暗い暗い闇の中、男は落ちていく。
元々死ぬ予定だった為、後悔などはない。
生前自分の事で精一杯で誰かの為に何か感謝されるような事などしたことはなかった。
それが、自身の最後に妹を救って死ぬ事が出来た為、その胸中はどこか誇らしく…それ故、後悔も未練もなかった男は穏やかな顔つきで闇の中を落ちていった。
「クスン…クスン…」
ふと、どこからか泣き声が聞こえてきた。
顔を横に向けた男に見えたのは、暗い闇の中そこだけスポットライトでも当たったような感じで、中央にはすすり泣く中学生くらいの女子の姿があった。
長い黒髪で、顔を両手で被っている為に顔は見えない。
セーラー服を着ており、そこから覗く手足から随分と華奢な子のようだった。
「いてっ!」
すると、永遠に続くかと思われた落下が突如として終わりを告げ、男の臀部に痛みが走った。
「なんだよ、急に止まんないでくれるかな?」
と、悪態と共に自身の尻を擦りながら男はゆっくりと身体を起こす。
「ようこそ、大和田拓海さん」
透き通るような大人の女性の声で、急に呼ばれた自身の名前に驚き、今度は慌てて顔をあげた。
すると、顔を上げた先にいたのは空想やゲームの世界に出て来るような美しいプラチナブロンドの女性で、服装やその出で立ちも相まって、その姿はまさしく…
「女神…」
と、普段なら気恥ずかしくて呼べないような存在がそこに立っていた。
しかも、冗談ではなく本当に彼女自身が光をはなっており、もはやそれは誰の目にも疑いなく女神であった。
「女神ですか…些か恥ずかしいですが…そうですね。 貴方達の世界でいうところの神である存在の私はそういっても過言ではないのでしょう。」
ニッコリと微笑みながら話す彼女は、さらに輝きを増したように見え、拓海は思わず目を反らした。
「そっか神様か…、そんな存在が自分に何の用で?」
女性経験皆無の為か、ぶっきらぼうに横を向いてボソボソ話す拓海の様子に、女神はクスリと笑いながら言葉を繰り出す。
「まあまあ、そんな警戒なさらないで下さい。 私たち神はこうやってお亡くなりになられた方々に選択を訪ねるのが運命の故、拓海さん貴方には2~3個程質問に答えて頂きたいだけなのです。」
「質問?」
突如として言われた質問というワードに対し、質問されるのも、するのも苦手であった拓海はよりいっそう眉間にしわを寄せて、そう聞き返した。
「ええ、ズバリ貴方は転生を希望しますか? それとも、このまま天界へと召されますか?」
「転生?」
世の娯楽など殆ど知らず、ただひたすら仕事一筋に生きてきた拓海にとっては聞きなれない単語であった。
「あら? ご存知ない? へえ、最近では珍しい男性ですね。 最近はここに来る方、老若男女問わず知らない人がいない程だったので、貴方は非常に特殊なケースです。」
と、人差し指をあげながら前のめりになり、笑顔で女神は話す。
さらに、女神の話は続く。
「転生というのは、そうですね…例えば貴方が生きてきた世界とは違う世界…いうなればゲームのような異世界に新しく生まれなおすか、また自分が生きてきた世界に、今度は新しい命で全く別な人間に生まれ変わり、人生を送るかの2沢になっております。」
「な、なるほど…」
笑顔でツラツラと聞きなれない単語を混ぜながら話す女神の話に、拓海は一応の納得はみせた。
「よ、ようはもう一度生まれ変わって、人生を歩んでみないかって事だよな?」
若干どもりつつも、必死に質問をする拓海の姿に女神は微笑ましく思いながら頷いた。
しかし、拓海にとってその選択はあり得ない事であった。
生前、世の中の人間の悪い部分を沢山見てきた拓海にとっては、もう一度あれらを見なければいけないと思うと、それならば地獄に落ちた方が増しのように感じていた。
「じゃあ、このまま天界で…」
そう返した拓海の答えに、女神は驚いた様子をみせた。
なにせ昨今の異世界転生ブームから、最近はほぼ全員が転生を希望していたからだ。
