それは一体なんだったのか、あまりの出来事にただ呆然とする藤代拓美と大和田拓海は、数秒遅れで車に弾き飛ばされた男が死んじゃいないかと不安になり、その行方を目で追った。
「大丈夫だよな…あれ?」
と、大和田拓海が言えば、そこには弾き飛ばされた後、後ろの木に激突したであろう男が、ピクピクと口から泡を吹いて痙攣していた。
「た…たぶん…」
ほとんど虫の息であるが、どうやら一命はとりとめたらしく、あんな男でも目の前で死なれるのはさすがに夢見が悪い為、二人は互いにそれを確認しあってホッとしていた。
「いつつ…おい、ガキども…やってくれたな」
ホッとするのも束の間、そう言いつつ殴られた頭を抑えながら、先程、大和田拓海によって倒されていたオールバックの男が起き上がってきた。
「あ! そういえば、もう1人」
「ちっ!」
それに先に気づいた拓美を見て、後から気づいた大和田見拓海はなんとか起き上がり、藤代拓美の元へ落ちていたバットを拾い、痛む身体を我慢して駆け寄る。
「おい、藤代に近づくな!」
「…大和田」
しかしその男は、藤代拓美を背中で庇うように立ちはだかった大和田拓海を素通りして行ったのだ。
「て、おい?」
「あーあ、折角の俺の愛車がお釈迦だよ…、一体どーいう状況だよこりゃ…」
立ち上がり、拓美達の元へ近づいてきたかと思われたその男は、そのまま自身の愛車の元へと向かって行く。
弾き飛ばされた男とは別の木に激突したそれは、車体からは煙があがり、見るも無残な姿へと変わり果てていた。
「まあいい…おい、ガキども。 後は俺がなんとかするから警察が来るまえに早くここから離れろ。」
突然、そんな提案をしてきた男に、藤代拓美は驚いて聞き返す。
「何で? 仲間だったんじゃないのか? どうして自分達を逃がそうとする。」
「あー、俺は別に仲間って訳じゃないぜ? 単にコイツの知り合いの運び屋で、たまたま相談を受けたから、アンタの存在を教えてやったってだけだ。」
「それで? 自分らを逃がす理由は?」
藤代拓美は、更に追及する。
「…いや、なんかお前らを見てたらよ…なんつーか、バカらしくなっちまってよ…良くわかんねーんたけど急によ…俺、何でこんな事してんだろってな?」
「……それは」
それを聞いて拓美は追及するのを止めた。
自分も大和田拓海だった人生をやめる時に、似たような事を思ったからだ。
「つー訳で、さっさっとズラかれ。 何、俺の事なら心配するな? お前らを付け狙う気もねえし、それにちゃんと警察に自首するからよ? コイツを轢いたのは俺だっつってな。」
それに、俺はロリコンでもねえしな…と、最後にはそーやって自傷して笑った男を背に、二人はその場を後にするのだった。
●
「はぁ、はぁ…なあ、良かったのか?」
現在、藤代拓美の肩を担ぎながら、山を下っている大和田拓海は藤代拓美へと質問する。
「…ああ、たぶん大丈夫だ…アイツはもう追ってきたりはしないさ。」
「そうか…」
大和田拓海は、男をどうにも信用できずその場から離れるのを躊躇ったが、藤代拓美から「大丈夫だから、逃げよう」と言われ、しぶしぶ山をくだる決断をしたのだった。
「それよりも…大和田、君はどうやってここへ?」
しかし、今度は藤代拓美が、ずっと気になっていた事を質問して返した。
「…ホント、たまたまだ…。 たまたまお前が連れ去られる現場を目撃して、そんで…」
丁度、山を下りきった道路沿いに、一台のチェーンが外れて、ボロボロになった自転車があった。
「なんとか、コイツで追いかけたって訳。」
「いや…無理が…あんだ…ろ……」
とだけ言い残し、呆気にとられた藤代拓美の記憶はそこで途切れるのだった…。
●
暗い暗い闇の中を、拓美は落ちていく。
それは、いつか体験した浮遊感で、見覚えのある真っ暗な闇を藤代拓美は落ちていく。
すると、下の方に漫然と輝く光が見える。
しばらく闇の中にいた為に直視出来ずにいたが、だんだんとその眩しさに慣れてきた拓美がそれを見れば、そこにいたのは見覚えのある顔だった。
