「…あの、とりあえずはこの足…退けてくれません?」
「イ・ヤだね!君が質問に答えるまで退ける気はない!」
自身の顔の横にある中村星司の長い足を、ひとまず退けてくれるよう藤代拓美はお願いした。
「…その体勢、辛くないんですか?」
ダァン!!
「さっきっから五月蝿い女だなあ! 良いからさっさと質問に答えろよ!!」
目の前で平然とした顔でそう言ってくる藤代拓美に、中村星司のイラつきは募るばかりであり、指摘されたその足を再び壁に強く打ち付けて怒鳴り付ける。
(うわぁ、なんなんだよコイツ…マジで!)
…しかし、実際は必死に平然を装ってるだけの拓美であった。
長い社畜生活の中で表情筋が死んだ大和田拓海という人物が憑依したからなのか定かではないが、現在の藤代拓美は以前に比べ、かなりのポーカーフェイスとなっている為、残念ながらその心情が相手に伝わる事はなかった。
「…仕方ない、少し失礼します。」
溜め息を吐きながらそう言った拓美は、中村星司の背後に落ちていた空き缶を睨み付ける。
(動け…!)
そう念じられた空き缶はフワリと浮き上がり、中村星司の後頭部へと一直線に向かって行った。
しかし…
「おっとぉ!? …なかなか危ない事するねぇ、藤代さん。」
カァン…!という音をあげてその空き缶は弾かれていった。
カランカラン…と地面に落ちた空き缶は、背後から飛んできたのにも関わらず、まるで後ろに目でもあるかのように、中村星司による回し蹴りによって飛ばされていったのだ。
「な!?」
驚きで声を上げる拓美を前に、「やれやれ…」と言いながら、中村星司は両足を地面に着ける。
「あのさー言わなかったっけ俺? 未来が見えるんだよ、未来が? …だから君が、念動力を使える事もあらかじめ分かっていたし、これから起こす行動なんて丸分かりって訳。」
グシャッ…と、落ちた空き缶を足で踏みつけた中村星司は、更に話を続ける。
「そりゃあ、君がそーやって生きてるせいで君の周辺の未来は、視界がボヤけて、ホント…グチャグチャで見えづらいんだけどさあ?
それは、あくまでこれから先の何年後とかの未来の話であって…直近で起こる未来の出来事なんかは、目を凝らせばちゃんと見えるんだよね?」
…それなら別に良いのではないか?直近でも見えてるなら、見えない人達よりも十分幸せに生きられるのではないか…藤代拓美は、そう思いながら話に耳を傾ける。
「でもね俺、完璧主義だからさあ…それが許せないんだよねえ。 …だって、考えてみなよ?
例えば、自分の歩いている道が完璧だって思って歩いてたとするじゃん?
…でもさ、その完璧だって思ってる道が完璧じゃなかったら? その見えない部分の未来にもっと良い未来があったとしたら? 嫌な気分にならない?」
「それは、確かにそうかも知れないですが…」
完璧主義な彼の性格上、それは確かに嫌かも知れない…しかし、だからといって、それで他人を攻撃していい理由が何処にある?と、拓美は思う。
「でしょ!?」
しかし、拓美のそんな思いは伝わること無く、中村星司はそう言って笑顔で拓美へと顔を近づけてきた…。
そしてその顔は、更に狂気さを増していく。
「だから、親がこっちに転勤するって聞いた時は嬉しくて仕方がなかったね…やっと、あの子に会いにいける!
やっと、見えなかった未来が見えるようになる!