「へえ、ほんと珍しい人ですね貴方は…ですが分かりました。 貴方の望み通り天界への道を開きましょう。」
そう言って女神が両手を広げると、拓海の元に頭上から一筋の光が落ちてくる。
それを見上げながら拓海は、実はさっきから気になっていた事を女神に質問した。
「なあ、さっきからあそこでずっと泣いている子はなんなんだ?」
拓海が指差した先には、クスンクスンと先程から同じ体勢で泣く女の子がいた。
「ああ、彼女ですか…彼女は現世に非常に強い心残りがあり、出来るなら前の身体に戻りたいと…人生をやり直したいと言うのですが…残念ながら私共にはその願いを叶えてあげる事ができず…もう、ずっーとかれこれ10年以上あそこで泣き続けているのです…」
誠に申し訳ないのですが…と、女神はうつむきながら非常に悔しそうに話した。
「少し…、彼女と話しても?」
「それは…ええ、構いません。」
普段の拓海なら、誰が泣いていようと家族以外は気にも止めないのだが、不思議とこの時だけは傍らでずっと泣いている少女と話してみたくなった。
「なあ、何が心残りでそんなにずっと泣いているんだ?」
拓海は、その場にとどまった少女へと質問した。
「…お父さんと…お母さんに、ありがとうって、育ててくれてありがとうって、一言伝えたくて…」
少女は、ゆっくりと話し出す。
「私…昔から、人付き合いが苦手で、そのせいで両親とも段々と口をきかなくなって、その日も私…行ってきますも言わないで出かけて…そしたら誰かにさらわれて、気付いたら山の中で、そのまま…私…私死んじゃって…気付いたらここにいて…」
よりいっそう肩を震わせながら話をする少女…拓海は、その話を聞いてどこか他人のようには思えなくなっていた。
「なあ、女神さま…どうしても無理なのか?」
気付いたらそう口走っていた。
しかし女神は、その問いに対し首をふることしかできなかった。
何か方法は無いのだろうか…拓海は懸命に考えていた。
どこか自身に似たこの少女を救う手立ては何か無いのだろうかと…
「せめて俺が…代わりに伝える事が出来れば…」
そう何気なく、口にした拓海の言葉に女神はそれだ!と言わんばかり目を輝かせながら顔をあげた。
「出来ます!!」
「「えっ!?」」
急に大声を出した女神に、拓海とその少女はハモらせながら声をあげた。
「だから、出来るんです! 大和田拓海さん、そして藤代拓美さん!!」
この子もタクミなのか…と拓海は思ったが、今はそこは気にする所じゃないと思い、女神に聞く。
「どういう事だ?」
「大和田拓海さん、貴方が彼女に代わり藤代拓美さんの人生を生きるのです!」
「…可能なのか?」
「ええ! 少し卑怯ですが憑依転生という形ならば!」
どや顔で言う女神の話は、いうなれば次は女性として生きろという事なのだが、拓海にとってそれは目の前の泣いている女の子を救えれば、どーでもいい話だった。
「ですが、最初から人生をやり直すというのは無理です。 拓海さんには藤代さんが亡くなる直前に戻ってもらいます。 すみませんが私にはそれ以上の事は出来ません。」
深々と、藤代拓美に向かって頭を下げる女神にようやく泣きやんだ少女は告げる。
「私は…それで、良いです。大和田さんがそれで良ければですけど…」
「構わないよ。 君の代わりにちゃんとお礼を言ってくるよ。」
長い前髪の為、はっきりと顔の見えない少女に拓海は微笑んで答えた。
「ごめんなさい…ありがとうございます。 そして、宜しくお願いします。」
ああ、良かった…そう言って少女は光の粒子となり消えて行く。
行き先は、恐らく天界であろう。
「それでは、拓海さん。」
「ああ」
「私からも、お礼を…ありがとうございました。 そして、良い来世を…」
と言っても途中からだから少し短いですけどね…そう少し茶目っ気をきかした女神の言葉を最後に拓海もまた光の粒子となって、その場から消えるのだった。