「お久しぶりですね。 大和田拓海さん? いえ、今は藤代拓美さんでしたね。」
「女神さまか…」
「相変わらず、そう呼んで頂けて嬉しい限りです。」
「何でまた? …まさか、自分はまた死んだのか!?」
以前、大和田拓海だった頃に自身の死をきっかけに出会った女神が、再び目の前に現れた事に対し、拓美は不安になって、そう聞き返した。
「いいえ、ご心配なく。 今日はあなたに少し話があったのでここにきて貰いました。」
「そうか…話?」
自身の死を否定された事に安堵しつつも、話というのは一体なんだ?と拓美は聞き返す。
「先程のあなた方を襲った男を吹き飛ばした車についてです。
無人だった車が何故、動いたのか…何故、宙に浮いていたのか…気になっているのではありませんか?」
「それは…アンタじゃないのか、助けてくれたのは?」
「残念ながら、違います。 藤代拓美さん、あれは貴女自身の力で、物体を自在に動かす力…、念動力というものです。」
「はぁ?」
てっきり、この女神が温情とばかりに助けてくれたものだと思っていた拓美は、まさかの答えに目が丸くなる。
「…元々、人間には眠っている力があるのはご存知ですか? 貴女方の世界で言えばテレビで良く見られる…今回あなたが目覚めた超能力や霊能力、未来予知や透視などといった様々な力があることを…」
コクン…と拓美は頷き、話を聞く。
「もし、テレビで見ている人達の中に、1人でも2人でも本物がいるとしたら?」
「それは…いや、まさかいるのか?」
「はい。 疑り深く用心深い貴女には信じられないかも知れませんが…事実、存在します。
それは、何か特殊な体験をきっかけに目覚めた者もいれば、生まれながらに力を持っている者もいて、様々ですが…」
「そう…なのか」
「貴女の場合は、大和田拓海さんであった魂が藤代拓美さんに入ったことで、その力が目覚め、今回の事件をきっかけに完全に開花したといった所です。」
呆然と聞く拓美を他所に、更に女神の話は続く。
「貴女を助けに来た、大和田拓海さん。 彼が自転車で車に追い付けたのも、貴女の力なんですよ?」
「自分の?」
「ええ、突如危険な状況に陥った貴女が知らず知らずのうちに、自転車で追ってきている彼に…彼の自転車に力を与えていたのです。正確には、誰か助けて…という元々の藤代拓美さんの願いであり…力が、眠っている貴女に変わって彼を貴女の元へ来させたのでしょう。」
「つまり、彼女が助けてくれたと?」
「はい。貴女の身体に僅かながらに残っていた、藤代拓美さんの力がです。 ですが、それも今回の件で無くなってしまったようですが…」
そうだったのか…と、拓美はうつむき返事をする。
確かに、そういう事でもなければ自転車が車に追い付く事など到底無理な話である…。
●
「話は、以上か?」
色々ありすぎて、未だに半信半疑ではあるが、とりあえず女神の話を信じる事にした藤代拓美はそう言って問う。
「はい。 …あ、いえ最後に一つだけ!」
この期に及んでまだあるのか? と、拓美は怪訝そうな顔をしながら話を促した。
「…なんだ?」
「藤代拓美さん…貴女は本来、生きていてはいけない存在で、自分が死んでしまった後の世界を生きている存在です。
言うなれば、世界の理から外れた存在…そんな貴女には、今後さまざまな困難が待ち受けているかも知れません。
…ですので……その……あの……」
チラリ…と、女神が拓美の顔を見れば、眉間には大層な皺がよっており、心なしか口から牙が生えているようにも見える。
それでも、負けじと気を取り直して女神は言う。
それは、いつか見た人差し指を上げるポーズをしながら…
「良い来世を!」
プチン
「ふざっけんなあーーーーー!!!!!!」
そのセリフを最期に、藤代拓美の意識は再び現世へと浮上していったのだった……。
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