「じゃあ、自分はこれで…」
あれから、涙目になっていた沙弥をなんとか宥めた拓美は、前世の自分とその妹と一緒にいる事に微妙に疎外感を覚え、そそくさとその場を離れようとしていた。
「えーお姉ちゃん、もう行っちゃうのー?」
「え?」
しかし離れ際、前世の妹である沙弥が、急にそう言って拓美の手を強く握ってきて…その状況に、どうして良いか分からず悩んでいると…そんな妹と拓美を見かねて大和田拓海が声をかけてきた。
「はぁ…すまんな藤代。 その…なんだ、どうせだから一緒に買い物でもしないか?」
「いや…しかし…」
大和田拓海からそう頼まれた拓美は、それでも自分だけが感じてしまうその場の疎外感から、その申し出を断わろうとしたのだが…
「お願い! お姉ちゃん!」
「ぐ…わ、分かった…」
…一体、いつからお兄ちゃんからお姉ちゃんに自分はなったんだろう?と、頭がこんがらがりながら、更に強く握られたその手を振り払う事が出来なかった拓美は、仕方なく頷き…簡単に妹にと篭絡したのだった。
●
「フンフン、フーン♪」
現在、店の中を鼻唄まじりに歩く沙弥に、拓美は何故かあのまま、手を繋がれた状態で歩いていた。
「お姉ちゃんは、今日なに食べるの?」
「…カレーかな?」
「へえー、良いなあカレー、沙弥も食べたいなあ」
そう羨ましそうに答える沙弥を見て、(作って貰えば、いいじゃないか?)…と思った拓美だが、(そういえば、この頃の俺って料理なんか出来たっけ…?)と、前世の高校時代を振り返る。
(この頃は確か…こういう風に両親が夜いなくて妹と二人きりになる時は、いつも出前を頼んでいたし…一人で残る時なんてカップラーメンばかり食べていて、料理なんてした記憶全く無いぞ?)
ならば何故、そんな奴が妹と二人、スーパーマーケットにいるのか疑問に思い、拓美は沙弥を挟んで隣にいる大和田拓海に尋ねた。
「なあ、大和田? お前…料理出来るのか?」
「いや、まったく?」
そう悪びれる様子もなく返答した、大和田拓海の買い物カゴを見れば…案の定、妹のお菓子と二人分のカップラーメンしか入っておらず、それに呆れて物申す事にした。
「…なんで出前を頼まない?」
「いや、たまには二人で買い物に行きたいって沙弥が言うから…」
だからといって、カップラーメンは無いだろう?…と、大和田拓海の行動に更に呆れる拓美だった。
「大和田…お前、育ち盛りの妹になに喰わす気だ?」
「沙弥、カップラーメン好きだよ?」
しかし、兄である大和田拓海に、気を使ったのかまでは分からないが、沙弥からのそーゆー声を聞いた拓美は…
「駄目だ! …それなら、自分が行って料理を作る!」
…と、ついつい宣言してしまったのだった。
●
『ありがとうございましたー』
買い物を終え、レジの店員からそう声をかけられた三人は、スーパーマーケットを後にする。
大和田拓海が両手に買い物袋をもち、藤代拓美は前世の妹、沙弥と手を繋ぎながら、夕日が少しずつ沈んでいってオレンジ色が更に色濃く染める街を歩いていた。
「なあ、本当に良いのか?」
大和田拓海は、わざわざ家に来て料理を作ってくれるという藤代拓美に申し訳なさと、女子が家に来るという戸惑いからそんな質問をした。
「…問題ない。」
先程からその顔に、大きくやっちまった感が出ている拓美は、力無くそう答えた。
「そ、そうか? なら良いんだが…」
流石の大和田拓海も、これ以上は突っ込めないなと思い、一歩引いてそう返事をする。
そんな、力無く歩く拓美の隣では嬉しそうに鼻唄を歌いながら元気いっぱい歩いている沙弥がいて…前世の自分と今世の自分…そして前世の妹といった、あまりにも奇妙な三人組は、大和田拓海の家へと歩みを進めるのだった…。
「カレー♪ カレー♪ お姉ちゃんのカレー♪︎♪︎」
●
タタタタタタッ……
「凄いな…藤代…」
拓美にとっては、かつて知ったる大和田家へと到着したあとは、大和田拓海と沙弥の二人は、部屋着へと着替えるためそれぞれの部屋へと行き、ここが自分の家ではない拓美は、そのままエプロンを貸してもらい調理に取り掛かるといった流れになった。
「…普通だ」
現在、玉ねぎが苦手だという沙弥の為に、微塵切りにする拓美の包丁裁きを、着替えを終えた大和田拓海が隣に立ち、その見事な手並みに感心を寄せているところだった。
「いや、十分凄いよ…藤代はきっと良いお嫁さんになるよ!」
「あ"…?」
大和田拓海のその言葉に、ピタリ…と、手を止めた拓美は持っていた包丁を掲げ、脅すように言い放つ。
「天然タラシも、いい加減にしろよコノヤロー?」
「い、いや…そんなつもりは…すみません…」
包丁の光を受け、その反射から怪しさを増した拓美の笑顔に恐怖を感じ、タジタジと謝る大和田拓海であった。
ダダダダダダダダッ!!