やっと、やっと、やっと……君を排除できるって!!」
そうやって喋る彼の人相は、もはや人外の者に近くなっていた。
…ジリジリと、中村星司からの圧迫感が増してくる。
そんな状況から逃れようと、拓美は先程からずっと握りしめていた、防犯ブザーを鳴らそうと行動を起こす。
「だから、無駄だって…」
「痛っ!」
しかし、防犯ブザーを下に引っ張りピンを引き抜こうとしたその手を、強く握られてしまう…未来視という中村星司の能力の前では、藤代拓美はほとんど無力だった。
「は、排除って…どうやって?」
もはや敬語を使う余裕もない状態で、なんとか打開策を見つけようと、拓美はその場しのぎの質問をする。
「んー、そうだね…なるべく物騒なのは避けたいから、出来れば海外とか? 俺の目の届く範囲外に行って貰うのが一番かな?」
「そんなの…無理に決まってるだろ…」
自身の本当の意味での両親ではない二人に、本当の意味での娘ではない自分の、こんな自分勝手すぎる理由から二人を海外に連れてくなんてのは、拓美にとっては到底無理な話である。
まして、一人で行くなんてもっての他で、それこそ元の藤代拓美の願いである、両親に対する感謝や親孝行をしたいという彼女の思いを踏みにじる事になるので、それは有り得ない決断であった。
「そっか…じゃあ、交渉決裂だね? …残念だけど話し合いで無理なら、力ずくでお願いするとしようかな?」
トントントン…と、中村星司は攻撃に向けて、片足で飛ぶようにリズムをとっている。
藤代拓美の左手は以前として握りしめられたままで身動きがとれず、それはこの身体の非力さも相まって到底逃げる事は叶わないといった状況だった。
(くそ、万事休すか…!)
念動力で、何かをしようにも未来が見えてる中村星司にはきっと容易く躱されてしまうだろう。
藤代拓美に残された手札は、もはや無かった…。
「素直に言うこと聞いてくれれば、痛い目に合わずにすんだのに…さ!」
ビュンッ…と中村星司の蹴りが、先程のようなスレスレではなく、今度は本当に当てるつもりで拓美の脇腹を目掛けて飛ぶ。
そして拓美は、ギュッと目を瞑りその衝撃に備えるのだった。
●
「お巡りさーん、こっちでーす!」
すると、何処かで聞いた声が聴こえてきた…
「え?」
そんな、今までの人生で一番聞いた声を聴いた拓美は、ゆっくりと目を開ける。
そして、およそ演技にもなってないその棒読みのセリフの先には、黒縁メガネで天然パーマの、あの素っ気ない男が大通り側からこちらを覗くように立っていた。
「…大和田?」
「チッ…人が来ちゃったか…やっぱり君の近くにいると、ほとんど未来が見えないなあ…」
そう言って、蹴るのを止めた中村星司は拓美の手を離す。
しかし、その手はまるで何かおぞましい物でも触っていたかのように小刻みに震えていた。
(何だ? …どういう事だ?)
先程の話では、目を凝らせば直近の未来ならばちゃんと見えると言っていなかったか?…と、拓美は頭を捻らせる。
「まあ、いいや…今日はここまで。 次は、君が何者かって質問にもちゃんと答えて貰うからね? …じゃーね藤代さん、そして、大和田くん?」
そう言い残して、中村星司は大和田拓海が来た方とは正反対の、暗がりの方へと姿を消していった…。
●
「はあ…疲れた…」
中村星司が去ったのを確認した拓美は、ズズズ…と壁にもたれかかりながら、その背中を滑らしていく。
「大丈夫か? 藤代?」
すると、そう言って駆け寄ってきた大和田拓海が拓美の両肩を掴み、向い合わせで藤代拓美を支えるような格好になった。
「大和田…どうしてここに?」
「…たまたまだ。」
拓美達が教室を出た後、友達もいなくこれといって学校に残る理由も無いため、自転車にまたがり直ぐに学校を出た大和田拓海は、立ち寄ったコンビニで雑誌を読んでいた。
そして、たまたま向かいのビルの間の狭い路地に二人が入ってくのを目撃し、悪いと思いつつ様子を見ていた所、どうにも雲行きが怪しくなって来た為に、慌てて駆けつけたという訳だった。
「そっか…で、警察は?」
「呼んでない」
その答えに拓美は、フッと笑みをこぼし…先程の疲れからか、ポスン…と頭を大和田拓海の肩に乗せてこう言うのだった。
「この…大根役者…」
_と。