「おはよう、大和田」
明けて翌日、今日も社会人生活の癖から早めの登校をしてしまった拓美は、いつも通り人混みを避ける為に、早めに来た大和田拓海へと…いつも通り挨拶をした。
「…おはよう藤代。 昨日は悪かったな、夕飯作って貰っちゃって…」
「あ、ああ…気にするな。」
背負っていたバッグを机へと置き、席に腰掛けようとした拓美に、そう言って昨日のお礼をしてきた大和田拓海に、若干狼狽えながら返事をする。
(なんだ? …普通だな?)
昨日、大和田拓海に送って貰った帰り道、目の前で泣いてしまい…こともあろうか、『自分の代わりに、やり直してくれて…』なんて台詞を吐いてしまった拓美としては、絶対なにか今日突っ込まれるのだろうな…と身構えていたのだが、あまりにも普通な大和田拓海の態度に拍子抜けしていた。
「母さんが、また連れて来いってさ。 それに、沙弥も会いたいって」
「そうか…」
元々、大和田拓海に対して…いや、誰に対しても、前世の自分が大和田拓海であった事を話すつもりは無かった拓美は、前世の両親や妹に会うのを少し躊躇っていた。
会えば、必ず昨日の大和田拓海との会話のように、どこかしらでボロが出る気がして、そう返事をするほかなかった。
「なんだ? あまり会いたくない感じか?」
「いや…そういう訳では…」
仮に話して信じてくれたとしても、それで満足するのは自分だけで、現に大和田拓海という人物が今世にいる以上、周囲の人物は困るだけだと拓美は考えていて…それは致し方ない決断であった。
「まあ…気が向いたら来てくれ」
「わ、分かった。」
…チクタクチクタク…
あれ以降、会話が途切れてしまった二人しかいない教室を、時計の秒針を刻む音が支配する。
隣をチラッと見れば、大和田拓海はいつものように校庭を眺めていて、拓美はその姿にただただ呆れるばかりだった。
(どーせ、なんっにも考えて無いんだろ?)
自分も、そうだったから分かる…といった感じで溜め息をつく拓美だった…。
_すると?
「なあ? …最近、中村と仲良いよな?」
「へ?」
何も考えてないと思っていた男からの突然の質問に、拓美は驚きのあまり、変な声をあげて返事をしてしまう。
「な、中村か…?」
「ああ…いや、前に見た時は喧嘩…というか藤代が一方的にやられていたんだけどさ… 中村が怪我から復帰してからは、随分仲良さそうにしてるなあって思ってて。」
「あっ! わ、悪い大和田…言うの忘れてたんだけど、中村とはその…色々あって仲直りしたんだ!」
「へえ…色々ねえ…」
あの中村星司との壮絶な戦いを、他人に言えば事件になってしまう為…『色々』と濁した拓美は、ジト目で睨んでくる大和田拓海にタジタジになるのだった。
「ホント、ごめん! 一番、世話になったのに!」
拓美の言う通り、あの事件の最大の功労者は大和田拓海であり、それを今の今まで説明もせず忘れていたというのだから、なかなか酷い話である。
「藤代って結構、自分勝手だよな?」
「んなっ!? ぐっ……スマン」
と、昨夜急に泣いて、勝手に自己完結して帰った事も含めた上で、結論づけた大和田拓海にそう言われてしまい…何も言い返せない拓美であった。
●
キーン、コーン、カーン、コーン
「さあて、部活だ、部活ー! じゃーね、藤代っち!」
「ええ、さようなら」
時は進み、放課後となった今、前の席にいた金田瑞希は大好きな陸上部へと、走りながら去って行く。
そして今日は、特に急いで帰る用事も無い拓美は、続々と教室から生徒が去っていく中、ゆっくりと帰り支度を進めていた。
(あれ? いつの間に?)
しかしそんな中、窓際にある隣の席を見れば、帰りはそこまで急いで帰らないために、いつもならばまだいるハズの大和田拓海が忽然と姿を消していた。
(早いな…もう帰ったのか、珍しいな?)
それならそれで、別に気にする程の事でも無いのだが、いつもと違う彼の行動に拓美は少し違和感を覚えていた。
「藤代くん…ちょっと良い?」
「え? あ、中村…」
すると、ちょうど別方向を見ていた拓美に、後ろから中村星司がいつもの様なふざけた口調ではなく、真面目なトーンで話しかけてきた。
「まだ居たのか…どうした?」
いつになく真剣な表情の中村星司に、拓美は何事だろうと顔を覗き込む。
それに対して、中村星司は少し目線を外しながらこう応えたのだった。
「うん…君さ、大和田くんとは…あまり関わらない方が良いよ」
「は? 急に、何を言ってーー」
…ブー、ブー、ブー、ブー…
「なんだ? 急に誰だ?」
中村星司からの急な話に、驚いて質問しようとした拓美だったが、突然鳴り出した携帯のバイブ音に驚いて、慌ててバッグから取り出して発信者を確認する。
「大和田…?」
見れば、いつの間にか帰っていた大和田拓海で…拓美は、どうしたんだろう…と、着信ボタンを押そうとする。
_しかし、
グイッ!
「藤代くん…駄目だ!」
「痛っ、なんだ中村さっきから!?」
そんな着信ボタンを押そうとする拓美を、中村星司が後ろから肩を掴んでそれを静止してきた。
ブー、ブー、ブー、ブー
(くそっ、仕方ない…)
しかし、尚も鳴り続ける携帯に業を煮やした拓美は、力では敵わない為、掴まれた肩の部分の制服を念動力で無理矢理前へと動かして、着信ボタンを押したのだった。
「あっ!?」
「ったく、なんなんだよさっきから…なんか変だぞ? 中村?」
ピッ
「もしも…」
『藤代か!? 良かった…ハァッ やっと出たか』
「あ、ああ…どうしたんだ?」
電話口から、聞こえる大和田拓海の声は、何処かいつもよりも慌ててるように聴こえる。
『…妹が、沙弥が学校から帰って来ないらしい。チャイムが鳴った後、携帯を見たら母さんからメールが届いていて…そんで学校から聞いた話によると、もうとっくに下校したって…』
「沙弥ちゃんが…?」
必死に状況を拓美へと説明する大和田拓海の声は震えていて…妹が心配な様子がひしひしと伝わってくる。
『ああ、悪いが手伝ってくれないか? 探すの…』
「…お前は…大和田は今、何処にいるんだ?」
『今は、ハァッ 取り敢えず沙弥の行きそうな所を ハァッ 手当たり次第、自転車で探している所だ』
どうやら、大和田拓海は相当焦っているらしく、ガチャガチャと自転車のペダルを漕ぐ音が拓美の携帯を通して聴こえてきた。
「分かった、こっちはこっちで探してみるから…大和田、焦って事故ったりするなよ?」
『すまん、恩に着る! …事故んねーから安心しろ!』
そう言って拓美へと礼を返す彼の口調は、もはやいつもの大和田拓海では無くなっていて、その荒々しさから彼の必死さが伝わってきた。
…ツーツーツーツー…
そうして大和田拓海からの通話は切られる。
いつの間にか周りには残っている生徒は、殆どいなくなっていて…
「藤代くん…」
「悪い、中村…協力してくれ」
何故か心配そうに此方を見つめる中村星司に頼めば、苦虫を噛み潰したような顔で…
「…仕方ない、でも俺の側からは離れないでね。」
「へ?」
…と、何処かプロポーズめいた台詞を言ってきたのだった。