(こんな奴、ぜってー俺じゃねーー!!)
「すっごーい、お姉ちゃん!?」
「ありがとう、沙弥ちゃん」
ちょうど着替えを終えた沙弥が、凄まじい速度と、その細腕からは想像も出来ない力強さで玉ねぎを刻む拓美を見て賛辞を送れば…それにニッコリと先程とは違う笑みで穏やかに返す拓美を見て、大和田拓海は…
「おい…なんだその差は…」
と、1人呟くのだった…。
●
「いっただきま~す。」
夕食が出来上がり、三人で食卓へと座り…座るや否や、待ちきれないといった様子で、開口一番にそう言った沙弥を見て、拓美は微笑む。
(思えば…こうやって料理を作ってあげるのは始めてだったな…)
前世を通しても、沙弥に料理を振る舞った事がない拓美は、しみじみとそんな事を思っていた。
(でも、口に合わなかったら…どうしよう…万が一不味いと言われたら…)
しかし、そんな心配をする拓美をよそに、口に含んだ沙弥は満面の笑みを漏らす。
「美っ味しい~! お兄ちゃんも食べてみなよ?ホラ!」
「分かった分かった。 ………美味いな。」
別に、お前の感想は求めて無いんだよ…と、大和田拓海の方を睨んだ拓美であったが、それとは別に沙弥の反応にホッと胸を撫で下ろした。
「良かった…じゃ、自分も…頂きます。」
久々に食べる自分のカレーは別格で…前世、殆ど座る事の無かった食卓で食事をする拓美は、以前より美味しく感じるその味に頬を緩ませるのだった。
●
「本当に、良いのか?」
「ああ、大丈夫だ…それに、妹を1人で家に残す気か?」
夕食を食べ終わり、妹の沙弥も手伝い三人で後片付けを済ました後、気付けば辺りもすっかり暗くなってしまった為に、1人で帰すのは危ないから送ってくといった大和田拓海の申し出を断り…拓美は前世の家を離れようとしていた。
「お姉ちゃん、バイバイ!」
「はい、バイバイ…」
玄関で靴を履き終えた拓美は、大和田拓海の隣からそう言って手を振る沙弥に、ついつい手を振り返してしまう。
「ハハッ、随分と懐かれたみたいだな?」
「まあ、そうだな…」
今日1日で、沙弥と前世で話したより、多く会話をしたような気がする拓美は、複雑な気持ちでそう答える。
もっと、話をすれば良かった…料理も作ってあげれば良かった…買い物だって……と、色々な想いが込み上げてくる。
そのどれもが今の自分には不可能なんだよな…と、それが出来る大和田拓海が羨ましくなってしまい、拓美は思わずその顔を見つめてしまった。
「な、なんだ?」
「…いや、別に…それじゃ、またな…」
…そう言って、帰ろうとしたその時だった。
ガチャリッ!
