「じゃ、自分こっちなんで。」
「…ああ。」
見た目とのギャップからくる、あまりにも不釣り合いな一人称を残して藤代拓美は去っていった。
大和田拓海にとって、女子と一緒に下校出来るなど普通ならあり得ない事で、ましてや相手が藤代拓美ほどのルックスであるなら歓喜するところであるのだが、それよりも彼女から言われた言葉で頭の中はいっぱいであった。
「家族を大切にしろ…か。」
気づけば、自宅へと着いていた拓海は、いつも通り家へと入ろうとドアノブを握ったのだがピタリと止まり、ずっと反芻していたその言葉を口から溢す。
勝手に自分で自分を卑下し、いつの日か挨拶以外ほとんど話す事もなくなってしまった両親に妹。
そんな拓海に気を遣ってか、妹以外はあまり進んで絡んでこなくなってしまっていた。
(随分と距離が開いたもんだ…)
自分から距離をとっといてしまってなんだが…と、拓海は思いながら握っていたドアノブを回した。
ガチャリとドアを開けて家に入れば、母親がパタパタと近寄ってくる。
「お、おかえりなさい拓海…」
いつの日からか、そう遠慮がちに自分を出迎えてくれる母親の姿が目に入る。
「…ただいま」
と、拓海はそれもいつものように、目を伏せて返事を返し家へと上がる。
「…あっ」
すれ違い様、母親が拓海に何か言いかけようと声をあげる。
…いつもなら、それで終わりだった。
いつもなら、拓海はそのまま部屋へと入り、そこで親子の会話は終わりだった。
「…そういえば今日、ずっと休んでいた子が学校にきたよ。」
「え?」
「…んで、俺と同じ名前だった。 …それだけ。」
何年かぶりに息子の方から話しかけられた母親は、一瞬戸惑いを見せたが…
「そう、そうなの…!」
それ以上に嬉しさがこみ上げ、声が上ずっているのが拓海へと伝わった。
それじゃ…と言い残し部屋へと向かう拓海の背後から、鼻を啜るような音が少しだけ聞こえてきたのだった。
●
明けて翌日、藤代拓美は社会人時代の癖から、早めの出勤というものが抜けずにいて、教室に一番のりしてしまい、仕方なく教室の後ろの方で1人教科書を開いていた。
「なるほど…ここの数式を当てはめれば良いのか…」
と、独り言を呟きながら勉強を続ける拓美の元に、頭上から人堅の影が差し込んできた。
「朝、早くからご苦労さんだな。」
そう言って声をかけてきたのは、拓美がこの世で一番良く知る顔だった。
「…おはよう、大和田。」
「ああ。」
相も変わらず、素っ気ないその男を見て拓美は(そーいや、学生時代は登校中の賑わいが嫌で早く来てたんだっけ…)と、昔の事を思いだしていた。
その後、再び勉強の渦に飛び込んだ拓美の元に、席に着いた大和田拓海から声がかかった。
「昨日さ…」
「うん?」
勉強の手を止めずにいる拓美は、耳だけをかたむけていた。
「昨日…母親と話したよ…」
「そうか…」
「少しだけ、だけどな…」
それを聞いて勉強の手を止めた拓美は、大和田拓海に改めて顔を向けた。
「良く…頑張ったな」
そう言って笑って、再び勉強を始めた拓美の横で、大和田拓海は耳まで真っ赤になっていたのだった。
●
キーン、コーン、カーン、コーン。
時刻は正午をまわり、現在は昼休みで育ち盛りの学生にとっては欠かせない昼食の時間となっていた。
拓美はといえば、特に仲良くしたい訳でも、仲良くなった覚えも無いが、やたらとフレンドリーに接してくる前の席の金田瑞希と机を向かい合わせて昼食をとっていた。
「いやー、美少女を見ながら食べるご飯は格別ですなー」
と、一般の男子高校生よりも大きい弁当箱で食べながら金田瑞希は話す。
「そうですか…」
休み時間の度にこの目の前の少女から、やれ美少女だ、可愛いだ言われ続けた拓美は、最早反論するのも疲れきっていて、そう返事を返すのが精一杯という感じであった。
「時に、藤代っち。」
「なんですか?」
更には、珍妙なあだ名までつけられる始末である。
「隣の大和田くんとは、ホントにどーいった関係で? 朝も二人っきりで教室で話してたじゃないか?」
ガタンッ!
と、何処からか急に椅子から立ち上がったような音が聞こえてくる。
実はすぐあの後、部活の朝練の為にと金田瑞希が教室へと入って来たのだった。
「いや、本当に何もないですよ。 たまたま朝早く来て勉強してたら、大和田くんが来たもので少し分からない所を聞いていただけなんです。…ねえ?」
「……ああ。」
大和田拓海にとっても、あまり広げられたくない話題だった為、彼もまた、その話に便乗する形になった。
すると……
「はっ、二人共同じ名前だもん、やっぱ何かあんじゃねーの?」
どうやら先程の音は彼女だったようで、里中真弓が廊下側の席から、わざわざこちらまで来て、会話に割り込んできた。
その立ち姿は、腕組みをしており威圧感たっぷりといった様子である。
(なんで、コイツはまだ絡んでくるんだ?)
拓美は絡まれてる理由が分からず、チラリと大和田拓海を見れば、彼もまた首を振るばかりであった。
しかし、次の瞬間その疑問は解決される事となる。
「…あのさー真弓っち。 真弓っちはもしかして、大和田くんが好きなのかい?」
「え?」 「え?」 「え?」
黙って見ていた金田瑞希が、突如爆弾をはなってきたのだ。
「んな……んな、な、な訳ないでしょーー!!」
しかし、そう言った里中真弓の顔は、茹でダコのように真っ赤になっており、それに対し金田瑞希は「そうなんだ?私はてっきり…」と首を傾げ、大和田拓海に至っては…
「バカバカしい。あり得ないだろそんなの…」
…と、切り捨てる始末で、気づいたのは悲しくも、その場の誰よりも人生経験豊富な藤代拓美だけであった……。
(ま、ま、マジかーーー!? 全っ然気付かなかったぞ昔の俺!?)