ズズー、ズ…ズコーー
「…藤代、……おい、藤代」
「!?…な、なんだ?」
「それ、もう中身入って無いぞ…」
「…あ」
あの後、「とりあえず、場所を変えようか…?」という拓美の提案により、近くの喫茶店へと移動した二人であったのだが…
しかし、注文したアイスコーヒーを藤代拓美が飲み終えるまで、何ひとつ会話もなく、ただ時間だけが過ぎてしまっていた。
「ったく、同じもので良いのか?」
「ああ、スマン…」
「すみません、アイスコーヒー追加で!」
一体、どのように説明したら良いのか…そう悩んでいた拓美は、指摘されるまで手元にある自身の飲み物が無くなっていることに気づかなかった。
「…大和田は、超能力って信じるか?」
「信じる、信じないで言ったら後者だな」
やっとのことで切り出した拓美は「そうだよな…」と、誰よりも分かっている大和田拓海の答えを反芻する。
誰よりも疑り深く、用心深かった自分自身が信じる訳ないよな…と。
「……使えるのか?」
しかし、暫くの沈黙の後、大和田拓海がそう切り出した。
拓美はその質問に驚き、下げていた目線を上げる。
(まさか、信じるのか? え、俺だったら、たとえ目の前で見せられようが、信じないぞ?)
それは現在、目の前で真剣な顔をして質問をする大和田拓海よりも長く生きたからかもしれないし、辛い社会人としての生活の中で、(現実なんて、こんなもんだ…)と、いつの日か夢見る気持ちは完全に廃れてしまったからかもしれない。
それとも、自分も彼と同じ年齢の頃は、まだ夢見る気持ちが残っていたのか…と、藤代拓美は自問自答する。
しかし出てきた答えは、やはり今の大和田拓海は以前の自分…大和田拓海だった頃の自分とは、何処か違うということだった。
「正確には、使えるようになったって言い方が正しい。」
「…以前は、使えなかったみたいな言い回しだな…まあ、その辺は別にどちらでも構わない。…で、どうなんだ?」
確かに大和田拓海の言う通り、超能力なんてものを元々信じていなかった人間からしたら、どちらでもいい事ではあるのかも知れない。
以前は使えなかろうがどうだろうが、現在使えるのか、使えないのか…ただ、それだけが知れれば良いだけなのだから。
「お待たせしましたー。 ごゆっくりどうぞ。」
会話を遮るような形でやってきた店員から、カタン…と置かれたアイスコーヒーを、手に取ろうとして拓美は何故かその手を止めた。
その手とアイスコーヒーまでの距離は、およそ15センチといったところである。
「?…どうした? 飲まないのか?」
何故手を止めるのか、疑問に思った大和田拓海は質問する。
「飲むさ…」
すると、周囲で誰も見てないのを確認してから拓美がそう言った直後、彼女の手にアイスコーヒーの入ったコップは吸い寄せられていった。
「な!?」
驚きと共に、少し大きめの声をだした大和田拓海に対し、藤代拓美はコップを持ったその状態で、説明するように話しだした。
「このように…自身の目が届く範囲内の物体であれば、動かせることが出来る。…それは動かそうとする物体が大きければ大きいほど、念じる力は大きく必要になるし…逆に小さければ念じる力は少なくてすむ。 ただし、水のような液体等は動かす事は出来ないし、風などの目に見えないものも無理だ。」
病院を退院してから、復学まで少し時間のあった拓美は、自身の能力の検証に努めた。
初めの実験は、身の回りの小さいものから動かしていって、それから叙々に動かすものを大きくしていくというもので、最終的に父親の車をあの時のように動かせるのか、こっそり浮かせてみたところ、軽い頭痛がはしる結果となった。
そしてそんな調子の悪そうなところを両親に見つかり、心配をかけることになってしまった為に、その実験は中止となってしまった。
しかしその後、ならばと様々な検証を行った結果、そのような事が分かったのである。
「なるほどな…じゃあ、あの時の車はやっぱり藤代が動かしたって事なのか?」
事件があった時の、宙に浮いて犯人に突っ込んだワゴン車を思い浮かべて大和田拓海は聞く。
「まあ、そうなる。 それと……」
「それと?」
拓海はあの時自分を助けに来てくれた大和田拓海が、自転車で追い付けたのも、自分の力であると言いかけたが止めることにした。
「な、なんでもない!」
「はぁ!?」
何故ならそれは、折角助けに来てくれた彼に申し訳が無いような…彼の努力を無しにするような気がしたからだった……。
●
「ただいま。」
「お帰りなさい」
「おかえり、お兄ちゃん!」
あの後、結局言いかけた話はなんだったのか教えてくれなかった藤代拓美と別れ、大和田拓海は自身の家へと着いた。
玄関を開ければ、あの日以来、以前のように少しずつであるが話すようになった母親と、相も変わらず元気いっぱいでこちらに向かってくる妹の姿が見える。
「ただいま、沙弥。」
そう言って、妹の頭に手を置く拓海はやはり以前の大和田拓海とは、少し違うのかも知れない。
そこで、ふと立ち止まった拓海は、今日あった出来事から妹に質問を投げ掛けた。
「…そういえば沙弥…超能力って信じるか?」
それは単に、自分以外の人間に聞いてみたかっただけで、答えなんて別にどっちでも良かったのかも知れない。
「信じるよ! 当たり前じゃん!」
しかし、そう返ってきた答えに拓海はフッと笑い、ただ一言こう答えるのだった。
「そうか…。」
そしてそれは、大和田拓海が久しぶりに家族の前で見せた笑顔であり、それを見た母親をまたも、少しだけ泣かせてしまうのだった…。