「ただいまー拓海、沙弥ー!」
「あ、ママ!」
「母さん、危ないぞ!?」
「えっ!?」
およそ、前世では見たことも無いようなテンションで勢いよく現れた母親に、拓美は驚いて声をあげ固まってしまう。
どうやら、ベロンベロンに酔っ払っているらしく、その後ろには、これまた懐かしい前世の父親が立っていた。
「あら? 女の子…え?」
「えーと…君は?」
しかし、向こうも突然の状況に頭が追い付かないようで、固まってしまい…その場には暫しの沈黙が流れるのだった…。
●
「すみません、お邪魔しました…」
「あらあら、いいのよ別に。 また来てね藤代さん!」
「拓海、キチンと送り届けるんだぞ。」
「またね! お姉ちゃん!」
そういったやり取りをして、拓美は前世の自分の家と家族に別れを告げたのだった。
あのあと、大和田家の両親は、まさか息子の彼女か!?と、一時は騒ぎ立てたのだが、拓美がそれを「クラスメイトです! 今日はたまたま会って、夕飯を作りに来ただけです!」とキッパリと否定し、なんとか場を収めたのだが…いまいち信用して貰う事が出来ず…現在は大和田拓海と二人で藤代家へ帰る途中であった。
「大丈夫か藤代? うちの親が悪かったな…」
「あー、いや…気にするな。」
街灯だけが照らす住宅街を並んで歩く二人は、先程までの事を振り返りながら会話をする。
「随分…妹と仲が良いんだな?…それに親とも…」
拓美は、仲良く妹と買い物をしていた事や、先程までの両親の彼に接する態度を見て、前世の自分からは考えられないほど良好な家族関係を築いている大和田拓海に、そう問い掛ける。
「…藤代のおかげだよ」
「え?」
「…藤代があの時、家族を大事にしろって言ってくれたからだよ」
拓美にとって、今世の大和田拓海は前世の自分とは何処か違っていて、だから家族ともああやって上手くいってるんだろうな…と思っていた。
そして、あの時言ったその言葉も自分としては誠心誠意、心配して言った事だったが今の彼にとってはお節介だったのかも…と、ずっと思っていたのだ。
「自分のおかげ?」
「ああ…あの時、藤代がああやって言ってくれなかったら、俺は今でも、きっと自分の殻に閉じ籠ったままだった…」
「そう…か…」
そう言って、藤代拓美は夜空を見上げる…そして、自分が今世ずっと思っていた事を考える。
彼女の願いを、思いを叶える事はもちろん重要だと分かっている…でも…本当は、どうせなら自分も人生をやり直してみたかった…と、そう思っていた事を…
「後悔も未練も、無いと思っていたのにな…」
「藤代? …泣いて?」
前世、自らの手で死を選んで…たまたま最期に沙弥を助ける事が出来て、満足感でいっぱいだったそれは…
最期に、自分の死に涙した彼女や、心配して駆け付けた両親や彼女の夫からしてみれば…酷く自分勝手で独りよがりな感情だったんだな…と、藤代拓美は今更ながらに思う。
「大和田、ありがとう…自分の代わりに人生をやり直してくれて…自分のおかげって言ってくれて、ありがとう…」
「…いったい…何を言って…」
大和田拓海は、ただただ困惑していた。
目の前で、涙を流す拓美から言われた言葉に…彼女がなんで泣いてるのか分からずに…大和田拓海は、ただ戸惑うばかりだった…。
●
「それじゃあ、送ってくれてありがとうな」
「…ああ」
結局あの後、何も聞く事が出来なかった大和田拓海に向かって、自宅の玄関の前で藤代拓美が軽く手を振る…その表情は、何処か吹っ切れたような清々しい顔をしていた。
バタンッ…
「はあ~、畜生…なんなんだよあの女…本当に…」
閉じられたドアを確認した大和田拓海は、その場に崩れるようにしゃがみこみ…ガシガシと頭をかきながら、らしくない言葉遣いで、らしくないセリフを吐くのだった…
「…マジで、意味わかんねえ」
_と。
…一方、その頃ドアの向こうでは…
(やっ、やっちまったー!? バレてないよな!? あれ大丈夫だよな!!?)
と、形こそ違えど同じようにしゃがみこみ、両手で頭を抱えながら、先程の自分の言動に激しく後悔する拓美がいた。
ブーブーブーブー…
「ん?」
すると、自身のバッグから激しく鳴り響く携帯のバイブ音に気付き、慌てて確認すれば…
「げ、…不在着信37件…」
とんでもない量の着信履歴があり、その全てが父親からであった。
「しまった…業務連絡忘れてた…ハハハ…」
誤字報告、助かります。