ヨアキムの遺体を回収するために剣を抜いて近づいてきた聖騎士たちを睨みつける。

 わたしの眼光に気圧された聖騎士どもは歩を止めたが、それを押しのけて進み出てきた聖騎士のリーダーがわたしを見下ろして言った。

 

「抵抗するのであればご下知があろうが関係ない。ここで貴様を殺すだけだ」

 

「試してみるか……?」

 

 自分でも想像もつかないような底冷えする声が腹の奥底から湧いて出てきた。

 

 魔族。人間。勇者。精霊。竜。

 

 何もかもうんざりだ。

 とうにわたしは狂っているかもしれないが、元々この世界そのものが狂っているのだ。

 

「双方そこまで」

 

 双刃剣の柄を握り締めてわたしが動き出そうとする寸前、通りの良い声がわたしたちの間に割って入った。

 聞き覚えのある声であることに気付き、殺戮を踏みとどまったわたしは声の主へ視線を向けた。

 

「……ドミニク卿」

 

「まったくいつから帝都は戦場になったのかね」

 

 瓦礫の散らばるホールを歩きにくそうに通り抜け、ドミニク卿はわたしたちがいる舞台まで上がってきた。

 

「外務大臣とお見受けするが」

 

 聖騎士のリーダーは自らの前に立ったドミニク卿を見て顔をしかめながら言った。

 

「いかにも。そういうきみは?」

 

「聖騎士フランク。イェレミアス団長より百人隊長を任されておる」

 

「結構、フランク卿。ここにある魔族の死体は帝国騎士団及び近衛騎士団が預かる」

 

「却下である。魔族への対応は我ら聖騎士団の管轄。よってすべての物的証拠を回収し、事件を調査する権限が我らにはある」

 

「帝都の治安維持は帝国騎士団と近衛騎士団の管轄のはずだが?」

 

「魔族が係わっているならその限りではない。それとも閣下は勇者の権限に何か疑念でも抱いておられるのか?」

 

 話しながら腰の剣に手を添える聖騎士フランク。

 明らかな脅しである。

 ドミニク卿は怯みはしなかったが、それでもここを引き際と考えたようだった。

 

「調査内容は当然こちらにも共有されるのだろうね?」

 

「むろんだとも。すべてが明らかになるには時間はかかるかもしれないがね」

 

 にやりとくちびるを歪めたフランクが顎をしゃくると、改めて近づいて来た聖騎士どもがわたしの腕からヨアキムの遺体を奪い去り、少し離れた場所に落ちていた首を拾った。

 真っ赤な髪の毛を雑に掴んでぶら下げるというやり方に激高しかけるが、ドミニク卿が手のひらでわたしを制止した。

 

「そこまでだ、エレオノーラ殿。もう行くぞ。きみの母上も心配しておいでだ」

 

 ドミニク卿に促され、聖騎士どもの不穏な視線に見送られながら二人でその場を立ち去る。

 ホールを抜けて通路に出ると、さっそくわたしはドミニク卿に食って掛かった。

 

「なぜ引き下がったのですか。おかげでみすみすヨアキムの体を奪われて……」

 

「ヨアキム? ああ、あの魔族のことか。仕方があるまいよ。今回の一件はいつもの暗闘とはわけが違う。魔族が劇場を襲撃したことも、聖騎士団が鎮圧のために介入したことも広く知れ渡る。そこで奴らと事を構えて、殺しでもしてみろ。わたしたちはあっという間に帝国の、いや人類の敵とみなされる」

 

 ドミニク卿の言うことは分かる。

 あの場での判断が最善のものであったことも。

 だが感情は別だ。

 

「しかし奴らの陰謀の証拠が……いえ、わたしの落ち度です。もっと早くヨアキムを取り押さえていれば」

 

「強かったのかね?」

 

「ええ。彼はアスビョルン将軍の甥です」

 

「とするとヨアキム将軍のことだな。高名な戦士だよ。むしろよく生き残った」

 

 話しながら歩いていると、通路に横たわる男女の遺体が視界に入る。

 聖騎士どもめ、魔族の死体を回収する暇があるくせになぜ犠牲となった市民の遺体を放置するのだ。

 憤りを覚えながら遺体のそばへ屈みこみ、見覚えがあることに気付く。

 

「……助からなかったか」

 

 それはわたしが逃がした役者たちの亡骸であった。

 

「エレオノーラ殿、知り合いかね?」

 

「劇団の役者ですよ。閣下も見覚えがあるでしょう」

 

「これが役者……? まあいい。気の毒だがこの遺体はそのままにしておきたまえ。これ以上聖騎士たちに難癖をつけられるわけには行かん」

 

「しかし」

 

 ためらうわたしにドミニク卿はまさかの告白を行った。

 

「心配いらん。実は証人は一人確保してある。といっても手柄はわたしのものではないがね。きみのお仲間に可愛らしい少女がいるだろう」

 

「少女……え、イルメラのことですか?」

 

 あれは少女じゃなくて少年だが、ドミニク卿もどうやら騙されているようだ。

 それはともかく、わたしの監視役として常に陰に潜んでいるイルメラが大手柄を上げたようだ。

 さすがにゴットハルトの薫陶が行き届いている。

 

「というわけでさっさと撤収するぞ」

 

「は、承知いたしました」

 

 証人を押さえていると分かればこんな場所には用はない。

 重かった足取りも軽くなり、出口を目指して歩いていると、少し気まずそうに咳払いをしてから隣を歩くドミニク卿が口を開いた。

 

「ところでエレオノーラ殿。これは老婆心から進言するのだが、お母上の元へ戻られる前にその脚を隠したほうがよいのではないかな。後は血も拭ったほうが」

 

「脚?」

 

 とわたしは自らの脚を見下ろした。

 ほぼ付け根からむき出しになっており、ふとももには短剣を固定していたガーターベルトが食い込んでいる。

 まあ、多少フェティシズムをくすぐる恰好かもしれんが、隠そうにも隠す布地がない。

 あえて探すとすればドミニク卿が羽織っている見るからに高級な上着くらいのものだが。

 

「閣下?」

 

 わたしが呼びかけると、ドミニク卿は少し後悔したようにため息を吐きながら上着を脱ぎ始めた。

 

「言っておくがこの上着は非常に高価だったんだよ」

 

「わたしの脚の見物料だと思って頂ければ」

 

 差し出された上着を遠慮なく受け取ってしゃあしゃあと言ってのける。

 

「文字通り親子ほども年の違う女の子の脚を見て喜ぶ変態に見えるのかね、このわたしが」

 

「脚だけで足りないなら尻も見せましょうか?」

 

 と言いながら『慎ましやかな』自分の尻をぺんぺん叩いてみせると、ドミニク卿は勘弁してくれと言わんばかりに天を仰いだ。

 

「悪趣味な冗談はやめたまえ。わたしはゲラルトにもきみのお母上にも殺されたくはない」

 

 肩を竦めたわたしは、ドミニク卿の高価な上着で遠慮なく顔や体にべっとりと付着した血を拭ってから腰に巻き付けた。

 まあ気休めだが多少は脚が隠れたので良しとするか。

 

 幾分かしょぼくれたようなドミニク卿と肩を並べ、今度こそ劇場の外へ出ていった。

 

 

 

 

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